第31話

 光とともに背後から現れた鎖を、大和は最小限の動きで回避。


 回避と同時に武輝である巨大手裏剣から輝石の力を振り絞り、武輝を数本複製した。


 複製した手裏剣を自在に操り、武尊に向けて発射するが――武尊は手にした鎖を薙ぎ払って手裏剣を弾き飛ばした。


 弾き飛ばされた手裏剣は吹き飛ぶことなく空中で制止して、光弾を一斉に放つ。


 優雅で華麗な動きで迫る何発もの光弾を回避しながら、大和の周囲に複製した武輝を生み出し、蛇のような動きで武尊が生み出した鎖たちは大和に迫った。


 参ったなぁ……思っていたよりもずっときついや。

 さすがに、武尊君相手に御子と輝石の力を併用するのはちょっと無茶だったかな?

 うーん……どーしよう。


 心の中で深々とため息を漏らしながら、四方八方から襲いかかってくる鎖をアクロバティックでありながらも無駄のない動きで回避をしながら大和は心の中で深々と嘆息していた。


 普段と同じ何を考えているのかわからない軽薄な笑みを浮かべて武尊の攻撃を凌いでいる大和だが、内心では焦っていた。


 有り余る輝石の力で武輝である鎖をいくつも複製して四方八方から的確に相手の死角をつくる武尊に大和は苦戦していた。


 苦戦している理由は――実力的には大和と武尊の間に大きな差はないが、大和は武尊から溢れ出ているアンプリファイアの力を制御するのに集中させながら戦っているので、大和はいつもの力を引き出すことができなかった。


 それに加えて遠慮なく武尊はアンプリファイアの力を引き出しており、その力を自分のものにしているので元々の力に加えてアンプリファイアの力も加わっており、アンプリファイアの力の制御で自身の力を割いている大和を圧倒していた。


 攻撃する間もなく次々と攻撃を仕掛ける武尊に僅かな隙をついて反撃する大和だが、余分に力を使って本調子ではない彼女の攻撃を防ぐのは武尊には余裕だった。


 大和は部屋中を動き回る手裏剣の数を複製してさらに増やし、増やした手裏剣を操作して部屋の中で暴れまわらせ、室内を滅茶苦茶にする。


 部屋に置かれた高級な調度品や、結婚式で着るはずだったドレスも引き裂き、隣の部屋に続く分厚い壁をも破壊して、その残骸が宙に散らばる。


 散らばった残骸の陰に大和は隠れて気配を消した。


 ……ちょーっと、卑怯だけどまあこれくらいはいいよね?


 不利な状況で不意打ちを仕掛ける気満々の大和は、部屋中に動き回る手裏剣から光弾を武尊に向けて発射しながら、散らばった残骸の陰に隠れながら武尊に接近する。


 ニヤニヤと小悪魔のような笑みを浮かべながら武尊の背中に向けて武輝を振り下ろす――


 だが、大和の不意打ちを見切っていた武尊は、即座に自身の背中に鎖を巻きつけて防御する。


「あらら、不意打ち失敗かな?」


「君と私は気が合うと言っただろう? ハニー」


「さすがはダーリン。――あ、今度は左注意だよ」


 振り返って背後にいる大和に集中していた武尊の左から、部屋中を暴れまわっていた手裏剣のうちの一つが襲いかかり、直撃する。


 本命の不意打ちがヒットして吹き飛んで床に叩きつけられる武尊に、間髪入れずに大和は部屋中を暴れまわる手裏剣から光弾を放ち、一斉に攻撃を仕掛けようとするが――


 手裏剣に武尊の複製した武輝である鎖が絡みつき、動きを封じる。


 その隙に武尊は服についた埃を叩きながら優雅に立ち上がり、それを見た大和は降参と言わんばかりに深々とため息を漏らした。


「いやー、強いね武尊君。ここまで強いんだったら大人しく結婚しておけばよかったかな?」


「HAHAHAHAHAHA! 心にもないことを! どうせ計算高くて性悪な君のことだ、私の正体に薄々気づいていたのだろう?」


「まあ、何となくね。だって、ずっと君は僕と似ているって言っていたんだから。だから、性格だけじゃなくて状況も一緒だろうなとは何となく思っていたよ――君が『女の子』だってね」


 確証はなかったが大和は武尊が性別を偽っているのを、自分とよく似ている雰囲気を放っている彼女と話して何となく察していた。


 自分の正体を見抜いた大和に「HAHAHAHAHAHA! その通りだよ!」と豪快に笑いながら武尊はそれを認めた。


「私が女性であることを知っているのはおそらく呉羽と、一族の老害連中くらいだろうね。後はほとんど私の正体を知らないよ」


「へぇー、それじゃあ大変だったんじゃないの? 色々と。特に僕の場合は年々胸に巻いているさらしがきつくてきつくてね。でも、さらしを巻いた刺激のおかげで急成長さ」


「羨ましい限りだ。残念ながら私はさらしが必要ないほど断崖絶壁のぺったんこなのだよ!」


「重くて肩が凝りやすいから、小さい方が動きやすくていいと思うよ」


「HAHAHAHAHAHAHA! 私にとっては贅沢な悩みだよ! それにしても、どうやったらそんなに大きくなるんだい? 後でぜひとも意見を聞きたいよ」


「それはお互い生き残れたらね。教えるのを引き換えに爆弾解除してくれるかい?」


「んー、どうしようかな……どちらも捨てがたいんだけど。ごめんね、やっぱり無理だよ」


 本気で爆弾の解除とバスト成長の秘訣について悩み、苦渋の決断でバスト成長を捨てる武尊。


「まあ、お互い周囲の都合で性別を偽っていた状況は酷似してるけどさ……唯一違う所は、君とは違って私は性別を偽るように強制されていたことかな? とっくの昔に没落したというのに自分たちのプライドのために一族を守るためにね」


 口調は穏やかだが、狡猾でどす黒い復讐心を宿した本性を露にした表情で武尊は吐き捨てるようにそう説明した。


「先代当主である私の父は、一族再興のためにありとあらゆる手段を講じて富を築いたけど、一族をないがしろにした天宮と鳳を見返すにはそれだけじゃ物足りなかったんだ。何とかして鳳や天宮を復讐しようと教皇庁に取り入ろうとしてたけど、それも失敗。しかも、一族の跡取りは息子が生まれず娘の私だけで、御子としての力を持って生まれていたけど、そこまで強い力を持っては生まれなかった。いよいよ空木家の血も途絶えるから、そこで潔く諦めればよかったのに、先代鳳グループトップが天宮家を滅ぼしたことで、厄介な天宮の人間がいなくなったからさらに火がついたんだ」


「それが原因で君は身体の中にアンプリファイアの力を宿してしまったのかな?」


「その通り。御子の力を少しでも上げるために、先代当主は娘である私を幼い頃から地巨大なアンプリファイアがある地下室に監禁した。常にアンプリファイアの力の影響を受け続けた結果、アンプリファイアの力が身体に残留してしまって奇天烈な身体になってしまったんだよ」


「子供の頃からあんな力の影響下にいたなんて、考えるだけでも嫌になるね」


 輝石の力を極端に増減させる力の影響を幼い武尊が受け続けていたことを思い浮かべ、大和は軽薄な笑みを浮かべながらも同情心が芽生えてしまっていた。


 一方の武尊は当時の過酷な状況を思い出して内に秘めていた憎悪が溢れ出していた。


「幼かった私にとってはあの地下室に監禁された日々は地獄だったよ……だけど、そんな中でも私にも味方がいた。それが母様だった……道具のように扱われていた私を励まし、力が上がらなければ食事にまともにもらえなかった私に内緒で部屋まで食事を運んでくれて、寂しい時は一日中部屋の中で一緒にいてくれた……でも、そのせいで母様はアンプリファイアの力を受け続けてしまい、早々に亡くなってしまったよ」


 憎悪を溢れ出していた武尊だったが、身を削って自分の味方をし続けてくれた母を語る時だけは、穏やかな表情を浮かべていた。しかし、すぐに、今度は母の最期の時を思い出して憎悪の炎が先程よりも激しく滾る。


 ……確かに、同じだ。


 武尊が慕っていた母の最期を聞いて、彼女の気持ちが大和には痛々しいほど伝わっていた。


「そして、半年前、アンプリファイアの研究に憑りつかれていた父親と呼ぶのもおぞましいあの男も、アンプリファイアの力の影響を長年受け続けていたせいでようやく亡くなった……自業自得の最期だったよ。最期の最期で私に許しを請い、涙ながらにして空木家を再興しろと命じたあの男の姿はとても滑稽だったよ! HAHAHAHAHAHAHAHA!」


 自分や母の人生を滅茶苦茶にして、憎悪の対象だった父の最期を清々しい笑い声を上げながら武尊は嬉々として語っていた。


 普段のナルシシズム溢れる武尊の雰囲気からは想像できないほどの狂気的な笑い声であり――そして、どことなく寂しそうでもあった。


「空木家再興? そんなことなんてどうでもいいしクソ食らえだ! 子供でさえも己の欲望のために平然と道具として扱うこんな家、滅んでしまえばいいんだ! すべて、すべて! 母様がいなくなった原因を作ったすべて! 没落する原因を作った天宮、空木を見放した鳳や教皇庁もすべて、すべて滅んでしまえばいいんだ!」


「……同感だよ」


 ……やっぱり、同じだ。


 声を荒くして、そして息を切らすほどに自身の憎悪をぶちまけると同時に武尊から放たれるアンプリファイアの力が強くなる。


 無窮の勾玉という煌石のせいで自分や周囲の人生を滅茶苦茶にされた経験があるからこそ、武尊の気持ちが痛いほど理解できた大和は激しく同意する。


 そんな大和を不可解そうに、そして、苛立ったように武尊は睨んだ。


「だったらどうして鳳に復讐しようと考えないんだ! どうして平然としていられるんだ!」


「言っただろう? 僕には大切なものができすぎたって――だからこうして君と戦うんだ」


 言い終えると同時に鎖が絡みついた複製した武輝を消滅させ、新たに武輝を複製して不意打ちを仕掛けようとする大和だが――それよりも早く、武尊の鎖が大和の身体に巻きついた。


 そして、巻きついた鎖がアンプリファイアと同じ光を帯びると、その光が大和の身体を包む。


 武尊の暴力的なまでの輝石とアンプリファイアの力が襲いかかると同時に身体を締めつける鎖の力が強くなり、大和は一瞬だけ顔をしかめるが、すぐに普段通りの軽薄な笑みを浮かべた。


 拘束されてもなお武輝を手に持って反抗の意思を見せつけ、アンプリファイアの力を制御している大和を忌々しく武尊は睨み、ゆっくりと彼女に近づいた。


「その大切な人を君は今回の騒動に巻き込んでいるというのがわからないのか? 無意識に君はこの騒動に大切な人を巻き込んで復讐を遂げようとしているんじゃないのかな?」


「まあ、正直それもあるかもしれないけど、違うって断言できるよ?」


「理解できないな! どうしてそこまで迷いなく断言できるんだ!」


 大和の心を折ろうと、彼女の中に眠る復讐心を焚きつけようとする武尊だが――淀みなく晴れ晴れとした表情で口にした彼女の答えを聞いて、その試みはすぐに失敗してしまう。


 確かに復讐心が存在しているのに、それを焚きつけることができないもどかしさに武尊はさらに苛立ち、それに呼応するかのように大和の身体を拘束している鎖の力が強くなった。


「僕はみんなを利用してるし、みんなも僕に利用されているって知っていて利用されているからね――みんな僕を信頼してくれるし、僕もそんなみんなを信頼してるんだ」


「理解できない……信頼なんてもので復讐心を抑えることができるはずがないだろう!」


「本当にそう思ってるのかな? 君は大事なお母様が亡くなって絶望したけど、まだ君の傍には呉羽さんがいるじゃないか。呉羽さんと一緒に過ごして、君は何を思っていたの? 何を感じていたの? その時に復讐心はどうなっていたの?」


 お返しと言わんばかりに武尊の揺らぐことない復讐心を折りにかかる大和だが――呉羽の話を持ち出した途端、武尊は待っていたと言わんばかりに肩を震わせて笑いはじめた。


 そして、ひとしきり笑い終えた後、武尊は迷いのない、決して折れることのない憎悪と復讐心に塗れた目で大和を睨んだ。


「呉羽と一緒にいても私の決意は変わらない……幼い頃から呉羽と私は一緒だった。でも、私が地下室の暗闇で苦しんでいる時、呉羽は母様と違って助けに来てはくれなかった、何もしてくれなかったんだ……一族に逆らおうとしなかった呉羽も空木家の人間だったんだよ! だから――みんな、みんなみんな! 滅べばいいんだ!」


「――! やめるんだ!」


 怨嗟に満ちた声を上げた武尊は、大和の制止を無視して懐から取り出した爆弾のスイッチをいっさいの躊躇いなく押した。


 瞬間、屋敷内のどこかで爆弾が爆発し、屋敷全体が大きく揺れた。


 轟く爆発音を聞いて、恍惚に満ちた笑みを浮かべている武尊を見て、何を言っても無駄だと判断した大和は諦めたように深々とため息を漏らした。


「最初は地下室――その次はあの男の使っていた部屋から順に次々と爆発する……ああぁ、この日をどれだけ待ち望んでいたことか……」


「君のすべてを壊そうとする復讐心にはさすがに参ったよ……」


「さあ、どうする天宮加耶――いや、伊波大和……これから続々と爆発がはじまり、君の大切な人たちがそれに巻き込まれるかもしれないよ? まあ、最後にはこの部屋も爆発するから別にいいか? みんな行きつく場所は同じだしね」


 黙って屋敷が破壊されるのを待つことしかできない拘束されている大和を、自分も犠牲になるというのにゾッとするほど明るい笑みを浮かべている武尊は挑発的に見つめた。


 しかし――依然として大和は軽薄な笑みを崩さず、戦意を失わず、武尊の力を制御していた。


 そんな大和の姿に忌々しさを覚える武尊だが、その苛立ちを轟く爆発音が霧散させた。


「――そろそろかな?」


「この部屋が爆発するのはまだまだ先さ。一気に爆発させてしまったら面白くないからね」


「いや、爆弾のことじゃないよ……僕の切り札が到着するってことだよ」


 軽薄な笑みを浮かべて大和がそう告げた瞬間――爆発音に混じって部屋の外からドシドシと力強く、それでいて不機嫌そうな足音が響いてきた。


 その足音がこの部屋の前に止まった瞬間――蹴破られた扉が勢いよく吹き飛び、大和の顔面に直撃しそうになった。


 そして、部屋に入ってくるのは――武輝であるレイピアを手にした鳳麗華だった。


 やっぱり来てくれたね、麗華……

 それにしても、機嫌が悪いなぁ……ちょっとやりすぎちゃったかな?


 部屋に入ってきた不機嫌な麗華を見て、大和は楽しそうな笑みを浮かべていた。


「さっすが、麗華。いいところに来てくれたね。悪いけどこの鎖をどうにかしてくれない」


「フン! いい気味ですわね! 私としてはもう少し見ておきたいですわ。できれば、写真にも納めたいですわね」


「それは勘弁してくれよ。あ、麗華ってもしかしてそういう趣味を持ってるの? それならそれで君の性癖を受け止めるのが幼馴染の僕の役割だからいいんだけどさ……あまり痛いのはやめてよね? あ、くすぐるのはもっとダメだから」


「失礼ですわね! 私はそんなアブノーマルな趣味はありませんわ! ですが――そう言われるとくすぐってしまいたくなりますわね……」


 自分を無視して和気藹々と話しはじめる麗華と大和を見て、武尊の表情は苛立ちに染まる。


 その苛立ちのままに武尊は、鎖の一部を弾丸のような勢いで大和と話し込んでいる麗華の背中に向けて飛ばすが――


 振り返って迫る鎖を見ることなく、飛んできた蠅を叩くようにして手にした武輝を軽く振るって難なく弾き飛ばした。


「不意打ちとは卑怯ですわね、紳士の風上にもおけませんわ」


「残念だけど、私は紳士ではないんだ」


「まあ、性別的にもそうでしょうね」


 軽く放った麗華の自分の性別を見抜いている一言に、武尊は驚く。


 そんな武尊を無視して、麗華は軽く武輝を数回振るって大和を拘束していた鎖を断ち切った。


「ふぅー、さすがに苦しかったよ。ありがとう、麗華――それと、ごめんね。何も言わずに勝手な真似をしちゃってさ」


「フン! 今はそんなことよりもやるべきことがありますわ。大和、あなたは彼女の力を制御していなさい。私は彼女の相手をしますわ!」


「それはありがたいな。僕は頭脳担当だから。後は猪突猛進爆裂爆乳肉体派の君に任せるね」


「シャラップ! あなたは一々一言多いのですわ!」


「それじゃあ、爆裂爆乳肉体派?」


「そういう問題ではありませんわ! ああ、もう! あなたと話していても埒が明きませんわ! 行きますわよ、空木武尊!」


 仲睦まじく話している勢いのままに、麗華は武尊に飛びかかる。


 そんな麗華にただただ困惑するだけだった武尊だが、すぐに我に返って輝石の力で複製した無数の鎖を操り、麗華に向けて一斉に襲わせた。


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