第二章 決戦前夜

第10話

 サウスエリアでアルトマンを倒すために義憤に駆られた聖輝士、輝士、鳳グループに所属する輝石使い、制輝軍、アカデミーの生徒、そしてガードロボット――大勢が募っているという情報を聞いたセラは、すぐさま彼らを止めるために、一緒にいた麗華とともに急いで現場に向かっていた。


 不測の事態に備えられるように輝石を武輝に変化させ、輝石の力を全身に巡らせた二人の走る速度は自動車と同等のスピードであり、目的地があっという間に近づいていた。


「まったく、義憤に駆られて大勢が協力するのは、アカデミーや世界の未来を考えれば喜ぶべきところなのでしょうが、タイミングが最悪ですわ!」


「外部の人や、アカデミーの一部上層部に煽られたんだから仕方がないよ」


「余計な仕事が増えてしまったら意味がありませんわ! 大体、相手が悪すぎますわ! 大勢が集まったところで、アルトマンと真っ向から戦えば返り討ちにされるだけですわ! これからという時に、まったく、本当に最悪なタイミングですわ!」


 ……ホント、麗華の言う通りタイミングは最悪だ……これから決着って時なのに。

 みんな何もわかっていないんだ、アルトマンがどれ程強いのかも。

 それ以上に、賢者の石の恐ろしさも……


 不平不満を述べて怒れる麗華を諫めつつも、セラも内心激しく同意していた。


 二度アルトマンと対峙して、間近で賢者の石の力を見て、その力を受けた身だからこそ、アルトマンの強大さはよく理解していた。


 幸太郎という切り札を得てアカデミー上層部は慢心しているようだが、不安定な幸太郎の力のことを考えれば、簡単に賢者の石を打ち破ることはできないだろうとセラは思っていた。


 仮に賢者の石の力を運よく打ち破れても、アルトマンは聖輝士と認められるほどの実力を持つ輝石使いであり、並大抵の輝石使いでは相手にならないほどの強さを持っていた。


「セラ……アルトマンと戦うことになった場合の備えはありますか?」


「覚悟はできてるよ。それに、私たちだけじゃなくて、ノエルさんやティアたちや……幸太郎君も向かってるみたいだから大丈夫」


「心強いですわね! あの大バカモノに頼るのは癪ですが、ティアお姉様たちが来てくださるのならば百人力ですわ! このままアルトマンをとっちめてやりますわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 ……麗華も不安なんだな……

