第8話
幸太郎が乗るリムジンは、アカデミー都市の出入口である大きな門を抜け、街路樹が立ち並ぶ広々とした道路を走った後、空港がある人工島につながる連絡橋を通っていた。
空港に向かうルートは、地下トンネルと連絡橋を渡るルートがあり、本来は地下トンネルを渡った方が空港に到着するのが早いが、渋滞中とのことでのんびりと連絡橋を渡っていた。
連絡橋から見える海には真っ赤な夕日が浮かんでおり、幻想的な光景だったが――リムジンに乗っている幸太郎はサラサの膝の上に頭を置いて疲れ果てているので景色を楽しむ余裕がなかった。
今日は朝から放課後までずっと輝石使いとしての訓練を受けており、輝石の力を扱えない幸太郎は、訓練教官補佐であるティアが考えた特別メニューを受けていた。
筋肉トレーニング、ランニング、戦闘訓練――ティア曰くすべて幸太郎の体力に合わせた軽めの訓練だということだが、本人にとっては厳しい訓練だった。
厳しいティアの訓練は冬休みの間で鈍った幸太郎の身体には十分に堪え、訓練が終了する頃には心身ともに疲れ果て、身体には擦り傷等の生傷がたくさんできていた。
車に乗り込んですぐにぐったりとシートの上で横になっていた幸太郎に、サラサは何も言わずに自身の膝に幸太郎の頭を乗せた。
「ティアさんの訓練は相変わらず厳しいようだね。だが、厳しくとも、訓練は決して幸太郎君を裏切らないぞ」
サラサの膝の上でぐったりしている幸太郎を見て、対面に座っている作務衣を着ている坊主頭の青年・大道共慈は人の気も知らないで爽やかに笑っていた。
大道の励ましの言葉に、幸太郎は「……ど、どうも」と力のない笑顔で応えた。
幸太郎に膝を貸しているサラサは、幸太郎の顔を心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫、ですか?」
「うん。心配してくれて、ありがとう、サラサちゃん」
「ゆっくりしてください、ね?」
「サラサちゃんの膝、すごく柔らくて気持ちいい」
「幸太郎さん……何だか小さい子供みたいでかわいい、です」
「そう言われると何だか照れるし、頭撫でられると気持ちいい」
慈母のような笑みを浮かべて自分の頭を撫でて子供扱いしてくるサラサに、悪い気がしない幸太郎は照れたように頬を染めた。
そんな娘と幸太郎のイチャイチャした様子をバックミラーで一瞥した、サラサの父であるリムジンを運転しているスキンヘッドの大男――ドレイク・デュールの元々強面だった表情がさらに険しくなり、不満気だった。
「……サラサ、年頃の娘が年頃の男に膝を貸すな」
「だって、幸太郎さんが疲れてるから」
「お前は疲れているのなら誰にでも膝を貸すのか? いいか? お前は警戒心が薄く、人当たりが良すぎるのが短所だ。幸太郎も一人の男であることを忘れるな」
「……お父さん、何だか鬱陶しい」
「う、鬱陶しいだと? 少し話し合った方が良さそうだな。私はお前を心配しているんだ」
「ごめん、それが鬱陶しい」
無防備すぎる娘のためを思って言っているが、娘に鬱陶しがられ、冷静沈着な普段のドレイクからは考えられないほどショックを受けていた。
しかし、パパはめげずにちゃんと娘と話し合うつもりで、本気で車を停めようとしたが――「それにしても――」と空気を読まずに幸太郎が呑気な声を上げた。
「サラサちゃんとドレイクさんが空港に用があってよかった。車じゃなかったら、行き倒れてたかも」
何気なく放った幸太郎の一言に、サラサとドレイクの口論がピタリと止んだ。
元々、幸太郎と大道は電車で空港まで向かうつもりだった。
しかし、空港に向かう直前になってドレイクとサラサが空港に用があると言って、そのついでに送迎をしてもらえることになった。
ここで、ふいに疑問が浮かんだ幸太郎はムクリと上体を起こして、「ドレイクさん」とドレイクに声をかけた。
声をかけられたドレイクは、バックミラーで幸太郎の姿を一瞥した。
「ドレイクさんとサラサちゃん、空港にどんな用があるんですか?」
幸太郎の純粋な疑問に、サラサとドレイクの強面が強張り、答えに窮した。
「……買い物がある」
一瞬の間を置いて、ドレイクは取り繕ったような答えを口に出した。
「それなら、わざわざリムジンで行かなくてもよかったんじゃないんですか?」
「私たちの送迎のことも頭に入れて、わざわざリムジンを用意してくれたのだろう。改めて、わざわざ気遣ってくれてありがとうございます、ドレイクさん」
幸太郎のもっともな疑問に、再びドレイクは答えに窮する。
