第35話

 放課後――一日の授業が終わり、セラは風紀委員本部へと向かった。


 風紀委員本部には自分を含めた、麗華、サラサという風紀委員のメンバーの他に、大和、ノエル、美咲が集まっていた。


「わわっ! ちょっと、ちょっと、みんな卑怯じゃないの? みんなで僕を責めるなんて」


「だって、大和ちゃんだけ熟練者なんだもん☆ 狙われるのは当然でしょ? ――って、ウサギちゃん? う、裏切ったの?」


「漁夫の利を利用しただけです――あ……」


「す、すみません……」


「やっぱりこういうゲームには裏切りがつきものだよね? はい、サラサちゃんもおしまーい。こっちも罰ゲームがかかってるからね、絶対に負けられないからね」


 大和、ノエル、美咲、サラサの四人は室内に設置された薄型テレビにゲームを接続し、四人同時プレイできる対戦格闘ゲームで白熱していた。


 大和や美咲だけではなく、敗者には罰ゲームが課せられているため、半ば強引に参加させられたサラサとノエルは淡々としながらもかなり本気でプレイしており、裏切りや不意打ち、何でもござれで戦っていた。


「フフーン❤ 楽しみだなぁ、罰ゲーム」


「僕としては恐ろしいよ。負けたらエッチな下着と服を着せられるなんてさ」


「いやぁ、おねーさんは負けても勝ってもいいんだけどね☆ おねーさんの身体をみんなに余すところなく見せても別に構わないんだから」


「それなら、美咲さんがやればいいのに」


「それじゃあ、面白くないよ♪ おねーさんはみんなの生まれたままの姿、それ以上の恥ずかしい姿を見たいんだから――って、大和ちゃんズルいー!」


「はい、美咲さん後一回倒れたら罰ゲーム確定♪」


「このまま一気に終わらせます」


「す、すみません、美咲さん」


 自分が課した罰ゲームを想像して興奮しきった表情を浮かべる美咲だが、すぐにその表情は絶望へと染まり、一気に美咲は追い詰められ、罰ゲーム発起人としては自業自得の展開となってしまう。


 美咲が罰ゲーム一歩手前になり、一気に室内が白熱し騒がしくなる――


 ……そろそろかな。


 四人がゲームに熱中している様子を腕を組んで鬼のような形相で眺めている麗華を見て、セラは部屋中に――いや、校舎中に響き渡る怒声に耳を塞いで備える。


「弛んでいますわっ!」


 セラが耳を塞いだ瞬間に響き渡る麗華の怒声に、大和たちはゲームを中断して鼓膜を守るために耳を塞ぐ。


 大和たちが怒声に怯んでいる隙に、麗華は大和たちが楽しんでいたゲーム機の電源を無情にも切った。


「あー、麗華、せっかくいいところだったのに」


「アタシとしても、おねーさんのセクシーダイナマイトボディを見せられるいい機会だったのになぁ」


「シャラップ!」


 楽しみの時間に水を差した麗華に不平不満を漏らす大和と美咲。


 一方のサラサとノエルは巻き添えを食らわないように早々と麗華から離れていた。


「というか、美咲さん! あなたは制輝軍に協力している身でしょう! こんなところで遊んでいる暇はないはずですわ!」


「大丈夫大丈夫。風紀委員と同じで今は制輝軍も暇してるからさ☆」


「アリスさんに言いつけますわよ!」


「アリスちゃんもアリスちゃんで、制輝軍本部にこもって機械弄りをしてるから暇を持て余してるのは同じ♪ 正直今のアカデミーは暇すぎておねーさん、欲求不満だよ♪」


 心底暇そうにしている美咲に、欠伸をしながら大和も「そうだよねぇ」と同意する。


「平和なことはいいことだとは思うけど、ここまで何も起きないとさすがに暇だね」


「シャラップ! こういう平和な時こそ、油断をしないで一番気を張っていなくてはならないのですわ! まだ決定事項ではないとはいえ、アカデミーは長年トップシークレットとして厳重に保管されていたティアストーンと無窮の勾玉を一般公開させようと考えていますわ! そんな時にアルトマンが起こしたような騒動が――……」


