第13話
制輝軍との会議を終え、ノエルたちとの会話を終えたクロノに友人であるリクト・フォルトゥスから、教皇エレナが呼んでいるので至急来てくれという連絡が緊急で入り、セントラルエリアの高級ホテルにいる教皇エレナの元へと向かうことになった。
緊急連絡の割には自分一人だけというのが気になったが、連絡を終えると同時に走って目的地へとクロノは向かった。
セントラルエリアのホテルに到着すると、ロビーには癖のある柔らかそうな栗色の髪の、華奢な体躯の少女と見紛うほどの、この場にいる誰よりも目立つ可憐な外見の少年、教皇の息子であり、自身も煌石・ティアストーンを扱う高い資質を持つ、次期教皇最有力候補とされているリクト・フォルトゥスが待っていた。
クロノがホテルに入ると同時に、リクトは無邪気な子犬のように小走りで彼に駆け寄って「来てくれてありがとう」と笑顔で出迎え、すぐに頭を空下げた。
「ごめんね、夜遅い中、それも忙しい中突然呼び出して」
「問題ない――それで、用件は何だ。緊急なんだろう?」
緊急ということなのでさっそく本題に入るクロノだが、呼び出した張本人であるリクトは本題に入られても首を傾げて微妙な表情を浮かべていた。
「それが僕にもわからないんだ。ただ、母さんにクロノ君を呼んだら僕と一緒に部屋まで来てくれって頼まれただけで、詳しい話を聞かせてもらっていないんだ」
「緊急かつ機密情報ということか……」
「そんなに重大な感じはしなかったんだけど……まあ、取り敢えず急ごうか」
何か特殊な状況で自分を頼られていることにクロノは無表情ながらも僅かに緊張しており、まだ詳しい話を聞かされていないリクトは不安と期待を抱いたままエレベーターに乗り、最上階にあるスイートルームにいる母・エレナの元へと向かった。
母がいる部屋のチャイムを鳴らし、「失礼します」とリクトは一言声をかけて扉を開くと――
「おお、来たか! リクト、クロノよ!」
「ど、どうも、プリムさん。こんばんは」
「さあさあ、挨拶は後でいいから早く入るのだ、さあさあ」
扉を開くと同時に、もう夜も深まっているというのに興奮しきった表情で出迎えるのは、長い髪を豪華な装飾のされた髪留めでツインテールに結った、勝気で小生意気そうな顔立ちの美少女、リクトと同じく次期教皇最有力候補であるプリメイラ・ルーベリアだった。
テンションの高いプリムに圧倒されながらも、彼女に促されるままにリクトはクロノとともに部屋に入ると――
「アリシア、そこは譲れません」
「こっちだって同じよ」
数多くのファンシーでメルヘンチックな衣装で埋め尽くされた室内で、アリシアとエレナが睨み合っていた。
そんな二人の傍らには、鋭い目と爬虫類を思わせるような顔立ちの長身の男・アリシアのボディガードを務めているジェリコ・サーペンスが立っており、目の前で繰り広げられている口論を止めることなくジェリコは揃えられた衣装を絵画を眺めるようにジッと見つめ、集中して何かを考えこんでいる様子だった。
普段は口論になっても感情的になったアリシアを、感情を表に出さないエレナが華麗にスルーして真正面からぶつかり合うことはないのだが、今は違った。
無表情ながらも珍しくエレナは僅かに感情的になって、真っ向からアリシアと対立していた。
部屋に来て早々にアリシアとエレナがぶつかり合っている状況に、嫌な予感が過るリクト。
「フリルドレスは捨てられません。頭には大きなリボン、できれば、スカートの丈は短く、白い二―ハイソックスを履かせましょう」
「スカートの丈が短いのは同意だけど、清純なイメージを崩さないと面白味がないわ! ここは黒一色で邪悪な雰囲気のゴシックロリータファッションで行くべきよ」
「黒を基調としてしまえばそれこそ面白くありません。もっと多彩にすべきです」
「それでガキっぽくなったら、似合わないわよ! いい? ここは少女と大人の中間、つまり、大人になりきれない少女を上手く表現すべきなのよ!」
