第34話
訓練が終わって昼休み――クラスメイトたちはティアが課した激しい訓練で疲弊しきりながらも、空腹には勝てない様子で、全員訓練が終わって教室に戻るとガツガツと昼食を食べはじめていた。
もちろんセラも例外ではなく、訓練中から空腹を告げる腹の音が小さく鳴り響いており、友人たちから一緒に昼食を食べようと誘われたのだが、丁重にセラはそれを断った。
朝から続く正体不明の違和感が頭の片隅に残り続けているので、一人になってそれについて考えたかったからだ。
落ち着いた場所で昼食を食べようと、ある程度人が少ない中庭へ向かうと――そこには、ベンチに座ってリクトとクロノが和気藹々とした様子で昼食を食べていた。
「随分、弁当を作ったようだな」
「はい、だからたくさん食べていいからね」
「無理を言うな。明らかに多すぎる。そもそも、どうしてこんなに作ったんだ」
「……少し、熱が入りすぎたのかも。ごめんなさい」
「入り過ぎだ――プリムを呼ぶか?」
「それもいいかもしれないね――あ、セラさん、こんにちは!」
手作りとは思えないほど、豪勢なおかずと高級感溢れる重箱に弁当について話し合っていたリクトとクロノだったが、近くにいるセラに気づいたリクトは華やかな笑みを浮かべてセラに挨拶をした。
異性には見えないほどかわいらしいリクトの笑みに目を奪われながらも、セラは「こんにちは、リクト君、クロノ君」と挨拶を返して二人に近づいた。
「セラさんもここで昼食を食べるんですか? 珍しいですね、いつもはご友人の方々と食事をされているというのに」
「ええ、たまには一人で食べようと思いまして」
「一人で食べても味気ないだけですから、一緒に食べましょうよ。ね、クロノ君」
「別に構わない……リクトが作り過ぎた弁当の処理も任せたいからな」
「せっかく作ってきたんだから処理って言わないでよ! 僕だって作りすぎったって思ってるよ……少し熱が入っちゃったんだ」
「特別な日でもないのにどうしてそんなに気合が入るんだ」
「それは、その……――とにかく、申し訳ないって思ってるよ。だから、セラさんよろしかったら一緒に食べてもらいますか?」
「……ええ、それなら、ご一緒させてもらいます」
一人で考え事をしたかったセラだが、理由がわからず弁当を作り過ぎたと言ったリクトと、そんな彼に呆れているクロノとのやり取りを見て、再び違和感を刺激されて二人と一緒に昼食を取ることにして、ベンチに座ろうとすると――
「あら、それなら私も参加させてもらおうかしら💗」
かわいらしさと妖しさが混じった甘ったるい声とともに登場するのは、艶のある長い黒髪をリボンで結ってポニーテールにした、スラリとした長い脚を強調させるスリットを空いたスカートを履いた、白衣を着た長身で華奢な体躯の美女――ではなく、美男子の、鳳グループ幹部兼アカデミーの校医を務めている萌乃薫だった。
ヴィクターとともに生死の境を彷徨うほどの怪我を負った萌乃だったが、日頃の不摂生のせいでいまだに入院中のヴィクターとは違い、萌乃は先日退院してすっかり回復していた。
萌乃の登場に「こんにちは」とリクトとセラは笑顔で出迎え、二人とは対照的にクロノは無表情ながらも気まずそうに軽く会釈をして挨拶をした。
「萌乃先生、お身体の方は大丈夫ですか?」
自分の身体を心配してくれるリクトに、萌乃は当然だと言わんばかりに力強くピースサインをする。
「うん、バッチリビッチリ大丈夫♪ もっと安静にした方がいいんだけど、さすがに一日中寝てたら体型変わっちゃうし、病院っていう息が詰まった場所にいるとストレスもたまっちゃうからお肌に悪いし、さっさと退院しちゃったの💗 それに、病身職はヘルシーでいいんだけど、さすがに物足りなくてね」
「それなら、たくさんお弁当作ってきたので食べてください」
「いやーん♪ リクトちゃん、やさしー! せんせーがご褒美あげちゃおうかな?」
「え、遠慮します。そ、それと、近いです……んっ、どこ触ってるんですかぁ……」
作り過ぎた弁当を食べてもいいと言ってくれたリクトに、萌乃は感激するとともに後ろから彼を抱きしめ、太腿をさわさわと撫で上げた。
鼻孔に広がる萌乃の甘い香りと、太腿を撫でられる未知の感覚にリクトは頬を染めると同時に、身を震わせる。
萌乃の相手はリクトに任せ、クロノは隣に座るセラに視線を向けた。
「セラ。ノエルの様子はどうだ?」
「……いつもと変わりません。訓練が終わると同時に学食の限定メニューを買いに向かいました」
「……大丈夫そうだな」
「ええ、そうだといいんですが……」
無表情ながらも先日の一件の結末が姉であるノエルの望まぬ結末にならなかったことが気がかりのクロノは、セラにノエルの様子を尋ねた。
