第四章 日常回帰

第32話

 アカデミー都市の、アカデミーの校舎や重要施設が立ち並ぶセントラルエリアに建つ、高層マンションの一室。


 まだ朝日が昇りはじめて時間がそう経っていない朝の五時――登校時間にはだいぶ余裕はあるが、セラ・ヴァイスハルトは起床してしまった。


 まだ眠くてもう少し眠っていてもよかったのだが、二度寝をすると遅刻するあるので、その気持ちを堪えてベッドから起き上がるセラ。


 起きたセラは軽くストレッチをした後、少し早く起きたのでアカデミー高等部指定のジャージに着替えて外に出て軽く走り込みをする。


 昨日は天気が悪く、夜には雨が降っていたが、朝の天気は快晴で気持ちの良い朝だった。


 走り込みを終えたセラは自室に戻って疲れる身体を休ませることなく、すぐに朝食の支度と昼食の弁当を手早く作る。


 昼食の弁当であるサンドウィッチを作り終えると、朝食である昨夜の残り――は、なかったので、昼食の弁当で作って余ったおかずをパンに挟み、ゆっくりとそれを食べながら牛乳と砂糖たっぷりのコーヒーを飲んだ後、洗い物をする。


 洗い物を終えたセラは脱衣所に向かい、ジャージと部屋着を脱いで、生まれたままの姿になったセラはそれらを洗濯機へと放って起動させた後にシャワーを浴びる。


 時間をかけてゆっくりと走り込みでかいた汗を熱々のシャワーで流し、アカデミーの制服を着たセラは、洗濯が終わるまで室内を軽く掃除する。


 三十分程経った後に、洗濯が終わってすぐに洗濯物を外に干す。


 朝の六時半過ぎ――登校時間にはまだまだ余裕があるが、早起きは三文の徳があり、だらだらし過ぎると良くないと判断したセラは、学生鞄を持って部屋を出た。


 そして、すぐに登校する――というわけではなく、友人の元へと向かおうとするが――


 友人の部屋は一部屋離れた場所なのだが、隣室の前でセラはふいに足を止めてしまう。


 隣室は空き部屋であり、誰もいないはずだった。


 だというのに、一瞬セラは隣室のチャイムを鳴らそうとしてしまった。まるで、それが日課だというように、不自然なほど自然と、


 そんな自分に戸惑いながら、セラはジッと隣室の扉を見つめていると――


「どうしましたの、セラ」


「――あ、おはよう、麗華」


 目的地である部屋に暮らし、挨拶をするついでに一緒に登校しようとしていた麗華が部屋から出てきて、空き家をジッと眺めているセラを怪訝そうに見つめていた。


 そんな麗華の言葉に一瞬遅れて反応し、挨拶をするセラ。


「ごきげんよう、セラ。それよりも、空き家の前でボーっとしているとは、あなたらしくありませんわね。もしかして、寝ぼけているのではありませんの?」


「寝ぼけているというか、少し眠いのかも。今日、いつもより少し早く起きたから」


「まったく! 早起きは立派なことですが、栄えある風紀委員に所属しているというのに、だらしがないですわよ、セラ!」


「わ、わかってるよ」


「ここのところアカデミー都市内には目立った事件は起きず、平和が続いていることはもちろんいいことだとは思いますが、アカデミー都市の治安を守る風紀委員である私たちが平和ボケしてしまってはいけませんわ!」


「なーんて、偉そうに言っているけど、麗華だってさっき寝ぼけて口からボロボロシリアルをこぼしてたし、寝ぼけてふらふら歩いていたせいで椅子の足に小指をぶつけて泣き喚いていたじゃないか」


「しゃ、シャーラップ!」


 寝ぼけているセラをだらしがないと、くどくど叱責して気合を入れさせる麗華だが、遅れて麗華の部屋から出てきた大和が、意地の悪い笑みを浮かべながら偉そうな態度の彼女の裏側をセラに教える。


 余計なことを言う大和に怒りの声を上げる麗華だが、大和は軽く流して「おはよう、セラさん」と挨拶をして、セラも彼女に挨拶を返した。


「大体大和! 私よりもあなたの方がだらしがないですわよ! 私の隣の部屋に住んでいるというのに、自室に戻らず私の部屋に寝泊まりばかりするわ、人の残しておいたスイーツを勝手に食べるわ、優雅なバスタイムを邪魔するわ、人のベットでお腹を出して勝手に寝るわ、だらしがない上に、いい迷惑ですわ!」


「今まで一人暮らしをしてこなかったお嬢様の麗華を気遣っているんじゃないか。だって、麗華は最近まで抱き枕がないと一人で眠れなかっただろう? 抱き枕代わりがこの僕さ。スイーツを勝手に食べたのは申し訳ないけど、まあ、その役割を果たしている僕へのチップってことで、まあ勘弁してよ」


「よ、余計なことは言わなくていいのですわ! だったら、目覚まし時計くらいの役割は果たしてもらいたいですわ!」


「失礼だな、ちゃんと起こしているじゃないか。今日だってちゃんと麗華を起こしたじゃないか」


「ギリギリ、ですわ! それも、いつも! そして、たまに忘れますわ!」


「だって、麗華がギリギリまで僕を抱き枕にして放してくれないこともあるし、何度起こしても起きないほど目覚めが悪いし。あー、たまに忘れるのはご愛敬ということで」


「まったくかわいげはありませんわ!」


 まったく、飽きもしないでよく続くな……相変わらず仲が良くて何よりだけど。

 でも――……何だろう……

 何かが足りないような気がする……

 何かがおかしいような気がする。


 麗華と大和の口論――いつもの朝の光景を見てセラは朝から疲労感を滲ませたため息を漏らしながらも微笑ましく眺めていたが――


 何かが足りない、何かが変だ、そう思っている自分がいた。


 ……気のせいか?


 そんな違和感を抱えながらも、普段と変わらぬ、いつもの二人の口論を眺めて気のせいだとセラは思うことにした。


 十分以上大和と麗華の口論が続いたが、さすがにこれ以上続くと遅刻の危険性があるので、セラが間に入って口論を中断させてアカデミーへと向かった。


 道中、飽きもせずに麗華と大和の口論が続く。


 そんな二人の口論を眺めていると――再び、セラは違和感を抱えてしまった。


 考えても正体を掴むことができないその違和感に気のせいだと自分に言い聞かせるセラだが、その違和感を頭の中に残したままアカデミー高等部校舎に到着した。

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