第28話

「一体どうなっているんだ! なぜ大量の輝械人形が現れた!」

「そんなことよりも、我々は鳳グループに恩を作ってしまったぞ! ここは安全なのか!」

「あんな大量の――それも、強い力を帯びた機械人形を誰が操っているんだ」

「まさか……エレナ様が? リクト様が言っていたことは本当で、まさか本当に裏切者?」

「めったなことを口にするな! 余計に混乱が広まるだろう!」

「いや、今は現実を見て話し合いをするべきだ」

「確かにそうだが……現状を何もわかっていない状況で話し合えることはないだろう」


 リクトの活躍によって輝械人形に襲われた教皇庁本部から逃げ出し、鳳グループ本社内に避難した枢機卿たちは、大会議室内で混乱した様子で話し合っていた。


 まとめる人間がいないので枢機卿たちの話し合いは何も進展しなかったが、十分ほど経過する頃――鳳グループ上層部の人間を連れた鳳大悟が現れたことで事態は進展する。


 大悟の登場でざわついていた室内は一気に静まり返り、縋るようでありながらも不信そうな枢機卿たちの視線がいっせいに彼に集まった。


「取り敢えず、無事で何よりだ」


 静まり返っている室内に、不安と混乱に満ちながらも怪我のない様子の枢機卿たちを見た大悟の声が響き渡ると、話しがはじまる。


「現在、リクトたちがアルトマンの策略を止めるためにティアストーンの元へと向かった。同時に、アカデミー都市中に輝械人形が現れて、鳳グループ、制輝軍、風紀委員、そして生徒たちの協力を得て対処に当たっているが――人が足りていない。そこで、教皇庁に協力してもらいたい。教皇庁が出せるだけの人員を出せば事態は一気に好転する」


 淡々と追い込まれている状況を話し、単刀直入に大悟は枢機卿に協力を求める。


 混乱しながらも今の状況を受け止め、どうすればいいのかも理解している枢機卿だが――


「私は反対だ! どうしてお前たちと協力しなければならない!」

「大体、なぜお前たちが偉そうに指揮しているのだ! ここは我々教皇庁に任せてもらおう!」

「そうだ! アルトマンが教皇庁にいるということは、我々教皇庁の問題だ! 手を出すな!」

「協力は賛成だが、鳳グループには今までに積んできた不信感があるということを忘れるな」

「その通り。我々が納得しても、他の人間が納得しなければ足並みは揃わない」

「お前たちの協力なんてお断りだ! 手柄を横取りされてたまるか!」

「そんなことよりもエレナ様はどこにいるのだ!」

「まさか、お前たちが攫ったわけではあるまいな!」


 協力を求められ、半数以上の枢機卿は自己保身と、アカデミーで教皇庁がさらに力を強めるために自分たちだけで事件を解決するために協力を拒む。もちろん、協力に賛成な枢機卿たちも僅かにいるが、今まで積み重なった鳳グループへの不信感を拭えない様子だった。


 今のところ鳳グル―プと協力するのに反対の枢機卿たちの声が大きかった。


 最悪な事態に足並みが揃えられない二つの組織に、鳳グループ上層部たちの表情が苛立ちと焦りに染まるが――そんな彼らとは対照的に、大悟は相変わらず何を考えているのかわからない無表情ながらも余裕があった。


 まだ、切り札は残っている――だから、大悟の余裕は崩れなかった。


「母様、盗み聞きとは趣味が悪いぞ!」

「う、うるさいわね。黙ってなさい」

「ババンと派手に登場して、堂々としていればいいだけだろうに」

「別に怖がってなんてないわよ! ただ、タイミングを見計らっているだけよ」

「では、今が絶好の機会というわけだな!」

「ちょ、ちょっと、待ちなさ――」


 部屋の外だというのに騒がしくなった大会議室に響き渡る、気の抜けたやり取り。


 それを聞いた枢機卿たちは怪訝な顔を浮かべるが、大悟は勝利を確信した微笑を浮かべる。


 勢いよく開かれた扉と同時に、アリシアが転びそうな勢いで部屋に入ってきた。そんな母の後に、堂々とした足取りで部屋に入ってくる娘のプリム。


 一週間前に教皇エレナを誘拐した罪人であり、アルトマンに命を狙われたために鳳グループに保護されていた元枢機卿のアリシアが現れ、枢機卿たちの視線がいっせいに彼女に集まった。


