第8話
「モルモット君の体調はどうなっているのかな――まあ、2ポンドのステーキを平らげるくらいだから、聞くまでもないと思うがね」
「ええ、すっかり本調子に戻ってるわ。これもステーキを食べたおかげかしらね」
幸太郎の検査の様子を別室でモニターしながら、逐一報告されてくる幸太郎の体調の変化について、萌乃とヴィクターは話し合っていた。
「フム……今思えば、モルモット君はやけに食い意地は。無意識に常時発動している賢者の石の力で消耗した身体が、食料を欲していたのが原因かもしれないな」
「うーん、何だかこじつけっぽいけど。でも、幸太郎ちゃん、あれほどよく食べているのに体形が変わらないのは羨ましいわぁ。三十超えると体型を維持するのが難しいから――ねえ、アリシアちゃん?」
「そこでどうして私に振るのよ!」
幸太郎が食欲旺盛で常に何かを食べている理由は賢者の石にあるとヴィクターは創造するが、いまいち萌乃はピンと来なかったので、アリシアに話を振る。
萌乃の問いに失礼だと言わんばかりに最近ちょっとだけ体重が増えたアリシアは吠えた。
苛立つアリシアを軽く流し、「つまり――」と克也は話しを進める。
「今すぐにでも七瀬はアルトマンと戦えるってことか?」
「アルトマンちゃんとの決戦はきっと激しくなるわ。前のような力を発揮しちゃえば、幸太郎ちゃんの命に関わるかもしれないって考えると、ゴーサインを出すのは正直、躊躇っちゃうわ」
「だが、遅かれ早かれ、アルトマンとは決着をつけなければならない――アカデミーのため、世界のため、未来のためにな。アルトマンを倒すためできる限り七瀬の力を使わないようにしているが、それでも奴と対抗するには七瀬の力が必要不可欠だ」
「もちろんそれはわかっているわ。後はエレナちゃんの言う通り、幸太郎ちゃんの意思次第なんだけど……」
厳しい現実を突きつける克也の言葉に萌乃は受け入れつつも、幸太郎の主治医を務めているからこそ、次に大きな力を使えば彼がどうなるのかわからない萌乃の心境は複雑だった。
アルトマンを倒すため、幸太郎に協力させるのを渋る萌乃を嘲るように、アリシアは大きく鼻で笑った。
「意思も何も、あのバカの意思は半年前、ヘルメスと協力してアルトマンに立ち向かった時点でもう決まっていて、今も何も変わっていないはずよ。そんなのわざわざ聞かなくてもいいわ、時間の無駄になるだけ。それに、まともに力を扱えないに、戦力扱いしても期待を裏切られるだけよ――その点、ちゃんと考えているんでしょうね」
幸太郎の能天気な性格をよく知っているからこそ、彼の身を案じて悩む萌乃がバカバカしかった。
それに、アカデミー側がしっかりと幸太郎を守るための対策を練っていることもアリシアは知っているからこそ、何も悩むことはなかった。
幸太郎を守るための対策を練っているヴィクターにアリシアは視線を向けると、彼は当然だと言わんばかりに頷き、「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」と得意気に高笑いを上げた。
「もちろん、諸君らも知っての通り、私は両組織のトップから急場凌ぎでいいからモルモット君の負担を減らすようにと頼まれててね。対策は娘とともにある程度練っているのだよ! 順風満帆だ!」
「そいつはいい報告だがどの程度順風満帆なんだ? まだ具体的な報告は上がってないが」
詳しい状況報告を克也に求められるが、ここで気分良さそうに笑っていたヴィクターの表情が沈む。
「つい先程ヘルメス氏から色々とアドバイスを受けてね、開発自体は終了しているのだが――正直大きな不安が残るのだよ。実験をしたいが、扱う力のせいでまともな実験はできないし、力を扱った結果どうなるのかがわからない。壊れにくいように設計しているが、まあ、多分、一度でも使ったら壊れるだろうし、その前に壊れるかもしれないだろう」
「そ、それ、大丈夫なの? 使った瞬間世界が壊滅するとかありえるんじゃないの」
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! その可能性もなきにしもあらずだが、多分、おそらく、きっと大丈夫だろう!」
今までにないものを開発しているヴィクターに一抹の不安が過るアリシア。もちろん、口には出さなかったが克也も萌乃も同じ気持ちだった。
「まあ、安心したまえ。決戦寸前までもう少し考えてみよう。そして、もしもの時はアカデミー都市内だけに被害が及ぶような安全策は取っておこう!」
ヴィクターの言葉に不安しかない克也たちだったが、アカデミー都市内外に名前が轟くほど自他ともに認める天才を信じることにした。
