第31話
「これから決戦場に向かうとは身が引き締まる思いだな! 母様も同じだろう?」
枢機卿たちに大見得切った後、鳳グループ本社を出たアリシアは、警護として数人の輝士たちと、勝手について来たプリムを引き連れて、隣にある教皇庁本部へと向かっていた。
教皇庁や鳳グループ、制輝軍と風紀委員、そして生徒たちが協力し合っているおかげで、アカデミー都市内で暴れていた輝械人形たちの数は減り、順調な足取りで向かうことができているが――アリシアは自分と一緒について来ているプリムがいることが不満だった。
一人気合を入れているプリムだが、アリシアにとっては役立たず以外の何物でもなかった。
これから決戦の場へ向かうというのに緊張感なく一人で盛り上がっているプリムの相手をするのが面倒だったアリシアは無視を決め込んでいたが、教皇庁本部を目の前にしていい加減無視を続けるのも耐えられなくなってきた。
「……アンタ、いつまでついて来るのよ」
「無論、最後までだぞ!」
得意気に未発達の胸を張って平然とそう答えるプリムに、アリシアは心底嫌気が差したように忌々しく舌打ちをする。
「邪魔よ。まともに戦えないアンタが来ても足手まといになるだけよ」
「私には母様と同じく煌石を扱える資質を持っている! それだけならば、母様の力よりも上だと思っているのだが?」
「リクトも向かってるの。別にアンタが来なくても何も変わらないわ」
「だが、次期教皇最有力候補が二人揃えば確実であろう?」
もっともなプリムの意見に反論できないアリシアは忌々しく舌打ちをする。
確かに、自分と比べて煌石を操る力は娘のプリムの方が上であり、それに気づいたからこそアリシアはずっと彼女を教皇と同等の権力を得るために道具として利用を続けていた。
暴走するティアストーンを止めるという最悪な事態を想定すれば、プリムを連れて行くことは適切だが――その判断を下すのにアリシアは躊躇ってしまう。
教皇になるために煌石を操るための訓練ばかりで、輝石使いとして強くなる訓練を行ってなかったので、輝石使いとしての実力が低いプリムを決戦の場へ連れても足手まといになるだけだと思っているのだが――それ以外の感情がアリシアに芽生えていた。
その感情は――娘を心配する母としての気持ちだった。
目的を失って後は腐る一方だった自分の傍に寄り添い、支えてくれた娘の挑発に乗って立ち上がろうと覚悟を決めた時、自分の中で芽生えたものの正体が母性であることに気づいた。
今まで道具として見ていたのに、母親としてまともなことをしなかったのに、今更都合良く母性に目覚めるなど認めたくなかったが――娘の笑顔を消したくないという思い、娘の喜ぶ笑顔を見たいという気持ち、娘をこれ以上失望させたくない気持ちを抱いてしまった。
今更都合良く、母親らしい態度を取れないアリシアは、ぶっきらぼうに娘を突き放すしかできなかった。
「……とにかく、アンタは邪魔なの。いいからさっさとこの場から消えなさい」
「ここまでついて来たのだ! それとも、母様は娘の私を輝械人形蔓延るアカデミー都市に置き去りにするというのか! この鬼畜め! 母様のイジワルー」
下手糞な泣き真似をするプリムに、アリシアは忌々しく舌打ちをする。
「うるさいわね。アンタはピーピー泣くようなタマじゃないでしょ」
「おー、さすがは母様。娘の私のことをよくご存知でいらっしゃる!」
嫌味な笑みを浮かべる娘の小生意気な態度に、アリシアの苛立ちはピークに達し、自分の警護のために傍にいる輝士たちに鋭い視線を向けた。冷たく、刃のように鋭く光るアリシアの視線から発せられる脅すような威圧感に、輝士たちは思わず小さく悲鳴を漏らして気圧されてしまう。
「アンタたち、このバカを即刻この場から排除しなさい。抵抗するなら実力行使で構わないわ」
「お前たち! 母様はもう枢機卿の権力を使えぬから安心するのだ!」
「次期教皇最有力候補が危険な目にあってもいいの? 責任を取るのは警護のアンタたちよ」
「枢機卿ではない母様が命令できる立場だと思っているのか?」
「……調子に乗ってんじゃないわよ、小娘」
「母様こそ子供のように意地を張るのはやめるのだ! 素直に協力しろと頼めばいいだろう」
プリムとアリシア――我の強い者同士の親子喧嘩に巻き込まれて何も言えない輝士たちは、やれやれと言わんばかりに深々と嘆息した。親子喧嘩は結局、教皇庁本部内に入るまで続いた。
ギャーギャー喚いている母娘だが、教皇庁本部に入った瞬間揃って息を呑んだ。
教皇庁本部のエントランスには大量の輝械人形の残骸で埋め尽くされていたからだ。
輝械人形の残骸は主に、ボディに無駄な切り口がない風穴が複数開いたもの、きれいに両断されたもの、力任せに押し潰されたものが多かった。