 突然のアリシアの登場に驚きに満ちていたが、すぐに枢機卿たちがアリシアを見る目は厳しいものに変わり、室内の雰囲気が一気に張り詰める。


 自分を無理矢理部屋に入らせた娘を恨みがましく睨んでいたが、枢機卿たちの怒りに満ちた視線が自分に集まっていることを察したアリシアは、鬱陶しそうに彼らを睨み返した。


「アリシア! ようやく姿を現したな! 大人しく捕まってもらおう!」

「そもそも、お前がアルトマンに協力しなければこんなことにならなかったのだ!」

「そうだ! 責任を取れ! この状況になったのは全部お前の責任だ」

「プリム様、その女は危険です。すぐに離れてください」


 多くの枢機卿たちはいっせいにアリシアを非難して、責任転嫁して、次期教皇最有力候補であるプリムに良いところを見せようとする。


「落ち着くのだ! こんな状況そんな話をしても意味はないだろう!」


 枢機卿たちを一喝するプリムだが、アリシアという非難を浴びせ、責任を擦りつけることのできる格好の的の登場に熱が上がっている枢機卿たちはプリムの言葉に耳を貸さなかった。


 枢機卿たちの身勝手な激情の矛先を向けられるアリシアだが、特に本人は気にしていない様子で、彼らを冷めた目で睨むように見つめていた。


 睨むだけでも威圧感のあるアリシアの鋭い眼光に、身勝手な言葉を並べていた枢機卿たちは気圧されるが、それでも彼らの口撃は止まらない。


 ……何を言われても仕方がないわね。

 否定する気も反論する気もないけど――


「――無様ね。エレナが枢機卿を一新させるつもりで自分に良いところを見せようと周りに媚を売る気持ちも理解できるわ」


 罪を犯したのは事実なので、枢機卿たちの非難を甘んじて受け入れていたアリシアだが――静かでありながらも圧倒的な威圧感が込められた、嘲笑と侮蔑に満ちた声がざわついている室内に響き渡り、枢機卿たちを黙らせた。


 自己保身に必死な枢機卿たちは、嫌味な笑みを浮かべて自分たちの心を見透かしているエレナの言葉に苦い顔つきになる。


 一瞬で枢機卿たちを黙らせたアリシアを見て、大悟は満足そうに見つめていた。


「この生意気なガキの言う通り、今は発情した動物のように周りに尻尾を振って媚を売っている場合じゃないの。小さなガキもそんなこと知っているのに、どうしてアンタたちはそんな簡単なことを理解できないの? 裏切者かもしれないけど、ガキにも理解できることを理解できない枢機卿とは名ばかりのアンタたちを一新させるエレナの判断はやっぱり正しいわね」


 吐き捨てるように今の枢機卿たちに避難の言葉を浴びせるアリシアに、好き勝手に言われっ放しの枢機卿たちは反論を述べようとするがアリシアはそれを許さない。


「教皇庁の上層部であるアンタたちが混乱してどうするのよ。アンタたちと違って鳳グループ、治安維持部隊、生徒たちは必死で今の状況に立ち向かってる。それなのにアンタたちは騒ぐだけで何の役にも立たない――枢機卿としての立場にいるなら責任を果たしなさい。アンタたちが自分じゃなくて、アカデミーに目を向けたら、自ずと何をするべきなのか理解できるでしょ」


「私は鳳グループトップの鳳大悟としてではなく、一人の人間として教皇庁に協力を願いたい――頼む。アカデミーを、アカデミー都市にいる大勢の人を救うために協力してもらいたい」


