第6話

 アカデミーに在籍する輝石使いたちのための訓練所、体育館等があるウェストエリア。


 アカデミーの授業では体育以外にも、輝石を扱うための訓練を一週間に二回ほど行っている。その時に使われる施設がウェストエリアにはたくさんある。


 アカデミーの生徒である幸太郎もその訓練に参加しているが、輝石を武輝に変化させること、輝石の力で身体にバリアを貼ってダメージを軽減するという基本的な輝石の力を発揮できないので、安全性を考慮した模擬戦でも大怪我を負うかもしれないという理由でいつも見取り稽古という名の見学をしている。


 普段は小さめの訓練所で練習をしているが、ウェストエリアの中央部には大きなドーム状の闘技場があり、そこで様々なイベントが行われる。


 今日は煌王祭初日――闘技場では二日間、初等部から大学部別の公式に認められた輝石使い同士の戦いが開かれ、初日は決勝トーナメントに進むための予選トーナメントである。


 あいにくの曇り空で今にも雨が降ってきそうだが、天候に左右されることがない屋内闘技場なので、煌王祭は問題なく平常通り行われる。


 そんな闘技場前の広場に赤いマントを羽織った多くの輝石使いたち、そしてガードロボットも集まっていた。その中で赤と黒の腕章をつけた風紀委員たち三人もいた。


「……眠い」


 そんな中、幸太郎は欠伸をする気力すらないほど激しい睡魔に襲われていた。


 現在の時刻は朝の五時――幸太郎が起きたのは朝の四時だった。煌王祭を警護するために、朝早くに集まって周囲の確認作業をするので、早起きしなければならなかった。


 普段はまだ夢の中の時間だが、幸太郎は初日から遅れてしまっては麗華に大目玉を食らってしまうと思ったので、頑張って何とか起きて今に至る。


 前日に麗華に指定された通り、制服を着て風紀委員の証である腕章をつけてきたが、それ以外は眠気で頭が回らず、髪は寝癖だらけでボサボサで、着ている制服も乱れていた。


 そんな幸太郎とは対照的に、セラと麗華はまったく眠気を感じさせていない様子である。


「ちょっと七瀬さん! あなただらしなさすぎますわよ!」


「……ごめん」


 あまりにも幸太郎の外見がだらしないので注意をする麗華だが、幸太郎は声に反応するのがやっとの様子だった。


「早く目を覚まして服装と髪を直しなさい! 輝士団の方々に笑われてしまいますわ!」


「んー、わかった……」


「だから、さっさと起きなさいって言ってるでしょうが!」


 まだ寝ぼけている幸太郎の胸倉を麗華は掴んで、幸太郎の身体を思いきり揺するが、効果はない。というか、ちょうどいい揺れ具合に幸太郎の眠気がさらに倍加されていた。


 そんな二人の様子に赤いマントを羽織った輝石使い――輝士団の面々は陰口を言う者、嘲笑を浮かべる者もいれば、呆れ果てている者もいた。


 注目が集まっていることに気づいたセラは、やれやれと言わんばかりにため息をついて、二人の間に入り、幸太郎の全身を揺すっている麗華を制止させた。


「鳳さん、落ち着いてください! 思いきり目立ってしまっていますから」


「ですが、セラさん! この寝ぼけボケ男、なかなか目を覚ましませんわ!」


「ここは私に任せてください……ほら、七瀬君、ちゃんと起きましょう」


「んー、わかってる。起きてる、半寝半床はんねはんしょう


「いや、それの意味がわかりませんから。仕方がありませんね……」


 セラは幸太郎の肩を優しく揺するが、それでも幸太郎は中々目を覚ましそうになかった。


 これは中々起きそうにないと判断したセラは、幸太郎の乱れている制服と、寝癖だらけの髪を手グシで整えた。セラに甲斐甲斐しく自身の服と髪を整えさせられて、ようやく幸太郎の頭も覚醒してきた。


