第30話

 これがティアストーンの力……

 ティアストーンの欠片とは比べ物にならないほど大きく、それでいて澄んでいて、優しく、温かい――まるで、母さんみたいだ。

 ……でも、何か変だ……


 ノエルの相手をセラに任せ、長い通路を走ってティアストーンの元へと急ぐリクトとクロノ。


 母性に似たティアストーンの優しい力の波動に心地良さを感じるリクトだが――優しい力の中に濁ったようなものを感じていた。


「リクト――何か妙だと思わないか」


 神妙な面持ちで話しかけてくるクロノも、自分と同じくティアストーンから感じられる力の異変に気づいていることをリクトは察した。


「……クロノ君も感じる? ティアストーンから感じる嫌な力」


「それもあるが、ノエルのことだ。先へ向かうオレたちの道を阻むのがアイツの目的だったのに、それをしないで先を向かわせた」


 任務に忠実なノエルが自分たちを先に向かわせたことをクロノは不審がると同時に、僅かな期待感を抱いているようにリクトは見えた。


「ノエルさんも異変を感じていたから、それを確認させるために僕たちを先に向かわせたということもあると思うけど……もしかしたら――」


「――いや、変な期待をしてすまない。先へ急ごう」


 ……まったく、クロノ君は。


 リクトの気遣いを感じたクロノは、強引に会話を打ち切った。


 変に期待をして、期待を裏切られた時の不安と恐怖を抱いているが、それを口に出そうとしないで自分の中で抱え込もうとしているクロノに呆れながらも、リクトは優しく微笑んだ。


「クロノ君……こういう時は無理しないで正直に口に出した方がいいんだよ」


「そうなのか?」


「一人で抱え込んで悩むよりも、口に出した方がスッキリすることだってあるよ」


 幸太郎たちと出会う前、次期教皇最有力候補としての立場に押し潰されそうになり、信頼できる人が僅かしかいなくてそれを安易に口にできなくて一人で悩んでいた自分を思い浮かべながら、リクトはクロノにアドバイスをした。


「それなら……オレは、ノエルにも感情が芽生えてほしいと思う。裏切られてもアリスや美咲はノエルを仲間として、友達として止めようとしていた二人の気持ちを知ってもらいたい……そして、オレのように友達の大切さを知ってもらいたい」


「そうそう、そんな感じ。クロノ君は『人』なんだから、自分の気持ちや感情を正直にもっと口に出すべきなんだよ」


「……善処する」


 リクトの言葉に素直に頷くクロノ。まるで、何も知らないような子供が新たな知識を吸収するような素直で純粋なクロノの反応に、リクトは思わず庇護欲に駆られてしまう。


 しかし、今はそんなことに浸っている状況ではないので、先へ急ぐ。


 徐々に数メートル先にある空間から放たれる青白い光が薄暗い通路を照らす。


 そして――ついに、ティアストーンのある空間に辿り着く。


 冷たい鉄の壁に覆われた広い空間の中央に、青色の涙型の巨大な石――ティアストーンがつられているわけでもないのに浮かんでいた。


 ティアストーンから放たれる神々しく、優しい青白い光にリクトとクロノは思わず目を奪われるが――すぐに、轟音とともに地面に叩きつけられた人物に視線は向けられた。


 地面に叩きつけられたのは――傷だらけのアルトマンであり、遅れて宙に舞っていた彼の武輝である剣が地面に落ちて、一瞬の光とともに輝石に戻ってしまった。


 傷だらけで苦悶の表情を浮かべて倒れている父を見てクロノは思わず駆け出しそうになるが、ティアストーンの神々しい雰囲気で包まれた空間を一気に冷たくする殺気が止めた。


「リクト、クロノ――……ようやく来ましたか」


 感情を宿していない冷たい声とともに、武輝である杖を持った教皇エレナが現れる。


 おそらく、アルトマンの相手をしていた張本人であるはずなのだが――アカデミートップクラスの輝石使いを複数相手にしても余裕な実力を持つアルトマンと対峙しても、エレナは傷一つなく、苦戦している様子はまったくなかった。


 ……母さん?


 相変わらず神聖で神秘的な雰囲気を身に纏っているエレナだが――リクトの目には、エレナから隠しきれないほどの悪意に満ちており、自分が良く知るエレナには違って見えた。


「事件はこれで解決しました――さあ、帰りましょうか」


 貼りついたような優しい笑みを一度浮かべたエレナを見て、リクトの疑念はさらに強まる。


「どうして……母さんはアルトマンさんと一緒にいたんですか?」


「敵を欺くには味方から――というわけです」


「……アルトマンさんは母さんが倒したんですか?」


「ええ。苦戦しましたが何とか勝利を収めました」


「……輝械人形は母さんが操っていたんですか?」


「ええ――教皇庁と鳳グループが協力して輝械人形の対処をすると思ったからこそ、あえてアルトマン――ヘルメスの策に乗りました」


 平坦な調子で淡々と自分の質問に答えるエレナに、リクトの疑念が確信になる。


 同時に、前に――先代教皇が嗅げた利益優先主義の枢機卿選出方法を否定した際にエレナから感じた違和感の正体をようやく理解できた。


 ありえないことだが、リクトには自信があった――


 ――違う。

 母さんじゃない。


 普段と変わらない様子で顔もそっくりだが、息子だからこそ今の母は別人だと断定できた。


 母がアルトマンと協力していたことの現実から逃避しているわけではなく、間違いなく目の前にいる母が別人であるということは確信できた。


「リクト――……目の前にいるのはエレナ・フォルトゥスではない」


「うん……わかってる。――あなたは一体何者です! 母さんはどこにいるんですか!」


 クロノの言葉に同意して、自分を母ではないと言い切るリクトに――エレナは仰々しく衝撃を受けて言葉を失う。


 だが――すぐに、身体を震わせて笑いはじめる。


 隠しきれなかった悪意と全身から溢れ出し、狂気にも似た殺意をエレナは身に纏う。


 そして、手にした武輝の杖に赤黒い光が纏い、先端に湾曲した刃が形成される。


 武輝の形状が杖から――死神が扱う


 教皇エレナの仮面を脱ぎ捨てた、エレナではない存在は大鎌を振り上げながら、問答無用にリクトとクロノに襲いかかる。

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