「そのコンセプトには激しく同意します。しかし、それを表現するにはあなたの提案では背伸びし過ぎではないでしょうか」
「アンタだって、ガキ臭くなり過ぎよ。もう少し攻めるべきよ」
アリシアとエレナ――二人はリクトとクロノが来たことにも気づかないほどの激論を交わしており、下手に間に入って口出しできないほど火花が散っていた。
「随分と激しいな……それほどまでに緊急事態というわけか」
「そういうわけじゃなさそうだけど……」
二人の熱い討論を目の当たりにして、緊急に呼び出されたクロノは改めて気合を入れ直すが、対照的にリクトは二人の口論からくだらなさを感じ取って呆れていた。
「母様、エレナ様! もうリクトとクロノが来ているんですぞ! 喧嘩はいい加減にして本題に入りましょう!」
誰にも手出しができない雰囲気の激しい口論の間に恐れることなくプリムは間に入ると、取り敢えず落ち着いたエレナとアリシアは来てくれたリクトとクロノに視線を向けた。
リクトとクロノ登場に満面の笑みを浮かべているアリシア、エレナは相変わらず無表情だが「よく来てくれましたリクト、クロノ」と歓迎した。
そんな二人のぎらついた瞳に圧倒されたリクトとクロノの背筋に一瞬冷たいものが走る。
「こんな時間に呼び出してしまって申し訳ございません、クロノ」
「問題ない」
「さっそくですが、二人にはアルトマンを捕えるために協力してもらいたいのです」
「任せてくれ」
アルトマンを捕えるためにエレナに協力を求められたクロノはそれが自分の使命だと言わんばかりに力強く頷く。
一方のリクトは、もちろんアカデミーの人間としてアルトマンを捕えるためなら全力で協力する覚悟を抱いているが、先程から嫌な予感が頭の中でぐるぐるしており、クロノのように二つ返事で了承することができなかった。
「も、もちろん、僕だって協力します」
「それでは決まりですね――と言いたいところですが、今回のアルトマンは今までとは違って積極的です。それを考えた上で決断をしてください。もちろん、今すぐ決めなくても結構です」
テンポよく進む展開に頭がついて行けないリクトは待ったをかけようとするが、その前にエレは僅かに興奮気味だったテンションを抑えて改めて二人に覚悟を問う。
相手が父・アルトマンである以上クロノは迷うことなく、そして、これからの展開に嫌な予感が頭の中を駆け回りながらもリクトも迷うことはなかった。
「相手がアルトマンである以上、オレにできることがあれば何だって協力する」
「僕もそのつもりです――が……その……もしかして、僕たちは――」
「――わかりました。二人の覚悟、私が受け止め、何があっても責任を取り、全力でサポートすることを誓いましょう」
二人の覚悟を受け止めたエレナは、リクトの言葉を軽くスルーしてエレナに視線を向ける。
先程まで激論を繰り広げていたが、エレナの意志を感じ取ってアリシアは力強く頷き、プリムとジェリコに視線を向けた。
「ジェリコ、プリム、準備はできている?」
「もちろんですぞ、母様! メイク道具一式の準備は万端です!」
「イメージは沸きました……後はキャンバスに描くだけです」
アリシアの言葉に化粧道具一式をずらりと並べるプリムと、これから真っ新なキャンパスを描こうとする画家のように、チークブラシとパフを持ってリクトとクロノを見つめるジェリコ。
「安心しなさい、リクト、クロノ――優しくしてあげるわ」
「――二人とも、今までにないほどかわいくなりましょう」
抑え込んでいたギラギラしたものを一気に解き放つアリシアとエレナ。
腹を決めていたクロノは無表情のままこれから起きることを甘んじて受け入れていたが――
嫌な予感が的中したリクトだけは別だった。
せめて女装は勘弁してください――そう懇願しようとするリクトだったが、獣に溢れた檻の中に入ってしまった段階でもう逃げることはできなかった。
二人はもう、なすがままにされることしかできなかった。
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