第4話

 幸太郎が戻ることをセラから聞いていたティアと優輝は、幸太郎のために手料理を振る舞いたいセラに頼まれて食材を買ってきた。


 二人がセラの部屋に来て、すぐにセラはキッチンで料理をはじめて、ティアも彼女の手伝いに向かった。


 幸太郎も手伝おうかと思ったが、自分をもてなすために夕食を作っているのでゆっくりしてくれとセラに言われたので、リビングで優輝と一緒にゆっくりすることにした。


 セラの料理が終わる間、幸太郎は三人に一年間の自分の状況を話した。


 アカデミーを退学してすぐに近所の高校に通うことになったこと、中学の頃の同級生が多くいたのですぐに新しい高校生活に慣れたこと――山もなければ谷もない話だったが、セラとティアは料理をしながらも聞いてくれて、優輝も楽しそうに聞いてくれた。


 去年、優輝とは話す機会がごく僅かで、友達と呼べるほどの関係を築けていなかったが、楽しく話をしているうちに幸太郎と優輝はすぐに友達になった。


 あっという間にセラたちは夕食の支度を終えて、先程の話の続きをしながら、幸太郎は夕食を楽しく食べていた。


 作り過ぎてしまったとセラは反省していたが、それは杞憂であり、急すぎる一日に疲れてお腹も空いていた幸太郎は見事に完食した。


 幸太郎は満腹の腹を摩りながら、眠そうに大きく欠伸をしていた。


「お腹一杯。御馳走様でした」


「よく食べるってセラたちから聞いていたけど、あんなに食べるとは思わなかったよ。見てて気持ちの良い食べっぷりだったね」


「何だか照れます」


 空腹を満たして満足そうな顔で再び眠そうに大きく欠伸をしてソファに深々と腰掛けた幸太郎に、優輝は彼の夕食の食べっぷりを思い出して楽しそうな笑みを浮かべていた。


 しかし、そんな優輝とは対照的にティアは腕を組んで呆れ返っている様子だった。


「あんなに食べてすぐに横になろうとするとは……だらしがない」


「昨日まで徹夜で夏休みの宿題をしてたから眠くて……ごめんなさい」


「自業自得、男子たる者言い訳無用。というか、言い訳するなら欠伸は我慢しろ」


 大きく欠伸をしながら言い訳する幸太郎にティアは呆れたように小さくため息を漏らし、そんな二人の会話を優輝は楽しそうに見つめていた。


「いきなりアカデミーに戻ってきたんだから幸太郎君も疲れてるのよ」


「セラ、お前は幸太郎に甘すぎる。先のことを考えれば、お前の甘さはいずれ――」

「――あ、そうだセラ。幸太郎君にあのことを言ったのかい?」


 矛先を幸太郎からセラに替えるティアだが、優輝が間に入って無理矢理話題を替えた。


 心の中で優輝に感謝しながらも、セラは彼の言葉であることを思い出してハッとする。


「ごめんなさい……忘れちゃった」


 再会の嬉しさから言うべきことを忘れてしまったセラに、ティアは無言で怒気と呆れを含んだ厳しい目を向ける。


「まあまあ、ティア。みんな揃っているんだし決意表明にはピッタリじゃないか」


「……確かにそうだな」


 セラに対して怒るティアの間に入り、フォローを入れる優輝。


「幸太郎君、君に改めて話したいことがあるんだ」


 突然改まって幸太郎に話したいことがあると優輝は言って、優輝たち三人は幸太郎を真剣な表情で浮かべて見つめてくる。


 三人から一斉に見つめられ、幸太郎は思わず息を呑んでしまいながらも頷いた。


 幸太郎が頷くと同時に、優輝、セラ、ティアの三人は深々と幸太郎に頭を下げた。


 突然三人から頭を下げられ、何が何だかわからない幸太郎は困惑の表情を浮かべる。


「一年前、処分を受ける自分たちに代わり、君がアカデミーに去ったことについて――俺たちは君に深く謝罪をするとともに、感謝をする。すまなかった――そして、ありがとう、幸太郎君」


