第29話
――恐ろしい女だ。
長時間ティアストーンの力を自在に操っても疲労感をまったく見せないエレナの後姿を見て、アルトマンは心の底から感心するとともに、恐れを抱いた。
もちろん、底知れない力だけではなく、大勢の人間の尊敬を集めている存在でありながらも、そんな彼らを裏切るエレナの容赦のない判断にも恐れ入っていた。
アルトマンは自分の思い通りではなく、エレナの思い通りに動いているような錯覚を覚えた。
銀城美咲を鳳グループで暴れさせればいいと言ったのはエレナであり、教皇庁と関わり深い一族である『銀城』である彼女を鳳グループで暴れさせれば、教皇庁の人間は更なる関係悪化を恐れると同時に、自分たちに裏切者がいるかもしれない状況で疑心暗鬼にさせて動けなくさせる――まさに、その通りの状況になり、ティアストーンの元へは誰にも気づかれずに向かうことができた。
エレナの言う通りになって感謝しているアルトマンだが――鳳大悟と長年つながっていたという情報をギリギリまで隠していたこと、そして、いまだに目的が見えないことが、アルトマンの不安と疑念を抱かせ、さらに時折彼女から感じさせる狂気にも似た執念がそれらを増幅させた。
草壁、アリシア――その他大勢の人間の復讐心や欲望を巧みに操ってきたアルトマンだからこそ、エレナの持つ底知れないどす黒い感情は操れないものであり、破滅を呼び込む危険なものだと判断していた。
教皇という立場でアカデミー内部の情報を知り尽くし、ティアストーンを扱う力に長け、尊敬を集める立場で誰も疑わない、協力関係を築くにはピッタリな人物だが――彼女がどす黒い感情を持った時、メリットだけで判断して彼女と協力関係を結んだことを後悔していた。
ティアストーンに十分に力が蓄えられている――目的達成はもう目の前。
――これ以上彼女に頼るのは危険だ。
神々しいほど青白く発光して、強大な力を放っているティアストーンを見て、アルトマンは満足そうに微笑み、指輪についた自身の輝石を刺々しく、禍々しい形をした剣に変化させる。
アルトマンはエレナを排除するつもりだった。
そして、持っているケースの中にあるアンプリファイアを使って、ティアストーンを暴走させた後、自分の中に眠る賢者の石の力を使って、二つ目の賢者の石を生成するつもりだった。
後はノエルを囮にして逃げれば完璧――アルトマンは頭の中で逃走計画を練り、この場所に誰かが来るまでにはすべては終わると確信した。
ここまでありがとう、教皇エレナ。
そして――さようなら。
心の中でここまで協力してくれたエレナへの感謝の言葉を述べ、手にした武輝を振り上げようとすると――
「――何のつもりですか?」
背後に迫るアルトマンの気配を察知したエレナは、ティアストーンの力を制御しながら凶行に及ぼうとするアルトマンに話しかける。
「これ以上君と協力するのは危険だと判断したんだ」
「それは残念です」
「最後に教えてくれ……君の目的は何だったんだ?」
「私の目的は――」
武輝を振り上げたアルトマンは、最後にエレナの目的を尋ねた瞬間――前方にいたエレナの突如として姿が消えた。
自分の後方に武輝を持ったエレナが自身の後方に瞬間移動していることに気づきながらも、まだ反撃する余地はあるのでヘルメスは余裕を崩さない。
「復讐です」
「君の暗い感情を読み取った時から、それには何となくだが気づいていたよ」
ようやくエレナの口から目的を聞くことができたが、想定内だったヘルメスは特に驚かない。
「その復讐にはあなたも含まれます」
「私が君に何かしたのかな? それなら、謝罪させて――」
言葉を待たずにエレナは手にした武輝――杖で後ろからヘルメスを殴りつけた。
強い憎悪が込められた一撃にヘルメスの余裕な笑みが崩れてしまう。
よろけながらも反撃を仕掛けようとするヘルメスだが――エレナの表情を見て凍りついた。
今まで感情を表に出すことなく、不気味なほど常に無表情だったエレナが復讐の対象者である自分を見て狂気に満ちた笑みを浮かべていたからだ。
憎悪と執念で整った顔立ちを歪ませたエレナの顔を見て、ヘルメスは恐れを抱いて攻撃の手が一瞬緩んでしまい、その隙を突いたエレナに再び攻撃される。
手に持った杖を力任せに振り払い、ヘルメスの側頭部に直撃させる。
「無様ですね――……フフッ! ――……!」
――バカな……
意識が飛びそうになるの必死で堪えているヘルメスの頭に嘲りを含んだエレナの声と――彼女が発したありえない言葉が届いた。
驚愕に染まるヘルメスの表情を見て、エレナの表情がさらに狂気の笑みで歪む。
――――――――――――
教皇庁本部の聖堂の奥にある『祈りの間』へと続くエレベーターの前にいるノエルは、動き出したエレベーターの様子をジッと眺めていた。
長い通路を隔てた先にあるティアストーンのある空間から伝わる、ティアストーンの全身を優しく包むような柔らかく、温かな力の波動に、目前に迫る戦闘で気を張り詰めなければならないのにノエルは心地良さを感じていた。
