第二章 最悪な状況での再会
第11話
「白葉さんの弟さんのクロノ君って何歳なの?」
「私より一つ年が下です」
「どんな人なの?」
「普通です」
「白葉さんと似てる?」
「普通です」
そろそろ空港に到着するリクトに会わせるために、特別に幸太郎たちを到着口へとノエルは淡々とした足取りで案内していた。その途中、幸太郎は興味津々といった様子で、ノエルの弟である『白葉クロノ』について聞いていた。
矢継ぎ早に繰り出される幸太郎の質問に、相変わらず無愛想で事務的にノエルは答えた。
「クロノ君の前で『白葉さん』って呼ぶと紛らわしいから、白葉さんのことはノエルさんって呼んだ方がいいかな」
「勝手にどうぞ」
「それじゃあ、改めてよろしくね、ノエルさん」
好奇心旺盛な幸太郎の質問攻めと言葉に、無表情だがウンザリしていたノエルは若干早歩きになった。
さっさと目的地へと幸太郎たちを案内して、幸太郎の質問攻めから抜け出したいノエルだったが――ここで、急に空港内が騒がしくなった。
空港内にいるほとんどの人間の視線が窓の外に向けられていた。
彼らに追従するように、ノエルや幸太郎たちも立ち止まって窓の外に視線を向けた。
「何だよ、あれ」
「……流れ星かしら」
「ちょっと待てよ! あれ、飛行機じゃねぇか!」
「こっちに向かってくるぞ!」
窓の外――すっかり薄暗くなった上空に、ぼんやりと発光する球体が浮かんでいた。
はじめ、一般客たちは空に浮かぶ、淡く発光する球体を物珍しそうに眺めていたが、発光する球体が飛行機であり、真っ直ぐと自分たちのいる空港ターミナルに向かってくることに気づいてパニックになる。
すぐにこの場から離れようとパニックになる一般客と、飛行機が墜落するというめったにないスクープを得るためにマスコミたちは躍起になっていた。
「あれは、リクト様が乗っているプライベートジェット……」
「あれにリクト君が乗ってるの?」
「到着ロビーにいる方は私とともに輝石の力を使って建物全体に障壁を張って衝突を緩和させます。それ以外の方はできる限り避難誘導をさせてください」
幸太郎の質問には答えず、小型の通信機で自身の部下たちにノエルは冷静沈着に指示を送る。だが、大勢の人間がパニックになっている混沌とした状況で、制輝軍の指示に従う者はいなかった。
「我々も手を貸そう」
大道の言葉に、幸太郎、サラサ、ドレイクは力強く頷く。
「ありがたいことですが――残念ながら、そんな時間はなさそうですね」
危機的状況にもかかわらず、他人事のようなノエルは協力する気満々な幸太郎たちに心がまったく込められていない感謝の言葉を贈るが――飛行機は目の前まで来ていた。
打つ手がない状況に、大道とドレイクは悔しそうな表情を浮かべた。
呑気にこちらに向かってくる飛行機を眺めている幸太郎に、「幸太郎さん!」と普段無口なサラサからは考えられないほど大きな声を出して、彼を庇うように抱きしめた。
激しい衝突音が響き渡り、ターミナルの建物全体が大きく揺れ、人々の悲鳴が響き渡る。
――が、衝突の寸前、飛行機を包んでいた光が強く発光すると同時に、飛行機の勢いが一気に弱くなって胴体着陸した。
そして、そのままターミナルに衝突することなく飛行機は無事に着陸した。
一瞬の間を置いて、自分たちが助かったこと、そして、飛行機が強く発光して勢いが止まったという奇跡的瞬間を見て歓声と拍手が上がった。
「……今のは一体――まさか、リクトの力か?」
飛行機を包んでいた光から輝石と同じような力を感じ取った大道は、胴体着陸した飛行機に乗っているリクトの力によるものだと推測していた。
「サラサちゃん、良いにおいがするし、柔らかい」
「す、すみません、幸太郎さん!」
サラサにきつく抱きしめられている幸太郎は、彼女から伝わるフローラルな良いにおいと、膨らみかけだが確かに柔らかさが残る双丘の感触に恍惚の表情を浮かべていた。
自分が大胆なことをしていることに気づいて慌ててサラサは幸太郎から離れた。
無防備にも自身の年頃の娘が異性に密着していることに、ドレイクは不満気だった。
「サラサ……密着し過ぎだ」
「でも、そうしなくちゃ幸太郎さんを守れなかったから」
「だが、もう少し守る方法というものがあるぞ」
「それなら、あの状況でお父さんはどうすれば幸太郎さんを確実に守れたと思うの?」
言い返してくる娘に、ドレイクは何も反論することができずに複雑な表情を浮かべた。
「私は今の事態を枢機卿に報告します。その間到着ロビーにいる方はリクト様の救出に向かってください。それ以外の方は一般客の避難を誘導させて、マスコミを抑えてください」
歓声と拍手が上がっている中、ノエルは冷静に部下たちに指示を送ると、リクトに会わせるために案内していた幸太郎たちに視線を移した。