答えに窮している父娘の様子に何となく事情を察した大道は助け舟を出すと、幸太郎は「なるほどー」と納得して、「ありがとうございます」とドレイク感謝をした。
大道のフォローで幸太郎が納得してくれたことに、ドレイクとサラサの強面に柔らかさが戻り、父娘揃って心の中で大道に感謝をした。
「もうそろそろ空港に到着するんだ……リクト君と会うの楽しみ」
目的地である空港が徐々に近づいてきたのを窓から見た幸太郎は、久しぶりに会う友人であるリクトとの再会に胸を躍らせていた。
「リクトは修練に修練を重ねて、もう私を超えるくらいの力を手にしているぞ」
「本当ですか? ……すごいなぁ、リクト君」
「まだ精神面では脆い部分はあって不安定だが、リクトは伸びしろがある。慢心しないで修練を続ければさらにリクトは強くなるだろう」
訓練に付き合い続けた結果自分を超えてくれたリクトに対して喜びと、逞しく成長してくれた弟子のような存在を大道は自慢するような表情を浮かべていた。
誇張ではない大道の言葉に、かつて存在していたアカデミー都市を守る治安維持部隊・
「教皇になってリクトはアカデミーから追い出された君を、アカデミーに戻すという約束を果たすため、教皇を目指してメキメキと力をつけていたんだ」
「そういえば、そんなことを約束しました」
「リクトは君のおかげで強くなったも同然だ」
「そう言われると何だか照れます」
本心からの大道の言葉に、幸太郎は照れ笑いを浮かべた。
『リクト君が教皇になったら教皇になったら権力を振って僕の退学を免除してよ』
二年ほど前に退学処分を言い渡されてアカデミーから去ることになった時、リクトに言ったことを思い出した幸太郎は、リクトは自分を連れもどすために頑張ってくれたことを知って心の底から喜んでいた。
「ホント、リクト君はすごい。強くなったみたいだし、最近大活躍みたいだし」
「そうだな……良くも悪くも、リクトの評価は上がっているな」
最近のリクトの活躍と、リクトが強くなったということに、改めて幸太郎は感心した。
呑気に感心している幸太郎とは対照的に、大道の表情は雲っていた。
「リクトの評価が上がったということは味方が増えるということだけじゃない。同時に敵も増えたということだ。リクトの活躍によって潰された教皇候補の派閥についていた人間、次期教皇として確実視されているリクトを妬む人間、リクトが次期教皇になっては都合が悪い人間もたくさん生まれてしまったということだ」
味方だけではなく敵も増えたというリクトを思って不安げな表情を浮かべる大道。
そんな大道を中心として、車内の空気は暗く、重いものになってしまった。
「大道さんって、結構心配性なんですね」
「リクトの状況を考えれば、心配するのは当然だよ」
「それでも、リクト君なら大丈夫です」
根拠のない自信を持っている幸太郎だが、当てにならないその自信が不思議と大道の心の中に重く沈んでいた不安感を軽くさせた。
「心配性が過ぎて、変なことを気にし過ぎると、
何気なく放たれた幸太郎の言葉に、ドレイクは肩を落として明らかに落胆し、サラサとドレイクは笑いそうになってしまった。
幸太郎と大道の共通した友人である、派手な色のファッションを好んで軟派な態度の割には、意外に純情硬派な
「……私には婚約者がいるぞ」
少し得意気に大道はそう言い放つと、失礼にも幸太郎は意外そうに「へぇー」と口を大きく開けて、羨望と好奇の眼差しを大道に向けた。
「大道さんの婚約者ってどんな人なんですか?」
「幼馴染だ。淑やかだが強い芯を持った美しい女性だ」
「婚約者らしいことはどんなことをしました?」
「け、結婚するまでは清い関係は続けると約束している」
「そ、それじゃあまだチューとかしていないんですか」
「そ、それは、その……まあ……そ、その……――って、ここにはサラサさんがいるんだ! 大人の話題は控えさせてもらう」
「是非とも聞かせてください、大道さん。今後の勉強のために」
「こ、この話は以上だ!」
幸太郎に乗せられて自分と婚約者との赤裸々なエピソードを語ろうとした大道だったが、幸太郎の隣で顔を赤らめているサラサに気づいて、すぐに話題を止めた。
もっと婚約者との甘ったるいエピソードを大道の口から聞きたかった幸太郎だが、腕を組んで口をへの字に曲げて、大道は押し黙ってしまった。
幸太郎と大道の会話のおかげで、さっきまで暗くなりかけていた車内の雰囲気があっという間に明るくなった。
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