ティアストーンから感じる心地良い力に身を委ねながらもノエルは、輝石を武輝である双剣に変化させて邪魔者の到着を待った。
エレベーターに乗っている人間の中に、確実に自分を生み出した遺伝子を持つ、セラ・ヴァイスハルトがいることは、根拠はないがノエルは確信していた。
そう思った時ノエルは今までの記憶が蘇ってくる。
自分が生まれた時、それから父のために厳しい訓練をクロノとともに行ったこと、制輝軍に入ったこと、多くの人間との出会い、アカデミーでの生活、そして――セラとの出会いだった。
自分を生み出してくれた父の役に立つためだけに強くなった。
そして、いつか必ずアカデミー都市を守る輝動隊と輝士団が潰れると断言した父の言葉に従い、実力主義で仲間意識の強い制輝軍に入った。
制輝軍を率いる立場になって自然と彼らは自分を信じてついて来てくれて、自分に疑いを持つことなく動いてくれたので、実に利用しやすかった。
特にアリス・オズワルドは自分に良く尽くしてくれて、利用もしやすかった。
制輝軍がアカデミーに駐屯することが決まってから、いよいよ自分たちの行動がはじまる。
父の指示通りに特区で看守長として働いていた銀城美咲を仲間に引き入れた。彼女はアリスと違って勝手に動くし、命令も聞かないし、扱いづらかった。
そして――セラ・ヴァイスハルトと出会う。
意見の相違からぶつかり合った結果、勝利――オリジナルを超えて、胸の中が沸き立つ不思議な感覚に陥ったのをノエルは良く憶えていた。
それから多くの人と出会いながらアカデミー都市で暮らしていた。
最初期にはアカデミーに通っていたが、学ぶことはないと判断してすぐに登校をやめた。
だが、輝石を扱う能力が乏しいのに、煌石を扱う資質を持つ七瀬幸太郎がどの程度の力を持っているのか確認をするためにアカデミー高等部に通っていたが――特に収穫はなかった。
そして――クロノが裏切った。
いまだに、ノエルにはクロノが裏切った理由が理解できない。
長年一緒にいて、訓練もしてきたのに、父のために動いてきたのに――そんな彼がどうして自分たちを裏切ったのかが理解できなかった。
理解しようと思っても理解できなかったので、ノエルはクロノを考えるのをやめたが――自分の攻撃を食らって彼がどうなっているのかは気になった。
目が覚めたという話は聞いているが、怪我の具合はどうなっているのか、体調に何も問題はないのか、それが気になっていた。
同時に、利用するだけ利用して簡単に捨てたアリスや美咲、そして、制輝軍に所属している人間たちが頭に浮かぶと――ノエルの胸の中に説明できない不快なざわつきが支配する。
胸がざわつき、身体に妙な倦怠感が発生して任務に集中できなくなるが――
――緊急事態発生!
長い通路を隔てた先にある、ティアストーンがある場所にノエルは異変を感じ取り、頭の中の声が響き渡り、異常をきたしていた身体に喝を入れる。
先程から全身に心地良さを与えていたティアストーンの力の波動に歪みを感じ取ったノエルは、父とエレナの間に何かあったと確信してすぐに駆けつけようとするが――タイミング悪く、エレベーターが到着する。
父の安否が気になりながらも、エレベーターから降りてきた人物を確認するノエル。
ノエルの想像通りセラがいて、彼女の傍にはリクト、そして――クロノがいた。
クロノの姿を見た途端、ノエルは胸が温かくなるような、それでいて、沈むような気分に陥ったが、それを表情に出すことなく現れた三人を睨んだ。
「ノエル、そこを退け」
「私の任務は邪魔者を排除することです」
無表情ながらも懇願するように放たれたクロノの言葉を、ノエルは短い言葉で突き放す。
淡々と自分の任務を告げるノエルから退かない意志を感じ取ったクロノはこれ以上何も言うことなく、代わりにチェーンにつながれた輝石を武輝である剣に変化させたセラが前に出る。
「――クロノ君、リクト君、先に向かってください」
有無を言わさぬセラの言葉に、リクトとクロノは力強く頷いて先へ向かう。
先へ向かう二人に飛びかかろうとするノエルだが、目の前にいるセラに隙を見せてしまうのに加え、異変が起きている父の元へ二人を向かわせれば、異変の元を断つかもしれないと判断したノエルは二人を先に向かわせ、セラの相手に集中することにした。
――目標、セラ・ヴァイスハルト――排除を開始する。
その後、リクト・フォルトゥス、白葉クロノの排除を開始。
――任務開始。
頭の中の声が任務の開始を告げた瞬間、ノエルは先へ急ぐリクトたちを一瞥もくれずにセラに飛びかかり、落ち着き払った様子でセラは彼女を迎え撃つ。
セラとノエル――お互いの全力を尽くした戦いがはじまる。
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