「状況が変わりました。申し訳ありませんがあなたたちは邪魔なので帰ってください」
そう告げて、ノエルは自分の仕事をするためにさっさとこの場から立ち去ろうとする。
そんなノエルに、幸太郎は「ノエルさん」と呼び止めるが、彼女は無視して先に向かう。
「風紀委員として何か手伝えることある?」
無視されても、幸太郎はノエルにそう尋ねた。
声をかけられても無視するつもりでノエルは歩を進めるが――何かを思い立ったのか、突然立ち止まった。
一瞬の間を置いた後、ノエルは振り返って幸太郎に視線を向けた。
感情がまったく込められていない虚無を宿した冷たいノエルの瞳に、呑気な幸太郎の表情が映し出された。
「それでは――ついて来てください」
「ドンと任せて」
ついて来いとノエルが言ったので風紀委員に頼ってくれたと思った幸太郎は、頼りないほど華奢な胸を大きく張った。
だが、そんな幸太郎を一瞥もくれずにノエルは目的地へと進んだ。
―――――――――――
大量のコインが固まって球体になった大きな物体が空から地上へと落ちて、アスファルトを砕いた。
空から落ちてきた物体は一瞬の間を置いて光とともに消え去り、球体の中からレイズ・ディローズが強く打った腰を摩りながら出てきた。
「イタタタ……腰打った……でも、無事に着陸できて運が良かったなぁ。やっぱり、今週の運勢は絶好調だ――さて、彼らはどうなってるかな?」
無事に地上に着陸するや否や、レイズは期待に満ちた表情をここからそう遠くない距離にある空港がある方向へと向けると――彼の表情は落胆に染まり、深々と嘆息して肩を落とした。
空港に視線を向けた瞬間、光に包まれた飛行機がターミナル衝突寸前で無事に着陸したのを確認したからだ。
何の滞りなく計画が進み、少し危険だったが武輝であるコインを身体中に鎧のように何重にも纏わせて、上空から地上に着地する時の衝撃を減らして無事に着地し、後は逃げるだけだったのだが――最後の最後で失敗してしまった。
レイズを雇った人物からの依頼は――リクト・フォルトゥスの始末。
そのために、リクトの乗る飛行機を墜落させる計画だった。
大勢の人がいるターミナルに飛行機を突っ込ませようとしたのは自分のオリジナルの計画であり、ちょっとしたオマケのつもりだった。
――だが、すべてが失敗に終わってしまった。
計画を成功させるためにせっかく今週の運勢が絶好調の時に計画を実行に移したのに失敗してしまい、レイズは自信を喪失してしまっていた。
「上手く行くと思ったんだけどねぇ……」
途中まで上手く行っていたのに最後の最後で計画が失敗してしまった悔しさで、レイズはため息とともに上擦った声は無意識に出してしまった。
日が沈んで気温が下がって凍てつくような冷たい風がレイズの身体に吹きつけると、計画が失敗して落胆しているレイズの心にむなしさが広がった。
無様な自分にレイズは再び深々と嘆息すると――吹きつける冷たい風よりも、さらに冷たい気配が背後から伝わってきた。
「計画は失敗に終わったようだな、レイズ君」
自身に近づく気配とともに、冷め切った声が響いてくる。
聞き慣れない声が『計画』と言ったことで、レイズは自分の味方だと感じ取った。
しかし、それでも警戒心を高め、指輪についた輝石をいつでも武輝に変化できるように、輝石に意識を集中しながらゆっくりと声のする背後へ身体を向けた。
背後には、一人の男が立っていた。
黒を基調としたフォーマルな服装で、灰色の髪を無造作に伸ばした若い青年だったが――異様なのは、彼の顔半分が仮面で覆われているということだった。
味方だとは思っているが、顔半分に仮面をつけた異様な男に警戒心をレイズは高めた。
「私の名前はヘルメス。立場的には彼女の協力者であり、君の味方でもある」
「それを聞いて安心したよ。よろしくね、ヘルメス君」
警戒心を高めるレイズを安心させるように、仮面の男――ヘルメスは自己紹介すると同時に自分はレイズの味方であることを強調するように言った。
それを聞いて安堵と心強さを得て、高めていた警戒心を解くレイズだが――ヘルメスから発せられる重苦しい威圧感が、レイズの本能が完全に警戒心を解かなかった。
「いやぁ、ごめんね。計画が失敗しちゃったよ」
「計画は失敗したが、こちらとしては中々良いものが見れたので感謝をしているよ」
「そう言ってくれると、こっちとしても嬉しいよ」
自分が計画を失敗したことを気にしていない様子で、無事に着陸した飛行機を眺めて気分良さそうに口元を歪めるヘルメス。
用無しと判断されて切り捨てられるか、怒られると思っていたレイズは安堵するが、顔半分が仮面で覆われているため、ヘルメスが何を考えてどんな表情を浮かべているのかわからなかったので完全に安堵することはしなかった。
