第9話
夕日に染まる幸太郎がいるVIP専用の病室内に、三人の人物がいた。
一人は教皇庁トップであるエレナ・フォルトゥス。
もう一人は鳳グループトップである鳳大悟。
そして、アルトマン・リートレイドのイミテーションであるヘルメスがいた。
アカデミートップ二人と、かつてはアカデミーを混乱に陥れた人物が揃い、病室内は張り詰めた緊張感に包まれていたのだが――誰もが窮屈に感じるほどの緊張感の中、ベッドの上に座っている幸太郎は能天気に大きく欠伸をしていた。
「すみません、七瀬さん。もう少し早い時間で話をしたかったのですが、忙しくて……」
「気にしないでください、エレナさん」
「そう言ってもらえて助かります――では、話をはじめましょう」
もう少し早くに幸太郎と話したかったエレナたちだが、忙しい立場であるエレナたちは中々時間が取れないことを知っている幸太郎は別に気にしなかった。
長時間の検査を終えて心身ともに疲れているはずなのに気にしない幸太郎に無表情ながらもエレナは心の中で感謝しつつ、淡々と話をはじめる。
話の内容はもちろん、アルトマン・リートレイドについてだった。
「ヴィクターから聞いた。身体の調子は万全だと」
「はい。元気百倍です」
大悟の言葉に、頼りないくらいに華奢な胸を張って力強く頷く幸太郎。
すっかり元気になっている幸太郎の様子に、大悟とエレナは満足そうに頷き、「では――」と大悟は淡々と話を続ける。
「アカデミー上層部の状況は今日、誰かから聞いているか?」
「みんなから聞きました。アルトマンさんと決着をつけたがっているんですよね」
「そうだ。外部からの圧力、あまりにも強大過ぎる賢者の石の力に対する畏怖から、全員早期決着を望んでいる。もちろん、我々もだ――賢者の石を自在に操り、他者を、事象を意のままに操るアルトマンはあまりにも危険だ。早急に決着をつける必要がある」
淡々とアカデミーの状況を話し、人知を遥かに超えた賢者の石の力を危険視している大悟の言葉に、エレナも同意を示して静かに頷いた。
「アルトマンを倒すために我々は様々な手段を考えてきましたが、どれも相手に通用するのか不明です。しかし、アルトマンと唯一同じ力を持つ七瀬さんだけは別です……まともに力を扱えないとはいえ、あなただけがアルトマンに対抗出来得る存在だからこそ――」
淡々とアルトマンを倒すための切り札が幸太郎であることを告げ、彼を倒すために協力してくれ――次の言葉を繋げようとするエレナだが、次の言葉が出ない。
そんなエレナに代わって大悟が次の言葉を発しようとするが、出なかった。
今回の件が一般人である幸太郎にとってどんなに危険なのか、誰よりも理解しているからこそ、二人は逡巡してしまった。
「ドンと任せてください」
そんな自分を気遣う二人の心の中を見透かして――いや、ただただ何も考えず、余計なことは言わずに幸太郎はそう言い放った。
半年前、自分の中に眠る力の正体を知り、本物のアルトマンと出会ってから今まで、幸太郎の決意は何一つ変わらなかった。
何も考えていない様子の無邪気で能天気な笑み浮かべる呑気な幸太郎に、この場にいる誰よりも強固な意思と覚悟を感じ取ったエレナと大悟。
「時間の無駄だったな」
アルトマンを倒す――変わらぬ幸太郎の意思と覚悟に、トップとして私情を排してきたのにもかかわらず、土壇場で彼を気遣ってしまった二人を嘲笑うヘルメス。
幸太郎の覚悟を目の当たりにしたからこそ、ヘルメスの嘲笑を素直に二人は受け取り、トップ二人も改めて覚悟を決める。
「わかりました――七瀬さん、アルトマンを倒すためにあなたにも協力してもらいます」
「ドンと存分に振るってください、エレナさん。アルトマンさんを倒すのはいつにしますか? いつだっていいですよ」
「まだ相手は表立って動いていないので、そんなに気合を入れなくても結構です。今はまだ、身体を休めることに集中してください」
「前に夏休みの宿題を後回しにして失敗したことがあるので、早くても大丈夫ですよ」
「……夏休みの宿題と一緒にしないでください」
今までにない強敵を長期休暇の課題と一緒にする幸太郎にエレナは呆れながらも、どこか余裕を感じさせる幸太郎に安堵感燃えていた。
「だが、君は一応一般人だ。こちらもできる限り全力で支援はする――言っても無駄だと思うが、決して無茶だけはしないでくれ」
