第20話
アンプリファイアの力が身体に残留しているせいで、動けない巴と村雨。
それでも関係なく這いずって部屋から出て幸太郎を追おうとするが、今まで鍵がかかっていいなかったのにこういう時だけ扉の鍵が閉まっており、外に出れないようにしていた。
肝心な場面ではいっさい手出しはさせないようにする武尊の性格の悪さを痛感しながらも、二人は幸太郎を追う方法を考えるが、脱力しきった頭では何も手段は浮かばず、ひとまずはソファに座ってアンプリファイアで消耗した身体を休めていた。
どうしてこんな時に何もできないんだ!
身体が動けず、焦燥感を募らせている村雨を、「宗太君」と巴の穏やかな声が落ち着かせた。
「アカデミーを出てから、宗太君は何をしていたの?」
突然の巴の話に戸惑いながらも、「え、えっと……」と村雨はアカデミーを出てから自分が何をしていたのかを話しはじめる。
アカデミーで騒動を起こした身でありながらも、鳳グループが救い出し、その恩を返すためのアカデミーに対する償いをするために行動してきたこと。
鳳グループ元幹部であり、アカデミーの元教頭であった
その過程で多くの天宮の人間と出会い、その都度それを知った大悟は忙しい仕事の合間を縫って直接謝罪をしてきたこと。
それでも、天宮の人間は長年仕えてきたのに自分たちを裏切った鳳に対しての恨みは消えなかったが、大悟の誠意だけは伝わり、僅かだが確かに和解への道が近づいていること。
それらの話とその過程で起きた出来事を話していたら、身体を蝕んでいたアンプリファイアの力と、村雨の中にあった焦燥感が徐々に消えていた。
「――だから、せっかく和解への一歩を踏み出そうとした時に、天宮の人間を集めて新たな争いの火種を生もうとする空木武尊が俺は許せない」
和解への一歩に水を差す武尊への怒りが、アンプリファイアで消耗した村雨の身体に喝を入れる。そんな村雨とは対照的に、巴は仲間とともに過ごした村雨の話を聞いて楽しそうに、それでいて安堵したような笑みを浮かべていた。
「アカデミーを去ってから、連絡をしようとも連絡がつかない君のことがずっと心配だった。抱えた責任感と罪悪感のせいで無茶をするんじゃないかってずっと心配していた――でも、君と楽しい時間を過ごした仲間たちの話を聞く限り、無用の心配だったようね」
「はい……それに、まだ短い間ですが巴さんと同じく、アカデミーを一旦離れたことで少しだけ見識が広まったような気がします。アカデミーは広いけど、輝石使いしかいないのである意味狭いです。年々輝石使いの数が増えているからこそ、もう少し世間に輝石使いという存在の理解を深めてもいいのではないかと思っています」
「やっぱり君は未来の鳳グループに――いいえ、アカデミーに必要な存在のようね。私なんかよりもずっと、宗太君はすごいわ」
「そ、そんな……俺なんてまだまだダメです。前に大きな迷惑をかけたのに、今回また大勢の人に迷惑をかけてしまったんですから」
「宗太君の頑張りはみんな良く知っているんだから気にしなくてもいいのに……何だか、かわいいわね」
「や、やめてくださいよ、巴さん」
見惚れるほどの美しく、優しい笑みを浮かべ、心からの賞賛と尊敬を込めた巴の一言に村雨は顔を紅潮させて照れてしまう。そんな村雨をいたずらっぽく微笑んで茶化した巴は「――そういえば」と不意に何かを思い出した。
「宗太君の話の中で、水月涼子さんの話がたくさん出ていたと思ったんだけど……」
「え、あ、そ、それは巴さんの勘違いですよ! さ、さあ、早く七瀬君を助けに向かいましょう! だいぶ力も戻ったし、今の俺と巴さんならあの扉くらいはぶち破れるでしょう!」
相変わらず色恋に疎いみたいなのに、どうしてこういう時だけ鋭いんだ!
