第14話

 師匠・久住宗仁との話が終わり、自分が暮らしている部屋がある高層マンションへと戻るセラ。


 本当はもっと幼馴染たちと宗仁の話――主に七瀬幸太郎に関して話をしたかったのだが、セラの頭の中は様々なものが駆け巡り回ってパンク寸前になってしまっていたのに加え、麗華に今から自分の部屋で、今後の風紀委員の活動について話がしたいと連絡がきたので麗華の部屋へと向かっていた。


 夜風を浴びてパンク寸前の頭を落ち着かせながら目的地である、自身が暮らしている部屋の隣である麗華の部屋のチャイムを鳴らし、「お邪魔します」と一言断ってから扉を開いた。


 今まで使用人に片づけを任せていたお嬢様生活が長かったため、資料や衣服やらで微妙に散らかっているリビングには部屋の主である本革のソファに腰かけている麗華と、テーブルを挟んで彼女と対面に座るノエルがいた。


「ああ、セラ、ようやく来ましたわね。待っていましたわ」


 ……二人とも疲れているみたいだ。

 身体じゃなくて、精神が。

 私もしっかりしないと。


 自分がリビングに到着したことを数瞬遅れて反応した麗華とノエルの様子を見て、セラは二人とも自分と同じく、それ以上に疲れていることを察し、疲れているのは自分だけではないと喝を入れる。


「ごめん、ちょっと遅くなっちゃったかな?」


「突然呼び出したのはこっちなので気にしていませんわ」


「私もちょうど二人に話したいことがあったしちょうどよかったよ」


「そうは言っても、あなたもあなたで色々と大変だったのでしょう? ……いつにも増して疲れた顔をしていますわよ」


「それはお互い様だよ」


「わ、私はまだまだ全然余裕ですわよ!」


「全然、余裕」


 二人とも強がりながらも疲労を隠し切れていない様子に、何だかバカバカしくなったセラは思わず吹き出してしまうセラ。


 吹き出したセラに麗華とノエルの不機嫌な視線が向けられながらも、構わずにセラはノエルの隣に座って話をはじめる。


「それで、麗華――これから風紀委員の活動が派手になるって感じなのかな?」


 自分のこれから言う言葉を先読みしたセラに、麗華は「ええ、まあ……その通りですわ」と複雑な表情で認めた。


「今回アルトマンが騒動を起こしたことで、大和の推理を認めざる負えなくなったアカデミー上層部は、アルトマンと決着をつけるために私たち風紀委員を全面的にサポートすることに決まりましたわ。明日は休日ですが、構わずに風紀委員の活動をしますわ。休日はアカデミー都市外部から観光客が来ると同時に、明日からリクト様とクロノさんも風紀委員の活動に協力することになったので、これまで以上に大勢の人から注目が集まると予測していますわ」


「制輝軍も全戦力で風紀委員をサポートすることに決まり、アカデミー都市内のガードロボットも明日から風紀委員周辺を重点的に警備することが決まりました」


「ノエルさんの言う通り、アカデミーと制輝軍が協力して風紀委員の活動をサポートすることになり、今後の活動について話しておきたかったのですわ」


 ……つまり、風紀委員の活動がこれまで以上に注目が集まるということだ。

 師匠は近い内にアルトマンたちが行動を起こすと言っていたけど……

 明日から風紀委員が大々的に動くなら、明日か明後日――必ずアルトマンが動く。

 必ず……


 いよいよ風紀委員やアカデミーがアルトマン決着のため本格的に動くことになり、アルトマンたちが望んだ状況になっていることを察し、彼らが動き出すのは目前であるとセラは確信していた。


「うん……わかった。私も全力でサポートするよ」


 アルトマンが本格的に動くのが目前まで差し迫り、セラはそう誓いを立てて気を引き締めた。


「それでは、さっそく明日からの行動について話し合いたいのですが――」


「待って、麗華。その前に話したいことがあるんだ。話を聞いた上で明日からの行動を考えてもらいたいんだ」


「私も聞いてもらいたい話があります。特に、セラさんには」


 本題に入ろうとする麗華だがその前にセラは、そしてノエルは話しておくべきことがあった。


 二人から放たれる必死な空気から、何か重要なことを二人が話そうとしていることを察した麗華は、「聞かせてもらいますわ」と真剣に二人の話を聞くことにした。


「まずは先に話をしたいと言ったセラさんからどうぞ」


「今、ちょうどティアが上層部に報告しているのですが――」


 セラとしては、特に自分に話を聞いてもらいたいと言ったノエルの話が気になったのですぐに聞きたかったのだが、今はそれを堪えて話をはじめる――つい先程まで、久住宗仁と話したことのすべてを。