エントランス内は静寂に包まれており、輝械人形の気配がまったくなかった。
「ふぅ……久しぶりに良い運動になったな。それにしても、応援が来る前に片付けられるとは思いもしなかったね」
「二人がいてくれたおかげよ。それにしても、ティアから聞いていた通り、さすがの実力ね、久住君」
「ありがとう。俺ももう少し巴さんに倣って無駄のない動きを意識しないと」
「確かに、力を取り戻したばかりで、その力を力任せに振っているだけにしか見えなかったな」
「相変わらず厳しいなぁ、ティアは。それとも輝械人形を破壊した数が俺に負けてたから、悔しいのか?」
「……バカを言うな。私の方が多かった」
「それはないよ。だって、半数以上は俺が生み出した光の刃で貫いていたから」
「撃ち漏らしが多いお前のフォローに回っていた」
「俺はちゃんと考えながら戦っていたんだ。ティアのように猪突猛進じゃない」
「お前は昔から小難しいことを考えるせいで、余計な隙が生まれている」
「ティアだって、考えなしに突っ込んで返り討ちにされることが多いじゃないか」
「はいはい、ストップストップ――まったく、どっちも子供っぽいわね」
静かな空気を気の抜けた会話が打ち破ると、エレベーターホールから教皇庁本部を襲撃した輝械人形の対処と、取り残された人の救助に回っていた巴、優輝、ティアの三人が現れた。
気の抜けた会話をしている三人だが、アリシアたちの姿を見て会話を止めて小走りで近寄る。
「状況はどうなってるの?」
「教皇庁本部にいる輝械人形は片付けました。取り残された方々は全員無事で、すぐに降りてきます。私たちは大悟さんの指示に従って、後のことは現場を指揮する薫さんに任せました」
「おー! 大量の輝械人形が教皇庁に押し寄せたとは聞いていたが、それを短時間で一網打尽にできるとは、さすがはお前たちだ! 褒めてやろう!」
状況の説明をアリシアに求められたので端的に巴は説明すると、プリムは心の底から感心して三人に賛美の拍手を送った。
……さすがはアカデミートップクラスの輝石使い。
敵にすると厄介だけど、味方になるとこんなにも役に立ってくれるなんてね。
まだ鳳グループと教皇庁が協力して十分ほどしか経過していないというのに、一々うるさいプリムほどではないがアリシアも心の中で、応援が来る前の短時間で教皇庁を占拠していた輝械人形を破壊した巴たちの実力に感心していた。
「これから私は一旦鳳グループに戻ります。そして、ティアと久住君はここに残ってティアストーンの元へと向かってもらいます」
「それならちょうどいいわ。私もティアストーンの元へと連れて行ってちょうだい。最悪の場合、暴走するティアストーンを制御する」
「もちろん、私も行くぞ!」
当然だと言った様子で割り込んでくるプリムに、アリシアは忌々しげに舌打ちをする。
「御柴の娘、アンタこのバカを引きずってこの場から離れさせなさい」
「トモエ! 素直に人に頼ることのできない母様の言うことなど効かなくてもいいぞ!」
「誰が意地っ張りよ、この役立たず」
「フン! 今までウジウジしていた母様よりかは役に立てる自信はあるぞ!」
「言ってくれるわね。私にずっといいように利用されていたくせに」
利用する者はとことん利用して、容赦なく切り捨て、裏切る冷酷なアリシアを知っている巴たちは、道具としてしか扱っていなかったプリムとの口論を意外そうに見つめていた。
母娘であっても、母娘という関係には程遠かったアリシアとプリムだったが、巴たちの目には、今の口論している二人が母娘にしか見えなかった。
そんな二人を見て巴と優輝は思わず噴き出し、ティアは小さく嘆息しながらも一瞬だけ微笑を浮かべた。
笑う巴たちをジロリとアリシアは一睨みすると、ティアと優輝はすぐに視線をそらしたが、巴が僅かに反応に遅れてアリシアに詰め寄られてしまう。
「……何笑ってんのよ」
「い、いえ、すみません――その……母娘だなと思いまして」
「うるさいわね! さっさと行くわよ!」
自分たちを母娘と呼んだ巴に、アリシアは気恥ずかしさを隠すように怒声を張り上げる。
これ以上アリシアを刺激すると面倒だと判断した優輝とティアは、黙って母娘を連れて行くことにした。
「アンタたちはここに残って萌乃たちの手伝いをしなさい。いいわね?」
露骨に不機嫌な表情を浮かべるアリシアの命令に、警護として教皇庁本部までついて来た輝士たちは従順に頷いた。
「久住! ティアリナ! 早くティアストーンの元へと案内しなさい!」
「ユーキ! ティア! 案内は頼んだぞ!」
あれだけ罵声を浴びせても、いまだについて来る気満々のプリムに、アリシアは呆れて何も言えなくなる。
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