心の中で都合のいい巴に対しての不満を漏らしながら、何気ない巴の疑問から逃れるように、ソファから立ち上がる村雨。
まだ話が終わっていなかったのだが、それよりも本来の目的が重要であると判断して、「そうね――」と巴も村雨に続いて立ち上がった。
まともに立ち上がることができないほど消耗していたが、先程と比べてだいぶ力が戻ったので、二人なら重厚な扉を破壊できると判断した巴と村雨は、扉に向けて助走をつけて思い切りタックルしようとした瞬間――
扉が開く音ともに何気ない様子で幸太郎が部屋に入ってきた。
「ただいま戻りました」
アンプリファイアのせいで頭も身体もまともに動かず、気絶するほど気怠かったのを、会話をすることで気を紛らわせて助け出す歩方法を無理して考えていたのに、人の気も知らない様子の能天気な表情で戻ってきた幸太郎を見て巴と村雨は深々と嘆息して脱力した。
「戻ってきてくれてよかったわ。怪我はない? 何か変なことはされなかった?」
「アンプリファイアの力を流し込まれましたが、大丈夫でした」
「輝石をまともに扱えないから無事で済んだのね。アンプリファイアの力で無理矢理七瀬君の中に眠っているとされている賢者の石の力を引き出そうとしたけど、失敗に終わったようね」
「でも巴さん。そうだとしてもまだ油断はできません。これから七瀬君の中に眠る力を引き出そうと何らかの手段を講じることは間違いないでしょう」
「でも、結婚式を明日に控えている状況で、それを考える時間はそんなにないと思うわ。だから、結婚式が終わるまではひとまずは安心していいと思う。もちろん、君の言う通り油断は禁物だけど」
矢継ぎ早に繰り出される巴の質問に、呑気な笑みを浮かべながら答える幸太郎。取り敢えずは無事な幸太郎に、今度は深々と安堵の息を漏らす巴と村雨。
これからどうするのかを村雨は巴と話し合っていると――
「部屋の外から聞こえてきたんですけど、水月涼子さんって御使いだった人ですよね。その人がどうかしたんですか?」
「あ、な、七瀬君。今はそんな話よりも、今後についてを――」
何気なく自分の気になったことを口にする幸太郎を制止しようとする村雨だが――時既に遅く、「そう、私もそれが気になっていたの!」と目をキラキラさせた巴が食いついてきた。
「涼子さんって確か、婚約者の方がいたはず――もしかして、略奪愛? 不貞愛? だ、ダメよ、宗太君。そんなことをしたら……そ、そういうのは本の中の世界だけに留めなくちゃ」
「でも、御柴さん。事実は小説より奇なりって言葉がありますよ」
「そ、それじゃあ、やっぱり? ……ど、どうしよう……弟も同然な宗太君が爛れた背徳関係を気づくなんて……す、少し興味が――って、違う! と、止めないといけないのに……どうしても気になってしまう……」
「村雨さん、何だかエッチです……」
顔を真っ赤にさせて妄想を爆発させる純情乙女な巴と、邪推している幸太郎。そんな二人に「か、勘違いしないでください!」と村雨は慌てた様子で声を張った。
「天宮家にいた涼子さんの婚約者は見つかりましたが、天宮家や御三家、そして輝石とは何の関わりのない人と幸せな家庭を築いていたんです。それで、その……色々あって、その……」
何を言っているんだ、俺は……何も巴さんの前で別にこんなこと言わなくてもいいだろう。
いや――でも……ちょうどいい機会なのかもしれない。
かつて淡い気持ちを抱いていた巴の前で、口に出すのを躊躇ってしまう村雨。
しかし――過去の自分を決別する意味で、今言った方がいいのではないかという自分の中の声に従い、村雨は「そ、その……」意を決して口にすることにする。
「涼子さんとは、い、色々あって清いお付き合いをさせていただいています」
「おめでとうございます、村雨さん」
「おめでとう、宗太君! 是非涼子さんを紹介して! それで、式の準備は任せて!」
思い切った村雨の告白に、巴と幸太郎は状況を忘れて祝福の拍手を送る。
巴に至っては嬉し涙を浮かべて興奮のあまり気を早くしていた。