 大和が思っている通り、アルトマンたちは目立とうとしていること。


 目的は同じだが、アルトマンの考え方と大きな溝があること。


 しかし、協力者である以上アルトマンを裏切るつもりはなく、自分の行動に迷いもないこと。


 大きな鍵とされている七瀬幸太郎のことを。


 師匠を信じたい――その気持ちを抑えて、セラは淡々と説明した。


「まさか、危険を冒してセラさんたちに接触するとは思いもしませんでしたわ」


「それは私も驚いたよ。でも、決して私たちの味方をしに来たつもりはなかったと思う」


「何にせよ、アルトマンの協力者であり、迷いがない以上は危険人物に変わりありませんわ」


「うん……わかってる。立ちはだかるなら、私やティアや優輝も師匠と戦うつもりだし、師匠も私たちと戦うつもりでいる――さっき話しをして、改めて思い知らされたから」


 つい先程の宗仁との会話で、セラは師匠に何を言っても、何しても止まらないという強い意思を感じ取り、お互い戦いは避けられないだろうと覚悟していた。


 自分に言い聞かせるように師匠と戦うことを覚悟するセラを不安そうに眺めながらも、麗華が気になっているのは鍵とされている七瀬幸太郎のことだった。


「しかし、わかりませんわ。煌石を扱える以外、至極凡骨凡庸、道端を歩いていても気づかない小石も同然な人物がどうして鍵とされているのでしょう」


「わからない……師匠は私たちに七瀬幸太郎君のことを思い出すようにって言ってたけど、私は彼と会ったことはないし、二週間前まで彼のことなんて何も知らなかったし……」


「……それは私も同じですわ……だというのに、どうしてこんなにも……」


「麗華? ……どうしたの?」


「い、いいえ、何でもありませんわ! 気にしないでくださいませ」


 嘘だ……麗華も、きっとノエルさんも私と同じだ。

 七瀬幸太郎君について、気になることがあるんだ。

 でも、それがわからずに苛々している……

 どういうことなんだろう……

 私たちだけじゃなくて、麗華も彼について何か思い出すべきことがあるのか?

 わからない……一体、七瀬幸太郎君は何者なんだろう。


 幸太郎の話をして若干苛立っている様子の麗華と、無表情ながらもジッと考え込んでいるノエルの様子を見て、二人も自分と同じく幸太郎に対し何か思うところがあると感じていた。


「……七瀬さんのことですが、彼の評価を少々改めるべきかもしれません」


 じっと考え込んでいたノエルはそう呟き、セラに視線を向けた。


「セラさん。久住宗仁は私とクロノが出会った少女について何か言っていましたか?」


「それについては何も……もしかして、ノエルさんが話そうとしていたのは、まさか……」


「はい。私とクロノが出会い、おそらくセラさんに攻撃を仕掛けたであろう少女についてです」


 ……やっぱり、そうなのか?

 できれば、気のせいであってくれ……


 ノエルがこれからアルトマンたちの新たな協力者である少女の話をしようとした時、セラの中で押し殺していた不安が蘇り、自分の思い違いであってくれと心の中で切に願った。


「少女についての正体は依然不明ですが、おそらく調べても何も出ないでしょう。彼女は二週間前の騒動で生み出された――いいえ、もしかしたら蘇らされた存在かもしれません」


「セラも言っていましたが、やはり、少女の正体は……」


「私とクロノは、私たちと似た力を放っている少女がイミテーションであるという結論に至りました――そして、まだ漠然としていませんがその正体は……おそらく、アルトマンが私やクロノ以前に生み出した最初の、私たちの兄とも呼べるイミテーション・ファントムであるかと」