 大丈夫だ、きっと――大丈夫……

 幸太郎君がいてくれるなら、大丈夫だ……


 増援と切り札である幸太郎が来てくれるというセラの答えに、いつものように強気な態度でうるさいくらいの高笑いを上げる麗華だが――いつもよりも若干勢いが足りなかった。


 常に強気な麗華でさえも不安に陥らせるほどの強大な相手に、セラも抑え込んでいた不安を溢れ出しそうになるが、幸太郎の姿を思い浮かべ、それを堪えて自分に喝を入れた。


 その勢いのまま、全身に巡っている輝石の力の出力を更に上昇させ、あっという間に現場に到着したセラたちが見たのは――


 憩いの場であったはずのサウスエリアの公園が爆撃を受けたかのようにボロボロになっており、そこに悠然と立つ傷一つないアルトマンの姿だった。


 だが、アルトマンが無傷なのは全員容易に想像できたことだった。


 想定外だったのはアルトマンを倒すために義憤に駆られていた何千もの輝石使いやガードロボットが、付き従うように彼の背後に立っているということだった。


 感情や意思がいっさい感じられない、虚無を映し出す彼らの瞳は全員赤黒い光を放っており、ただ立っているだけだというのに不気味な雰囲気を放っていた。


「君たちも来てくれるとは、歓迎するよ」


 セラたちの登場に、歓迎の笑みを浮かべるアルトマン。


「フン! 挨拶は結構ですわ! それよりも、あなたの後ろにいる彼らに何をしましたの? 彼らはあなたを倒すために集まった者たちのはずですわ!」


「彼らには『お友達』になってもらったのだよ。私は幸太郎君と違って君たちのような心強い『お友達』がいないからね」


「賢者の石の力で操ったのですね……まったく、厄介な力ですし、余計な仕事を増やしてくれましたわ……」


 賢者の石の力で得た、アルトマンの大勢の『お友達』を目の当たりにして、麗華は心底辟易した様子でため息を漏らす。


「幸太郎君の姿が見えないようだが――まだ来ていないのかな?」


「あののろまな平々凡々の一般人のことでしたら、まだ来ませんわ!」


「来たところで、幸太郎君には指一本も触れさせない」


 幸太郎の名前を出した途端に激しい敵意をぶつけてくる麗華とセラに、若干圧倒されつつも、「そうか、それは残念だ……」と仰々しくため息を漏らすアルトマン。


「まあいいか――『お友達』の性能も試したいからね。少し、遊びにでも付き合ってもらおうかな? 君たちだけで私を――いや、賢者の石を倒せるとは思えないからね」


 アルトマンのその言葉を合図に、彼の後ろにいた『お友達』たちが前進する。


「グヌヌ……私たちには前座で十分だと? 上等ですわ! 行きますわよ、セラ!」


 迫る輝石使いたちに、手にした武輝であるレイピアをきつく握り締める麗華。


 やる気満々の麗華を「ちょ、ちょっと待ってよ」とセラは慌てて制止させる。


「相手は味方だよ? い、いいのかな……」


「操られてしまう方が悪いのですから構いませんわ! 怪我をしたのならばその責任はすべてアルトマン! 私たちの責任ではありませんわ!」


「え、ええー……」


「躊躇っている暇はありませんわ! 来ますわよ!」


「仕方がないか……――ごめんなさい!」


 麗華の言葉とともに前進してきた輝石使いたちは大きく一歩を踏み込み、一気にセラたちの間合いを詰めて襲いかかってきた。


 振り上げた武輝を勢いよく振り下ろす輝石使いの一撃をセラは最小限の動きで後退して容易に回避、同時に謝罪しながら武輝である剣を振り払ってカウンターをお見舞いした。


 一方の麗華は遠慮なく襲いかかってきた輝石使いに攻撃させる間を与えず、無駄に華麗で隙の多い動きで武輝を突き出し、容赦のない一撃を与えた。


 間髪入れずに二人の背後から輝石使いたちが不意打ちを仕掛けてくるが、即座に二人は対応する。


 背後からの不意打ちを武輝で受け流したセラは、振り上げた武輝を袈裟懸けに一気に振り下ろした。


 ダンスをするような足運びで華麗にターンをして背後からの不意打ちを回避しながら、麗華は武輝を振り払う。


 二人の一撃を受けた輝石使いたちは勢いよく吹き飛び、地面に叩きつけられる。


 普通の輝石使いならば二人の強烈な攻撃を食らえば昏倒するのだが――ゆっくりと立ち上がった。


「セラ! 相手は立ち上がっていますわ! 下手な手心は無用ですわよ!」


「麗華だって、何だかんだ言って手加減しているじゃないか」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! 実に興味深い! まさか賢者の石で操った輝石使いがこんなにも強化されているとはな」


 アカデミー都市内でも、世界でもトップクラスの実力を持つ輝石使いの一撃を受けても平然と立っていられるほど肉体が強化されている、賢者の石に操られた輝石使いたちを見てアルトマンは子供のように無邪気に笑っていた。


「グヌヌ……面倒事が更に増えましたわ……」


 大勢の味方を失ったのに加え、その失った味方がアルトマンに操られ、更には強化されているという最悪な状況に麗華は心の底から嘆息する。


 麗華とセラの一撃を食らっても、まだまだ元気な様子で輝石使いたちは勢いよくセラと麗華に飛びかかった。


 申し訳ないと思うけど――

 今度は容赦しない。


 躊躇いを捨て、飛びかかってくる輝石使いへ、力強く踏み込んで跳躍して攻撃を仕掛けるセラ。


 セラは空中で輝石使いたちと交錯すると同時に、相手に攻撃をさせる間も与えずに流麗な動きで武輝を振るう。


「行きますわよ! 必殺! 『エレガント・ストライク・パートⅢ』!」


 麗華もセラの後に続き、大きく一歩を踏み込むと同時に跳躍し、空中にいる輝石使いたちに向けて武輝を突き出しながら、聞くも恥ずかしい必殺技の名前を叫ぶ麗華。


 渾身の力を込めた二人の一撃を食らい、今度こそ輝石使いたちは倒れ伏した。


 賢者の石で強化された輝石使いをたったの二撃で倒したセラたちに向け、アルトマンは勝算の拍手を送る。


「さすがは鳳麗華にセラ・ヴァイスハルト、お見事だよ! ――だが、君たちだけでは賢者の石の呪縛を解くことはできない」


 アルトマンの言葉通り、倒れた輝石使いたちから無機質な殺気が放たれており、少ししたら再び動き出しそうな雰囲気だった。


「頑丈な上にすぐに復活しようとするとは…ムキーッ! 賢者の石は卑怯ですわ!」


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 誉め言葉として受け取ろう! しかし、数にものを言わせて一人の人間を袋叩きにしようとする君たちには言われたくはない」


「か、勝てば官軍なのですわ!」


「それでは、負ければ賊軍ということでよろしいかな? お嬢様?」


「上等ですわ!」


 改めて万能すぎる力を持つ賢者の石を思い知って、苛立ちの声を上げる麗華。


 苛立つ麗華はアルトマンの安い挑発に簡単に乗るが、一方のセラは冷静に努めていた。


 ……この状況はマズい。

 おそらく、賢者の石で操られた人は通常の倍の力を引き出している。

 そんな人が大勢いるんだ……私や麗華だけでまともにぶつかるのはマズい。


 一時撤退をするべきだと思いはじめるセラだが、そんな彼女の心の内を見透かしたようにアルトマンは微笑み、鋭い目を向けた。


「幸太郎君にとって頼れる『お友達』である君たちを逃がすと思うかね?」


「逃げるつもりは毛ほどもありませんわ! セラ、派手に行きますわよ!」


「待って、麗華。不用意に飛び出したらアルトマンの思う壺だよ」


「だけど、簡単には逃げられない――そうでしょう?」


 ……以外に冷静だったか、麗華……でも、どうするこの状況……

 もう囲まれているし、相手も逃がすつもりはないだろう……


 以外にも冷静な麗華に驚きつつも、麗華の意見に頷いて同意をするセラ。


 既に自分たちを輝石使いたちが囲んでいたし、強力な味方を得られる絶好の機会にアルトマンが自分たちを逃がすわけはなかったからだ。


「さあ、君たちも私とともに歩もうじゃないか」


 ――ダメだ!