「わかりました、大悟さん」
「……本当にわかっているのだろうな」
「大丈夫です! 僕が無茶をしないでもアルトマンさんは必ず倒せますから!」
今まで幸太郎が無茶をしてきたことを知っている大悟は幸太郎の言葉がそんなに信用できなかったのだが、幸太郎は妙に自信が溢れた様子でアルトマンを倒せると豪語する。
誰もがアルトマンの力を畏怖している中、そう豪語する幸太郎に大悟とエレナは一瞬違和感を抱き、誰よりも早くヘルメスはそんな彼の態度に反応した。
「……随分自信があるようだが、何か勝算でもあるのか?」
「もちろんです」
「期待はしないが、聞かせてもらおうか」
「それは――」
大した期待はしていないが、それでも強大な相手に対して勝算があると自信満々に言い放つ幸太郎にヘルメスは勝算を尋ねたのだが――
期待に満ち溢れた雰囲気を壊すかのように、勢いよく出入り口の扉から鳳グループ社員と、教皇庁の人間が現れた。
「た、た、大変です! 現在、サウスエリアにいるアルトマンを大勢の輝石使いたちが囲みました!」
「い、一触即発の状態で、今すぐにでも交戦開始しそうな雰囲気です!」
報告を受け、ヘルメスは「愚かな」と心底忌々しそうに吐き捨てる。
一方のエレナと大悟は驚くことはしなかったが、それでも状況把握に一瞬の時間を要し、一瞬の沈黙の後に反応する。
「大勢とはどの程度の人数ですか?」
「あ、アカデミー都市にいるほとんどの輝士や聖輝士、アカデミーの生徒たち、そして、彼らはガードロボットもかき集めてアルトマンの下へ集結しました」
「止められそうですか?」
「な、何度も説得を試みましたが、む、無理です。彼らは一部上層部と外部に不安を煽られ、アルトマンを倒すという義憤に駆られて集まった者たちです。賢者の石の加護がある今なら好機と思って、我々の言うことを聞きません!」
非常事態に狼狽し、全身から放たれる威圧感の重みが増したエレナに圧倒されながらも、教皇庁に人間は必死に状況報告に努めていた。
状況報告を聞いた大悟は、鋭い視線を鳳グループ社員に向ける。
「引き続き説得を続けてくれ。今大勢の戦力を失うわけにはいかない」
「りょ、了解しました」
大悟の指示を受け、すぐに鳳グループ社員と教皇庁の人間は部屋から出て行った。
「愚かだな、実に愚かだ」
幸太郎の持つ不安定要素が大きい賢者の石に期待して、後先考えずに大勢の人間がアルトマンに向かっている状況にヘルメスはそう吐き捨てた。
「大悟さん、エレナさん、僕、いつでも準備万端ですよ」
「……わかった。すぐにアルトマンの下へと案内しよう」
貴重な戦力である幸太郎をいきなり導入することに不安を抱きながらも、大悟は決断を下し、エレナも彼の判断に同意を示すように頷いた。
幸太郎を支援するためにも、大勢の戦力が必要だからこそ、今大勢の戦力を失うわけにはいかなかったからだ。
――――――――
研究所などが多く立ち並ぶサウスエリアにある、堅苦しいエリア内でも唯一の癒しの場とも言える、木々に囲まれた自然公園内には武輝を持った大勢の輝石使いたちや、戦闘用ガードロボットたちが集まっていた。
もちろん、彼らの視線の先には、ベンチに腰掛けて団子を食べているアルトマン・リートレイドがおり、今すぐにでも彼に飛びかかりそうな雰囲気だった。
「アルトマン・リートレイド! お前は完全に包囲されている!」
愚かだ――実に愚かだ。
そして、私はついている――こんなにも大勢が集まってくれるとは。
これも賢者の石の導き――感謝しよう。
アルトマンはおやつ代わりに買った団子を食べて自分でも見覚えがあるほど優秀で実力のある、この場を仕切っている聖輝士の一人の警告を軽く聞き流しながら、賢者の石に導かれた目の前にいる義憤に駆られた愚か者どもを見て心底愉快そうに笑っていた。
「今すぐ投降するのなら、手荒な真似はしない! この人数、そして、我々には今、お前と同じ力を持っているということを忘れるな!」
なるほど……そういうことか。
賢者の石――幸太郎君が近くにいる今ならどうにかなると考えたわけか……
大方、賢者の石を恐れた一部の人間に煽られたのだろう。
――実に傑作だ。
賢者の石に恐れながらもその力に頼り、結局は賢者の石に導かれているとは……
大勢からの殺気、怒気、敵意――様々な感情を浴びながら、アルトマンはただただ何も知らないままに、賢者の石に導かれた彼らを嘲笑っていた。
