第5話

 幸太郎と別れたセラは寮に戻り、部屋着に着替えてから夕飯の仕込みをする。


 今日の夕飯はティアのリクエストに応えてチキンソテーだった。


 風呂の準備をして夕飯の仕込みをしていると、輝動隊の仕事を終えた銀髪の女性のティアリナ・フリューゲルが部屋に入ってきた。


 半月前のあの事件以来――セラとティア、幼馴染の二人は毎日のように夕食をともにして、今日の出来事について談笑し、お互いが暮らしている寮に一日交代で泊まっていた。


「お疲れ様、ティア。もう夕飯にする? それともお風呂に入る?」


 部屋に入ってきたティアをセラは出迎える。まるで、仲の良い夫婦のようだった。


「いや、まだ大丈夫だ。それよりも話がしたいのだが、少しいいか?」


「わかった。それじゃあちょっと待ってて」


「夕飯の支度が途中なら慌てなくてもいいぞ」


 そう言って、ティアはリビングに向かう。いつもなら、真っ先に夕飯を選択するティアだが、今日の彼女は夕飯に見向きもしないで、話がしたいと言ってきた。


 そんな彼女のいつもと違う雰囲気に、怪訝に思ったセラは料理の仕込みをキリのいいところで中断してリビングに向かう。


 神妙な面持ちで椅子に座っているティアと向かい合うようにして、セラは椅子に座る。


「それで、夕食も後にして話ってどうしたの?」


「煌王祭の警護を風紀委員が行うそうだな」


「急に決まったことなんだけど、どうにも色々と疑問があるの。ティアはどうして私たち風紀委員が突然警備を任されたのか、知っているの?」


 セラの質問に、複雑そうな表情を浮かべてティアは頷いた。


「話というのはそのことだ……元々煌王祭は教皇庁主導の元開催される大会だが、注目度が高い大会なので、鳳グループも成功させるために協力する。そのために、警護として輝士団だけではなく、輝動隊も駆り出されるのだが……今回の煌王祭では輝動隊は警護の任を解かれることになり、その穴埋めに風紀委員が駆り出されることになった」


「まだ設立されて間もないのに、輝動隊という大きな組織の穴埋めを任されるなんて、やっぱり不自然だね。そもそも、どうして輝動隊が警護の任を解かれることになったの?」


 いくら鳳グループと教皇庁の間に大きな溝があっても輝動隊の力は強大であり、それに比べれば――というか、比べ物にならないほど風紀委員の力は劣っている。


 にもかかわらず、輝動隊の警護の任を解いて、その代わりに風紀委員に警護を任せるというのは警備上に問題があるのではないかとセラは思った。


「昨日、ウェストエリアで行われた煌王祭に関する会議の帰りに、教皇庁に所属しているとある人物が襲われた……その人物の警護に当たっていた輝動隊の責任を問われ、煌王祭警護の任を解かれたんだ」


 忌々しげに、そして悔しそうに説明するティアは拳をきつく握っていた。


 セラはティアの説明を聞いて、風紀委員が輝動隊の穴埋めとして警備を担当することは理解できたが、まだハッキリとしないことがたくさんあった。


「それにしても、そんな事件があったのなら普通はニュースで報道されていると思うけど……そんな話は聞かなかったし、それに、教皇庁の人物を輝動隊が警護するのもおかしな話だね」


「輝動隊が警備として動員されたのは、この間の事件で信用を失った鳳グループが無理を言った結果らしい。昨日の事件が報道されないのは、事件が公になれば目前にまで迫った煌王祭開催に陰りが差すと判断したからだろう」


 ティアの説明を聞いて、セラが不自然だと思っていたことがすべてハッキリした。


 どうして輝動隊が昨日の会議の警備を任されたのか、セラは何となくだが理解できた。そして、なぜ麗華の様子がおかしかったのかも。


「昨日の警備が失敗したということは、今の鳳グループの状況はかなり……」


「良くない状況だ。事件の犯人は教皇庁内に存在する過激派グループの輝石使いたちで本来ならば内部に不穏因子が存在する教皇庁にも非があるが、輝動隊は上手く教皇庁にすべての責任を擦り付けられた。結果、鳳グループの信用がさらに落ち、失敗続きの輝動隊の力が信用できないという理由で煌王祭の警備の任を解かれたというわけだ」