 枢機卿たちに発破をかけるアリシアの援護をするように、大悟は立ち上がり、枢機卿たちに深々と頭を下げ、肩書きを取っ払って一人の人間として教皇庁に協力を求める。


 厳しいながらも心を揺さぶるアリシアの言葉と、大悟の誠意な態度に多くの枢機卿たちの雰囲気が徐々に変わり、表情に力が入る。


 不安と不信に支配されていた室内の雰囲気が、徐々に熱を帯びてくる。


「私は罪を犯した――それについては否定も反論もしないし、後悔もしてない。でも、教皇庁やアカデミーのためを考えていたのは嘘じゃない。だから、今、私は何をするべきなのかよくわかってる……罪滅ぼしをするわけじゃないけど私は鳳グループに――鳳大悟に協力して、この騒動を解決する」


「私も同じだぞ! 私は教皇庁やアカデミーのためではなく、アルトマンや輝械人形に立ち向かう友達のために戦うつもりだ!」


「こんな世間知らずで大して役に立たない小娘でも、最悪の状況に立ち向かおうとしている――枢機卿という立場にいるアンタたちなら、何をするべきかもうわかってるんじゃないの?」


 役に立たないと厳し言葉を娘に投げかけるアリシアだが、その表情は僅かに綻んでおり、娘を見る目は厳しくもあり優しさが含んでいた。


 そして、アリシアは枢機卿に視線を移すと――彼らの表情は先程の混乱していたものとは打って変わって、力強くなっていた。一部以外は。


「まさか、お前に発破をかけられるとは思いもしなかった」

「いいだろう、枢機卿として――いや、一人の人間として私も立ち向かおう」

「エレナ様が黒幕なのかどうなのか、今は置いておこう。やるべきことはしよう」

「それで、どうすればいい。アカデミー都市や都市の外にいる輝士や聖輝士を呼べばいいのか?」

「待て、本気で協力するつもりなのか? 相手は鳳グループだぞ!」

「付き合っていられないな! 私は私のやり方で今のアカデミーを救おうじゃないか」

「こんな最悪な事態で今更協力し合ってももう遅い! 私はアカデミーから離れる!」


 ほとんどの枢機卿はアリシアの言葉に押されて鳳グループに、鳳大悟に協力するのに賛成するが、自分のことしか考えていない一部の枢機卿は反対し、会議室から出て行った。


「さて――余分なものを捨てたから、これで円滑に話を進めることができるわね」


 会議室から出て行く枢機卿――ではなく、教皇庁にとって余分な存在を一瞥することなく、アリシアは話を続ける。


「全員あらゆる人脈を使ってアカデミー都市中に、教皇庁本部で暴れている輝械人形に対抗して。指揮は――鳳大悟に任せる」


「わかった、任せてくれ。指揮を任された身だが、気に入らなければ従わなくても結構だ。だが、アカデミーや、アカデミー都市で暮らす人たちのため、アリシアの言葉には従ってくれ」


 場の空気を支配しているアリシアの言葉に、誰も異を唱えない。


 今まで反目しあっていた組織の長である鳳大悟が指揮を執ることに複雑な表情を浮かべる枢機卿たちだが、アカデミーを想う気持ちは同じだと判断して、文句は言わずに彼に従う。


「私はこれから最悪の事態を考えてティアストーンの元へと向かう……そして――もしも……もしも、エレナが裏切者だったら……できる限り、止める」


 ティアストーンが暴走することを考えた場合、リクトだけでは暴走する力を抑えきれないと判断したアリシアは自分もティアストーンの元へと向かうことに決める。


 そして、もしもの場合はエレナを止めると、枢機卿に、そして、自分に言い聞かせるようにアリシアは言った。


 祝福の日が再現される最悪な事態とともに、エレナが黒幕であるという最悪な想像が頭に浮かんだ枢機卿たちは暗い表情を浮かべるが、それでも彼らは止まらない様子だった。


 厳しい現実を受け止める覚悟をした枢機卿たちの様子に、アリシアと大悟は満足そうに頷く。


「――それじゃあ、さっさとはじめるわよ。全員、気合を入れなさい!」


 喝を入れるような勢いで放たれたアリシアのその言葉で、鳳グループと教皇庁――長年反目しあっていた組織が協力し合って、最悪な事態を打破するために動き出す。

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