「抵抗するのならば容赦はしない! ――さあ、どうする!」
容赦はしない、か――賢者の石の力を持つ人間に対しては面白い冗談だ……
……まあ、ちょうどいいだろう。
賢者の石に導かれて私の元へ集ったのなら、決着が近いということだ。
ちょっとした準備運動にはちょうどいい……
団子を食べ終えたアルトマンはゆっくりと立ち上がった。
アルトマンが立ち上がった瞬間、彼を囲む大勢の輝石使いたちの警戒心が極限まで高まり、彼の一挙手一投足を注意深く観察する。
下手な真似をすれば一斉攻撃されるだろうが、アルトマンはまったく気にしなかった。
自身の持つ賢者の石の前ではすべてが無意味に終わるからだ。
「さあ――準備運動に付き合ってもらおうか……」
そう呟くと同時に、アルトマンの全身に赤黒い光が放たれる。
「全員攻撃用意!」
この人数を相手にアルトマンが一歩も退かないことを悟った聖輝士の一人が、大勢の仲間たちに向けて合図を送り――アルトマンが一歩歩いた瞬間、「行け!」の合図で、大勢の輝石使いやガードロボットたちからの攻撃がはじまる。
まずは遠距離に特化した武輝から放たれる光弾の嵐。
アルトマンの傍にあったベンチと木が光弾の嵐を受けて粉々になり、固いアスファルトが砕け散って小規模なクレーターが生まれた。
いっさいの逃げ場のない、四方八方からの攻撃だが――クレーターの中央に立つアルトマンは無傷だった。
「攻撃の手を緩めるな! 活路は必ず見出せる! 突撃するぞ!」
この場をまとめている聖輝士の声を合図に、近接攻撃主体の武輝を手にした輝石使いやガードロボットたちが突撃し、その間も後方から光弾が放たれ続けていた。
癒しの場であった公園は一気に戦場と化し、周囲は破壊し尽くされていた。
次々と輝石使いたちはアルトマンに攻撃を仕掛けるが、アルトマンには通用しない。
どんなに間合いを詰めても、死角から不意打ちを仕掛けても、確実に当たる攻撃でも、攻撃が当たる寸前に見えない力が働いて空を切る――すべての事象を操る力によって攻撃が当たる結果をなかったことに、そして、すべてを引き寄せる力によって幸運を引き寄せて幸運にも攻撃が当たらなかったことになっていた。
賢者の石は所有者に絶対的な加護を与え、守っていた。
――フム、どうやら出力は問題ない。
問題なく決戦は行えるだろう。
しかし、相手が相手だ……念には念を入れておこう。
何事もフェアじゃないと、面白くはないだろう? ――幸太郎君……
大勢から襲われている中、冷静に自信を守る賢者の石の力を分析して、賢者の石の力が安定して発動していると判断し、近づく決戦に期待で胸を高鳴らせるアルトマン。
物思いに耽っているアルトマンに向け、武輝である鉄の塊のような大剣を手にしたこの場をまとめていた聖輝士は、アスファルトの地面を踏み砕く勢いで一歩を踏み込み、武輝を大きく振り払う。
しかし、この攻撃もアルトマンの、賢者の石の前ではすべて無意味だった。
「――化け物め!」
「誉め言葉として受け取ろう――さあ、ともに歩もう」
人知を超えた力を目の前にして、吐き捨てるように放たれた聖輝士の言葉にアルトマンは不気味なほど心底嬉しそうな笑みを浮かべ――再び攻撃を仕掛けようとする聖輝士に手を差し出した。
まるで、仲間になれと言わんばかりに差し伸べられる手だったが、もちろんそれを無視して聖輝士は、周囲の輝石使いたちやガードロボットは攻撃を仕掛ける。
だが、再び彼らの攻撃はやはり届かない。
そして、アルトマンを倒すために集まっていた輝石使いたちは全員同時に膝をつき、地面に倒れ伏し、抗えない睡魔に襲われているかのように意識が徐々に薄くなっていく。
輝石使いだけではなく、ガードロボットでさえも突然機能停止して地面に倒れた。
これも賢者の石の力――すべてを、生物も機械もあらゆるものを支配する力だった。
その力でアルトマンは自分を囲んでいた大勢の輝石使いの意識を刈り取り、ガードロボットを機能停止に追いやった。
意識を失う寸前、この場にいる全員はようやく理解した――賢者の石というものが想定以上に強大だと。
――そして、そんな力を持つアルトマンには絶対に敵わないと。
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