―――――――――
二時間以上かかった検査が終わり、購買で買ったあんパンとメロンパンを食べて苺牛乳を飲みながら、幸太郎は休憩室のソファに座って一休みしていた。
「かなりステーキを食べたって聞いていたけど、元気そうで何よりだよ」
「検査、お疲れ様です、七瀬君」
「あ、優輝さんに、水月先輩、どうも」
休憩している幸太郎に近づくのは優輝、そして、三つ編みおさげの少し地味目な顔だが、かけている眼鏡を取れば整った顔立ちをしている、実はかなりスタイルがいい少女・
友人の登場に、幸太郎はあんパンを食べながら笑顔で出迎えた。
「検査の結果はどうだったのかな」
「もうすっかり元気百倍だって言われました」
「それはよかったじゃないか。まあ、ステーキを食べたって聞いていた時点で、全快しているだろうとは思っていたけどさ」
どうやら、本当に体調は戻っているようだ。
一週間眠ったままだった時は焦ったけど、本当によかった……
でも、これからが本番、か……
だけど、今の幸太郎君には何も言わないようにしよう。
今は、ゆっくり休ませよう。
すっかり体力が戻っている幸太郎の様子に、優輝は安堵するとともに、近づくアルトマンとの決戦に気を引き締めながらも、今は体力が戻ったばかりの幸太郎に気を遣わせないよう、アルトマンのことは何も言わないようにした。
「でも、さすがに食べすぎました」
「ダメですよ、七瀬君。体力が戻ったばかりとはいえ暴飲暴食をしたら」
「大丈夫です、もうしっかりお腹が空いてますから」
「そ、そうみたいですね……でも、食べすぎは禁物ですからね?」
母のように食べすぎを注意する沙菜に、幸太郎は問題ないと言わんばかりに半分になったあんパンを口の中に放り込んだ。
昼に2ポンドのステーキを食べたというのに、すっかり消化してあんパンを食べ終え、メロンパンを食べはじめている幸太郎の尽きない食欲に、沙菜は若干呆れていた。
メロンパンを頬張りながら、「そういえば、その……」とおずおずとした様子で、幸太郎は優輝に視線を向けた。
「優輝さん……セラさんのことなんですけど……」
「セラがどうかしたのかい?」
「セラさん、もう怒っていませんか? 朝だけじゃなくて、お昼のことがあってセラさんを更に怒らせちゃったんですけど……」
何だかんだ言いつつ、セラのことを気にかけているみたいだ……
よかったな、セラ――ここはかわいい妹分のために、一肌脱ごう!
かわいい妹分であるセラのために、やる気を勝手に漲らせる優輝だが――
「すっかり元気そうだな」
そんな優輝のテンションが、現れた声の主――久住宗仁の登場で急降下する。
宗仁の登場に優輝を中心として空気が張り詰め、沙菜はオロオロするが、幸太郎は特に気にすることなく宗仁と話を進める。
「はい、もう元気百倍です」
「そうか――なら、後はアルトマンを倒すだけだな」
まったく――
この人はいつだってそうだ……
「――少しは空気を読んでください」
体力が戻ったばかりだというのに、幸太郎を気遣わずに無神経にもアルトマンの話題を出す父を優輝は非難するように睨む――父子間の空気が更に悪くなる。
宗仁に一方的に火花を散らしている優輝の様子を沙菜は更にはらはらした様子で眺め、幸太郎は特に気にしている様子はなくメロンパンを平らげていた。
「無用な気遣いはかえって相手の負担になる」
「そうかもしれませんが、今すぐにする話題じゃないでしょう。それじゃあ、外部に煽られてアルトマン早期決着を急ぐ一部アカデミー上層部たちと同じだ」
「しかし、この話題を避けてばかりでは、かえって挙動不審になる。仮にこの件を七瀬君の口から出たら、お前はどうするつもりだった」
「その時はその時です。ちゃんと話し合うつもりでした」
「それまでに至るまでの気遣いが無用だ。自己満足の気遣いも相手には負担になる」
ああ言えばいつも反論してくる――ホント、ムカつくな……
優輝と宗仁の間の空気が更に悪くなり、見ていられなくなった沙菜は二人の間に入ろうとすると――
「優輝さんも宗仁さんも心配してくれてありがとうございます」
苺牛乳を飲み干した幸太郎は嬉しそうな笑みを浮かべて、優輝と宗仁に心からの感謝を述べて、頭を下げた。
唐突の感謝の言葉に、二人の親子はきょとんとしており、今までずっとハラハラしていた沙菜は唖然とした後、すぐに楽しそうに微笑んだ。
「優輝さんと宗仁さん、仲良いですね」
「……そんなつもりはいっさいないんだけどね」
