第19話

 巴と村雨のいる部屋から出た幸太郎は、屋敷の地下へと向かっていた。


 薄暗く、ひんやりとする石造りの地下室へと続く廊下をしばらく歩いた先にある重厚な鉄の扉を開けると――


 そこは蝋燭に照らされているだけの薄暗い空間が広がっており、照明の代わりに天井に緑白色に光る巨大な塊――アンプリファイアがめり込んでいる部屋だった。


 部屋の中央に置かれたベッドの上に案内された幸太郎は、レザーの枷で両手両足を拘束された。


「……何だか、エッチです」


 両手両足を拘束されてベッドに寝かされた自分の状況にストレートな感想を述べる幸太郎。そんな彼の突拍子のない一言に、豪快に武尊は笑い、無表情の呉羽は若干顔を赤らめた。


「HAHAHAHAHAHAHAHA! 青少年らしい想像力だ!」


「これから何されるんですか?」


「ちょっとした身体検査だよ」


「やっぱり、エッチです」


「そういうのが好みなら、少し趣向を変えないといけないかな?」


「本当ですか?」


 青少年の妄想力に応えようと考える武尊と、キラキラした表情で期待に胸を膨らませている幸太郎の様子を見て、羞恥で顔を赤くしている呉羽は「コホン!」とわざとらしく咳払いをして先に進めと促した。


「これから色々と君の身体で試すことがある。暴れる可能性も考えて拘束しているんだけど、不服があるのなら拘束するのは呉羽に任せようかな?」


「呉羽さん? ……是非お願いします!」


「こう言っているんだけど、呉羽は構わない?」


 呉羽のスレンダーながらも出ているところはしっかりと出ている体型が頭の中に過り、武尊の提案に乗ろうとする幸太郎に、意地の悪い笑みを浮かべて武尊は呉羽に視線を向ける。


 視線の先にいる呉羽は真っ赤な顔をして俯いており、かわいらしい反応をする初心な彼女を見て武尊は豪快に笑った。


「冗談だよ冗談! 呉羽も七瀬君もあまり本気にしないでくれよ」


「残念です」


「勘弁してくれ、七瀬君。呉羽は最強のボディガードと言われてて、お堅い印象を周囲に与えているけど、実際は異性と接する機会がまったくない初心な子なんだ。君のように純粋に欲求を曝け出す異性にはどう対処していいのかわからないから滅法弱いんだ」


「……余計なこと言わないで」


「呉羽さん、かわいい」


 余計な説明をする武尊に今まで黙っていた呉羽は注意をするが、幸太郎の不意に放った一言で再び顔を真っ赤にして俯いて黙ってしまう。そんな呉羽を見て再び豪快に笑う武尊。


 ひとしきり笑い終えた武尊は、おどけたものから鋭い光を宿した瞳に替えて「さて――」と、呉羽をからかうのをやめた瞬間、武尊の身体が緑白色の光に包まれる。


 そんな武尊に呼応するかのように天井のアンプリファイアも発光をはじめ、室内がアンプリファイアから放たれる緑白色の光に包まれる。


「すごい大きいアンプリファイアですね」


 天井で光るアンプリファイアを見て、呑気な感想を述べる幸太郎に、「そうだよね」と武尊は張り付いたような笑みを浮かべて相槌を打った。


「あれは大昔、天宮と空木の間で争いがあった時、『無窮の勾玉』を操る二つの一族の力が衝突した結果、割れてしまった無窮の勾玉の一部だよ」


「お高いんでしょう?」


「さあねー。空木家の人間から見れば、あの無窮の勾玉の欠片は自分たちが敗北した決定的な証拠だから、『捨石』とか『屑石』って呼ばれて蔑まれているよ」


 張り付いたような軽薄な笑みを浮かべ、吐き捨てるように天井のアンプリファイアについての説明をしながら武尊は淡々とした仕草で幸太郎に手をかざすと――幸太郎の身体が緑白色の光に包まれた。


 同時に、武尊の全身に緑白書の光に包まれ、天井に埋め込まれているアンプリファイアの力と、自身の中に宿っているアンプリファイアの力を幸太郎に向けて加減することなく一気に流し込む。