「どんな計画も不測の事態はつきものだ。それに、厳重に護衛されているリクト・フォルトゥスの始末を君一人で計画を進めていたのだから、失敗してもおかしくはない。だから安心してくれ――今度は私も協力しよう」
協力するというヘルメスの言葉を合図に、どこからかともなく彼の背後から黒いフードを被った謎の人物が登場する。
自分を気遣ってくれるだけではなく、協力者も用意してくれたヘルメスに感謝をしたいレイズだが――漠然としない違和感が浮かんだせいで素直に感謝できなかった。
「協力者は彼女が大勢用意したのでまだまだたくさんいるが、私の用意した協力者は彼女が用意した大勢の協力者たちよりも戦力になる。命令にも従順だし、君の思い通りに動いてくれるだろう。後で渡すある道具とともに上手く使えば目的は必ず果たされる」
「それは心強い――頼りにしてるから、よろしくね?」
ヘルメスが用意した黒いフードを被った協力者にレイズは手を差し伸べるが、協力者は何も反応しないでレイズの前から立ち去った。
「これから協力し合う関係で、打ち解けたかったのに……恥ずかしがり屋なのかな?」
「すまない、コミュニケーション能力が低いのが短所なんだ」
小さくため息を漏らして肩をすくめるヘルメスに、レイズの中で漠然としなかった違和感がハッキリしてくる。
「さあ、これで準備が整った――さっそく、目的を果たそうじゃないか」
「それはいいんだけど……ちょっと聞いてもいいかな?」
リクト・フォルトゥスの抹殺を再開させようとするヘルメスだったが、ここで、レイズは漠然としはじめた違和感を口に出すことにした。
「協力してくれるのはありがたいけど、計画が失敗してすぐに協力してくれるなんて随分用意周到過ぎると思うんだけど? もしかして……最初から俺の計画は失敗する前提だった?」
「言いにくいことだが、その通りだ。はじめの計画が失敗するのも計算の内でこれからの計画が彼女にとって本番だ」
都合良く協力者たちを用意してくれているという現状に、漠然としなかった違和感の正体をようやく掴むことができたレイズの質問に、ヘルメスは隠すことなく正直に頷いた。
最初から飛行機を墜落させる計画は失敗ありきで、信用されていなかったことにレイズは不満を抱きながらも、正直に話してくれたので「まあいいか」と気にしないことにした。
「正直に話してくれてありがとう。それじゃあ、目的を果たそうか」
正直に自分の疑問に答えてくれたことには感謝しているが、初対面であり、自身の持つ観察眼をもってしても何を考えているのかわからないヘルメスは完全に信用できない人間であるとレイズは本能的に感じていた。しかし、同時に得体のしれないヘルメスという存在に心強さも感じており、利用しがいのある人物だと思っていた。
だからこそ、レイズはヘルメスを利用するつもりで協力してもらおうと決意したが――
「その前にコイントスをしてくれないかな?」
これから計画を再開させようかとするところで、突然レイズにコイントスを持ちかけられ、戸惑いつつもヘルメスは「いいだろう」と了承した。
「マークがついている方が表で、ついていない方が裏」
ヘルメスにコインの裏表を確認させた後、レイズはコインを指で弾き、手の甲でコインを受け止めてもう一方の手で覆い隠した。
「表だ」
「それじゃあ、俺は裏で」
ヘルメスは表、レイズは裏――コインはスマイルマークがついていない表だった。
コイントスの結果はレイズの勝利であり、「やったぁ!」とレイズは自身の勝利を子供のように喜んで、天高く拳を突き上げてガッツポーズをした。
「まだまだ、運が良さそうだ。よーし! やる気が出てきたぞ!」
軽薄な態度を取りつつも計画が失敗して内心では意気消沈していたが、コイントス勝負で勝ったことで、まだまだ自分の運がついていると思ってやる気を漲らせる単純なレイズ。そんな彼をヘルメスは冷めた目で見つめていた。
「やっぱり、運が良い時に計画は実行しないとね」
「それは結構だ――だが、運などという不確かなものに縋ってしまえば、もしもの時に最悪な結果を招くことになるかもしれない。自分を信じることが重要だと思うのだが?」
「身に染みるアドバイス、感謝するよ。さあ、早く計画を再開させようよ、ヘルメス君」
コイントスに勝利して自身の運が良いと喜び、自身の運に頼り切っているレイズにヘルメスはアドバイスをするが、自身の運の良さを証明されて有頂天になっているレイズは適当に受け流し、改めて計画を再開させる覚悟を決めた。
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