第四章 和解の兆し?

第32話

 お互いの間合いを維持しながら、巴と呉羽は通路を疾走していた。


 壁際まで走り、足を止めた瞬間にお互い力強い一歩を踏み込むと同時に武輝を突き出す。


 勢いよく突き出した突きは音を置き去りにして、周囲に衝撃波を放った、


 同じタイミングで突き出した武輝がぶつかり合い、全身に衝撃が伝わるが――巴と呉羽はいっさい表情を変えることも、衝撃で身体がぶれることもなかった。


 一旦お互いに間合いを取る巴と呉羽、一瞬の膠着状態の後、呉羽が巴に飛びかかる。


 身の丈の倍以上はある槍を、周囲の壁や壁に掛けられた絵画や観葉植物などをお構いなしに傷つけ、薙ぎ倒しながら豪快に振るいながら、勢いをつける。


 勢いをつけた槍を思い切り巴に向けて振り下ろす――が、巴は舞うような動きで回避、同時に力強い一歩を踏み込んで一気に呉羽との間合いを詰めて反撃を仕掛けた。


 武輝のリーチが長い分、攻撃後の隙が大きい呉羽の隙を的確について勢いよく武輝を突き出す巴だが、そんな巴の動きに呉羽は即座に対応して、自身の武輝の長い柄で防御する。


 防御しても巴の攻撃の威力を消せない呉羽は後方に向けて吹き飛んでしまう。


 そんな呉羽に追撃を仕掛けようと飛びかかる巴だが――吹き飛んだまま呉羽は身体を一度大きく回転させて、その勢いのままに武輝を大きく薙ぎ払った。


 宙にいる状態でも巴は容易に呉羽の攻撃を回避できたが――直後、呉羽の武輝が鞭のように大きくしなった。


 それを見た巴は呉羽の武輝が普通の槍ではなく、長い柄が鎖で繋がれた仕込み槍だと気づく。


 昨日交戦したティアの時と同様に不意打ちで一気に決着をつけようと考えた呉羽は、鞭のようにしならせた槍を巴の身体に絡みつけようとする――


 だが、瞬時に仕込み槍の動きに反応した巴は空中で身体を翻してそれを回避し、着地と同時に手にした槍の穂先から数発の光弾を放つ。


 不規則な動きで自身に向かってくる光弾を大きくしならせた仕込み槍で撃ち落とすと――呉羽の視界から巴が消えた。


 ――目くらましか。


 不意打ちを仕掛けるために放った光弾であると判断した呉羽は巴の気配を探り、即座に頭上から気配を感じた呉羽は飛び退いた。


 瞬間、頭上にいた巴は武輝を突きつけながら呉羽が元いた場所に落下して、固い床を砕いた。


 そのままある程度間合いを取ったまま二人は動かず、お互いの出方を慎重に伺っていた。


 ……強い。さすがは御柴巴、噂に違わぬ実力だ。

 あのティアリナ・フリューゲルを倒した時と同じ手を使ったのに通用しないとは……

 ――いや、あれは本当に私の勝利だったのか?


 巴と交戦してからようやく一分も経った状況で、呉羽はアカデミー都市内でもトップクラスの実力を持つ巴の強さを嫌と思えるほど感じ取っていた。


 ティアのように積極的に攻撃を仕掛けるタイプではなく、相手の攻撃を完璧に受け止め、隙を的確についてカウンターを巴は主体としており、下手に攻撃ができなかった。


 しかし、自分との実力差は僅かなもので、一瞬の油断と隙が勝敗を決すると思っており、ティアに運よく勝利を収めた呉羽は巴も同様に倒せるだろうと僅かな自信があったのだが――


 ティアとは違い、仕込み槍による不意打ちを初見であるにもかかわらず、即座に対応した巴を見て、昨日ティアと戦って運良く得た勝利に呉羽は疑問を感じていた。


 それと同時に、最初から仕組まれていたのではないかと思いはじめた呉羽だったが――そんなことはどうでもよかった。


 ――今はそんなことどうでもいい。

 目の前の敵を倒すことに――武尊のことに集中しろ。


 心の中でそう言い聞かせ、呉羽は静かに戦意を漲らせる。


 呉羽から静かに放たれる力の量が上昇したのを察した巴は、彼女の出方を慎重に伺いながら武輝を持つ手をきつくして身構える。


 一瞬の沈黙の後、呉羽は力強い一歩を踏み込んで巴との間合いを詰めた。


 周囲のものを薙ぎ倒し、両断しながら長柄武輝を勢いよく呉羽は振り払う。


 間近に迫る攻撃に恐れることなく巴は呉羽に向かって疾走して間合いを詰め、ギリギリまで呉羽の攻撃を引き寄せた巴は両膝を床について、後方に身をそらして膝滑りしながら回避。


 一気に呉羽との間合いを詰め、力強い一歩を踏み込んで鋭い突きを放つ。


 しかし、長い柄を有効利用した呉羽は容易に防御しながら受け流し、巴の体制を崩した。


 その隙をついて、再び武輝である仕込み槍を鞭のように変化させて、巴の身体を拘束しようとするが、流麗な動きで巴は回避。


 その態勢のまま大きく身体を回転させると同時に呉羽の脛めがけて武輝を振るう巴だが、呉羽は軽く跳躍して回避、同時にしなる武輝を思いきり振り下ろした。


 受けることも裁くこともできないと判断して、舞うような華麗な動きで横に避ける巴だが、蛇を思わせるかのような動きをしながら穂先が執拗に巴を追いかける。


 咄嗟に巴は飛び退こうとするが――それでも追いかけてくる穂先は巴ではなく、巴の武輝である十文字槍の柄に絡みついた。


 そのまま巴の手から武輝を奪おうと、踏ん張り、力を込めて自身の武輝を引く呉羽。


 負けじと巴も踏ん張って引っ張り返す。


 ――腕力は私の方が上。

 それならば――


 綱引き状態が続いたまま膠着状していたが――腕力ならば巴よりも自分の方が上だと判断した呉羽は、自身の武輝を巴の武輝に絡みつかせたまま力任せに振るうと、巴の身体がふわりと宙に浮く。


 そのまま巴は壁に叩きつけられそうになるが――咄嗟に武輝を輝石に戻し、すぐに武輝に変化させて、呉羽の武輝が絡みついていた自身の武輝を自由にする。


 機転の利いた巴の行動に虚を突かれながらも、すぐに攻撃に転ずる呉羽。


 呉羽の攻撃が間近に迫りながらも、恐れることなく彼女との間合いを詰める巴。


 二人とも一気に決着をつけるつもりの攻撃を仕掛けようとしたが――


 そんな二人の間に水を差すようにして大きく屋敷が揺れ、同時に近くの部屋から鼓膜を揺るがすほどの轟音が轟き、凄まじい衝撃波と熱波が同時に襲いかかり、二人の身体は大きく吹き飛ばされ、勢い良く床に突っ伏した。


 これは――爆発?

 最初の揺れは地下から、次は先代当主の部屋から――

 まさか……武尊、あなたなの?

 あなたの恨みはすべてを破壊するまでに深いものなの?

 ……それなのにどうして私に何も言わなかったの?


 地下の揺れと、先代当主が使っていた部屋からの轟音と衝撃波、そして徐々に立ち込める煙と焼け焦げたにおいに、爆弾が爆発したことに気づいた呉羽。


 その瞬間、敵味方関係、自分自身でさえも関係なくすべてを破壊するつもりの武尊の思惑に気づいて、抑え込んでいた呉羽の焦燥感が一気に高まった。


 即座に立ち上がり、突き動かされる衝動のままに呉羽は武尊の元へと向かおうとするが――そんな呉羽の行動を阻むかのように、巴が武輝から放った光弾が飛んでくる。


「頼む……もう、邪魔をするな」


「その様子だと、この爆発騒ぎについて何も知らされなかったようね。何も聞かされないままこんなことが起きて戸惑う気持ちはよくわかるわ――でも、それはできない」


 必死な顔で懇願してくる呉羽を見ても、巴は決してそれを許さない。


「このままでは空木家が――いや、武尊は自滅してしまう。それだけは止めたい」


「そして、止めた後は空木君の抱いた復讐心を満たすために行動する――そうでしょう?」


「身勝手なことを言ってしまって申し訳ないと思っているし、個人的には争いたくはないが、当然だ。それが武尊に付き従う者としての役割だ……しかし、この状況だ。今は事を起こすつもりはないと約束する――だから頼む。武尊の元へと向かわせてくれ」


「本当に君はそれでいいの? 自分でも納得していないのに、与えられた役割のままに空木君に従って争うことが本当に正しいと思ってるの?」


「それが武尊を守る立場の私の役目であり、贖罪だ……身勝手で本当に申し訳ないと思ってる」


 ……武尊が満足するなら、私はなんだってする。

 どんなに勝ち目がなくても私は戦い続ける……

 身勝手でも、それが私の役目であり、贖罪なんだ……


 身勝手だと自分でも十分に理解しながらも、武尊のために今度は頭を下げて懇願する呉羽だが、もちろん巴は決して許さない。


 そして――「いい加減にしなさい!」と巴は怒声を張り上げて呉羽を一喝する。


「立場や罪滅ぼしという理由で自分を押し殺した行動を取るのは間違っている! どんな気持ちを抱いていたとしても、空木君の暴走を止めるのが友人である君の役割でしょう!」


「……私たちのことを何も知らないからそんなことが言えるんだ」


 胸に深々と突き刺さる巴の言葉に怯みながらも、呉羽は自分の考えを曲げない。


「昔から戦闘マシーンのように育てられた私は、一族に都合よく育てられてきた武尊にシンパシーを感じていた。武尊も同じことを思ってくれたのか、私を姉のように慕ってくれた。そんな武尊を私も妹のように思って、かけがえのない友人だと思っていた」


 空木武尊が女性であることをさりげなく口にしたが、特に驚くことなく巴はただ黙って、懺悔のように次々と繰り出される呉羽の言葉に聞き入っていた。


「でも……でも! 私は武尊が一番苦しんでいる時に何もできなかった! 空木家再興が私の一族の悲願であり、私も当時はそう考えていた! でも、武尊が苦しんでいるのを見ていたら、そんなことなんてどうでもよくなった! だけど……だけど、私は自分の立場に縛られてただ幼いあの子が暗い部屋に監禁されて、苦しむのを黙ってみていることしかできなかった! ……だから、その贖罪をしなければならない」


「……無様ね」


 泣き叫ぶような声で後悔の念を口にした呉羽に、冷たく巴はそう吐き捨てた。


 いっさいの同情もない、嘲りが含んだその一言を耳にした瞬間、激情が呉羽の身体一気に支配し、突き動かされるままに巴に飛びかかる。


 ふざけるな……ふざけるな!

 お前に何がわかるんだ!

 お前に、お前に理解されてたまるか!


 激情のままに武輝を振り下ろす呉羽だが、勢いはあるが感情的になって単調になった攻撃を巴が回避するのは余裕だった。


 回避と同時に巴は武輝を流麗でありながらも力強く薙ぎ払い、呉羽の胴に直撃する。


 強烈な一撃に苦悶の表情を浮かべる呉羽だが、怒りが痛みをかき消して怯むことなく、渦巻く激情のままに連撃を仕掛ける。


 しかし、怒りに身を任せた力強いだけの単調な攻撃は次々と巴に見切られてしまい、大振りの一撃を回避した巴の強烈な反撃を受けてしまう。


 意識が飛びそうになるほどの反撃を食らいながらも、怯むことなく呉羽は巴の胸倉を掴んだ。


 そして、力任せに、分厚い壁をぶち破るほどの勢いで巴を壁に叩きつけた。


 壁を破って使用人が使っている部屋まで吹き飛んだ巴に向けて、さらに追撃を仕掛ける呉羽。


 間髪入れずに襲いかかる呉羽の一撃が直撃して、再び壁をぶち破って隣室まで吹き飛んだ。


「……満足した?」


 怒りのままに、隣室まで吹き飛んだ巴に向けて更なる追撃を仕掛けようとする呉羽だが――倒壊寸前の壁の向こう側から、感情を爆発させた呉羽を落ち着かせるような巴の優しい声が響く。


「君の気持ちは痛いほど伝わった……でも、私は復讐心に支配されるがままに自滅の道を歩む空木君や、それを理解しても彼女を支えようとする君が無様だし、憐れに思うわ」


「私の気持ちも、武尊の苦しみがお前にわかるはずがない! 知ったような口を利くな!」


「そうかもしれないけど、君たちが様々なものに縛られているのはよくわかるわ」


 感情的になった呉羽の頭に巴の言葉が妙に入ってしまい、反論しようにもできなかった。


「空木君は復讐心に縛られていて周りが見えていないし、君は空木君への罪悪感に縛られ、贖罪と言いながらも結局は空木君に仕える立場に縛られて行動している。結局君たちは様々なものに縛られていて、本当の自分自身や目的を見失ってしまっているわ」


「そ、そんなことはない! 私はただ武尊のためを思って行動しているんだ!」


「だったら君の今の気持ちを言ってみなさい! 何も縛られていない君の言葉で!」


 私の気持ち? そんなもの、昔から変わらない……

 変わらないはずなのに……

 どうして? ――どうして何も言えないんだ!


 自分の本当の気持ちを曝け出せという巴の言葉に、呉羽は言い淀んでしまう。


 昔から変わらない自分の気持ちを口に出すくらい、簡単なのにそれが呉羽にはできなかった。


 自分の気持ちを答えられず、戸惑う呉羽に救いの手を差し伸べるように――「そんなの決まっているじゃない」と巴の穏やかな声が崩れかけた壁の向こう側から響いてくる。


「君はずっと武尊君と一緒に過ごして、妹のように大切に思ってきたんでしょう? 昔も、今も――だったら、罪悪感も立場も何もなくても答えは簡単に出るはずよ」


 ……そうだ。簡単なことじゃないか。

 主従関係であっても関係ない。

 罪悪感を抱いていても関係ない。

 今も昔も変わらないのは武尊への想いだ……どうしてそんな簡単なことを言えないんだ。

 それだけは何があっても変わらない――変わるはずがないんだ。


 今までの自分を見つめ直させる巴の言葉に、自分の本当の気持ちに気づいた呉羽から無駄な力が一気に抜け、柔らかい表情で微笑む。


「お前の言う通りだ、御柴巴……すべてお前の言う通りだ」


 巴の言葉をすべて受け入れ、呉羽は柔らかい表情から力強いものへと一変させる。


 同時に、呉羽の身に纏っていた力がさらに強くなった。


「私は武尊を止めたいんだ……自滅しようとするあの子を救いたい」


「それが君の本当の気持ちなら、私は応援する。呉羽さん、私たちに協力――」


「悪いがそれはできない」


 立場や罪悪感に縛られていない自分の本当の気持ちを吐露する呉羽。


 武尊を助ける――それは、空木家の人間としてではなく呉羽という個人の気持ちだった。


 目指す道は同じであると思って巴は協力するように頼むが、呉羽はやんわりと拒否した。


「これ以上我々の問題にお前たちを巻き込めない。それに、争いを仕掛けたのはこちらからだ……その責任を取らせてもらう。だから、お前たちに甘えてはいられない」


「少しは私たちに甘えてもいいのに」


「都合がよすぎる。お前たちにも、私たちにもな」


「……わかったわ。君がそのつもりなら、私も受けて立つわ」


 友人として武尊を止める責任を果たすため、武尊の身勝手な復讐に巻き込まれている巴たちの手を借りることは呉羽にはできなかった。


 そして、知らなかったとはいえ、身勝手な武尊の復讐に巻き込んだ責任を果たすために喧嘩を売ってしまった身であるため、今更都合よく協力関係を築くのは虫がいいと判断した呉羽は、最後まで巴と戦う覚悟を決める。


 責任感の強い呉羽に何を言っても無駄であると判断した巴も戦う覚悟を決める。


 崩れかけの壁に隔てられた場所にいる巴と呉羽は、静かに闘志を漲らせる。


 お互い、次の一撃で決めるつもりだった。


 ――次で、決める。

 御柴巴――ティアリナ・フリューゲルと同じく強敵だ。

 肉体だけではなく心も強かった……

 もっと早くに出会えていたらこんなことにはならなかったのかもしれない……


 心身ともに強い御柴巴という人物を認め、呉羽は心から尊敬していた。


 だが、その気持ちを抑えて決着に集中する。


 壁を隔てた向こう側にいる巴のハッキリとした居場所はわからなかったが――それでも、屋敷の内部を熟知している呉羽には声が聞こえてきた場所から、彼女がどこにいるのか何となくだが把握していた。


 後はタイミングを計って全力の攻撃をするだけだった。


 お互い静かに力を最後の一撃に集中して、膠着状態が続く。


 一分程経過した瞬間、再び屋敷のどこかで爆発音が響いた。


 しかし、今度はその音に焦燥感を抱くことなく、呉羽は落ち着いていられた。


 そして、その爆発音を合図で呉羽は攻撃を仕掛ける。


 武輝である仕込み槍を鞭のようにしならせ、開いた壁の穴から巴がいると思われる場所へと光を纏った穂先を向かわせた。


 狙い通り、呉羽の武輝は巴の身体に絡みつく。


 そのまま呉羽は力任せに武輝を振るって巴の身体をどこかに叩きつけようとした瞬間――拘束されている巴は、自分と呉羽を隔てる壁に向かって走った。


 ピンと張っていた呉羽の武輝が、巴が移動したことによって僅かにたるんだ。


 たるみ切る前に巴の身体を思い切り引っ張って壁に叩きつけようとする呉羽――だが、それが間違いだった。


 壁に叩きつけた瞬間、崩れかけていた壁は大破してそこから巴が現れた。


 壁に叩きつけられた衝撃で苦悶の表情を浮かべながらも怯むことなく、巴は引き寄せられるままに真っ直ぐと呉羽に向かって疾走する。


 ――しまった!