 躊躇いなく武尊が幸太郎に向けて輝石使いに有害なアンプリファイアの力を流し込んでいるのを、呉羽は不安そうに眺めていた。


 一方の幸太郎は、多少の脱力感はあったがアンプリファイアの力を流し込まれてもまったく問題はない様子で、大きく欠伸をしそうになるのを堪えていた。


 そんな幸太郎の様子を首を傾げて武尊は眺めていた。


「……何か身体に異常はないかな?」


「ちょっとだけ身体が重くなった気がします。あ――それと、少しお腹が空いています」


「もう七時過ぎているからね。これが終われば夕食を用意しよう」


「ありがとうございます」


 幸太郎の様子を確かめながら、武尊は幸太郎に向けて放つアンプリファイアの力の量を増やす――だが、何も変わりはない様子だった。


 流し込むアンプリファイアの力の量を上げながら、しばらく幸太郎の様子を注意深く武尊は観察していたが――何も反応がないまま十分以上過ぎ去った。


 情けなく大口を開けて呑気に欠伸をする幸太郎を見て、武尊は諦めたように小さくため息を漏らすとアンプリファイアの力を流し込むのをやめた。


 その瞬間、幸太郎と武尊の身体に纏っていた緑白色の光も消え、天井のアンプリファイアも光を失って室内は僅かな照明しか照らされていたない薄暗い空間に戻った。


「どうやら輝石をまともな使えない君にアンプリファイアの力を流し込んで意味がないようだ。これ以上やっても無駄だろうね」


「ありがとうございます?」


「褒めてはいないんだけどね……まあ、アンプリファイアの影響を受けないなんて羨ましい限りだよ。本来ならさっきの村雨君たちのように減らず口を叩けないほど脱力するんだけどね」


「何だか照れます」


 大量のアンプリファイアの力を流し込んでもまったく効果がないほど輝石を扱う力が弱く、辛辣な一言を言っても褒められていると勘違いしている幸太郎に武尊は心底呆れていた。


「それにしても、能力のない輝石使いなのによく今までアカデミー生活を乗り切ったね」


「友達のおかげです」


「君には良いお友達がたくさんいるみたいだ。ホント、羨ましい限りだよ」


「やっぱり、武尊さんって友達いないんですね」


 思ったことをストレートに言い放つ幸太郎に顔を俯かせた呉羽は小さく笑い、虚を突かれて呆然としてしまったが、すぐに我に返った武尊は「失礼だなぁ」おどけたような笑みを浮かべた。


「武尊さん、大和君の婚約者にピッタリですね」


「アカデミーの関係者にそう言われるのははじめてだよ。ありがとう――でも、どうしてそう思うのかな」


「大和君も武尊さんと同じで友達がいないし、腹に一物も二物も抱えてますから」


「HAHAHAHAHAHAHAHAHA! ホント君は正直だなぁ。でも、婚約者に似ていると言われると、気が合っているように感じて何だか嬉しいかもしれない」


「でも、雰囲気は麗華さんにも似てます。胡散臭い雰囲気とか、うるさく笑うところとか」


「それは喜んでいいのか悪いのかよくわからないな! HAHAHAHAHA!」


「大和君とも良い結婚生活を送れると思いますし、麗華さんとも友達になれますよ、きっと」


「……そうなれるといいね」


 邪気のない幸太郎の特に何も考えていない様子で放たれたストレートな言葉を受けて、含みのある笑みを浮かべる武尊の軽薄な雰囲気が、軽薄なものとは程遠い陰鬱で重いものへと徐々に変化する。


