第7話
「この大バカモノ! 少しは自分の立場をわきまえなさい!」
「美咲……何を考えているの? ねえ、何を考えてるの? ねぇ、ねぇ」
「「ごめんなさい」」
セントラルエリアの大病院のエントランスに麗華の怒声と、アリスの小さな、しかし、静かな怒気と圧倒的な威圧感が込められた怒声が響き渡る。
病院に戻った瞬間幸太郎と美咲を待ち受けるのは、麗華とアリスによる説教だった。
勝手に病院を抜け出したことに関して、反論の余地なく幸太郎と美咲はただただ二人に謝ることしかできなかった。
「認めるのは心底不承不承ですが、賢者の石という日版な力を持つ平々凡々の一般人のあなたはアルトマンとの決戦において切り札! それに、アルトマンにとっての唯一の天敵とも呼べる存在! だというのに勝手に強固な警備が配置された病院を我欲のために抜け出すとは言語道断ですわ!」
「でも、ステーキ美味しかったから今度麗華さんも一緒に食べようよ」
「シャラップ! 大体アルトマンとの決戦が近いというのにどうしてあなたはそんなに能天気でいられますの! 今までにない強敵を相手に、もう少し緊張感を持ちなさい! そして、もう少し周りの迷惑を考えるべきですわ」
「周りの迷惑……麗華さん、人のこと――」
「シャラップ! おだまり! 本当に反省していますの?」
「ごめんなさい……でも、心配してくれてありがとう、麗華さん」
「フン! 別に心配なんてしていませんわ! ただ、あなたはアルトマンとの決戦において切り札、決戦前に何かあったら面倒になると思っただけですわ!」
怒られているというのに無邪気な笑みを浮かべている幸太郎に、麗華はほんの僅かに毒気が削がれながらも、厳しい態度を崩そうとはしなかった。
一方、アリスの静かな怒りと威圧感に圧倒され、美咲は母に怒られる子供のように縮こまっていた。
「ふえぇ……ごめんなさい、アリスちゃん」
「気色悪い――それで、美咲、何か申し開きはある?」
「幸太郎ちゃん暇そうにしてたしぃ……だからぁ、その……おねーさん、幸太郎ちゃんのために一肌も二肌も、何なら全部脱ごうかなぁって思って」
「病院に飽き飽きしていた七瀬のためなのはわかってるけど、ただでさえ忙しいのに仕事を増やさないで――まったく……もう七瀬のことをこれ以上考えるのはたくさん」
心底ウンザリした様子で放たれたため息交じりに放たれたアリスの一言に、美咲のセンサーが敏感に反応する。
ニタニタと邪悪で、ちょっとエッチなねっとりとしてた笑みを浮かべた美咲は、一転して攻勢に回る。
「幸太郎ちゃんのことを考えていたって、どういうことなのかな、アリスちゃ~ん」
「邪推しないで、別にそういうことじゃないから」
「そういうことってどういうことなのかな、アリスちゃん♥ おねーさんに詳しく♪」
「……ウザい」
邪推する美咲に付き合いきれないアリスは、彼女を軽くスルーするが――
「ど、どういうことですの、アリスさん!」
「……だから、ウザい」
今度は幸太郎への説教を忘れて麗華が慌てた様子で反応してくる。
突然会話に割り込んできた麗華の圧に驚きつつも、心底呆れた様子でため息を漏らして軽く受け流すアリスだが――美咲と麗華は勝手に盛り上がってしまっていた。
「これは大変だよ麗華ちゃん♪ 幸太郎ちゃんのハーレムに新たにアリスちゃんが加わったよ☆ 性別年齢問わずの入れ食い状態だよ❤ まさに酒池肉林だぁ!」
「な、なんと不純な……冷静沈着なアリスさんのことは信じていたというのに……」
「きっと、アリスちゃんは夜な夜な幸太郎ちゃんを思い続けながら、あんなことを……」
「そ、それは、一体……」
「ウザい」
勝手に盛り上がる二人に静かな怒りをぶつけるアリス。
小柄で華奢なアリスからは信じられない、鬼を思わせるかのような圧倒的な怒りを感じ取り、麗華と美咲は震え上がる。
