第10話

 次期教皇最有力候補であり、教皇の息子であるリクトを運んでいる大型プライベートジェットの中にある個室で、リクトとクロノ、そしてレイズはババ抜きで遊んでいた。


 一足先にクロノは上がり、残りはレイズとリクトの一騎打ちだった。


 口元には軽薄な笑みを浮かべ、心の奥を覗き見るような目でリクトを見つめるレイズは、リクトの手札から一枚のカードを引く――自分の手札にジョーカーだけが残ったリクトは大きく肩を落とすと同時に、ため息を漏らした。


 手札に残ったのはジョーカーであり、リクトが最下位という結果になった。


「冷や冷やしたけど、ギリギリ最下位は免れてよかったよ。勝つか負けるかわからないこのギリギリ感はいつ味わってもたまらないね」


「今回は勝てると思っていたんですが……また負けてしまいましたね」


 嬉々とした満面の笑みを浮かべるレイズに、リクトは悔しそうだが楽しそうに笑っていた。


 一時間以上、様々な種類のカードゲームで遊んでいたリクトたち。しかし、その間一度もレイズは最下位にならず、一位か二位の結果になることが多かった。


 徐々に、レイズを最下位にすることが目的となってしまい、時にはクロノとリクトは共闘したが、それでもレイズを最下位にさせることができなかった。


「それにしても、一度も最下位にならないなんてすごいですね、レイズさん」


「ただの運だ」


 結局一度も最下位にならなかったレイズに素直に感心するリクトだが、クロノは特に驚いている様子はなく、勝ったのは運のおかげであると言い捨てた。


「確かに、今週の運勢は絶好調で何をしても上手く行くって言ってたから、運であることには間違いないよ。でも、ゲームに勝つのは運だけじゃないってクロノ君は知ってるかな?」


 ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべてクロノに質問するレイズだが、クロノは無視をして相手にしなかった。そんな無愛想なクロノとは対照的に、旺盛な好奇心を宿したキラキラした目をレイズに向けて、「教えてください!」とリクトは話に食いついてきた。


 自分の話に食いついてくれたリクトに、嬉しそうな表情を浮かべたレイズはさっそく説明をはじめる。


「相手の心や先を読むことが重要なんだ」


「レイズさんってそんなことができるんですか? も、もしかして、超能力者?」


「そんな良いものを持ってたらギャンブルで一儲けをして、聖輝士なんてやめて悠々自適に過ごしているよ――答えは超能力でも何でもない。単純にただの観察力だよ」


 超能力を期待していたリクトに、申し訳なさそうにレイズは人の心や先を読むのは『観察力』であると答えたが、それでもリクトは感心していた。


「相手の微妙な表情の変化や仕草、そして癖で相手の心理を読むことが、対人ゲームには必須だ。俺はギャンブルが大好きで、何度も他人と賭け事をする中で観察力が鍛えられたから、そのおかげで君たちに連戦連勝の記録を作ったんだ」


「すごいですね、レイズさん! それじゃあ、ゲーム中にずっと僕たちの考えていることがレイズさんにはバレバレだったんですね!」


「何となくだけどね。でも、リクト君は特に結構わかりやすかったよ。君は自分に不利な手札が来ると、あからさまに表情が変わった。例えば、口元を若干への字に曲げたり、聞こえないくらいの小さなため息を漏らしたりね。それから、自分に不利になると少し臆病になってしまう――まあ、俺から見たリクト君はそんなところかな?」


「そんなに僕はわかりやすかったんですか? 自分では全然気づきませんでした」


「無意識にやっていたことだからね、無理はないよ」


 無意識の行動で自分の心を読んでいたレイズに、素直に感心しているリクトだが、クロノは「バカバカしいな」と一言で切り捨てた。


 容赦のないクロノの一言に、反論できないレイズは苦笑を浮かべることしかできなかった。


「確かに、君の言う通りだ。相手の心理を読んだつもりになっても、間違っていることは多々あって負けることは多いし、何よりも対人専用で、スロットみたいな機械には意味をなさないからね。基本的には勘、当てずっぽうさ――でも、クロノ君、君もリクト君と同じく、何を考えているのかわかりやすかったよ?」


