第32話
ノエルとセラ――激しくぶつかり合う二人は、火花を散らすほど激しく武輝同士がぶつかり合せ、周囲に鳴り止まない甲高い金属音を響かせていた。
ノエルは左右の手にした武輝である双剣で、流れるような美しい動作でありながらも機械的で、いっさいの無駄のない体術を織り交ぜた動作で攻めていた。
一方のセラも手にした武輝である剣を、ノエルと同じくいっさいの無駄のない動きで振い、時折体術を織り交ぜた攻撃を仕掛けていた。
二人の動きは似ていたが、決定的に違うのは『感情』だった――セラは攻撃に感情を込め、ノエルは攻撃に感情を込めていなかった。
そのため、ノエルの動きは捕え辛く、先読みができないため、セラは後手に回ることしかできず、防戦一方の状態になってしまっていた。
それに加えて何度かセラと交戦して、彼女の戦闘パターンを読んでいるノエルは、彼女の動きを完全に見切っていた。
傍目から見れば、セラの行動パターンを読み切り、一挙手一投足に感情を込めていないせいで攻撃の先読みできず、二刀流で手数の多いノエルが圧倒的に有利だった。
しかし、数分間休むことなくぶつかり合っているが――まだ、お互いの攻撃は一度も掠っていなかった。
後手に回りながらも焦ることなくセラはノエルの攻撃を凌ぎ続けており、確実に直撃すると確信しているノエルの攻撃をセラは回避し、受け止め、捌いて確実に反撃を決めていた。
もちろん、セラの動きを見切っているため反撃をされても容易に対応できるノエルだが――
――警告。
鳳麗華、伊波大和と同様、セラ・ヴァイスハルトの実力が大きく向上している。
セラ・ヴァイスハルトの戦闘パターンの見直しを推奨。
昨夜交戦した麗華と大和と同様に、セラもノエルの想定を大きく上回るほどの成長性を見せており、状況を冷静に分析する頭の中の声がノエルに警告を促した。
頭の中の声に従い、セラの戦闘パターンを見直そうとするノエルだが――攻撃の合間を縫って、セラが勢いよく剣を突き出す。
風を切る鋭い音とともに接近する剣先に、ノエルは舞うようなステップを踏んで身体を捻りながら回避し、一方の手に持った剣を薙ぎ払うように振い、間髪入れずにもう一方の手に持った剣を突き出して反撃する。
咄嗟にセラは後方に向かって身を翻して、ノエルとの間合いを開きながら反撃を回避する。
――戦闘パターンの見直しは不可能。
戦闘に集中する。
戦闘パターンの見直しをやめて、ノエルは戦闘に集中しようとすると――
――警告、呼吸が乱れている。
僅かな疲労が蓄積している模様。
……おそらく、昨夜のアンプリファイアが原因と思われる。
自分の息が上がっていることに気づいたノエルは戸惑う。
今まで、疲労が蓄積しても決してそれを表に出さないようにしていたからだ。
戸惑いながらもノエルは冷静に理由を突き止め、乱れた呼吸を平静に戻す。
昨夜使用したアンプリファイアの力がまだ体の中に残留しているのが原因だと判断するノエルだが――釈然としない自分がいることに気づいた。
そして、自分とは対照的に、セラがまったく息を乱していないことに気づいた。
……勝率、三割から二割。
――警告! セラ・ヴァイスハルトは恐るべき成長性を見せている。
おそらく――私よりも……
余裕を感じるセラに、頭の中の声が現実を突きつけるが、ノエルは認めない。
オリジナルを超える想定で白葉ノエルというイミテーションが作られたことをノエルはよく知っており、認めてしまえばオリジナルを超えるという期待を込めて自分を作った父の期待を裏切ってしまうからだ。
そう思ったら――胸がざわつき、ノエルの全身に妙な力が入り、身体の中心から全身に熱のようなものがジワジワと広がる。
そして――全身に伝わる力と熱に従い、ノエルはセラに向けて疾走する。
きつく握り締めた左右の手に持ったノエルの武輝である剣の刀身が光を纏う。
間合いに入ると同時に、一方の手に持った剣を袈裟懸けに振り下ろす――だが、セラは最小限の動きで回避。即座にノエルはもう一方の手に持った剣を薙ぎ払う。
だが、それよりも早くセラは剣をノエルの胸に向けて突き出した。
直撃して一瞬怯むノエルに、セラは一歩前進すると同時に剣を振り下ろし、前進しながら薙ぎ払い、再び前進して振り上げ、そして、力強く踏み込んで突き出す。
淡々とした動作でありながらも、全身に纏う輝石のバリアを揺るがすほどの威力を持つセラの連撃をすべて受けたノエルは膝を突いて倒れそうになるが、堪える。
警告! 身体に力が入り過ぎて余計な隙が生まれてしまっている。
警告! 損傷大。戦闘続行は難しい――……うるさい。
セラ・ヴァイスハルトの実力は想定以上であり、私を――
――うるさい!