二人が一気に黙ったのを確認して、一件落着だと判断したアリスは怒りで興奮している自分を抑えるように深々とため息を漏らすが――
「アリスちゃん、僕のこと考えてくれてるんだ……」
「……だからウザい」
デレデレした情けない笑みを浮かべる幸太郎に、アリスは心底辟易する。
「邪推しないで。アルトマンを倒すための研究であなたのことを考えているだけだから。というか、年下相手にデレデレしないでよ、この変態」
「ぐうの音も出ない」
容赦のないアリスの一言に切り捨てられ、幸太郎は一気に撃沈した。
「でも、アリスちゃんが僕のことを考えてくれて嬉しい」
「個人的にはウンザリしてるけどね」
庇護欲を駆られる幸太郎の無邪気な笑みと言葉に、アリスは興味がなさそうに軽く流しつつも、ほんの僅かに嬉しそうに微笑んでいた。
「いやー♪ 幸太郎ちゃんも中々のジゴロだねぇ♥ アリスちゃん?」
「ウザい」
「――まったく……騒がしいと思ったらやはりお前たちか」
再び騒がしくなりそうなアリスと美咲の間に入るように、呆れたようなため息交じりの言葉とともに現れるのは、スキンヘッドのがっしりとした体格の大男、サラサ・デュールの父であり、麗華の使用人兼ボディガードであるドレイク・デュール。
そんなドレイクの隣にいるのは、爬虫類を思わせるかのような顔立ちの男、アリシアとプリムのボディガードでもあるジェリコ・サーペンスだった。
「ドレイクさん、ジェリコさん、どーも」
「もう検査の時間だ。危機の準備はとっくに整えている」
「ああ、すみませんジェリコさん。すぐに準備させますわ――ほら、グズグズしないで早く準備なさい」
ジェリコの言葉に、麗華は呑気にジェリコとドレイクに挨拶をしている幸太郎の背中を強引に押して、二人に渡した。
「ドレイク! 徹底的に、みっちりと検査をしてもらって構いませんわ!」
「……わかった。丁重に扱おう」
素直ではない麗華の本音を受け取ったドレイクは、余計なことは何も言わずに幸太郎のことを引き受けた。
「幸太郎、この後検査がしやすいように病衣に着替えてもらう。その後はサラサたちに検査室まで案内してもらう」
「ドレイクさんとジェリコさんは一緒じゃないんですか?」
「本当なら巴とサラサに向かってもらうつもりだったが、年端のいかない少女に男の着替えを見せるわけにはいかないからな。着替えまでだ」
「……なんだかちょっとえっちです」
「なぜそうなる」
麗華たちから離れながら、ドレイクにこれからのことを説明される幸太郎。
おかしな妄想を繰り広げられる幸太郎のペースに乗せられ、ドレイクは疲れたようにため息を漏らした。
―――――――――
「お昼ご飯ちょっと食べすぎちゃったかな……少し気持ち悪いかも」
「大丈夫、ですか? 幸太郎さん」
「ありがとう、サラサちゃん」
「辛かったら言ってくださいね?」
「うん。でも、お腹いっぱい食べられたから、すぐに元気になるから大丈夫」
薄手の病衣に着替えた幸太郎は更衣室前で待っていたサラサたちと合流して、ヴィクターたちが待つ検査室へと向かっていた。
2ポンドのステーキが胃の中でぐるぐる回って若干気持ち悪くなっている幸太郎の背中を、サラサは慈愛の笑みを浮かべて摩っていた。
甲斐甲斐しく世話をするサラサに甘える幸太郎の様子を見ていた、艶のある長い黒髪を後ろ手に結った大人びた雰囲気を放つ、幼馴染でお嬢様の麗華以上に高貴な雰囲気を漂わせる、大和撫子と表現するに相応しい外見の美女、鳳グループトップの秘書を務める御柴克也の娘・
「自業自得よ、七瀬君。少しは心配する麗華たちの気持ちも考えて緊張感を持ちなさい」
「ごめんなさい」
「アルトマンの力は今までにないほど強大――それに、敵ではないけど、アカデミーの中にも外にも厄介な人は大勢いるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。アルトマンの力に恐れる外部の圧力に圧され、彼を倒そうと強硬な手段を取ろうと考えているアカデミーの上層部が一部いるわ。そんな人たちに君は利用されるかもしれないの。だから、軽率な真似はやめなさい」
