第四章 偽りであっても
第32話
「素晴らしい! 素晴らしいよ、七瀬幸太郎君! これぞまさしく賢者の石の輝きだ!」
「そうなんですか? ――でも、どうしましょう……」
――なるほど、力を引き出せたがまともにコントロールできていないのか。
しかし、彼から垂れ流し続けている膨大な賢者の石のエネルギーは危険だ……
この膨大な力は私でも抑えることは難しいだろう。
最悪の事態になる恐れがある。
――しかし、それ以上に……
もっと見てみたい! 目の前で輝く賢者の石を!
自分の中に眠る力を引き出せたのは良いが、放ったままコントロールできないのだろうと戸惑っている幸太郎の様子を見てアルトマンは察する。
察するとともに幸太郎の力が周囲に影響及ぼし、最悪の事態になる可能性が頭に過り、無理矢理にでも彼を止めようかと考えるが、好奇心がアルトマンを止めた。
今は少しでも賢者の石の力を観察し、今後幸太郎と付き合う上での参考にするために、力を解放できたきっかけを知りたかった。
「何がきっかけかな? どうして賢者の石の力を引き出せたのかな?」
「わからないです」
「いや、君はわかっているはずだ――君の様子が急に変わったからな」
「うーん……強いて言うなら、アルトマンさんを許せないって思ったからです」
「ほう? 私の何が許せなかったというのかね」
「セラさんたちの記憶を好きに弄ったらダメです」
――なるほど、怒りがきっかけか……なるほど……
常に能天気かと思ったら、意外にも怒りの感情は存在していたのか。
なるほど、とても参考になった……
しかし――
怒りによって幸太郎の中に眠っていた力が一気に解放したことをアルトマンは分析すると、深々と嘆息するとともに、心底愉快そうに、嘲笑うように笑った。
「記憶を弄ったところで誰も何も気づかないし、気にする者など誰もいない」
「でも、セラさんたちの人格まで変えちゃうんでしょう? セラさんやティアさん、麗華さんや大和君の関係も変わっちゃうんでしょう? それはやっぱりダメですよ」
「何がいけないというのかな? 君だって同じことをしていたじゃないか。無意識ながらも君は賢者の石の力を放ち、それによって大勢の人間を変えてきたのだから」
「そうかもしれないですけど……本当に賢者の石の力でセラさんたちは変わったんですか?」
「もちろんだ! 賢者の石がなければ鳳麗華と伊波大和――天宮加耶の関係は悪化していただろう! セラ・ヴァイスハルト、ティアリナ・フリューゲル、久住優輝との関係も修復が難しかったのかもしれない! 白葉ノエルとクロノの姉弟に心は宿らなかった! アカデミーの改革に時間がかかっただろう! そして君の力でまた新たに宗仁、ヘルメス、ファントムを変えた――まったく、罪な男だよ」
幸太郎が――いや、彼の持つ賢者の石の力で変えていった人物や事柄を熱弁するアルトマン。
アルトマンは幸太郎が来てからのアカデミーで起きたことは、すべて彼の持つ賢者の石の力によって発生し、解決し、その過程で大勢の人を変えるきっかけを作り、アカデミーさえも変えた、そう確信していた。
だからこそ、アルトマンは改めて幸太郎に手を差し出した。
「君はすべてを支配できる力を持っている――私がその力を扱えるようにしよう。だから、幸太郎君、私について来るんだ。その非凡な力を君のものにしてあげようじゃないか」
「遠慮します」
「相変わらずの即答だ。もっと考えないのかね」
「それでも、遠慮します」
気持ちの良いくらいに迷いのない即答に思わずアルトマンは笑ってしまうが、内心素晴らしい力を持っているのにもかかわらず、その力を好きに扱うことをしない、面白くないほど欲のない幸太郎に苛立っていた。
「賢者の石はすごいと思いますけど、他人のすべてを弄っちゃうのはダメですよ……そんな力、いりません」
「せっかく得た力を、誰もが望む力を君は捨て去るというのかね?」
「はい! この力はあなたを倒すためだけに使います。僕、アルトマンさんを倒すって決めてますから」
また更に力が上がった……
なるほど、どうやら彼は本気で私を倒したいようだ。
堂々と胸を張ってすべてを支配する賢者の石など必要ないと言い放ち、無意識ながらも内に秘めた賢者の石の力を更に放出し、改めてアルトマンを倒す決意を固める幸太郎の顔にはいっさいの迷いはなかった。
何があっても、どんなことをされても、どんな状況に陥っても自分を倒す決意は揺らぐことないだろう幸太郎の強固な意志を目の当たりにして、思わずアルトマンは気圧されてしまうが、清々しい表情を浮かべていた。
「迷いのない良い表情だな」
「ありがとうございます」
「自分の欲望よりも他人の自由のために使うか……そんな君の性格だからこそ、祝福の日によって散らばった賢者の石は君を選んだのだろう」
「何だかそう言われると照れます」
「ならばこちらも相応の覚悟を持って君を相手にしよう」
もっと幸太郎を観察したい――今だけはその気持ちを少しだけ抑え、幸太郎を止めることを最優先に考えるアルトマン。
今幸太郎を止めなければ最悪な事態になると考えたからこそ、アルトマンは心を鬼にする。
「再起不能にはしないが、君を止めるために痛い目にはあってもらおう」
「ドンと来てください」
冷たい目をしてそう告げるアルトマンに、幸太郎は力強い笑みを浮かべて応えた。
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