そんなクロノにセラは、ノエルが好物である学食の限定メニューを買いに行ったことを教えると、僅かにクロノは安堵の表情を浮かべた。
しかし、セラの表情は沈みがちであり、胸の中にある違和感は徐々に広がっていた。
「クロノ君……先日はすみませんでした。まさか、考える限りで最悪な結末になるとは思いもしませんでした」
「別に構わない。オレはあの男が暴走した時点でどうなるのかを覚悟していたからな。それに、望まぬ結末だったがノエルも、それに、相手も覚悟を決めていたんだ……だから、ノエルはいつも通りでいられる、そして、前に進められるんだ。ノエルは後悔していないだろう」
「そういうこと。今は前を向かないとね?」
ノエルなら問題なく、今は前に進むべきだというクロノの言葉を、タコさんウィンナーを妖艶に咥えながら萌乃も同意を示した。
「大きな事件が解決してみんな先へ進もうとしているわ。これからアカデミーも大きく変わるって状況で、過去を振り返って立ち止まってる暇なんてないんだからね――それを、ノエルちゃんも十分に理解しているから、先へ進もうとしているんじゃないのかしら? もちろん、あなたたちもね?」
過去を振り返るよりも前に進まなければならないという、萌乃の言葉をセラたちは心に刻んだ。
望まない結末だったとはいえ、先日の一件でセラを含めて、大勢の人の因縁が断ち切ることができたので、萌乃の言う通り、今は過去を振り返らずに前を進む時期だったったのだが――セラの中にある違和感が膨れ上がってしまっていた。
そんな違和感を霧散させるように、「そういえば――」とリクトは声を上げる。
「鳳グループ本社と教皇庁本部を解体したらティアストーンと無窮の勾玉を一般公開するって話がアカデミー上層部から前から出ているようなんですが、本気で公開するつもりなんでしょうか」
「一般の人に輝石と煌石の理解を深めさせるため――そういう建前があるみたいだけど、大悟さんたちの考えることだから何か裏があると思うわ。まあ、まだ外部に漏らしていない情報で決定事項じゃないし、まだ先日の一件でアカデミー都市内の混乱が収まり切れてない現状で何とも言えないわね。実現するのかも定かじゃないわ」
「今後も輝石使いが増え続けるであろう世界のことを考えれば、輝石のことを知らない人たちの理解を深めてもらうのは、確かに重要なことだと思いますが――……」
アカデミーが未来に進むために、アカデミーが管理している二つの煌石を一般公開しようとする上層部の案にリクトは肯定的だったが――
ここで、リクトは難しい表情を浮かべた。何か釈然としないことがある、何か違和感を抱えている――そんな表情を浮かべており、そんな彼の表情の変化をセラは見逃さなかった。
「あら、リクトちゃん。何か気になることがあるのかしら? 悩みがあるならせんせーがきいてあげちゃうわよ♪」
難しい表情を浮かべているリクトにフランクに声をかけながら密着してくる萌乃に、リクトは「いえ、その……」と密着してくる萌乃に頬を染めて戸惑い、それ以上に答えに窮していた。
「その……何て答えたらいいのか、上手い言葉が見当たらないのですが……先生の言う通り先日の一件を解決してから、アカデミーだけではなく、みんなが過去を振り返ることなく前に進もうとしていると実感しています。そして、間違いなくその先に」
大きな災難が去って、みんなが前へ進もうとしていることを実感しているリクトだが――その表情は、未来へと進もうとしていることに期待を抱いているわけではなく、難しい表情のままだった。
そんなリクトの様子を見て、セラは彼もまた自分と同じ違和感を抱いていることを何となく察して、それについて質問しようとしたのだが――彼と同様何と口にしていいのかわからず、ただただ押し黙ることしかできなかった。
一方の萌乃も、リクトの言葉を受けて何かを感じて一瞬言葉が出なくなったが――すぐに、「そうね」と張りついたような笑みを浮かべて同意を示した。
「ということだから! 前へ進むためにもまずは腹ごしらえをしましょう。もう、お腹が空いちゃって、空いちゃって」
「随分食べるな……太りそうだな」
「クロノちゃん、それだけは言わないで! ただでさえ退院してから食事の量が増えて、体重計に乗るのが怖いの!」
ガツガツとリクトが作り過ぎた弁当を食べはじめる萌乃を見て、思ったことを正直に告げるクロノ。
そんなクロノの言葉にショックを受ける萌乃と、そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めるリクトとセラだが――
悪気なくストレートな感想を述べるクロノの素直な言動を見て、抱えていた違和感と、物足りなさが更に強くなっていた。
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