 そう言って麗華とセラに手を差し伸べるアルトマン。


 差し伸べられた手から何か嫌な力の気配を感じたセラと麗華は、咄嗟に後退してアルトマンから距離を取るが、賢者の石の力は二人を決して逃がさない。


 不可視の力は確実にセラたちを捕えようとするが――彼女たちを捕えようとした瞬間、アルトマンは自分が放った力が霧散した気配を感じた。


 それを感じた時、アルトマンの表情は喜びに満ち溢れた。


「待っていたよ……君が来るのをずっと」


「どうも、アルトマンさん」


 ――幸太郎君……

 それに、ティア、ノエルさん、大和君……みんなも……


 セラたちの後方にいた輝石使いたちが吹き飛ぶと同時に現れるのは、呑気にアルトマンに挨拶をする幸太郎を守るようにして立つ、武輝を手にしたティア、ノエル、大和、サラサ、巴たちだった。


 一騎当千の実力を持つ輝石使いたちが登場するが、アルトマンの興味は彼女たちよりも、輝石を扱う力を持たない、偶然にも自分と同じ力を得た少年・七瀬幸太郎に向けられ、彼女たちは眼中になかった。


「前に君と出会ってまだそんなに経っていないが、今日までの間ずっと君を思い続けていたよ――会えて嬉しいよ、七瀬幸太郎君」


「そう言われると何だか照れます」


「相変わらず緊張感のないが、それが君の美点だ」


「ありがとうございます」


 同じ力を持つ者同士、フランクな会話を繰り広げていたが、「さて――」の話の流れを変えるアルトマンの一言で一気に両者の間に漂っていた柔らかい空気が一気に張り詰めた。


「さあ、どうする? ここで君と私の決着をつけようか?」


「……どうしましょう、ティアさん」


「ここは一度体勢を立て直すために退く」


「――だそうです。いいですか?」


 ティアの言葉を受けて、呑気にもアルトマンにそう尋ねる幸太郎。


 アルトマンは不承不承といった様子でため息を漏らして「いいだろう」と頷いた。


「君がいないのならば味方を得るために逃がしはしないのだが、君がいるのならば別だ。きっと、私がこの場にいる君の味方を操ろうとしても、君は激しく抵抗するだろう。君と本気でぶつかり合うためにはこちらとしても色々と準備が必要なのだ――それじゃあ、今回はここでお開きということで」


 お互い決着をつけたがっているからこそ、中途半端な準備でぶつかり合えないと判断したアルトマンは、決着の場を持ち越した。


 アルトマンのその言葉を合図に、前進していた大勢の輝石使いたちの動きが止まった。


「グヌヌ……この私が三度も退くことになるとは……」


「この大勢を相手にするのには準備が必要よ――麗華、ここは退きなさい」


「巴さんの言う通り、ここは猪突猛進爆裂爆乳ガールの麗華でも厳しいよ」


 怨敵を目の前にして退かなければならないことになり、悔しそうに唸り声を上げる麗華を制する巴と大和。


「私はいつでも待っているよ、七瀬幸太郎君」


「首を洗って待っていなさい! 次会う時が決着の時ですわ!」


 ……取り敢えず、勝負は次に持ち越しか……

 忌々しいけど、正直よかった……

 何だかんだ言って、麗華も安心しているみたいだし……


 そう言い残し、大勢の味方とともにアルトマンは堂々とした足取りで去っていった。


 立ち去るアルトマンに、セラは心の中で安堵の息を漏らす。


 ティアたちという心強い援軍が来てくれて、ここからゾクゾク優輝、アリス、美咲たちという心強い増援が来てくれたとしても、アルトマンたちと真っ向からぶつかり合って勝てるとは思えなかったからだ。


 一方の麗華は余裕を感じさせる足取りで立ち去るアルトマンの背中向けて吠えているが、気丈に振舞いつつも僅かに麗華が安堵していることにセラは気づいていた。


 アルトマンはこれで大勢の味方を得た……

 彼らを元に戻すためにはアルトマンを、賢者の石を倒さなければならない……

 決着はもうすぐだ……いくら心強い味方がいても、本当に勝てるのだろうか……


 大勢の味方を得たアルトマンとの決着が近づいていることに、セラは心強い味方たちのことを思い浮かべながらも不安を拭いきることができなかった。


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