特に何も考えている様子なく放たれた幸太郎の能天気な言葉を優輝は素っ気なく否定すると、「そうでしょうか」と父子の関係を修復できるかもしれない絶好の機会を見つけた沙菜は幸太郎の言葉に同意するように会話に入ってくる。
「少しは優輝さんも素直になるべきです」
「俺はいつだって素直だよ……そんな俺をいつも父は否定するんだ」
そうだ……いつだって、父さんは否定する。
生き方も戦い方も考え方も、全部否定するんだ……
そんな権利はないはずなのに、いつもだ……
「いい年して甘えるな、優輝」
「別に甘えたいわけじゃありません。勘違いしないでください」
「否定し、拒絶するのはお前だろう。そして、いつだってそのせいで後悔する。私を嫌っているのは理解しているが、少しは年長者の意見を聞いたらどうだ?」
「立派な年長者ならまだしも、人間関係に辟易して、救いの声を上げる人たちを無視して隠居している臆病者の意見はあまり参考にならないと思いますが?」
「臆病者であることは否定しないし、できた人間でも、父親でもないというのは自覚しているが、人の話を聞くぐらいなら誰にでもできる。お前は私や、私以外の言葉をいつも聞き流して一人で勝手に行動するばかりだ」
「近くにいた誰かさんを信用できなかったせいでしょう」
「人のせいにするな。少しは真面目に人の話を聞いたらどうだ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう」
またまた徐々に悪くなる父と息子の関係。
二人の間の空気が極限までに緊張で張り詰めていたが――
そんな彼らの様子を間近で見て、誰よりも近くで彼らから発せられる刺すような空気を感じている沙菜と幸太郎は、ただただクスクスと楽しそうに笑っていた。
沙菜と幸太郎の二人は、宗仁と優輝の素直な心を知っているからだ。
「半年間一緒にいて、宗仁さん、たまに優輝さんの自慢話してましたよ。輝石使いとしては天賦の才を持ってるって褒めてました」
「優輝さんも、あまりお父様の宗仁さんのことを話したがりませんが、話題になると何だかんだ言いつつ、饒舌になってお父様を伝説の聖輝士としては尊敬していると連呼します」
「伝説の聖輝士の宗仁さんを尊敬してなくて、お父さんの宗仁さんを尊敬していない? 何だか矛盾してますよね」
「ええ、複雑な関係みたいですが、何度も伝説の聖輝士の宗仁さんを尊敬していると聞いていると、何だか優輝さんが無理して強がっているみたいに聞こえます」
「優輝さんも素直じゃないから……あ、宗仁さんも同じですね」
た、確かに父のことは聖輝士として尊敬しているけど、父としては尊敬なんてしてない!
そ、それに、自慢話なんて……そんなの、幸太郎君の勘違いだ。
どうせ、過去の失敗エピソードを語って、俺をバカにしているに違いない。
でも、ここで反論したら勘違いされると思うし……
――ああ、もう!
ギスギスする父子の間に強引に入って、幸太郎と沙菜は示し合わせたかのような会話を繰り広げる。
二人の会話が耳に届いて優輝は反論したい衝動に駆られるが、下手に反論してしまえば勘違いされると思って中々反論することができず、苛立ちを募らせた。
だが、すぐにそんな自分がバカバカしくなる優輝。
「……すみませんでした」
「すまん……こちらも、少々言い過ぎた」
同じくバカバカしくなった宗仁は、息子と同時に謝罪を口にする。お互いが一歩引いて謝罪の言葉を口にして、ピリピリした空気は一気に霧散した。
僅かに空気が修復されて一安心する沙菜だが、特に何も考えていない様子の幸太郎は話しを続けた。
「他にも宗仁さん、優輝さんのことたくさん褒めてましたよ」
「……余計なことを言わないでくれ」
「どうしてですか? 素直に言えばもっと優輝さんと仲良くなれますよ」
「それは、その……」
「――もういいですよ、幸太郎君」
悪意なくただ無邪気に宗仁を追い詰めている幸太郎。
無表情ながらも僅かに困惑している父の姿を見かねて、優輝が助け舟に入る。
父が自分にどんなことを幸太郎に吹き込んだのか、優輝としては気になったのだが、今はまだ聞きたくなかった――
「――いずれ、直に聞くことにするよ」
できる限り感情を抑え込んでいたのだが、優輝の表情には照れと喜びが抑えきれていない、親に褒められた子供のような表情を浮かべていた。
いまだに優輝と宗仁の間には僅かだが決定的な溝が存在していた。
いまだに、優輝も父の前では素直になれなかったが――今まで伝説の聖輝士、そして、師としてしか見ていなかったが、幸太郎の口から息子の自分が知らぬ父の一面が見れたので、今はそれでよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます