第4話

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 放課後の風紀委員本部に響き渡る、うるさいくらいの笑い声。


 幸太郎はアイスを食べ、セラはこれから巡回に向かうために軽い準備運動をしていると、機嫌が良さそうな麗華がけたたましいほどの高笑いをしながら部屋に入ってきた。


 あまりの機嫌の良さに、セラは少し引き気味だった。


「ず、随分機嫌が良さそうですね、鳳さん……」


「いつもの倍以上うるさいから、そうみたいだね」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッ! 機嫌が良くなるのは当然ですわ!」


 優雅で華麗な動きで麗華はソファに勢いよく座った。


わたくしたち風紀委員が、『煌王祭』の警備を担当することになったのですわ!」


「煌王祭の警備に? 今までそんな話がなかったのに、開催目前で決まるとは突然ですね」


「それは仕方がないでしょう、私もついさっき知ったことですし」


 煌王祭の警備を任されることを知り、セラは意外そうな顔になる。


 幸太郎は最近、校舎内はもちろんのこと、各エリア内でポスターや街頭テレビで大々的に宣伝されている煌王祭について思い出す。


 煌王祭――公式にアカデミーに在籍する輝石使い同士が戦うのを認められた大会である。


 大会の様子は各エリア内にある街頭テレビや、職員や生徒が暮らす寮にあるテレビで生中継する大きな大会で、アカデミーの外からも関心が集まる大きな大会だった。


 煌王祭について思い出した幸太郎だが、それと同時に、あからさまに嫌そうな顔になる。


 なんせ、煌王祭はゴールデンウィークの二日続けて開催されるからだ。


 そんな幸太郎の表情に勘付いた麗華は、彼を脅すような目で睨みつけた。


「煌王祭の警備担当になった以上、当然休日返上ですわ! 何ですの? 七瀬さん、ギリギリ風紀委員メンバーのくせにあなた何か文句でもありますの?」


 文句はないが、風紀委員に所属してからというもの、土日の休日も集まって巡回しているので、せっかくのゴールデンウィークはゆっくり休もうと幸太郎は思っていた。


「だらだら過ごしながら、飲食店巡りをしようかと思ってた」


「フン! 残念ですが、煌王祭最中はウェストエリアに人が集中して、ウェストエリア以外のエリアの人通りがまったくなくなりますので、ほとんどの飲食店は休業しますわ!」


「え? そうなの……ちょっとガッカリ」


「いい気味ですわね! ――というか、七瀬さん! 最近あなたはたるみ過ぎですわ!」


「大丈夫、太らない体質だから」


「そういうことを言っているのではありませんわ!」


 ビシッと音が出そうな勢いで、苛立っている様子の麗華は幸太郎に向かって指差す。


「風紀委員が第三の治安維持部隊として認められからというもの、ギリギリ風紀委員メンバーのあなたは特に活躍することもなく、犯人からは逃げられるわ、人質にされるわ、公共物を破壊するわ、正直あなたは役立たず、お荷物、邪魔なのですわ!」


「ぐうの音も出ない」


「あなたのせいで、風紀委員の信用は落ちているのですわ! 猛省なさい!」


「反省してまーす」


「真面目に反省なさい!」


 麗華に指摘されて、幸太郎は風紀委員が第三の治安維持部隊に認められてから半月のことを思い出す。麗華の言う通り、幸太郎はまったく役には立っていなかった。


 この間、人質にされたばかりだというのに、つい昨日は学食で発生した食い逃げ犯を捕まえる絶好の機会の時、幸太郎はたくさんいる生徒の前でカッコつけようと思い、ショックガンを自分の考えたカッコイイ片手撃ちを試し、引き金を引いた瞬間想像以上の衝撃が全身を襲い、そのせいでぶれた銃口から発射された衝撃波は窓を割り、そして近くにあった消火器に当たり、消火剤をぶちまけて大惨事になってしまった。