 意味深な笑みを浮かべて思わせぶりな態度を取るレイズに、無表情だがクロノの表情に若干の不快感が生まれた。


 一瞬レイズとクロノの間に不穏な空気が流れるが、わざとらしくレイズは腕時計で時間を確認して、「さてと」とおどけたような声を上げて不穏な空気を霧散させた。


「そろそろ到着する時間だね。長いフライトご苦労様」


「そのようですね。あぁ、楽しみだなぁ……」


 そろそろ空港に到着する時間だということを知って、一日千秋の思いで待ち続けた幸太郎との再会に、恍惚の表情を浮かべるリクト。そんな彼をレイズは興味深そうに見つめた。


「随分嬉しそうだけど、何か楽しみなことでもあるのかな?」


「はい! 空港で僕の友達が待っているんです」


「へぇー……どんな人なのかな?」


「七瀬幸太郎さんって方なんですが、ご存知ですか?」


「良い意味でも、悪い意味でもよーく知ってるよ――なるほど、これは面白くなりそうだ」


 リクトの友人――七瀬幸太郎が空港で待っているということに、レイズは意味深で暗い笑みを浮かべる。そんな彼の笑みから、何かを感じ取ったクロノは静かに警戒心を高めた。


 レイズは何気なくリクトが首に下げているペンダントについた、青白く淡く発光しているティアストーンの欠片に触れた。


 レイズが触れるまで青白く発光していたティアストーンの欠片だったが、レイズが触れた途端に輝きが失い、ただの石ころになってしまう。


「……俺にも友達がいたんだ。そいつとは幼馴染だったんだけど、性格は全然合わなかったんだけどね」


 昔を懐かしむようでありながらも、どこか憐れんでいるような力のない笑みを浮かべてふいに放ったレイズの言葉に、「どんな方ですか?」とリクトは尋ねる。


「彼は自意識過剰で、自分の力に絶対の自信を持っていた。プライドが無駄に高いせいで常に他人を見下して、自分以外の他人を絶対に認めないって面倒な奴だったよ――まあ、それでも幼馴染だったから憎めなかったんだけどね」


 淡々とした口調で友人のことを語るレイズの雰囲気が、普段の軽い雰囲気とは違うものになったことにリクトは気づいた。


 寂しげな雰囲気を身に纏うレイズに、彼が語っている友人に何か不幸があると感じたリクトはこれ以上何も聞こうとはしなかったが――話は続けられた。


「そいつはある時、煌石を扱える資質を持っていることがわかった。次期教皇候補として順調だったんだけど、結局は資質を失って次期教皇候補から外れた。プライドの高いアイツはショックを受けながらも自分が優秀だって周囲に知らしめるため、それなりに頑張って聖輝士の称号を得たんだ」


 次期教皇候補の資格を失いながらも、その悔しさをバネにして聖輝士の称号を得たレイズの友人に感心するリクトだが――その話にどこか聞き覚えがあるような気がしたリクトは、レイズの友人への称賛の言葉が出なかった。


「聖輝士になってもアイツの性格は相変わらずだった。というか、次期教皇候補から外れて、プライドの高いアイツは歪んだね。自分の失った地位にいるすべての次期教皇候補を憎むようになった――それで、せっかく聖輝士になれたのに最終的には大事をしでかして、自滅。自業自得だね」


 聖輝士でありながらも事件を起こしたレイズの友人――ここまでレイズの話を聞いたリクトは、忘れたくても忘れられない最悪な事件を思い出す。


 事件を思い出すと同時に、信用していた人物に裏切られたトラウマと、事件に対しての恐怖、そして、自分自身への不甲斐なさをリクトは思い出し、明らかな動揺をしていた。


 一目見て動揺しているとわかるリクトの様子を、レイズは楽しそうに眺めていた。


「……も、もしかして、その友人の方の名前は――」


「そう、君もよく知っているハズだ――クラウス・ヴァイルゼン。よーく知ってるだろ?」


 クラウス・ヴァイルゼン――二年前の煌王祭の最中、リクトを護衛する聖輝士でありながらも、リクトを始末するために動いた人物だった。


 事件の最中、セラ・ヴァイスハルトと交戦し、敗北――輝石使いの犯罪者や、輝石に関わる事件を引き起こした犯罪者を収容する、『特区』と呼ばれる施設に送り込まれた。


 二年前の事件はリクトにとって、もっとも信頼していた相手に裏切られた最悪な事件でもあったが、幸太郎と出会って自分を変えるきっかけになったので、忘れたくとも忘れられない事件だった。


 そんな事件の犯人の一人である、クラウス・ヴァイルゼンがレイズの友人であることに目を見開いている驚いているリクト。そんな彼を見て、瞳に冷たい光を宿したレイズはニヤリと笑う。