 輝動隊であるにもかかわらず、他人事のように淡々とした口調でそう説明するティアだが、言葉の端々に若干の悔しさが滲み出ていた。


 鳳さんは複雑な気持ちだったんだろうな……


 風紀委員がどうして煌王祭の警備を任されることになったのかをセラは麗華に尋ねた際、彼女が暗い表情をして言い淀んでしまっていたことを思い出す。


 麗華にとって風紀委員が目立つことは喜ばしいことだが、父が率いている鳳グループの信用が失墜している事態に、複雑な感情を抱いていたのではないかとセラは推測する。


 麗華の友達として、自分はは彼女に何をしてやれるのだろうと考えたが、今は現状を把握することが先決だと判断して、セラはさらに深く事件について尋ねることにした。


「昨日の事件、一体誰が狙われたの?」


「次期教皇最有力候補であり、教皇庁のトップである教皇エレナ・フォルトゥスの息子――リクト・フォルトゥスだ」


 思いもしなかった人物が狙われたことを知って、セラは驚きを隠せなかった。


 教皇・エレナといえば、歴代教皇の中でもっとも強い力を持ち、その息子であるリクトも母親譲りの力を持ち、次期教皇最有力候補で教皇庁は彼のことを重用し、様々な重要な場面で彼を表に立たせて、母子共々教皇庁の象徴として活躍しているからだ。


「そんな人物が狙われたら、普通煌王祭は延期か中止になるんじゃないの?」


「鳳グループの信用が落ちている今、教皇庁が主導して行う煌王祭を開催し、成功を収めれば、教皇庁は多くの信用とアカデミー内外で更なる権力を得られる。わざわざそんなチャンスを潰すことはしない――今回の一件、様々な事情が絡みついてお前たち風紀委員が巻き込まれたが……私が心配するのはそのことだけじゃない」


 そう言って、ティアはセラのことをジッと見つめる。


 ティアの目はセラのことを心配しているようだが、それ以上に悲しそうなものだった。


 彼女の心の内を悟ったセラは、一瞬だけ心に迷いが生じるが、それを無理矢理討ち払う。


「煌王祭の警備には輝士団も来る……お前は私がここにいることを知っていたんだ、だから噂程度くらいなら知っているだろう?」


「わかってる……わかってるよ、ティア……わかってるから」


 そう、全部わかっている……

 アカデミーにはティアと会って話をするためにだけに来たわけじゃない。

 だから、わかってる……ここに来てからすべて覚悟の上だ。迷いはない。


 それ以上は何も言わず、言葉の代わりにセラは強い覚悟の光を宿した目でティアを見つめ返した。


 迷いがいっさいない様子のセラの目を見て、ティアも何も言わず、ただ黙って頷いた。


「私も輝動隊隊長とともに、出場する輝石使いたちをスカウトするため、煌王祭には顔を出すつもりだ……お前の目でどう映るか、判断してくれ」


「ちょうどいい機会だと思う……あっちからも接触してくると思うし」


 そう、ちょうど良い機会だ……すべてを確かめるために。

 四年間、ティアを、そして私を苦しめていた元凶と出会うために。


「気をつけろ、セラ」


「わかってる。心配してくれてありがとう、ティア」


 暗い雰囲気のまま話が一段落して、沈黙が続く。


 そんな中、ティアのお腹からかわいらしい腹の音が響いた。


 暗く、重い雰囲気の中脱力する音が響き、思わずセラは吹き出してしまう。対照的に、ティアは居心地が悪そうに、そして、恥ずかしそうに顔をしかめていた。


「待ってて、すぐに夕食の準備をするから」


「……ああ、頼む」


 お腹を空かしているティアのために、セラは急いで夕食の支度をした。


 料理をしている最中だけ、セラは思い出していた過去のことを忘れることができた。


 向き合わなければならない過去と――



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