二人の祝福に村雨は顔を真っ赤にして照れながらも、「そ、それよりも――」と話を替える。
「これからどうするのか決めましょう!」
緩んだ空気に喝を入れる村雨の声に我に返った巴は、「コホン」とわざとらしく咳払いをする。
「輝石のない状況に加えて、アンプリファイアの力を自在に引き出す空木君の力、戦えない七瀬君がいることを鑑みて無茶はできないわ――明日の結婚式を待つことにしましょう」
「しかし、明日の結婚式には大勢の人が出席するはずです。派手に行動してしまえば、かえって関係のない人たちを巻き込んでしまうのでは?」
「もちろんそれはわかってるわ。でも――私たちが行動する前に明日の結婚式で必ず何か騒動が起きる、必ずね。それを待ちましょう」
「何か騒動が起きるとは、一体何が起きるんですか?」
「わからないわ。でも、必ず騒動は起きる。必ず……その時を待ちましょう」
何が起きるのかはわからないが、明日の結婚式で何かが起きることを確信している巴に不安を抱く村雨だが、最終的に彼女の言葉を従う――いや、信じることにした。
「そ、それよりも、村雨君……こ、後学のために涼子さんとの関係を聞きたいんだけど……」
「僕も聞きたいです」
話を終えると同時に、さっきまでの頼りがいのある雰囲気を一変させて乙女の表情で恋愛話を深く聞こうとする巴と幸太郎の緊張感のなさに、村雨は深々とため息を漏らした。
―――――――――
教皇庁本部内にある、教皇が使用する豪勢でありながらも無駄なものがいっさい置かれていない寂しい雰囲気の執務室内に部屋の主であるエレナ・フォルトゥス、鳳グループトップである鳳大悟、そして大悟の娘である麗華がいた。
明日の結婚式についての会議を終えた後、三人はソファに座って明日についての話し合いをしていた。
「――以上が会議を行っている間にセラが集めてくれた戦力ですわ」
人質を助けるためにセラが用意してくれた人員を麗華は紹介し終えると、さっそく護衛についての話がはじまる。
「それでは、私は個人的な護衛として白葉姉弟を連れて行こうと考えています」
「こちらは克也と麗華の二人に加え、ヴィクターの見張りで忙しい萌乃の刈谷を連れて行く」
「それに加えて私と大和の友人という立場としてセラも連れて行けば、完璧ですわ! 本当はティアお姉様も連れて行きたかったところですが、呉羽さんとの戦闘で負った怪我のせいで大事を取ってアカデミーで留守番ですわ」
護衛について何も異論はない様子だったので、「次は――」と大悟は淡々と話しを進める。
「式場についてからの行動を考えよう」
「七瀬さんを助け出すために人員を割きたいところですが、大勢で目立って動けば不審がられます。ある程度の護衛は残し、最小限の人数で人質を救い出しましょう」
「それなら、人質救出の計画は克也に立ててもらおう。娘が誘拐されてジッと待てるほど忍耐強い男ではないからな」
「それならば、私も克也さんにお供しますわ!」
「麗華、お前は私とエレナとともに式場に残ってもらう」
克也とともに人質となった巴たちを助けに向かおうと意気揚々と立候補する麗華だが、そんな娘を冷たく一瞥した大悟は認めず、大悟の意見にエレナも頷いて賛成した。
冷たく突き放してくる二人に、感情的になるのを堪えて「ど、どうしてですの?」と平静を装って訪ねる麗華に、大悟はすべてを見透かしたような厳しい目を向けた。
「人質救出よりも、お前は大和のことを考えているのだろう? 後先考えない勝手な真似をしてこちらの計画を台無しされたら堪ったものではない。こちらの指示に従ってもらう。それができないのならお前は来るな」
冷たく突き放す大悟の一言が図星のど真ん中に命中して、何も反論できない麗華は「も、もちろんわかっていますわ」と父の言葉に従うことしかできないが、その表情は不満気だった。
仏頂面を浮かべる娘を見て、大悟は小さく嘆息した。