冷静に状況を分析する頭の中の声を阻むように、子供じみたヒステリックな声が響いた。
震える足に力を入れたノエルは、再びセラに向けて疾走して、一方の手に持った武輝を振り下ろそうとした瞬間――それよりも早くノエルの胴めがけてセラは剣を振り払う、
輝石のバリアを纏う身体にも十分に響くセラの強烈な一撃に膝を突くノエル。
痛みを表情に出すことなく再び立ち上がろうとするノエルに武輝を突きつけるセラ。
「もう終わりにしましょう、ノエルさん」
敗北を突きつけるセラに、ノエルの胸がざわつき、身体の中心から全身に広がっていた熱の温度が上がると同時に武輝を持つ手がさらにきつくなり、歯を強く噛みしめた。
「アリスちゃんも美咲さんもクロノ君も――みんな、あなたに止まってほしいと願っている」
――理解不能。
セラが言ったアリスたちの思いを理解できないノエル。
ノエルは再び起き上がり、セラに飛びかかるが――セラに押し倒された。
そして、眼下にいるノエルをセラは睨むように、それでいて懇願するように見つめた。
「クロノ君はイミテーションでありながらも、人間と遜色ない――いや、人間と同じ感情に芽生えた。なら、ノエルさんも彼と同じく感情や自分の意思が芽生えるはずだ!」
――ありえない。
我々はイミテーションであり、『人』ではない。
白葉クロノはイレギュラーであり、欠陥品であるため自我に目覚めた。
私は『白葉クロノ』と違い、完璧なイミテーションである。
クロノは不測の事態で生まれたイレギュラーな存在であり、欠陥品だったからこそ感情が芽生えたので、そんな欠陥品と一緒にされたくなかった。
人ではない、創られた存在に『感情』と自由な『意思』を求めるセラだが、ノエルは感情を宿していない機械のような目でセラをジッと睨み、反撃の一手を考えていた。
「アリスちゃんや美咲さんは裏切られてもノエルさんを仲間だと、友達だと思っているそうです。だから、あなたを止めたいと思っている。クロノ君だってあなたに傷つけられながらもそれでも止めようとしている――あなたはそんなみんなの気持ちがわからないんですか?」
――理解不能。
セラの言葉が、アリスたちの気持ちを理解できないノエルだが――彼女の言葉を菊田紅、胸の中に熱い何かが込み上げてくるような感覚に陥っていた。
理解不能でありながらも胸の中に込み上げる熱い感覚は悪い感覚ではなかった。
だが、込み上げる感覚に浸ることなく、ノエルは自分を押し倒しているセラの身体を足で押し上げ、押し上げた勢いを利用して後方へ向けて投げ飛ばした。
投げ飛ばされながらもセラは華麗に着地した瞬間、ノエルが眼前に迫っていた。
ノエルは勢いよく剣を振り下ろすがセラは余裕を持って回避、即座にノエルはもう一方の手に持った剣を淡々とした動作で薙ぎ払い、セラは咄嗟に受け止め、受け止められた瞬間身体を捻ってノエルは足をしならせて回し蹴りをする。
回し蹴りに対応できなかったセラは、蹴りが直撃して一瞬怯むが、輝石の力をバリアのように身に纏っている輝石使いにとって体術は牽制程度にしか役に立たないのでダメージはない。
しかし、一瞬の隙は作れたので、ノエルは左右の手に持った剣を同時に薙ぎ払った。
だが、怯みながらも冷静沈着だったセラは防ごうとも避けようともせず、両手で持った剣を振り上げ、勢いよく自身に攻撃を仕掛けているノエルに振り下ろした。
相打ち覚悟――ではなく、直撃するとセラは確信を持って攻撃を仕掛けていた。
――警告!
回避を推奨!