 最近のアカデミーは大きな事件の一つも起きらずに平和なので、暇を持て余している美咲と大和に喝を入れる麗華だが――ここで急に勢いが衰えてしまう。


 アルトマンの名前が麗華の口から出て、無表情ながらもノエルの表情は僅かに沈んでいた。


 そんなノエルを見て、彼女の前で不用意にアルトマンの名前を出してしまったことを猛省する麗華。


 ノエルが父と慕っていたアルトマンは先日の一件で、生死不明――いや、高確率でなっているからだ。


 しかし、ノエルへの気遣いと同時に、麗華は正体不明の違和感に襲われてしまい、押し黙ってしまう。


 それは麗華だけではなく、この室内にいる全員も同じだった。


 違和感の正体を掴めないまま、室内の空気が一瞬静寂に包まれてしまうが――気を取り直した麗華の「ウォッホン!」というわざとらしい咳払いで静寂は破られる。


「とにかく、大きな問題が去った今だからこそ、油断大敵なのですわ! さあ、風紀委員の活動をはじめますわよ!」


 そう言って風紀委員の活動開始を宣言する麗華。


 これ以上勝手な真似をすると再び麗華の雷が落ちると思ってか、大和と美咲は眠そうに、暇そうに欠伸をしながらアカデミー都市の巡回をするために部屋から出た。


 それに続くようにサラサとノエルも出て、セラと麗華は二人きりになる。


「何をしていますの、セラ! まさか、あなたも大和たちと同じく平和な現状に胡坐をかいていますの?」


「そういうわけではないんですけど――……アルトマンの捜索はどうなっているのでしょう」


「……まだ、遺体は見つかっていませんわ」


「そうですか……」


「不安なのはわかりますが、あの爆発ではもう生きていられないでしょう。爆発に咥えて、アルトマンはアンプリファイアの力を使ってかなり消耗していましたから」


「そうですよね……」


 先日、アルトマンがアカデミー都市内で大暴れするという事件が発生した。


 アルトマンは連日アカデミー都市内で暴れ、その結果、大勢の怪我人も出てしまい、ヴィクターや萌乃といったアカデミー内の重要人物に重傷を負わせた。


 その結果、アカデミー中から追われることになってしまったアルトマンは注目を集めながら大勢の人間を教皇庁と鳳グループが仮の本部を設置しているホテルに集め、アンプリファイアを使って暴走した挙句、大勢を道連れに自爆しようとした。


 だが、セラたち風紀委員と制輝軍の活躍によって寸でのところで阻止。


 しかし、すでに爆弾を起動させており、アルトマン一人が自爆してしまった。


 幸い避難は済んでいたので怪我人はおらず、ホテルを半壊させるだけで済んだのだが――ホテルに残って自爆したアルトマンはまだ見つかっていなかった。


 あの爆発を受けて無事であるわけがなく、遺体も見つからないだろうとのことだが――事件を思い返して、セラには不安と同時に違和感があった。


 かつてのファントムと同様に自爆したと見せかけてまだアルトマンが生きているのではないかという不安。


 それ以上に、アルトマンが起こした事件の顛末を改めて思い返して、今日一日抱えていた違和感が刺激されていた、


「事件について、セラは何か気になることでもありますの?」


「……いえ、どうしてアルトマンはあんな暴走をしたのかと思いまして」


「北崎雄一、アルバート・ブライトという協力者を失い、追い求めていた賢者の石が教皇庁が煌石の神秘性を高めるために作ったおとぎ話上の存在であることを知って、目的を見失ったアルトマンは自棄になったのでしょう」


「今まで裏で慎重に動いていた人が、ですか?」


「そればかりはアルトマン自身の問題ですわ――しかし、アルトマンを止めようとしていたノエルさんには申し訳ないと思いますが、事件が解決してよかったと心から思いますわ。これで、アカデミーは未来へと進むことができますわ」


 アルトマンというアカデミーが進もうとする新たな未来を阻む最大の障害がいなくなって安堵する麗華だが――その表情は複雑だった。


 イミテーションである自身を作ったアルトマンを父と慕い、そんな彼を止めようとしていたノエルに申し訳ないと思う気持ちもあったが――


 それ以上に、麗華自身、自分でもわからない違和感に胸を支配されていた身体。


「さあ、セラ。過ぎたことよりも、今や先を気にしましょう――行きますわよ」


「……ええ」


 だが、麗華はそんな違和感を気にするよりも、前に進むために風紀委員の活動を開始する。


 セラも自身の中にある違和感の正体を掴むことができなかったが、今は答えの見つからない問題を考えることよりも行動する方を優先させた。


 先へと進むために。


 ――こうして、いつものようにセラの風紀委員としての活動がはじまる。


 そして、いつものようにアカデミーでの生活が終わり――


 一日が終わる。


 時が経つにつれ、徐々にセラたちの中で芽生えていた漠然としない違和感が、物足りなさが消えはじめ、何も残らなくなるまで、さほど時間はかからなかった。


 そうなっても、気にすることなくセラたちはいつものような日常を繰り返し――


 振り返ることなく、先へと進み続ける。

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