「理解していると思うが、我々が罠を承知で空木家に向かうのはあくまで七瀬幸太郎の救出のためだ。式が終われば巴と村雨は解放される可能性はあるが、賢者の石を持つあの少年が解放される可能性は低い。巴たちを解放する前にアルトマンたちに身柄を引き渡される可能性が大いにある。だから、私とエレナは相手の策に乗って式に出席することを決めた。騒ぎが大きくなればなるほど余計な戦闘に時間を費やして彼の救出に時間がかかる。最悪の場合、どこか別の場所に移動させられる場合もある。そうなったら、追うのは難しくなる」
「……ですが、今回の騒動は空木家だけがメリットがあるわけではなく、天宮家にとっても復讐を遂げる良い機会。何せ、まんまと鳳グループトップであるお父様が敵の本拠地に訪れるんですもの。大和だって確実にそう思っていますわ。それなのに、お父様はあえて相手の策に乗ろうとしている。傍目から見れば愚かとも思える判断は大和――いえ、加耶への贖罪ですの?」
目的を再確認させる大悟の言葉を黙って聞いていたが、相手の術中にあえて飛び込むという無茶な真似をする大悟に、不満そうでいて憂鬱そうな表情の麗華は異を唱えた。
自分のことを心配していながらも、非難しているような目で見つめてくる娘の質問に、迷いなく大悟は「違う」と即答で否定した。
「私はアカデミーのために今回の騒動を解決しようとしている。空木武尊に好きなようにさせるわけにはいかないし、賢者の石を持つ七瀬幸太郎をアルトマンたちに渡すわけにはいかない。天宮家との和解を求め、大和も信じているが――もしも、今回の騒動で大和や天宮の人間と戦うことになっても、その意志は揺らぐことはない……絶対に。そうしなければもっと大勢の人間が危機に陥ることになるからだ」
麗華に、それ以上に自分に言い聞かせるように、私情をいっさい排した自分の覚悟を口にする大悟。
和解するために努力してきた天宮家とぶつかっても、娘も同然に育ててきた大和と戦うことになっても、アカデミーのために戦うと言い放った父の残酷なまでに絶対に揺らぐことない意志を感じ取り、麗華は降参と言わんばかりに自虐気味な笑みを浮かべて、尊敬の眼差しを父に向けた。
自分には持っていない父の迷いのない残酷な決断力を見せられて、麗華は自信喪失してしまうが――それは一瞬だった。
大和と戦うことを想像して一瞬でも迷った自分の弱い部分に喝を入れ、気合を入れなおす麗華。
「私もアカデミーのために大和とぶつかり合う覚悟を決めますわ!」
父に倣って、自分に言い聞かせるように覚悟を口にして気炎を上げる麗華に小さく嘆息したエレナは冷ややかな目を向ける。
「覚悟を決めるのは結構ですが、伊波大和が何を思って決断したのかを考えなさい。そうでなければ、彼女の行動がすべて無駄になってしまう」
「もちろん承知の上ですわ、エレナ様! ――だからこそですわ!」
言われなくとも麗華には十分に理解していた。
だからこそ――
「だからこそ、何も言わずに勝手な真似をした大和が許せないのですわ! 私に迷惑をかけるだけでは飽き足らず、お父様にもエレナ様にも、アカデミーにも迷惑をかける大和の勝手な判断が! お父様やエレナ様が何と言おうと、私は空木家に出向いて勝手真似をした大和や、調子に乗ってアカデミーに危害を加えようとするムカつくファッキンナルシストの空木武尊をギッタンギッタンのメタメタにしてやりますわ!」
大和への怒りを口にした麗華は、「失礼しますわ!」と肩を怒らせながら部屋を出て行った。
どこに行くのか尋ねることなく麗華が部屋を出るのを黙って見送ることしかできない大悟とエレナ。
麗華がいなくなって静かになった室内に、小さな二人の嘆息が響き渡った。
「……いつにも増して怒っているようだな。明日、大丈夫だろうか」
「怒り――とは別の感情のような気がしますが。ですが、感情的になりながらも私たちが思っている以上に彼女は理性的であり、状況をよく把握しているようですね」
「そうだろうか」
「ええ、心配無用です」
娘に対しての賞賛の言葉を送るエレナに、娘が暴走しそうで憂鬱そうな表情を浮かべていた大悟は少しだけ得意気になり、安堵していた。
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