 容姿が大きく変化し、確信はないながらも、同じイミテーションだからこそノエルは少女――ファントムの気配に気づくことができた、


 セラの嫌な予感が的中してしまい、憂鬱なため息を深々と漏らした。


 ファントム――かつて、アカデミー都市内を恐怖に陥れた連続通り魔事件を引き起こし、数多くの実力のある輝石使いを倒したことから『死神』と恐れられていた人物だった。


 その正体は優輝の遺伝子から生み出されたイミテーションであり、最初の事件でセラ、ティア、優輝たちに打ち倒されてから、ずっと優輝に成り代わって生きてきた。


 優輝に成り代わったファントムは、今はもう解体されて存在しない教皇庁が設立したアカデミーの治安を維持する輝士団のトップを務め、活躍するとともにアカデミーに深く潜り込んだ。


 目的はティアストーンであり、ティアストーンから生み出される大量の輝石を使えば賢者の石が生み出せると考えていた。しかし、道半ばで正体がバレ、セラたちの手で再び倒される。


 消滅したと思われていたが、再び、今度はティアストーンに触れた際に、ティアストーン内に潜り込ませていた精神がエレナに宿って、騒動を引き起こした。


 三度目の正直で今度こそ誰もが消滅したと確信していたが――再び、ファントムは少女の姿で蘇ったかもしれなかった。


「二週間前の騒動で七瀬幸太郎さんは展示されていた煌石から力を引き出しました。引き出された力を使って何らかの力を得たと思っていましたが、今日、七瀬さんと出会った時、彼にはそんな力を感じられなかった……その代わり、彼の傍にいた少女からは、どす黒い、以前ファントムと対峙した時と同じような雰囲気を感じました」


「あの凡夫がそんな力を持っているとは、正直、私はそう感じられませんでしたわ。過大評価のし過ぎではありませんの? それに、本当にあの忌々しいファントムでしたの?」


 幸太郎への評価が高いノエルに、麗華は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「でもノエルさんの考えは間違いじゃないと思うよ、エレナさんも七瀬君は自分以上の力を持っている言ってたし……でも、完全に消滅したファントムを蘇らせることなんてできるのかな。それも、少女の姿に変えることも」


「どんな手段を使ったのかはわかりませんし、確証はありませんが、少女と対峙して肌で感じ取ったどす黒い感情は、正体がファントムであると私たちに告げていました……セラさん、攻撃を受けたあなたなら、ファントムが蘇ったことを何となく察していたのではありませんか?」


「漠然としていませんでしたが、ノエルさんの説明を聞いて改めて思い知っています。私が感じたあのどす黒い、ファントムに似た気配も気のせいではなかったと」


 確証がないとノエルは言っているが、確証がなくともセラにはよくわかっていた。


 ファントムが復活し、再び自分たちを狙っているということも。


「アルトマン、久住宗仁、ファントム、そして、七瀬幸太郎――わからないこと尽くしですが、敵は強大であるということはハッキリとしていますわ」


 麗華の言う通り、ファントムが復活しようが関係ない。

 私たちがやるべきことは決まってる。

 アカデミー都市を守り、未来へと進むことだ。

 そのことに迷いはない……


 嘆息交じりに放たれた麗華の言葉に、セラとノエルは頷いて同意を示し、敵の強大さを思い知ったセラは改めて気を引き締め直した。


「だから、改めてお願いしますわ――お二人のお力を私に貸していただきたいのですわ」


 そう言って深々と頭を下げる麗華。


 プライドの高い麗華が頭を下げて、協力を求めるのがどんな意味なのか、彼女との付き合いが長いセラと麗華はよくわかっていた。


 わかっていたのだが――そんな麗華の改まった姿にセラは思わず吹き出してしまう。


「ちょ、ちょっとセラ! 何がそんなにおかしいのですの? ノエルさんも! 笑いを堪えているはわかっていますわよ!」


 真面目にお願いしているというのに笑うセラに、不快感を露にする麗華。


 そんな麗華に「ごめんごめん」と謝りながらも、セラは楽しそうに笑っており、ノエルも無表情だが僅かに口元が震えて笑いを堪えながら「誤解です」と弁解した。


「いきなり改まって頭を下げるから、びっくりしたというか、らしくないというか、それでおかしくって」


「あなたの頭頂部をはじめて見ました」


「ぬぁんですってぇ!」


 人の気も知らないで楽しそうに笑うセラとノエルに、これから風紀委員の活動についての話をすることを忘れて麗華は怒声を張り上げた。


 わからないことばかりで先行きが見えない不安に押し潰されそうなセラたちだったが、日常でよく聞く麗華の怒声を聞いて少しだけ不安を霧散させることができた。


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