第33話
アカデミー高等部校舎、3年C組――いつものように始業開始のチャイムが鳴る前に、生徒たちは思い思いに過ごしていた。
友達のいない麗華と大和は相変わらず二人で喧しく口論していた。
大人しめで地味な雰囲気を持つクラスメイトは、自分の席で本を読んでいる白葉ノエルの周りに集まり、オススメの本や映画などをノエルに紹介していた。
クラスメイトたちの話を相変わらず淡々としながらもノエルは子供のように無垢な態度で聞いており、そんな彼女の態度に庇護欲を駆られ、更にファンたちの熱が上がる。
そんなノエルと双璧をなすほど人を集めているのは、セラだった。
セラはいつものように、いつもの自分の傍に寄ってくれる友人たちと、いつもと同じく和気藹々と談笑を繰り広げていた。
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! おはようございます、セラさん!」
「……おはようございます、貴原君」
セラの傍に集まる友人たちの合間を強引に縫って、いつものように貴原康が鬱陶しく挨拶をしてくる。
そんないつもの、いや、いつにも増して鬱陶しい貴原に、セラは他の人よりも僅かにトーンダウンした低い声音で挨拶を返した。
貴原への苦手意識を隠さずに素っ気なく挨拶をするセラだが、そんな一方的に愛する相手の態度など気にすることをしない貴原。
「セラさん、気持ちの良い今日の日差しよりも煌くあなたの姿は、相変わらずお美しい!」
「どうも」
「ということで、セラさん! 今度の休日――」
「お断りします」
「せっかく名店を――」
「お断りします」
「今なら――」
「お断りします」
「セ――」
「お断りします」
「…………」
「お断りします」
「まだ何も言っていないじゃないですか!」
「あ、すみません……言わずとも、何を思っているのかおおよそ検討はついたので」
自信満々の自身の誘いを即答で断られて涙目になる貴原を憐れだと思ってしまい、セラは思わず謝罪を口にしてしまう。
謝罪を口にしたセラの慈悲深い性格を利用しようと、邪悪な笑みを浮かべる貴原だが――
「ちょっと、貴原! セラが迷惑してるじゃない! いい加減にしなよ!」
「気持ちはわかるぞ、気持ちは。でも、こういう時にしつこいアタックは悪手だろ」
「例えば、二人きりになれる時を見計らって、押しに弱くて優しいセラの性格を利用してだな」
「うわぁ、アンタってそんなこと考えてるの? サイテー」
「例えばの話だっての! お前だってよくセラの人の好さを利用して連れ込んでるじゃねぇか」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。アタシはセラのためを思ってやってるんだからね」
口論をはじめる友人たちをセラは「ま、まあまあ」と諫めると、すぐに落ち着くセラの友人たち――自分を放ってセラと和気藹々と接しているそんな彼らを貴原は無駄に整った顔立ちを激しい嫉妬で醜くさせて、忌々しく舌打ちをした。
「クソ! 有象無象どもめ! どうしてお前たちばかり……」
「あー、ほらほら、貴原。漢の嫉妬は醜いってよく言ってるだろうが」
「そうだぞ、セラに認められたいんだったら、もうちょっと器を広くしろって」
「ここは一旦退いた方がお前のためだって、な? 出直そうぜ」
「だっー! お前たちはどうしていつもいつも馴れ馴れしいのだ!」
醜い嫉妬の炎を宿していた貴原を落ち着かせるような、それ以上に更に煽る、貴原の数少ない三人の友人たちの登場に、貴原は苛立ちを爆発させる。
「おはようございます、みなさん」
現れた貴原の友人たちに、セラは貴原に見せたものよりも、数倍美しく、優しく、見るものすべてを魅了する笑みを浮かべて元気よく挨拶する。
そんなセラの太陽よりも明るい笑顔に見惚れる三人と、関係のない貴原。
「悪かったな、セラ」
「こいつのことは俺たちに任せてくれよ」
「ほら、行くぞ貴原。まったく、お前って奴は。いつかセラのファンに刺されるぞ」
「な、何をする! 馴れ馴れしいぞ! 放せ、放すのだ! まだ僕はセラさんと――」