 セラのおかげで食い逃げ犯は捕まえたが、それ以上に幸太郎が出した被害の方が大きく、学校の公共物を破壊してしまって、機動隊が出動する騒ぎになってしまった。


 その後に教師、輝動隊であるティア、そして麗華からコッテリ幸太郎は絞られてしまう。


「あなたなんて、煌王祭に出場した優秀な人材をスカウトした後、絶対にクビしますわ!」


「それこの間も聞いたけど、今度こそ本気?」


「本気も本気、迷いなくマジですわ! 絶対にあなたなんて、クビにしてやりますわ!」


 風紀委員の正式メンバーになってから、失敗する度に何度も麗華からクビの宣告をされてきた幸太郎だったので、あまり彼女の言葉を信用していなかった。


 自身の一言を受けても意に介していない様子の幸太郎に、麗華の怒りはさらにヒートアップする。そんな麗華を落ち着かせるために、セラは小さくため息をついて間に入った。


 そして、幸太郎のへの怒りの矛先をそらすため、セラは話を替えることにした。


「落ち着いてください、鳳さん。質問があるのですが、聞いてもらってもよろしいですか?」


「フン! ……こんな役立たずと話しても時間の無駄ですから、質問を聞くことにしますわ。それで、何でしょうかセラさん」


 麗華はセラの言葉を受けて、幸太郎に怒りを向けるのを中断して、セラの質問に答えることにした。麗華を鎮めてくれたセラに、幸太郎は小さく頭を下げる。


「どうして急に私たち風紀委員が警備することになったのでしょう」


「それは……私たちの活躍がそれだけ認められていることというわけでしょう! オーッホッホッホッホッホッホ! まあ、当然ですわね!」


 セラの質問に、一瞬麗華は暗い表情になり、言い淀んでしまっていたが、すぐに元の自信満々な強気なものへと戻して、うるさいくらいの大声で機嫌よく笑った。


 そんな麗華の一瞬の変化に敏感に察知したセラは、彼女を不審そうな、それでいて心配するような目で見つめた。


「人質に取られたり、学校の公共物も破壊したりしたのに?」


「シャラップ! それはすべてあなたの責任、私たちには何ら関係ありませんわ!


 ちょっと! あなた人の話を聞いていますの? 携帯を見るのをやめなさい!」


 何気ない幸太郎の余計な一言に麗華は怒声を張り上げる。しかし、怒りの矛先を向けられても気にすることなく、アイスを食べ終えた幸太郎は携帯を眺めていた。


「あ、煌王祭が開催される会場の周りに出店が出るんだ」


 携帯で煌王祭のことを調べていた幸太郎は、煌王祭中に出店が出ることを知って、呑気に期待に胸を膨らませていた。


 そんな緊張感のない彼にセラは呆れ、麗華はワナワナと肩を震わせて怒っていた。


 怒りの形相を浮かべた麗華は主人公の持つ携帯を取り上げた。


「せっかく煌王祭の情報を集めてたのに」


「遊びじゃありませんわ! いいですこと? 煌王祭の最中に今までのような失態を犯したら、クビにするだけでは済ましませんわ! 絶対に許しませんわよ!」


「わ、わかりました……」


 有無を言わさぬ麗華の迫力と威圧感に、幸太郎はただ頷くことしかできなかった。


 お、鳳さん……機嫌が良さそうに見えたけど、実はそんなに機嫌が良くない?


 いつもとは一味違う麗華の迫力に、鈍感な幸太郎もさすがに恐怖し、麗華の機嫌が実は良くないことを察した。


「取り敢えず、優秀な人材をスカウトした後あなたのクビは決定、確定ですわ! これから私は煌王祭の警護について会議をしなければならないので、今日はこれで解散ですわ!」


 風紀委員の活動の終了を告げて、麗華は取り上げていた携帯を投げ渡して本部を出た。


 ……今回はもしかしたら本気かもしれない。


 本気で怒っている様子の麗華の迫力を目の当たりにした幸太郎は、いよいよ自分がクビにされるかもしれないとようやく感じた。




――――――――




 風紀委員本部を出た幸太郎は、セラと一緒に下校していた。


 セラは異性同性問わず人気があり、友人も多いため、普段は風紀委員の活動が終わると、セラは自分を待っていた友人と一緒に帰っているが、今日は違った。


 わざわざ友人たちの誘いを断って、セラは幸太郎と一緒に帰っているからだ。


 いつものように一人で帰って買い食いでもしようと思っていた幸太郎は、突然セラに一緒に帰らないかと誘われ、彼は即答で喜んでそれを了承した。


 風紀委員設立する以前は何度か一緒に下校をしたことがあるが、風紀委員が認められてからというもの、元々あったセラの人気が風紀委員の活躍で爆発的に上がり、今では高等部内で高嶺の花のような存在になっているからだ。


 そんな人物に一緒に帰らないかと誘われて、男なら断れるだろうか?


 セラと学校生活について幸太郎は話していると、ふいに彼女は幸太郎に向けて、優しい笑みを向け、「大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。