 レイズの手の中が一瞬発光すると同時に、どこからかともなく取り出したコインを宙に向けて弾いた。


 突然のレイズの行動に驚いたままのリクトは反応できなかったが、ずっとレイズを警戒していたクロノは即座に反応し、リクトに飛びかかって床に突っ伏した。


 二人が床に突っ伏すと同時に、レイズが指で弾いたコインが小気味いい音とともに小爆発を起こした。


 小さな爆発音が室内に響き渡り、ようやく我に返ったリクトは、無様に尻餅をついたまま、驚愕と怯えと不安が含まれた目でレイズを見上げた。


 我に返ってもまったく状況を把握できていない様子で尻餅をついているリクトを見下ろして、レイズは気分良さそうだった。


 そんなレイズの前に、リクトを守るようにしてクロノが立つ。


 クロノは若干の怒りを宿した虚ろな目でレイズを睨んだ。


「上手く行くと思ってたんだけど、やっぱり一番の障害は君だね――クロノ君」


 レイズの言葉に何も反応しないで、クロノは自身の輝石が握り締められた手が一瞬発光すると、輝石が武輝である鍔のない幅広の剣へと変化する。


 そして、間髪入れずにレイズに向けて剣を振り払った。


 問答無用で容赦のないクロノの攻撃だが、レイズは笑みを浮かべる余裕を見せて最小限の動きで後退して回避。


 距離を取ったレイズにクロノは即座に飛びかかろうとする。


 飛びかかるクロノに落ち着き払ったレイズは両手の指で何かを弾き飛ばした。


 咄嗟に立ち止まったクロノは、自分に向かってくるレイズが指で弾いた物体を武輝である剣で払い落とすと、室内に小気味いい金属音が響いた。


 クロノが払い落とした物体は――金色に光るコインだった。


 床に転がったコインは一瞬強く発光し、光とともに消えた。


 光とともに消え去ったコインを一瞥したクロノは、レイズの武輝がコインであり、輝石の力を利用して大量に武輝を複製して、それを指で弾いて遠距離からの攻撃を主体としていることを一瞬で悟る。


 相手の攻撃手段を読んだクロノは、攻撃する間を与えないためにレイズとの間合いを一気に詰め、振り上げた武輝を振り下ろす。


 武輝に変化した輝石の力を解放して、レイズは武輝であるコインを大量に複製する。


 大量のコインを腕に纏わせて、レイズはクロノの一撃を受け止めた。


 受け止めると同時に、もう一方の手に持っていた武輝であるコインをレイズは指で弾いて、目前にいるクロノに向けて飛ばした。


 銃弾と同等の速度で飛来するコインだが、輝石の力が全身に駆け巡って強化されたクロノの反応速度はすぐにレイズから距離を取って回避。


 クロノに命中しなかったコインは室内の壁に衝突――することなく、壁に当たったコインは跳ねて室内を動き回った後、リクトに向かう。


 だが、コインの軌道を読んでいたクロノが、リクトの前に庇うようにして立ち、勢いよく武輝を薙ぎ払うように振ってコインを弾き落とした。


 レイズは休むことなく連続して武輝であるコインを指で弾き、リクトを守るクロノに向けてコインを発射した。


 一直線に向かうコインは途中軌道を変えて四方八方からリクトに襲いかかるが、そのすべてをクロノは手に持った自身の武輝を指先だけで器用に回転させて弾き飛ばした。


 輝石の力で大量に複製したコインを防具として扱い、跳弾を利用して不意をつき、自由自在に軌道を操るトリッキーなレイズの戦法に、クロノはレイズの動きを注意深く観察するため、相手が次にどう出るのかを待っていた。


 余裕な笑みを浮かべて武輝であるコインを指で転がしているレイズを、武輝である剣を片手に持ったクロノはジッと見据えて離さなかった。


 クロノとレイズが対峙している中、今まで無様に尻餅をついていたリクトは振える足に喝を入れてようやく立ち上がった。


 そして、まだ怯えと不安が残っている目で縋るようにレイズを見つめた。


「レイズさん……どうしてこんなことを」


「取り敢えず、理由を聞いてから対処を考えるって感じかな?」


「ふざけていないで真面目に答えてください!」


「それじゃあ、君はどうしてだと思う?」


 自分を見透かしているレイズに、リクトは苛立ちの声を上げると、レイズは心底愉快そうで挑発するように一度笑った後、質問を質問で返した。


「……レイズさんの友人であるクラウスさんを捕まえた僕に対する復讐ですか?」


 リクトは自分の思ったことを口に出すと――一瞬の沈黙の後、レイズは肩を震わせて大声で笑いはじめた。


 心底愉快そうに、人をバカにするように、それ以上に恍惚した笑みを浮かべているレイズに、リクトの背筋に冷たいものが走った。


「言っただろ? クラウスは自業自得だって。それに煌石の資質を失ってからアイツが壊れる様を見るのは最高だったし、中々勉強になったよ!」


「あ、あなたは一体何を言っているんですか……?」


「わからないかな? 俺はクラウスのずーっと傍にいて、人間が壊れるとどうなるのか観察を続けてたんだよ。ホント、中々勉強になったよ! まあ、ちょうどいい暇潰しのオモチャを失ったことに関しては、恨んでるかもね?」