 そんなことなどまったく気づいていない様子の幸太郎は、呉羽に視線を向けた。


「呉羽さんも、きっと巴さんと気が合うと思います」


 突然話を振られて戸惑いながらも、呉羽は武尊のようにペースを乱されると思って幸太郎の言葉を無視した。しかし、それでも幸太郎の話は止まらない。


「頭が固そうで初心でいい年して恋愛経験皆無そうなところとか、巴さんにそっくりです」


「……セクハラはやめて」


 無邪気にも失礼な言葉を連呼する幸太郎に、呉羽は黙っていられなくなる。


「だから、きっと呉羽さんも巴さんと――」


「――呉羽、もう七瀬君には用はないから部屋に戻してあげて」


「もう終わりですか?」


「うん。これ以上調べても時間を無駄にするだけだけで何も意味がないからね。呉羽、頼むよ」


 能天気な幸太郎の言葉を遮るように、武尊は有無を言わさぬ威圧感を込めてそう言い放った。


 短時間であっという間に終わり、思い切り肩透かしを食らう幸太郎。


 普段のように軽薄な雰囲気を身に纏いながらも、僅かに普段と違う武尊の様子を見て驚きつつも、呉羽は主の言葉に従って幸太郎の拘束を解いて部屋から出た。


 部屋から出て一人になった武尊は、天井にあるアンプリファイアをぼんやりと見つめていた。




―――――――――




 空木家の屋敷から車で三十分程走らせた先にあるそれなりに栄えた田舎町の駅前のファミレスで、ヤマダタロウは夕飯である『生姜焼き定食』を義手である右腕で箸を扱って食べていた。


 動きがぎこちない右腕以外、人畜無害そうな顔をしてスーツを着ているヤマダは傍目から見ると、仕事帰りの独身サラリーマンがファミレスで一人寂しく夕食を食べているように見えた。


 そんなヤマダに、一人の人物――傍目から見れば眼鏡をかけたスーツを着た好青年だが、特区から脱獄した犯罪者である北崎雄一が近づき、ヤマダの対面に座った。


 対面に座るヤマダに「やあ」とフランクに挨拶した北崎は、近くにいる店員にコーヒーとサンドウィッチをオーダーした。


「屋敷の近くに駅前が一軒もないなんて知らなかったよ。まさに『ザ・田舎☆』って感じだね」


「でも北崎さん。ここは材料は地元で採れたものを使っているからかなり美味しいですよ。特に『野菜炒め定食』と、地元で採れた川魚を使った『焼き魚定食』がおススメです」


「お値段もリーズナブルでいいね。追加注文しようかな――すみませーん、追加で『焼き魚定食』お願いしまーす! それと、ウーロン茶も」


「今日は僕の奢りで構いません。だからジャンジャン頼んじゃってくださいよ」


「太っ腹だねぇ、ヤマダ君! それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな? なんせ僕は脱獄囚だから使えるお金も限られていてね。毎日が節約節約で、もー、大変だよ。最近コンビニの商品が全体的に値上がりして、少し困っているんだ」


「コンビニ的には量を減らして質を高めていると言って値上がりしていますが、個人的には味よりもまずは量を増やしてほしいですよ。この年になってもまだ食欲は旺盛ですからね」


「同感だね。新商品もマイナーチェンジのものばかりで面白味がないよ、まったく。もちろん、奇をてらいすぎてもダメだけどね」


「最近は質よりも量の時代なんでしょうかねぇ」


「玉石混交とはよく言うけど、世の中一般人ばかりだからそうならざる負えないんだろうねぇ」


 世間話で盛り上がっている二人は、傍目から見れば完全にサラリーマン同士の他愛のない会話をしている用しか見えなかったが――「それにしても――」と、華麗に箸を扱うヤマダの右腕の義手を見ながらの北崎の一言で話の雰囲気はがらりと一変する。


「右腕の調子はどうかな?」


「多少のぎこちなさはありますが、こうして箸を簡単に扱えますよ」


 ぎこちない動きでありながらも、義手の右腕で器用に箸を動かすのを見せるヤマダに、「それはよかった」と北崎は満足そうに微笑みながら、懐から取り出したメモ帳でヤマダの感想をメモを取っていた。


「精密動作性は多少のぎこちなさは残っていると――それで、実戦時に何か不都合はなかったかい?」


「こちらが力に扱い慣れていないという理由もありますが、出力が上がるのに時間がかかります。今回の実戦では真の力を解放できていなかったと思います」


「なるほど、確かにそれは重要な意見だね。誰でも気軽に扱えるように最初から安定した出力を出さなければクレームが殺到するからね。強度については何か問題はあるかい?」


「輝石の力を纏えば武輝による攻撃を難なく防ぐことができます。想定以上のダメージを受けなければ今のところは問題はないでしょう」


「なるほど……その点についてはもう少しデータが欲しいね」


「了解しました。近い内に必ずいいデータを提供しましょう」


「頼んだよ、ヤマダ君。前の協力者と違って君のことはかなり期待しているからね」


 満足が行く仕事をしてくれた自分に期待をしてくれている北崎に、ヤマダは「もちろんですよ」と力強く頷く。


「そういえば、七瀬幸太郎君の検査についてだけど何かわかったのかい?」


「先程検査は終了したようですが、武尊君の力でも何もわからなかったようです。どうやら、輝石使いとしての力が低すぎたせいで、アンプリファイアの力が反応しなかったようです」