貴原の友人として、三人はこれ以上セラの手を煩わせないために貴原をセラから引き離す。
もちろん抵抗する貴原だが――「あの、貴原君……」とセラはふいに、不覚にも、呼び止めてしまった。
「この僕に何かようですかな、セラさん!」
セラに呼び止められて、貴原は無駄にカッコよく決めポーズを取って何でも答える態度を示すが――ここでタイミング悪く、始業開始のチャイムが鳴り響く。
「……すみません、何でもありません」
「ハハッ! 別に構いませんよ! 僕ならいつでもセラさんの相談に乗りますから」
「いえ、別に結構です。相談事もありませんし」
勝手に盛り上がっている貴原を素っ気なく追い返すセラ。
相談事なんてなかった。
ただ、セラは気になっていた――貴原と、彼の傍にいる三人の友人たちのことを。
貴原はそれなりに確固たる信念を持っているが、自分よりも下に見た相手をとことん侮蔑する、セラが一番嫌いなタイプだ。
そんな貴原が自分よりも下に見ている三人と一緒にいる姿に、セラは不思議に思っていた。
どこで、あの三人と貴原は一緒に出会ったのだろう――その疑問が浮かびながらも、まだ入院中のヴィクターの代わりに担任と務める自信の幼馴染、ティアリナ・フリューゲルの登場し、いよいよアカデミーの一日がはじまったので疑問はすぐにどこかに行ってしまった。
だが、朝から抱えていた違和感は更に強くなっていた。
―――――――
訓練の時間――ウェストエリアの訓練場でセラのクラスは、ティア主導の元実戦形式の激しく、厳しい訓練が行われていた。
入念な準備運動の後、ティアは実力伯仲の者同士をグループに分けて、そのグループ内で一対一で五分間本気で戦わせ、一分間のインターバルの後に再び本気で戦わせる。
一分間のインターバルがあるとはいえほとんどのクラスメイトたちは疲弊しきってしまい、小休止せざる負えなくなってしまう。
ティアが訓練教官になってからこれが当たり前の光景となっており、ほとんどの輝石使いが彼女の厳しい訓練についてこれずにいたが、一応、彼女はクラスメイトたちの身の丈に合った、それでいて限界以上の力を引き出せる訓練メニューを考えていると同時に、彼らに怪我をさせないように細心の注意を払って指導を行っていた――訓練が厳しいことには変わりないが。
しかし、厳しい訓練のおかげで輝石使いたちの実力が上がっており、成果も出していた。
「いやぁ、ティアさんの訓練、きっついなぁ……優しい優しい大道さんがいいなぁ」
「だらしがないですわね、大和。これくらい、何ともありませんわ! むしろ、あのティアお姉様が直々に訓練の手ほどきをしていただけるのですから、光栄に思うべきですわ――ああ、ティアお姉様、もっと私に厳しく指導していただきたいですわぁ……」
「僕は麗華みたいに攻めるも受けるも極端じゃないんだよね――はぁー、お昼ご飯食べられるかな。今日の学食の限定ランチ、楽しみにしていたのになぁ」
全員がダウンしている中、アカデミー都市内でもトップクラスの実力を持ち、ティアの厳しい訓練についてこれている麗華、大和、セラ、ノエルのグループは呑気に、普段しないような会話で盛り上がっていた――これもまた、いつもの光景だった。
ティアの厳しい訓練に億劫そうにしている大和とは対照的に、麗華は発情しきった動物のように興奮の息を漏らし、恍惚の表情を浮かべていた。
「あ、大和君、今日の学食でデリシャスジャンボプリンはありましたか?」
「ホントセラさん、あれ好きだよねぇ。残念だけど今日はなかったよ。その代わり、ノエルさんの好きなトレビアンジャンボアップルパイがあったよ」
「即、買います」
好物の限定メニューが売られていることを知り、無表情ながらも僅かに心躍らせるノエル。
相変わらずの無表情だが明るく、僅かに人間味が滲み出ているノエルの表情を見て、セラは僅かに安堵する。
つい先日発生した事件――その結末はノエルにとって厳しいものだったからだ。
事件後、本人は「問題ない」の一言で済ましていたが、事件に大きく関わった身として、そして、一応は友人として、セラはノエルを心配していた。