「私たちが不甲斐ないばかりにお前に迷惑をかけて申し訳なかった……そして、礼を言う」


「幸太郎君のおかげで二人と離れ離れにならずに済みました……ありがとうございました。そして、あの時何もしないで本当に申し訳ございませんでした」


 優輝、ティア、セラの三人に頭を謝罪と感謝の言葉を聞かされた幸太郎は照れてしまう。


 一年前――窮地に立たされ、アカデミーから永久に追放されそうになったティアと優輝だったが、セラが幼馴染と永遠に離れ離れになるのが嫌だった幸太郎は、友達の協力でアカデミーのトップに掛け合い、自分がすべての責任を取って退学する代わりに、ティアと優輝の追放を阻止した。


 結果、幸太郎は退学処分になり、二度とアカデミーに近づくことも、アカデミーにいる友達との接触を禁じられた。


 ――だが、厳しい処分を言い渡されても当の本人はまったく後悔していなかった。

 

 こうしてアカデミーに戻ってこれたし、友達と再会できたし、何よりも――


「僕が決めたことだから気にしないでください」


 まったく気にしていない様子で、幸太郎は軽くそう言い放った。


 だが、その言葉に嘘偽りは欠片もなく、本気で後悔はしていない様子だった。


 思ったことをストレートに言い放つ幸太郎の性格を知っているからこそ、深々と頭を下げていた三人はゆっくりと頭を上げ、優輝は安堵したように息を漏らし、ティアは小さくフッと軽く微笑み、セラは込み上げる感情を抑えている潤んだ瞳で幸太郎を見つめた。


「……相変わらずだな、お前は」


 そう言って、ティアは呆れたように小さくため息をついた。しかし、呆れながらもティアの表情は一年前と変わらぬ幸太郎の態度に嬉しそうだった。


「セラとティアから聞いた通り、君は大きな人だ」


「ギリギリ170ですけど」


「……身長のことを言っているわけじゃないんだけど」


 自分が言ったことにピンと来ていない幸太郎に優輝は苦笑を浮かべる。


 話題を替えるため、優輝は一度大きく「コホン」とわざとらしく咳払いをした。


「君が気にしていないと言うであろうということは、セラとティアの予想通りだった」


「それなら、わざわざ頭を下げなくてもいいんですよ」


「君はそう思っていても、それでは俺たちは納得できないんだ」


 優輝の言葉に、同意を示すようにセラとティアは頷いた。


 納得していない三人の様子に幸太郎は戸惑いの表情を浮かべる。


 そんな幸太郎の気持ちを知りながらも、優輝は気にしていない様子で話を続ける。


「古来より、輝石使いは恩がある人に仕えるという習わしがある。主従関係、用心棒、わかりやすく言うと、メイド服と執事服を着たボディガードかな? それに俺たちはなりたいと思っている」


「コスプレするんですか?」


「違うよ……率直な話、君のボディガードになりたいんだ」


 何気なく言った優輝の言葉に、意味を理解できなかった幸太郎は沈黙するが、すぐに彼の言葉の意味を理解できた幸太郎は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。


「そんなことくらいで驚くとは、だらしがない」


 口をだらしなく開けて驚いている幸太郎に、冷ややかな目を向けるティア。


「だって、僕が三人の御主人様になるんですよ? それでティアさんはいいんですか?」


「そんなに堅苦しいものになるつもりはない」


 動揺している幸太郎とは対照的に、ティアは普段通りのクールな態度を崩すことなく淡々とした調子で話を続ける。


「お前には返しても返しきれない恩がある。その恩に報いるためだ……私の力はもうお前のものであり、私はお前のためだけに力を振い、何でもしよう」


 淡々としながらも恥ずかしげもなく自分はもう幸太郎のものであるとハッキリと言ってのけたティアに、幸太郎は思わず照れてしまい、優輝はニヤニヤと野次馬根性丸出しの笑みを浮かべ、セラは平然と大胆な発言をするティアに驚いていた。


 ティアの大胆発言に場が若干静まり返るが、わざとらしく「オホン」と一度大きくセラは咳払いをして沈黙を破り、話を再開させる。


「私たちは幸太郎君を守ることを誓います……だから、これからもよろしくお願いします」


 真剣な表情で自分を守ると誓ったセラに、幸太郎は戸惑っているが、それ以上に嬉しそうであり、照れて消え入りそうな声で「こ、こちらこそ」と言って軽く会釈した。


 幸太郎が軽く会釈したのを見て、セラ、ティア、優輝の三人の表情が引き締まった。


 アカデミーでトップクラスの実力を持つ三人が、急に自分のボディガードになると宣言して、幸太郎は現実感が沸いていなかった。


 取り敢えず、頷いちゃったんだけど……

 三人ともすごくヤル気みたいだから後に退けないし……

 ……まあ、今までの関係が変わるわけじゃないし、別にいいか。

 あ、それはそうと――……


 心の中で今の状況を納得させた幸太郎はもう動揺はしていなかった。


 そして、動揺が消えた幸太郎の頭の中にある邪な考えが浮かんだ。


 そんな幸太郎の邪心をすぐに見抜いたティアは、幸太郎に向けて鋭い視線を送る。


「……最初に言っておくが、何でもすると言ったが節度がある――それを忘れるな」


「か、かしこまりました」


 あっさりと邪念をティアに見破られてきつく釘を刺され、幸太郎は頭の中で描いていた漢の妄想を泣く泣く消し去った。


「ちなみに、どんな妄想をしていたのかな?」


「セラさんとティアさんにメイド服を着せたり、犬耳をつけたり」


「そこは猫耳じゃないんだ」


「もちろん。あ、ちなみに優輝さんも執事服を……」


「執事服は悪くないかな」


「メイド服の方がよかったですか?」


「……遠慮しておくよ」


「似合うかもしれませんよ?」


「勘弁してくれ」


 包み隠すことなく妄想を優輝に説明した幸太郎に、女性陣からの冷たい視線が集まる。


「健全な精神は健全な肉体に宿る……やはり、お前は一から鍛え直さなければならない」


 呆れと怒気を含んだサディスティックな目でティアは幸太郎を睨みつけた。


 ティアに睨まれて背筋に冷たいものが走り、嫌な予感がしてくる幸太郎。


「優輝のリハビリも兼ねて、友人に借りている訓練施設がウェストエリアにある……今度そこでお前を徹底的に鍛え直そう――いや、善は急げ。今日からの方が良いな」


「あ、子供はもう寝る時間だ……」


 静かに一人で燃えているティアに、嫌な予感が的中しそうな幸太郎はさっさとセラの部屋から出ようとするが――ティアに首根っこを掴まれて動けなくなってしまった。


「食後の訓練をはじめるぞ」


 今日一日で急なことがあり過ぎて疲れている幸太郎にとって、無情な処刑宣告にも等しいティアの提案に、救いを求めるように幸太郎はセラと優輝を見つめるが――


 優輝は楽しそうに無邪気に笑ったまま助ける気はなさそうであり、セラに至っては漢の妄想を垂れ流した幸太郎を冷たく一瞥してソッポを向いた。


 逃げ道は――もうなくなっていた。




―――――――――――




 食後の訓練をはじめようと意気込むティアを仕方がなくセラは制止させ、大きな欠伸を連発していて眠そうな幸太郎を帰らせた。


 幸太郎が帰り、セラたち三人は夕食の後片付けをしていた。


 車椅子に座っている優輝はテーブルを布巾で拭いて、ティアは食器を流しに持って行って、ティアが持ってきた食器をセラが洗っていた。


 後片付けをしている三人の口数は少なく、どこか表情に緊張感と不安があった。


「……まさか、本当に戻ってくるとはな」


 しばらくの間沈黙が続いていたが、ティアのため息交じりの言葉で沈黙が打ち破られた。


「思い立ったらすぐに鳳さんは有言実行する人だから」


「ここまで、すべて麗華の目論見通り。ならば、これから先も思い通りになるという可能性もあるというわけか――どうにも気に入らん」


 忌々しげに麗華の名前を吐き捨て、明らかにティアは不機嫌そうだった。


 セラは同意したい気持ちもあったが、それと同等に麗華のフォローもしたかった。


「確かに納得できないこともある。でも、正直、今の状況をどうにかするなら、鳳さんの立てた計画は良いと思う。それに、結果として幸太郎君が戻ってこれたんだし」


「だが、それによって幸太郎は逃れられぬ大きな争い渦に巻き込まれる。いや、それ以上の争いに巻き込まれることもある。今、アカデミーに戻ってきたのは時期が悪すぎる。まったく……麗華は何を考えている」


