第15話
さて――結果は上々だ。
確証はなかったけど、まさかアルトマンたちが思い通りに動いてくれるなんてね。
それに、まさか、久住宗仁さんがセラさんたちと接触をして、情報提供してくれるなんてね。
肝心なことは何も言わなかったみたいだけど、これで僕の考えがある程度正しいって証明された。
でも――……
セントラルエリアの駅前広場――夜も深まり、人影がまばらなこの場所にあるベンチに座って、大和は自分の思い通りになっている状況にニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。
しかし、そんな軽薄な笑みの中でも僅かにだが不安が見え隠れしていた。
――あまりにも順調だ。
まるで図られたかのように、順調だ。
大和はあまりにも順風満帆に自分の思い通りに事態が動いていることに不安を隠せなかった。
アカデミーからの協力を得られない状況がしばらく続くと思ったのに、今回の騒動であっという間に確証がなかった自分の推理が当たっていると判断されて、アカデミーからの全面的な協力を得られたからだ。
最終的に自分の思い通りになったのは麗華の一声のおかげであり、決して順風満帆というわけではなかったが、それでも、都合が良い方向へと進み続けているのが大和には不安だった。
アルトマンの掌で踊らされているような気がして、心から今の状況を楽しめなかった。
だが、大和には確信はあった。
一日二日後にアルトマンは必ず動き出すという確信が。
そして、自分の推理が間違っていないという確信も。
しかし、唯一の不安としては――
「お待たせ、大和」
「お待たせ、しました」
「ああ、待ってたよ巴さん、サラサちゃん。こんな遅くに来てくれてありがとうね」
巴とサラサ、待っていた二人の登場に大和は笑顔で出迎えた。
さっきまで仕事をしていた思えはスーツ姿だが、サラサはパジャマ姿であり、若干眠そうに大和に挨拶を返した。
「誰にも悟られないように集合するのはいいけど、時間を考えなさい。まだ中等部のサラサちゃんが制輝軍の人たちに見られたら補導されてしまうのよ」
「大丈夫だって。そのために、巴さんがサラサちゃんを迎えに行ってるんだからね」
「ご両親に黙ってね――まったく、サラサちゃんのご両親に申し訳ないわ」
サラサの両親には内緒で、夜に連れ出していることを申し訳ないと思っている巴に、サラサは母性溢れる笑みを浮かべて安心させた。
「大丈夫、です。お父さんとお母さんは夜で歩いていることを気づいていません」
「その発言だけ聞くと、何だかサラサちゃんが悪い子に聞こえるなぁ? ダメだよ、夜更かしに慣れても夜遊びをしちゃ」
「あぅ……だ、大丈夫、です」
「顔を真っ赤にしちゃってどんな夜遊びを想像したのかな、サラサちゃんは」
「変なことを言ってサラサさんを困らせない――サラサさんも帰らないといけないし、私も明日からの準備で忙しいから、本題に入りなさい」
もうちょっとサラサのかわいい困った顔を見たかった大和だが、「はいはいわかったよ」と、巴に促されて話をはじめる。
「僕の予想だと明日か明後日の内にアルトマンは動き出すね」
「随分確信があるようね」
「確証はないけど、今日の騒動がアルトマンたちにとってアカデミー側を煽るためって考えれば、相手が動き出すのが近い内――というか、目前だって想像ができるよ。まあ、本番に向けた予行練習って可能性も捨てきれないけどね」
「あながち間違いじゃないわね……今回の騒動のおかげでアカデミーを不安にさせたのに加え、風紀委員を更に目立たせる原因を作ったのだから」
「そういうこと。風紀委員に更に注目を集めさせるために軽い騒動を起こし、大勢からの注目を集めたところで、自分たちを更に目立たせる騒動を起こす――そんな計画かな?」
「でも、わからないわね。風紀委員を目立たせて自分たちの目的を明確にさせれば、その分風紀委員周辺の警備が厳重になって、動き辛くなるかもしれないのに。」