「へぇー、意外だね。アンプリファイアはどんな落ちこぼれの力でも劇的に向上させると思っていたのに。それほど、七瀬君は落ちこぼれってことなんだね。いや、恐れ入ったよ。それにしても、七瀬君が持ってるらしい力を引き出して解明すれば役立つと思っていたんだけどなぁ。まあ、アカデミーで一度彼の身体を詳しく調べても何も出なかったんだし、同じ結果になるのは当然だね」


 武尊の持つ力で無理矢理幸太郎の力を引き出そうとしたが、賢者の石について何もわからなかったことに、上機嫌だった北崎の表情は一気に落ち込んで肩を仰々しく落とした。


「賢者の石――実在するのでしょうかね。実在するとしても、あの落ちこぼれの能天気な少年が持っているとは考えにくいですよ」


「七瀬君についてのことは激しく同意するけど、賢者の石についてはアルトマンさんが作り出したイミテーションと呼ばれる生命体を見たから信じているよ――でも、七瀬君の力を引き出せない以上、今は賢者の石のことは後回しにしてもらおうかな」


 北崎の指示に「了解しました」と素直に従い、嬉しそうに義手をワキワキと動かすヤマダ。


「しかし、本当に武尊君は七瀬君のことをちゃんと調べてくれたのかなぁ。ここだけの話、個人的にあまり武尊君のことは君と違って信用していないんだよね」


 武尊についての不信感を露にする北崎と違い、「きっと真面目にやりましたよ」とヤマダはフレンドリーでありながらもどこか陰のある笑みを浮かべて武尊をフォローした。


「前から思っていたけど、君は随分と武尊君を信頼しているようだね」


「ええ。武尊君には多少のシンパシーを感じているんですよ」


 武尊とシンパシーを感じると言った時の笑みを浮かべながらも、その裏にある執念と憎悪が溢れ出ているヤマダの表情を見て、「なるほどね」と北崎は納得した。


「でも、僕としてはこれ以上武尊君に関わるのはやめてもらいたいんだ。空木家はもう用済みだし、君という貴重な被験者兼協力者を失いたくはないんだ。ああ、お世辞で言っているわけじゃあないからね? 君は前の中途半端な協力者と違ってウマが合うからさ」


「ありがたい言葉、痛み入りますよ。ですが、多くの実戦データを集めるために、今は武尊君の傍にいるべきです。僕はあなたに恩返しをしたいんですよ。この力を与えてくれたお礼をね」


 そう言って、凶暴な本性を滲ませた笑みを浮かべて義手を動かすヤマダ。


 自分にとってはありがたい言葉だが、それでも北崎はヤマダというまだまだ利用価値のある人間を失うことに納得していなかった。


 自分をとことん利用するつもりの北崎の気持ちを理解した様子のヤマダは、「北崎さん」と改まって話を進める。


「僕はあなたに利用されていることは百も承知です。だからこそ、あなたにはもっと僕を利用してもらいたいし、あなたにはその気概を見せてほしい」


 利用されていることを十分に理解しておきながら、自分を存分に利用しろというおかしなヤマダに北崎は嘲笑を浮かべるが、嘲りの中にもヤマダへの信頼と尊敬を含んでいた。


 真摯な山田の言葉に発破をかけられた北崎は、眼鏡の奥にある優しげな瞳をいっさいの迷いのない鋭いものに変化させる。


「それなら、ヤマダ君……僕のために犠牲になってくれ」


「ええ、もちろんですよ」


 先が見えている様子の北崎の残酷な言葉に、迷いなくヤマダは頷く。


 利用するものと利用されるもの――それをお互いに十分に理解しているというのにもかかわらず、二人の間には奇妙だが確かな信頼と友情で結ばれていた。


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