「鳳さんだって幸太郎君のために何か手を考えていると思う……多分」


「そうだといいな」


「いつでも守れるために、鳳さんに無理を言って幸太郎君の隣の部屋にしてもらったんだ……私が全力で幸太郎君を守る」


 そうだ……今度は私が幸太郎君を守るんだ。

 躓いた私を、ティアと優輝を助けてくれた――彼を絶対に守るんだ。


 自分に強く言い聞かせるようにセラは誓い、心の中で何度も反芻した。


 固い決意をセラは抱いているが、そんな彼女をティアは冷めた目で見つめた。


「意気込むのは結構だ。だが、今日の段階でここに戻ってきた本当の理由を幸太郎に話さなかった。そんな甘い考えのお前に、本当に守れるのか?」


 嫌味のように言ったティアの言葉に、セラは思わず言葉を詰まらせてしまう。


 幸太郎がアカデミーに戻ってきた理由を知っているセラたちは、すぐにでも幸太郎に戻ってきた理由を説明するべきだったが――それをセラが拒んだ。


 せめて、久しぶりにアカデミーに戻ってきた今日くらい、幸太郎に余計な心配をさせないで、戻ってきた理由を言わないようにしようとセラは提案して、その提案に優輝は賛成したが、ティアは乗り気ではなかった。しかし、どうしてもとセラに頼まれ、不承不承ながらにもティアは了承した。


 しかし、守ると誓いながらも、これから幸太郎が争いに巻き込まれるかもしれない危険な状況になることを何も言わないのは、ティアの言う通り甘すぎるとセラは感じていた。


 言い淀んでいるセラに、ティアは呆れたように小さくため息をつき、冷ややかな目を温かく優しいものに変えて「悪かった」と一言謝り、セラの頭に優しく手を置いた。


「意地悪過ぎたな」


「でも、ティアの言ってることは間違いじゃない」


「だが、お前の気持ちも理解できる。戻ってきたばかりの幸太郎にすべてを説明するのは酷だ……私もそう思ったからこそ、お前の提案に乗ったんだ」


 自分の胸中をすべて察しているティアの言葉に、幾分セラは救われた気がした。


「二人ともわがまま言ってごめん。それと、わがままを聞いてくれてありがとう」


「気にするな……私も人のことが言えないということだ」


 ティアはフッと自嘲を浮かべて、これ以上何も言うことはなかった。


 セラとティア、二人の会話を黙って聞いていた優輝は、目をキラリと輝かせ、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「幸太郎君は二人の女性にこんなにも思われるなんて、同じ男としては羨ましい限りだ」


「そ、それは……幸太郎君には返しても返しきれない恩があるし、友達だから」


 ニヤニヤと笑いながら、冷やかすような優輝の言葉に動揺を隠しながらも、すぐに反論したセラに、優輝はさらに楽しそうな笑みを浮かべた。


「昔から妹として接していたセラの成長を感じることができて、兄冥利に尽きるというか何というか……何だか目頭が熱くなってきたよ」


「い、意味がわからないから!」


 声を荒げるセラに、優輝は愉快に笑った。


 子供のようにセラを冷やかしている優輝をティアは心底呆れて冷え切った視線を向ける。


「くだらないことを言っている元気があるのなら、今からリハビリを行うぞ」


「そんなことよりもティアはどうなんだ?」


 冷やかしの矛先をセラからティアに変更して、ニタニタと笑みを浮かべている優輝。


 セラのようにすぐに反論することなく、ティアは考え込んでいる様子で宙を見上げた。


 数秒の沈黙の後、ティアは「そうだな……」エアコンから発せられる冷風よりも、冷え切った声を発して、静かな怒りを宿した鋭い目を向けた。


「明日から――いや、今日からリハビリのメニューを変えよう……まずは――」


 絶対零度の冷え切った声で淡々と告げられる、リハビリとは言い難い苦行の数々に、優輝はすぐにティアに謝罪をするが、ティアは止まらない。


 そして、幸太郎の代わりに食後のリハビリ――という名の優輝の訓練がはじまった。


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