「その点については何とも言えないけど……まあ、警備の人たちも風紀委員を目立たせる一つの要因と考えたんじゃないかな? 大勢の警備に守られればその分人目に付くからね。リスクが高すぎて理解できないけどさ。結局、アルトマンのことを理解した気になっているけど、そもそも相手の目的の理由すらわかっていなんだから、まだまだわからないことばかりってことだね」
アルトマンたちは目立って何がしたいのか、理由すらも何もわかっていないのに加え、考えても何も答えが出ない大和は、彼らのことを考えるのに疲れ、座っているベンチに深々と腰かけて脱力し、深いため息を漏らした。
「……大和さん、やっぱり……考えは変わりません、か?」
ベンチの上で脱力する大和に、サラサはおずおずとした様子で話しかけた。
「優しいね、サラサちゃんは。でも、ありがとう、何も心配いらないから大丈夫だよ。そのために今集まってもらって、もう一度計画を確認するつもりでいるんだから」
「で、でも……やっぱり、危険、です」
「相手もリスクが高いことをしてるんだから、こっちもそれに応えないと」
土壇場で二の足を踏む優しい性格のサラサに、大和はニコリといたずらっぽく、それ以上に力強い笑みを浮かべて感謝の言葉を述べて諭した。
もちろん、大和の言葉の意味と、彼女の覚悟も理解しているサラサだが、それでも、不安は拭えなかった。
心優しいサラサの頭を一度撫で、大和は集めた二人に計画を話す。
計画の大まかな内容は変わらず、どう転んでもいいようにする計画だったが――それでも、相変わらず危険な計画であり、サラサと巴の表情は渋かった。
「――とまあ、そういうことになったんだけどさ――……ほら、巴さんもサラサちゃんも、暗いよ。そんな思い詰めた表情でいたら、麗華たちに感づかれるよ?」
「この件に関わって、協力した段階で私には文句は言えないけど――大丈夫なの?」
「大丈夫だって。サラサちゃんと同じで巴さんも心配性だなぁ」
「あなたの計画は完璧そうに見えて穴があるから不安なのよ」
「ぐうの音が出ません」
自分を昔からよく知る幼馴染である巴の痛いところをつく発言に、何も反論できない大和。
反論できないことを軽薄な笑みを浮かべて誤魔化している大和を厳しい目で睨む巴。
そんな巴にやれやれと言わんばかりにため息を漏らして、肩を竦める大和。
「簡単には信用できないと思うけど、こっちの手筈は大丈夫――後は、巴さんとサラサちゃんたちの気持ち次第って感じかな? ――ねえ、ドレイクさん?」
そう言って、大和は巴とサラサの後ろにある街路樹の陰に隠れている、サラサの父であるスキンヘッドの大男、ドレイク・デュールに視線を向けた。
街路樹の陰に隠れて身を隠しているが、さっきからチラチラと愛娘であるサラサの様子を観察するために、だかい図体がチラチラと露になっていたので、バレバレであった。
しかし、そんなドレイクのことに気がつかなかった巴とサラサは、驚き、慌てふためいた様子で振り返り、大和の視線の先にあるドレイクが隠れている街路樹に視線を向けた。
二人が視線を向けると同時に、ドレイクはおずおずといった様子で街路樹の陰から出て、大和たちに近づいた。
「お、お父さん……どうして……」
「最近、寝不足気味なのに加え、夜な夜な庭から何者かの気配を感じていたからな……何か悪い虫がついたと思って、踏み潰すためにここまで来たと思ったら、まったく……」
父の登場に驚くサラサに、ドレイクは愛娘に悪い虫がついていなくて安心したような、それでいて、夜な夜な家を抜け出ずサラサに呆れたようなため息を深々と漏らして、厳しい目をおかしなことに娘を巻き込んでいる巴と大和に向けた。
「あ、サラサちゃんを家から連れ出しているの、僕じゃなくて巴さんですよ」
「ご、ごめんなさい、ドレイクさん! サラサさんを連れ出したのは、え、えっと、その……あ、あの……が、ガールズトークで盛り上がるために……」
「大学部の人が中等部の子とわざわざ家を抜け出してガールズトークって、苦しい言い訳過ぎるよ、巴さん……それにしても、サラサちゃんと巴さん程の人がドレイクさんの気配に気がつかないなんて、しっかりしないと。ドレイクさんもそう思うでしょ?」