セラの自信を察して、頭の中の声がノエルに危険を告げるが――遅かった。
勢いよく振り下ろされたセラの攻撃が脳天に直撃してノエルは膝を突き、手にしていた武輝を落としてしまう。
――損傷重大。
セラ・ヴァイスハルトは想定以上の戦闘能力を持っているので、敗北は確定。
頭の中の声がノエルに敗北を突きつける。
アンプリファイアの力が身体に残留しているから苦戦しているというのも単なる言い訳だった。
想定以上のセラの成長性と戦闘能力に、ノエルは彼女の実力を認めざる負えなかった。
それを認めた時、身体の中心からジンワリと広がっていた熱がノエルを完全に支配して、胸の動悸が激しくなると同時に頭の中が真っ白になった。
オリジナルのセラを超えることを想定して作られたのに自分は敗北し、父の命令を守れないという事態に、ノエルは呆然自失の状態になっていた。
二人の戦闘が終わると同時に、エレベーターが降りてきた。
戦闘に集中していたセラとノエルはエレベーターが起動していたのに気づかず、降りてきた人物に視線を向けると――アリシアとプリム、そして、武輝を手にしたティアと優輝だった。
「終わったのか?」
「うん。でも、まだ――」
小走りで駆け寄ってきたティアに、セラは複雑そうな面持ちで、両膝を突き、俯いたまま動かない呆然自失の状態のノエルに視線を向けた。
セラが何を思っているのか言わずとも理解したティアは、「……そうか」と頷いた。
「セラ、俺たちは先に向かう……ノエルさんのことはお前に任せる」
この場をセラに任せて、優輝たちは先に向かう。
セラに敗北して生気を失った様子のノエルを見て、かつての自分の姿を思い浮かべたアリシアは複雑な表情を浮かべて一瞥してすぐに優輝の後を追い、ノエルに声をかけたいと思いながらも自分が割り込む隙間はないと判断したプリムはこの場をセラに任せて先へと急いだ。
再び二人きりになる空間で、セラは膝を突くノエルを懇願するように見つめた。
「優輝やティアが先に向かいました……あの二人に加えて先に向かっているクロノ君とリクト君がいるんです。アルトマンの計画はもう終わりです。それに、最悪な事態に陥っても、アリシアさんやプリムさんのような煌石を扱い高い資質を持っている人もいる」
自分たちはもう後が遺されていないほど追い詰められていることをセラに告げられ、ノエルは暗い場所に引きずり込まれたような感覚に陥った。
「……変わるなら今しかありません。今ならまだ間に合います」
そう言って、セラはノエルに手を差し出した。
「本当にノエルさんは自分に感情がないと言い切れるんですか? 敗北を突きつけられて、それによってお父様の計画が破綻するかもしれないのに、ノエルさんはそれをどう思っているんですか?」
……私は――……
セラの言葉に無意識に反応してしまったノエル。
イミテーションとして、感情を否定していたノエルだったが、セラの言葉がざわつく胸に届いた時――漠然としないながらも何かを悟った。
オリジナルを超えるために作られたのに、オリジナルに敗北してしまって父の期待を裏切り、父の計画を破綻してしまう原因を作ってしまい、深いところまで沈むような今の感覚。
セラと戦い、実力差を感じて身体の中心から熱がジワジワと広がるような感覚。
アリスと美咲、クロノの思いが理解できないのに、不自然と胸がざわつく感覚――
それらはすべて、『感情』の芽生えなのではないかとノエルは察するが――
イミテーションに感情は、意思は不要。
すべてはアルトマンの――父のために任務を遂行する!
感情を認めそうになるノエルを、頭の中に響く機械的な声が静止させる。
「本当は自分の気持ちの正体を、みんなの気持ちを理解しているんじゃないんですか?」
「……私はただ、任務を遂行するだけです」
「そう言って、自分から目をそらすな!」
「黙れ!」
セラの怒声をかき消すほどのノエルの感情的な声に、セラはもちろん、口に出したノエル自身でさえも驚いていた。
――任務ヲ遂行セヨ!
『本当は自分の気持ちの正体を、みんなの気持ちを理解しているんじゃないんですか?』
頭の中の機械的な声がノエルを突き動かすが――そんな自分を、頭の中に、胸の中に届いたセラの声が制止させる。
しかし、それを振り払うようにノエルは床に落ちた輝石を拾って握り締め、ポケットの中からアンプリファイアを取り出す。
「任務を果たすため、あなたを――そして、先へ向かった邪魔者を全員排除する」
宣言するようにそう告げた瞬間、ノエルの全身にアンプリファイアから放たれる毒々しい緑色の光が包むと、輝石が武輝である双剣に変化し、背中に光の剣が羽根のように展開する。
光の羽をはばたかせて、ノエルは宙に浮かぶ。
全身から溢れ出んばかりの力を纏ったノエルは同時に、身体の中で何かがひび割れる音が聞こえたような気がした。
「セラ・ヴァイスハルト――あなたはここで私が倒す」
そう告げたノエルから溢れ出る力と殺気を真正面からぶつけられたセラは、気圧されたが――何かを抑えるように手にしていた武輝を握り締め、怒りと失望に満ちた目をノエルに向けた。
――本当は全部……
本当は――
頭の中で弱々しい声が響いたような気がしたノエルだが、それを無視してセラに飛びかかる。
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