第9話

 アカデミー都市からそう遠くない距離にある、人工島に浮かぶ広大な面積を誇る空港ターミナルビル内には溢れ返るほどの大勢の人が集まっていた。


 空港内には、観光目的でアカデミー都市に訪れるために空港を利用している一般客、カメラやテレビカメラを持ったマスコミ関係者、そして、それ以上に輝石を模った六角形のバッジをつけた制輝軍、そして、教皇庁関係者であるスーツを着た男たちがいた。


 制輝軍や教皇庁関係者の顔は全員揃って険しく、威嚇するように周囲を眺めているせいで一般客たちを怖がらせていた。


 ターミナル内は賑やかだが、教皇庁関係者や制輝軍の殺伐とした空気のせいで妙な緊張感に包まれていた。


 そんな雰囲気の中、到着ロビーにあるソファに座っている幸太郎は空港でしか売っていないビッグサイズの弁当を隣にいるサラサと分け合いながら呑気に食べていた。


「サラサちゃん、この煮物美味しいよ」


「……そう、ですね」


「そういえば、サラサちゃんとドレイクさんの用事は済んだの?」


「は、はい。えっと……このお弁当を探してたんです」


「このお弁当人気があるから、もう売り切れちゃったよ? 早く言ってくれればついでに買ったのに」


「こ、こうして幸太郎さんと一緒に食べることができたので、だ、大丈夫です」


「それなら、遠慮しないでいっぱい食べて」


「あ、ありがとうございます」


 その場凌ぎの言い訳のような説明をするサラサだが、そんな彼女の態度に幸太郎は特に疑問が浮かんでいない様子で納得していた。


「それにしても、制輝軍や教皇庁、それにカメラがたくさんある。リクト君のためだけにこんなに集まるなんて、やっぱりリクト君はすごいなぁ」


 視界に映る、忙しなく動き回る大勢の制輝軍や教皇庁関係者、そしてマスコミたちの姿を見て、こんなに多くの人を集めるリクトに、幸太郎は今日何度目かもわからない感心をしていた。


 そんな能天気な独り言を呟く幸太郎の隣に座っている大道の表情は暗く、固かった。


 大道が憂鬱そうな表情を浮かべている理由は、大勢の教皇庁関係者や制輝軍、そして、マスコミがいる現状を見て、大道は漠然としない違和感を抱いていたからだ。


 そんな大道の隣にふいにドレイクは座ると、「おそらく――」と呟くような声で大道に話しかけた。


「教皇庁のボディガードや、制輝軍だけではなく輝士もいる……この警備の配置や数から推測するに、間違いなく枢機卿がいるだろう」


「……ドレイクさんもそう思いますか」


 ドレイクの言葉に大道も同意見だった。


 現状で次期教皇になるのが確実視されている状況で警備が厳重になるのは当然だが、出迎えるにしては多すぎる警備の数に、教皇庁内で教皇に次いで権力がある枢機卿の存在がいるかもしれないと、確証はないが大道はそう思っていた。


 しかし、過去に教皇庁のボディガードとして働き、枢機卿も守っていた経験があるドレイクも自分と同じ意見だということに、確証がなかった大道の推測が確かなものになった。


「このマスコミはおそらく、次期教皇を確実視されているリクトの姿を映そうと現れたんだろうが、リクトを追い詰める結果になるだろう」


 集まっている大勢のマスコミたちを見ながら、ドレイクはため息交じりにそう呟いた。


「リクトが厳重な警備に守られて大々的にマスコミに宣伝される姿を見れば、リクトが次期教皇になると誰もが思う。そうなれば、リクト以外の次期教皇候補を支援している人間から見れば面白くないだろうし、挑発しているようにも映るかもしれない」


 友人の敵がこれで再び増えるかもしれないという状況と、ドレイクの言葉を受けて漠然としなかった違和感の正体に気づいた大道の表情はさらに暗くなった。


 しかし、表情は暗くとも、大道の胸の中は苛立ちと怒りで渦巻いていた。


「警備の邪魔になると考えて制輝軍はマスコミにリクト帰還の情報を漏らさないようにするだろうし、控え目なリクトの性格から考えれば大勢のマスコミを自ら呼んで目立とうとするのは考えにくい。……ということは、この茶番を仕組んだのは枢機卿……」


 今の状況が枢機卿によって仕組まれ、それに友人が踊らされている状況に気づいた大道は静かに怒りがわき出てくる。


「枢機卿のほとんどが、自身の利益しか考えていない枢機卿とは名ばかりの俗人だ。リクトが戻ってきたら、周囲にいるロクでもない枢機卿に利用されないようにお前がちゃんと忠告をしておくんだ……そして、できる限り守ってやるんだ」


 仕事柄普段から冷静で自分の感情を表に出さないドレイクにしては珍しく、熱が込められた声で大道に忠告をした。


 感情が込められた声での忠告と、縋るような目を自分に向けるドレイクに、彼の忠告を心に刻んだ大道は深々と頷いた。


「今の状況で、枢機卿への誹謗はどうかと思いますが?」


 ドレイクと大道の会話が一段落すると同時に、感情がまったく込められていない機械的な声で大道たちは話しかけられた。


 幸太郎たちの視線は一斉に、声の主――白葉ノエルに向けられた。


 突然のノエルの登場に、幸太郎は呑気に「こんにちは、白葉さん」と挨拶をしたが、そんな彼と目を合わすことなく「どうも」と素気なく挨拶を返した。


「やはり枢機卿がいるようだな」


 大道の言葉にノエルは反応することなく、僅かな警戒心が込められた目でドレイクを見つめていた。


「ドレイク・デュールさん――枢機卿に恨みを持つあなたは危険人物の一人ですので、目立った行動は控えてください」


「わかっている」


「まあ、今回の私の任務はリクト様の護衛なので、あまり関係はありませんが」


 かつて、教皇庁に務めていたドレイクは仕事中に護衛対象の枢機卿に怪我を負わせてしまったことが原因で教皇庁を辞めさせられたことがあったので、ノエルはドレイクを警戒していた。


 ドレイクとしてはもう過去のことで今更どうでもいいと思っていたので、自身に警戒心を向けるノエルを軽くスルーしていた。ノエルも自分の任務は枢機卿の護衛ではないので、これ以上ドレイクに何かを言うことはなかった。


 ドレイクへの忠告を終えたノエルは、無表情だが不承不承といった様子で幸太郎に視線を向けた。


「リクト様がそろそろ到着しますので、あなたたちは私について来てください。僅かな時間だけですが、リクト様に会うのを許可します」


 心底不承不承といった様子でノエルは小さなため息交じりにそう告げた。


「白葉さん、僕たちがリクト君の迎えに行ってることを知ってたんだ」


「ええ。リクト様の傍で護衛をしている私の――から聞いていました」


 幸太郎の疑問にノエルは淡々と答えた。


 大道、サラサ、ドレイクの三人は特に反応することはなかったが、ノエルが口に出した『弟』という単語に、素っ頓狂な声を上げて幸太郎は反応した。


 幸太郎の素っ頓狂な声は、賑やかなターミナル内にも十分に響き渡った。


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