「そういえば、他のクラスの人から聞いたんだけど、この前臨時でやった優輝さんの訓練、教え方が上手くてすごく評判良かったんだってさ」
「優輝は昔から教え方が上手かったんですよ。昔はよくお世話になっていました」
「ということは昔から、ティアさんはあんな感じだったのかな?」
「ええ……ティアのおかげで強くなれましたけど、今も昔もティアは自分にも他人にも厳しく訓練し過ぎています。一応ちゃんと訓練メニューを考えているようですが」
「それにしてもだよ。そういえば、この前ティアさんが鉄棒で懸垂やってたんだけどさ、握力で鉄棒をぐにゃりって曲げたんだよね。それで、その後何事もなく直してたんだ」
「さすがはティアお姉様ですわ!」
「さすがというか、ここまで来ると人外の域に達しているよ」
アカデミーが設立される以前に、教皇庁に認められた聖騎士が弟子を取って訓練を行う旧育成プログラムを子供の頃にティアや優輝と受けていた頃を思い出すセラ。
昔と変わらず、自分にも他人にも厳しい訓練を課していたティアに、若干引いている大和だったが、もはや化け物レベルにまで鍛え上げられたティアを心から麗華は尊敬していた。
「しかし、ティアリナ・フリューゲル――彼女の肉体には感心すべきです。すべての無駄をそぎ落とした無駄のない肉体です。まさに、人の理想形の肉体かもしれません」
「私もノエルさんの意見には激しく同意しますわ! 厳しく鍛え上げらながらも無駄な精肉はもちろんのこと、無駄な筋肉もついていないしなやかで美しい肉体に実る豊満な果実――うーん、エクスタシィイイイイイイイイ!」
「……伊波さん、彼女は大丈夫でしょうか」
「もうダメかもしれないね」
生まれたままのティアの姿を想像し、鼻息を荒くし、目を充血させながら興奮している麗華を、一歩引いた冷ややかな目でノエルは一瞥し、手遅れであることを大和は教えた。
「あれ? 小休止がはじまって十分近く経っているっていうのに、ティアさんはどこにいるのかな? もしかして、このままもうちょっと休める? イヤッホォオオオオオ!」
――そういえば、ティアにしては随分と休憩が長い……
いつもなら、どんなに疲れていても五分以上は休ませないのに……
大和の言葉に違和感を覚えたセラは、ティアの姿を探す――すると、訓練所の隅で腕を組んで何かを考えこんでいるティアの姿を見つけた。
「ティアさん、すごく考えてるけど……もしかして、今以上の訓練メニューを考えてたりする? ふえぇ……も、もうらめぇ、これ以上は壊れちゃうよぉ……」
「あぁ、ティアお姉様、今度はどんな厳しいことをしていただけるのでしょう――あぁ……」
「……もう、手遅れのようですね」
嫌な予感が駆け巡り、歓喜の雄叫びを上げていた大和の表情は絶望に染まり、涙目を浮かべて幼児退行して項垂れる。
そんな大和とは対照的に、厳しいティアの訓練を想像してイッちゃってる麗華。
そんな二人の様子に、ノエルは冷静に匙を投げた。
一方のセラはティアに駆け寄り、「ティア、大丈夫?」と声をかけた。
セラの声に数瞬間を置いて「ああ」と反応するティア。
「……どうかしたの?」
「いや、特には何も問題はないのだが――……」
そうは言っているが、明らかに何か問題がありそうな、思い詰めた表情を浮かべるティア。
体調は万全だが、自分の気持ちに理解していない――幼い頃からの付き合いであるティアの表情を見て、セラは幼馴染の心の内を何となくだが察していた。
「……なあ、セラ」
「ん?」
「私は、何かを忘れているような気がするんだ」
「……小休止を終えること?」
「そうだな、それもあったな――……だが……」
セラの言葉に長めの小休止を取ってしまったことに気づくティアだが、彼女の表情はまだ納得していない様子で、曇っていた。
しかし、「まあいい――」と、ずっと考えこんでしまっては訓練の時間の無駄だと判断し、さっそく小休止を終了させて訓練を再開させた。
晴れない幼馴染の表情を見て、朝から存在していたセラの中にある違和感が更に強くなった。
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