 そう思った時には、もう全身に輝石の力を纏わせた巴は目の前まで接近していた。


 全身に輝石の力を纏わせた巴は勢いよく呉羽にタックルを仕掛けた。


 避けることができずに巴のタックルが直撃した呉羽は、その衝撃できつく武輝を握りしめていた手が僅かに緩んでしまい、同時に巴を拘束も緩んだ。


 その隙を見逃さす、宙に飛んで自身に巻きついていた呉羽の武輝から逃れると――光を纏った武輝を突き出しながら空中を勢いよく蹴り、落下の衝撃を加えた渾身の刺突を呉羽に食らわせた。


 強烈な巴の一撃に吹き飛ぶ、床に叩きつけられた呉羽の手から武輝が離れ、一瞬の光とともに武輝が輝石に戻ってしまった。


 大の字になって倒れたまま、呉羽は動かない。今の強烈な一撃と、先程直撃した巴のカウンターが相当なダメージを呉羽に残しており、しばらくまともに動くことができなかった。


 完全に読まれていたか……

 完敗だ。


 屋敷内の地形を把握している呉羽と違い、屋敷の中がどうなっているのかわからなかった巴は、隣の部屋にいる呉羽がどこにいるのかわからなかった。


 声がする場所で何となく予想はできていたが、呉羽程正確な居場所を把握することができなかったからこそ、巴は呉羽の攻撃を待った。


 呉羽なら確実に仕込み槍による不意打ちを仕掛けてくると思ったからこそ、あえて彼女の魂胆に乗り、自分から呉羽の武輝に絡みついた。


 そして、ピンと張っている武輝をたるませるために、崩れかけの壁に向かって走った。


 そうすればきっと力を込めて引っ張ると思ったからだ。


 力を込めてくれれば、力を込めた場所から呉羽の位置も把握できるし、一気に呉羽に接近できると巴は思っていたからだ。


 その思惑は見事的中し、巴は呉羽を倒した。


 巴の思惑通りに動いてしまったことを悟り、呉羽は心の底から敗北を認めた。


 呉羽の手から輝石が離れたのを確認した巴は、大きく疲れたようにため息を漏らした。


「正直、運が良かったわ……あなたに勝てたのは」


「そうでもない。私は戦う前から心を乱していた。そう考えれば最初から勝負は決まっていた……私の負けだ、御柴巴」


 憑き物が取れたような晴々とした表情で潔く呉羽は負けを認めながらも、武尊を元へと向かえない悔しさも滲ませていた。


 そんな呉羽の悔しさを理解した巴は、「大丈夫」と力強い笑みを浮かべた。


「空木君のことは私たちに任せて……必ず助ける」


「お前たちに甘えてしまうのは申し訳ないが……頼む」


「ドンと甘えていいの。でも、私たちができるのは止めることだけ、空木君を救うのは私たちじゃないわ……わかっているわね?」


「ああ、わかっている……今度こそ、絶対に救い出す。武尊を止めてくれ」


 武尊を救うのは――救えるのは自分であると再認識させられた呉羽は、改めて巴に武尊を止めるように懇願した。


 呉羽の言葉に力強く頷き、巴は先へと向かう。


「……御柴巴、お前とはもっと別の場所で会いたかった」


「私もよ、呉羽さん……きっと、私たちはいい友達になれたわ」


「『友達』か……そうだな、確かにその通りだな」


 自分の背中に向けて呟くような声で放たれた呉羽の言葉に反応し、振り返ることなく巴は先へと向かった。


 私と御柴巴が友になれるのなら……

 きっと、お前だってあの少年が言ったように友になれるかもしれないんだ……

 だから、武尊……自滅なんてするな……

 頼む。


 心の中で呉羽は武尊の身を案じることしかできなかったが――それでも、不思議と不安はなかった。


 その理由はもちろん、御柴巴が向かっているという理由もあったが――その巴が信頼している伊波大和が武尊を何とかしてくれるのではないかという期待もあったからだ。

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