「鳳さんはああは言いましたが、結局いつものように七瀬君をクビにはしませんよ」


「もしかして、気を遣って一緒に帰ってくれたの?」


「余計なお世話でしたらすみません。少し気になったものですから」


「余計なお世話なんかじゃないよ。気を遣ってくれてありがとう、セラさん」


 申し訳なさそうにしているセラだが、気を遣ってもらえて素直に幸太郎は嬉しかった。


 本当に嬉しそうな笑みを浮かべている幸太郎に、セラも連れられて微笑んでしまう。


「でも、鳳さんがクビにするなんて言うの、いつものことだから気にしなくてもいいのに。確かに、今日の鳳さんは本気で怒っているみたいだったけど」


 幸太郎の言葉に、セラは自分が思っていたことが気のせいではないことを確信した。


「七瀬君も気づいていましたか……私もそう感じました」


「さすがにあれだけ本気で怒鳴っていたら、誰でも気づくと思う」


「鳳さんはいつもと変わらぬ雰囲気を出そうとしているように私は見えました。気づく人はそうはいませんよ。さすがに勘が鋭いですね、七瀬君は」


「確かにそう言われると、鳳さんっていつも音量調整の効かない壊れたスピーカーみたいに大音量で怒鳴るから、機嫌の悪さに気付けないかも」


「そ、その否定も肯定もしませんが、それを鳳さんに言わない方がいいですよ」


「前に鳳さんに言ったけど……ダメだった?」


「……以後気をつけてください」


 幸太郎の的を射たようなその一言で、顔を真っ赤にして激怒する麗華の顔が容易に想像できたセラは、思ったことをすぐに口にする幸太郎に改めて呆れた。


「そういえば、煌王祭って輝石使いたち同士が戦う大会だけどセラさんは出ないの? 警備で出場できないかもしれないけど、鳳さんに言えば何とかなると思うけど」


「煌王祭には治安維持部隊は出場できないという規則があるので無理です」


「武輝が出せない自分には関係ないと思って詳しく読んでなかったから、知らなかった。きっとセラさんが出場したら楽勝で優勝できるのに、活躍が見れなくて残念」


「あ、ありがとうございます……」


 何気ない幸太郎の一言に、セラは照れながらも嬉しそうに微笑む。


 そして、ふいにセラは「そういえば」と、思い出したかのように手をポンと叩いた。


「ティアから聞いたのですが、鳳さんは中等部の三年間、煌王祭に出場して三連覇を果たしたそうですよ。輝士団や輝動隊からスカウトされたそうですが、すべて蹴ったそうです。同年代の輝石使いの中では敵なしだったそうですよ」


「鳳さんって強いんだよね……たまに忘れる」


「一度戦った身として鳳さんの名誉のために言わせてもらいますが、彼女は強いです」


 恥も外聞もなく、バカみたいに高笑いをする麗華を思い浮かべる幸太郎。


 麗華とセラと出会ってもう一月近くになる幸太郎は、彼女たちの強さを間近に見て、そして、携帯で学内電子掲示板を見る限り、二人の強さはとんでもないものだと知っていた。


 半月前の事件でアカデミーでもトップクラスの実力者であるティアを下したセラ、そして、ふざけた技名を叫んでいるのにもかかわらず、ふざけた強さを持っている麗華。


 アカデミーに在籍する輝石使いの中でもトップクラスの実力者がいるので、人数こそ少なく、組織力も他の二つの組織と比べて劣るが、二人の持つ力だけを考えれば二つの組織に引けを取らない力を持っていると風紀委員は評価されている。


 風紀委員って、実はすごい?


 風紀委員の持つ力をあまり実感できていない幸太郎は、改めて風紀委員のことを考えてみるが、やはり答えを出すことはできなかった。


 話が一段落すると、幸太郎はふと、これは好機ではないかと思った。


 高嶺の花の存在であるセラと親交を深めるチャンスなのではないかと――


 幸太郎は頭の中にインプットしてある、アカデミー都市内にある飲食店の地図を広げる。


 アカデミーに入学してもうそろそろ一ヶ月が過ぎようとする今日この頃、幸太郎は風紀委員の活動がない日に、アカデミー都市内の交通機関を使わずに徒歩で各エリアを歩き回って、誰も知らないような名店を探し続けており、特に学校の帰り道で探すことが多いので高等部校舎周辺の地理と名店をかなり把握していた。


 この辺りだと……あそこの喫茶店が良いかな?


「これからこの間見つけた美味しいナポリタンが食べられる喫茶店があるんだけど一緒に行く? 校舎から駅までの人通りがめったにない裏道みたいな場所にあって、知る人ぞ知る名店って感じのお店なんだけど」


「すみません。今日はティアが夕飯を食べにくるので、これから夕食の支度をしなければならないので遠慮しておきます」


 ソウダヨネー、そんなに上手く行くハズないよネー


 呆気なく断られ、現実というものを叩きつけられる幸太郎。


「予定が開いている日であれば、今度是非連れて行ってください」


「それじゃあ、その間にもっと美味しいお店を見つけるから」


「楽しみにしています。私はこれから夕食の仕込みをするので、お先に失礼します」


 簡単に別れを告げて、セラはさっさと走り去ってしまった。


 逞しく走る彼女の後姿を見ながら、幸太郎は何だかむなしい気持ちになってきた。


 その気持ちを埋めるため、幸太郎はセラに紹介しようと思っていた喫茶店に一人で向かうことにした。


 ……あ、夕食を作るって言ってたから、自分も食べてもいいって聞くべきだったかな?


 喫茶店に到着した瞬間、自分の選択ミスに気づいた幸太郎だったが、鉄板の上で香ばしいにおいの放つナポリタンを食べていたらその考えが霧散した。



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