「ごめんなさい……」
「君に何かあれば麗華や大和が心配するの――それに、私だって……」
「本当にごめんなさい、巴さん」
ぐうの音も出ないほどの巴の言葉に、幸太郎はただただ謝ることしかできなかった。
素直に謝る幸太郎に毒気を削がれた巴は、再び小さくため息を漏らし――
「謝るのはこっちも同じよ。ごめんなさい、七瀬君。窮屈な思いをさせて」
「別に気にしていないですし、みんながお見舞いに来てくれるので楽しいです」
「そう言ってもらえるとありがたいわ」
「でも、たまには病院食じゃないのが食べたいです。美味しいんですけど、さっき食べたステーキみたいなガッツリしたものが食べたくて」
「それくらいなら許可してくれるわ――でも、程々にね? 今みたいに気持ち悪くなって肝心な場面で動けなくなったら元も子もないわ」
目覚めてからずっと病院にいて、検査も続いている状況にいることに不満を並べない幸太郎に、巴は安堵したような優しい笑みを浮かべた。
そして、巴は縋るような目を幸太郎に向ける。
「七瀬君……麗華や大和のこと、どう思ってる?」
「もちろん、巴さんやサラサちゃんと同じ大切な友達です」
不意の巴の問いかけに、幸太郎は自慢げに胸を張ってそう答えた。
そんな幸太郎の答えを聞いて、嬉しくもあり、安堵したような表情を浮かべる巴。
「七瀬君……君が思っている以上に、二人は君のことを大切に思っているわ。だから、君のためなら麗華や大和は無茶をするわ……そんな無茶を止められるのは、私でもサラサさんでもない。君だけよ」
「そうなんですか? ……返り討ちにされそうな気がするんですけど」
「私も、巴さんの言っていることは正しい、と思います」
「サラサちゃんがそう言うのなら……そうなのかな」
無茶をする麗華と大和を止めようとして返り討ちにされる姿が容易に想像できる幸太郎は、巴の言葉にピンと来なかったが、巴は、そして、サラサも肝心な場面で二人を止められるのは確信していた。
巴に同意するサラサに、巴の言葉の信憑性が増すのだが、それでもいまいちピンと来ていなかった。
「だから、もしもの時は二人をお願いね、七瀬君」
「ドンと任せてください! もしもの時は巴さんもサラサちゃんも僕が守ります」
頼りないくらいに華奢な胸を張って偉そうなことを言う幸太郎だが――その幸太郎の言葉が、誰かのために本気で身体を張ることができる彼をよく知る巴とサラサは心強かった。
「ありがとう、七瀬君……でも、君が無茶をするのもダメよ? まあ言っても無駄だと思うけど、その時は私が君を守るわ」
「私も、約束します」
「二人ともありがとう」
誰かのために無茶をする幸太郎だからこそ、そんな彼を守ることを約束する巴とサラサ。
自分を守ると言ってくれた二人に、心からの感謝の言葉を述べて笑みを浮かべる幸太郎。
「セラさんやティアさんや、麗華さんや大和君たち大勢の人に守られてすごく心強いです」
「それだけ揃えば何も問題は――……もしかして七瀬君、ハーレムを築こうと……」
幸太郎の下に集う大勢の人たちに、巴のちょっとエッチな小説から得た偏った知識がぐるぐると頭の中で周り、一人で勝手に盛り上がって頬を赤らめる巴。
「妻妾同衾、三位一体、阿鼻叫喚の酒池肉林……」
「大丈夫ですか? 巴さん」
「……大丈夫じゃないと、思います」
妄想の世界を頭の中で繰り広げて遠い世界に言っている巴を心配する幸太郎。
サラサはそんな巴の様子を少し引き気味で見つめて、もう手遅れだと判断した。
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