第40話

 アカデミー都市からそう遠くない場所にある空港の出発ロビー前にあるソファに、ドッシリとグランは腰掛けていた。


 プリムの護衛のために連れてきた数人の輝士たちはすでにチェックインを済ませていたが、二日前の戦闘で負った怪我が完治していないグランは、少し休むためにソファでくつろいでいた。


 だいぶ休憩を取ったので、そろそろチェックインを済ませようかと思って立ち上がろうとすると、二日前のティアとの戦闘で負った怪我の痛みで顔をしかめて、立ち上がるのをやめた。


 ……ティアめ。

 相変わらず容赦のない奴だ。

 ――そして、強くなったな。


 容赦のない本気の一撃を食らわせたティアをグランは忌々しく思いながらも、それ以上に彼女がより強くなったことに嬉しさを感じていた。


 ティアと対峙していた時のことを思い出すと、改めてグランは自分が滑稽だと思っていた。


 聖輝士という自分の立場に、教皇庁の命令に縛られて自分の心に従えなかった。


 間違っていると思いながらも、意固地なほど自分の立場に縛られていたグランは、自分の心に従って動いたティアたちを青臭いと思うとともに、憧憬を抱いた。


 世話になった人の娘であり、幼馴染の妹分と戦ってしまうことになったが、今回の騒動は自分を見つめ直すいい機会になったとグランは感じていた。


 ……ありがとう、ティア。

 お前のおかげで、だいぶ自分を見つめ直すことができた。


 穏やかな笑みを浮かべたグランは、心の中で幼馴染に感謝の言葉を述べた。


 本当は面と向かってティアに感謝の言葉を言いたかったのだが、戦闘を終えたばかりで気まずかったし、何よりも気恥ずかしくて言えなかった。


 だから、まだ怪我が完治していない段階で、無理を言って病院を出て、何も言わずにさっさとアカデミー都市から離れて、元々自分がいた旧教皇庁本部がある国へ戻ろうとしていた。


 痛みも引いたので、さっさとチェックインを済ませようかと思っているグランだったが――


「黙って帰るとは水臭い奴だ」


 冷たくもありながらも、穏やかな声がグランを呼び止めた。


 まったく……人の気も知らないで。

 それに、攻撃をそれなりに受けたはずなのに平然と立っていられるとは――強くなりすぎているようだな。


 心の中で苦笑を浮かべたグランは声がする方へ視線を向けると、不機嫌そうでありながらも穏やかな雰囲気を身に纏っているティアが仁王立ちしていた。


 ある程度ティアにもダメージを与えたはずなのに、自分と違って平然としている彼女の様子に、改めてグランは敗北感を覚えて心の中で嘆息した。


「お前は喧嘩をした後、しばらく仏頂面を浮かべて口を利かなくなるからな。だから、何も言わずに立ち去ったんだ」


「いつの話をしている。子供扱いするな」


「今も昔も、お前は子供のままあまり変わっていないように見えるがな」


「……うるさい」


 昔の話を持ち出して、自分を子供扱いしてくるグランをティアは仏頂面を浮かべて恨みがましく睨むと、グランは楽しそうに豪快に笑った。


 豪快に笑うグランを見て、ティアは呆れたように、そして、苛立つ自分を抑えるように小さくため息を漏らしてから、神妙な面持ちでグランを見つめた。


「……今回の件、私のわがままのせいでお前にはかなりの迷惑をかけてしまった」


「気にするな。お前は自分の立場は周囲の状況に縛られないで自分の心に従ったまま動いたんだ。多少の紆余曲折はあったものの、お前は後悔していない――そうだろう?」


「後悔はしていない――土壇場で考えを変えて厚顔無恥であると思っているが」


 気にするなとグランが言っても、まだ罪悪感が残って納得していないティアだが、後悔しているのかと聞かれたら迷いなく首を横に振った。


 土壇場で考えを変えて、グランと対立したことを申し訳なく、それ以上に恥と思いながらも後悔していないティアを、グランは羨ましそうに見つめて満足そうに笑みを浮かべた。


「自分の行動に後悔しないことが一番正しい選択だ。様々なものに縛られていた俺は今までそれができずにいた……だから、自分の心に従ってそれを貫いたお前が羨ましいし、幼馴染として誇らしく思うし、自分を見つめ直すいい機会になった――ありがとう、ティア」


「……土壇場で裏切った相手に礼を言うとはおかしな奴だ」


 面と向かって真面目な顔でグランに感謝の言葉を言われて、無表情だがティアは自分を見つめるグランから目をそらして照れているようだった。そんな幼馴染の気持ちを理解しながらも、あえてグランは何も言わなかった。


「今回の件でお前の立場は悪くなった……これからどうするんだ」


「聖輝士の立場が悪くなっても、教皇庁のゴタゴタのおかげで俺の処分は保留になったんだ。国に戻ったらしばらくは大人しくして、お前の父上――師匠に一から鍛えてもらうよ。お前を叩きのめすためにな」


「……上等だ」


 力強い笑みを浮かべて宣戦布告をするグランに、表情を一瞬柔らかくさせて受けて立つティア。


「そういえば、七瀬幸太郎君の調子はどうだ?」


 幸太郎の話題を持ち出されて、ティアの表情が曇った。


 二日前の事件が終わった後、ティアにボコボコにされた幸太郎は気絶して、同じく気絶しているプリムとともに病院に運ばれて入院した。


 すぐに目が覚めたが、一日二日経過を見るために入院することになった。


「……しばらく腫れが残るだろうが問題はない。明日退院できるそうだ」


「あれだけお前に痛めつけられたのに、問題はないとは中々やるな。輝石を扱えない落ちこぼれだとは聞いていたが、磨けば中々光りそうな逸材だ。時間があれば、今度ゆっくり話してみたいな」


「当然だ。私が鍛えてやっているんだからな」


 表情が曇っていたティアだったが、グランが幸太郎のことを褒めるとティアは誇らしげに胸を張って無表情だが自分のことのように喜んでいた。


 そんなティアの態度を興味深そうに見たグランはニタニタとした薄気味悪い笑みを浮かべた。


「フム……お前の両親の心配事はなくなりそうだな」


「どういうことだ?」


「娘がいい歳した大人なのに、浮いた噂がまったくないのがお前の両親は心配していたんだ」


「それが幸太郎とどんな関係がある」


「朴念仁め――まあ、そう遠くない未来に孫の顔が見れるかもしれないと報告しよう」


「待て。どういう意味だ」


「俺からのアドバイスだ――お前の強引さを活かしてさっさと既成事実を作れ! それじゃあな、ティア! また会おう!」


 何を言っているのかわからないグランを呼び止めるティアだが、構わずにグランは豪快に笑いながら搭乗口へと向かった。


 アカデミー都市に来て色々あったグランだったが、幼馴染の前から去る時の彼の表情は、未来への期待と、幼馴染の成長、そして、自分の成長で晴々としていた。

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