隠れながらも、愛娘を心配する父のオーラが駄々洩れしていたドレイクの気配に気づかなかった巴とサラサの気が抜けていることを指摘し、ドレイクに同意を求めた。
「確かに、随分と油断していたようだな」
「やっぱりドレイクさんもそう思うよね。肝心な時に油断されると困るなぁ――それで、ドレイクさん、僕たちの話、どこまで聞いてたのかな?」
「安心しろ。サラサが心配でお前の悪巧みを聞く余裕はなかった」
「悪巧みだなんて失礼な――いや、間違いじゃないけどさ。じゃあ、何も聞かなかったついでに、できればすべてが解決するまで誰にも話さないでほしいんだけど。特に克也さんとかには」
「……今日の件については何も話さないようにしよう」
「ありがとう、ドレイクさん。ほら、サラサちゃん、ここは一つ、優しい優しいドレイクさんに『パパ大好き』って言ってあげなよ」
「パパ大好き」
「……感無量」
巴たちとの密談を秘密にしてくれるドレイクにご褒美を与えるように、大和はサラサに促す。
促されるままに、若干棒読みで言い放たれた娘の言葉に、感情を表に出さないドレイクの表情が感動で僅かに緩んでしまった。
「じゃあ、ついでのついでで、人生経験豊富なドレイクさんから巴さんとサラサちゃんにアドバイスをお願いしようかな? 二人とも、迷っているみたいだからさ」
良いように大和に誤魔化されている気がして不服なドレイクだが、彼女の言った通り悩んでいる様子の二人を見て、不承不承といった様子でため息を漏らして彼女の言葉に従う。
「何をするつもりなのかはわからんが、迷うな」
かつて、病に倒れた娘を救うためにアカデミーに混乱を陥れた自分を思い出しながら、ドレイクはそう言い放った。
「肝心な場面で迷えば誰も何も救えなくなるぞ」
中途半端な覚悟を抱いたまま、結局何もできなかった自分を思い出してそう告げた。
短い言葉だったが、ドレイクの過去を知る巴とサラサにとっては重みがあり、参考になる言葉であり、二人の気が改めて締まった。
そんな二人の様子を見て、これ以上言葉は不要だとドレイクは判断した。
「帰るぞ、サラサ……まったく、そんな恰好だと風邪を引くぞ。ほら、コートを持ってきたから着なさい」
「あ、ありがとう……」
持ってきたコートをサラサに羽織らせ、この場から去ろうとするドレイクたちに、巴は「ドレイクさん」と呼び止めて、改めて深々と頭を下げた。
「サラサちゃんを巻き込んで本当にすみませんでした」
「気にしないでいい。むしろ、お前と一緒なら安心できる」
普段の人柄をよく知っている巴が娘と一緒だからこそ安心できているドレイクに、「ちょっとちょっと」と大和が待ったをかける。
「それって、僕だけだと安心できないってこと?」
「無論だ」
「ひどいなぁ……ぐうの音が出ないけどさ」
「わ、私は、大和さんのこと、それなりに信用しています」
「ありがとうサラサちゃん。でも、『それなり』は別にいらないからさ――じゃあ、また明日ね」
若干フォローになっていないサラサのフォローに一応は感謝をして、ドレイクたちと別れた。
「それじゃあ、大和。私も明日のことがあるからもう帰るわ」
「うん。わかった、それじゃあね」
「……今回の件、本当に麗華や小父様たちに言わなくていいのね?」
「言ったら言ったで喧しくなるからね」
「言わない方が後で面倒になるわよ」
「面倒事は後に引き伸ばすタイプだからさ、僕」
相変わらずの大和の態度に、巴は何を言っても無駄だと判断して小さく嘆息をして、「それじゃあ、明日」と別れた。
「さてと――それじゃあ、僕も気合を入れますか」
一人になった大和は気合を入れ直し、アルトマンと決着をつけるための準備をはじめる。
周囲から何を言われようが、友から罵倒されようが、もう大和は止まるつもりはなかった。
かつてはアカデミーを混乱に陥れたからこそ、けじめをつけるために。
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