 気分良さそうに笑い続けながら、壊れ行くクラウスを観察し続けていたレイズから確かな狂気を感じ取り、リクトはレイズに恐怖心を抱いた。


「耳を貸すな、リクト。オマエはオレが必ず守ってやる」


 恐怖心に呑まれたリクトに、クロノは頼り甲斐のある言葉を投げかける。


 そのおかげで、リクトが抱いていた恐怖心が僅かに薄れたような気がした。


 同時に、蹴破る勢いで扉が開かれ、リクトを守るボディガードたちが現れた。


「逃げ道もない圧倒的に不利な状況で、オマエはどうする」


 数人のリクトのボディガードとクロノ、そして、空の上という逃げ道がない圧倒的不利な状況だが――いまだにレイズは余裕な笑みを浮かべていた。


「逃げ道は作るものって知ってる?」


 気分良くそう言い放つと同時に、レイズは武輝であるコインを窓に向けて弾き飛ばした。


「何かに掴まれ!」


 これからレイズが何をしようとしているのか悟ったクロノは怒声を張り上げた。


 しかし、その怒声は爆発音と、身体ごと吸い込まれそうなほど荒れ狂う暴風によってかき消される。


 同時に、飛行機全体が大きく揺れ、不安定になった。


 言葉通り、レイズは逃げ道を作った――空を悠悠自適に飛んでいる飛行機の壁を武輝の力で破壊して。


 外に吸い込まれそうになるのをリクトのボディガードたちは何とか近くにあるものにしがみついて堪え、外に投げ出されそうになるリクトの手をクロノは掴んだ。


「それじゃあ、良いフライトを!」


 外に投げ出されるのを必死に堪えているリクトたちを嘲笑うかのようなレイズの声が響き渡る。


 声のする方へとクロノは視線を向けた瞬間、レイズは破壊した壁から、地上から遠く離れた上空であるにもかかわらず、躊躇いなく身を飛び出した。


 輝石使いであるならば、輝石の力を上手く使えば上空数千メートルの場所からでも、無事に着陸することができるかもしれないが、それを試そうとする勇気はいくら輝石使いでも普通は持ち合わせていないのに、レイズは躊躇いなくそれをやってのけた。


「墜落するのは確実だ。オレたちも脱出する」


 レイズが逃げたのを確認したクロノは小さく舌打ちをして、レイズから墜落必須な飛行機から脱出することに頭を切り替え、リクトの手をきつく掴んだ。


 しかし、脱出するためクロノに思いきり手を引かれても、リクトは動かない。


 非常事態に恐怖で足が竦んでいるわけではなく、リクトの表情は強い意志の光と使命感が宿っていて冷静沈着そのものだった。


「待って、クロノ君。輝石使いである僕たちならどうにかできるかもしれないけど、パイロットの方もいるし、最悪の場合ターミナルに衝突して、大勢の人が犠牲になってしまう可能性もあるんだ」


 暴風にかき消されないように大きく、そして必死にリクトが言い放った言葉に、大きな被害が出てしまう最悪な事態を想像して、クロノは一瞬自分の判断が揺らいでしまった。


 何か手を考えなければならない状況に、クロノの無表情に焦りの色が見え隠れする。


「――大丈夫」


 危機的状況に、不自然なほど穏やかなリクトの声が不思議と室内に響き渡った。


 声と同様、目を閉じて不自然なほど落ち着き払ったリクトの首にかけたペンダントについたティアストーンの欠片が強い光を放ちはじめる。


 それに同調するように、ブレスレットに埋め込まれたリクトの輝石も強い光を放ちはじめ、リクトの全身がティアストーンから放たれる光と似た青白い光に包まれた。


「僕が何とかします」


 呟くように放たれた言葉だったが、その言葉は力強いものであり、頼れるものだった。


 徐々にリクトを包んだ青白い光が徐々に強くなる。


 同時に、不安定だった飛行機がバランスを取り戻し、破壊された壁から訪れる暴風の勢いが止んだ。


 そして――次期教皇最有力候補であるリクト・フォルトゥスの力が一気に放たれ、機内が眩いほどの光に包まれた。

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