「……ありがとうセラさん。ちょっと目が覚めてきた」


「お役に立てたのなら幸いです」


 眠り目擦り、大きく口を開いて欠伸しながら、セラにお礼を言う幸太郎。ようやく目覚めた様子の幸太郎を見て、大きく鼻を鳴らした麗華は激しい怒気の含んだ目で睨む。


「まったく! 少しはシャンとしなさい! シャンと! これでは先行きが不安ですわ! 前に私が言ったこと、忘れてはいないでしょうね?」


「失敗したらクビにするってことだよね?」


「わかっているなら、もうちょっとシャンとなさい! 私は本気ですのよ!」


「朝っぱらから元気だね、鳳さん。目覚まし代わりにはちょうどいいかも」


「……今すぐにでも永久の眠りにつきますか? ええ?」


 早朝から爆発しそうな麗華の怒りに、セラはいつものように諌めようとすると――


「輝士団、そして、風紀委員の諸君、集まりたまえ!」


 麗華の怒鳴り声よりも大きな声が響き、そのあまりの声量に驚いた麗華は怒りを忘れて、声のする方へと視線を向ける。幸太郎とセラもそれに続いた。


 声の主は、白い軍服のような服を着て、赤いマントを羽織り、長めの金髪を後ろに結んだ、整った顔立ちをした長身の青年だった。どことなく近寄り難い威圧感を放っている青年だが、爽やかな雰囲気も醸し出しており、まるでおとぎ話に出てくるどこかの国の王子様のような人だと、幸太郎は青年を見て思った。


 赤いマントを羽織った輝士団は、駆け足で金髪の青年の前に整列する。その間僅か三十秒という一瞬の間で、輝士団は素早く行動して整列した。


 風紀委員たち三人も輝士団の後に続いて、後方の端の方で並んだ。


「私は今回の煌王祭で警備の指揮を執るクラウス・ヴァイルゼンだ!」


 クラウスと名乗った金髪の青年は、音が出るほどの勢いで胸に拳を当てると、輝士団は彼の後に続いて胸に拳を当てた。一種の敬礼のようなものだろうと幸太郎は感じた。


「今回の煌王祭はこの私の指揮の元、輝士団、風紀委員の両組織は動いてもらう! 輝士団は当然だが、風紀委員も従ってもらうことになる! 異論は認めん! 逆らった場合は相応の処分が下ることになるということを心に留めておきたまえ!」


 断固たる口調でそう言い放つクラウスに、麗華は悔しそうに歯噛みして顔をしかめる。


「輝士団は事前に決めた通り、グループで警備をする。風紀委員は入口を重点的に警備すること。それでは、今からそれぞれのグループに割り当てられた警備担当区域を発表する。


 クラウスは興味なさそうに風紀委員を一瞥すると、もう二度と風紀委員を見ることはなく、次々と輝士団が事前に作ったグループが警備を担当する場所を発表する。


 クラウスが発表している最中、ふいにセラは「鳳さん」と、小声で麗華に話しかけた。


「……私たち風紀委員は、クラウスさんの指示に従うのですか?」


「すみません……今回ばかりは自由に動けませんの……本当にすみません」


 セラの疑問に詳しく説明することも言い訳することもなく、ただ麗華は謝罪した。


 それ以上セラは事情を聞くことはしなかった。ただ、「わかりました」と了承した。


「元々は大きな組織の干渉を受けないつもりで設立したのですが……」


「詳しいことはティアから聞きました……私は鳳さんの指示に従います」


「ありがとうございます……そして、すみません、私事に巻き込んでしまい」


「気にしないでください――友達ではありませんか」


 セラの友達という一言に麗華は小さく鼻で笑い、それ以上は何も言わなかった。


 鼻で笑っていたが、麗華の顔はどことなく嬉しそうで、安心しているようだった。


「――以上が、それぞれのグループが担当する区域である。解散した後、それぞれの担当区域に向かい、入念に下調べをすること。話は以上、解散!」


 クラウスの合図とともに、輝士団は散開してそれぞれの警備担当区域へ駆け足で向かい、あっという間に広場には輝士団たちがいなくなってしまった。


 話が終わり、幸太郎は大きく欠伸をしながら身体を伸ばした。


「あのクラウスさんって人、輝士団の団長なの?」


「いいえ、彼は教皇庁に所属する『聖輝士』。その聖輝士の中でも、十年前にもっとも若くして聖輝士の称号を得た天才輝士として名を馳せた人物ですわ。大きな行事や事件になると、輝士団は聖輝士の指揮の元、行動するのですわ――まったく、それくらい自分で調べなさい……」


「そうなんだ。教えてくれてありがとう、鳳さん」


 幸太郎の疑問に、麗華は呆れながらも説明してくれた。罵倒込みでもっと怒鳴りながら説明してくれると思っていた幸太郎は、思いきり肩透かしを食らいながらも、礼を言った。


「フン――でも、どうやら輝士団団長と、輝士団の中でも上位の実力を持つ面々はいなかったようですわね。まあ、どこか別の場所で会議をしているのでしょう」


「……そのようですね」


 セラも麗華と同様に、何か様子がおかしいと幸太郎は感じた。


 ……二人とも、何だかちょっと元気がないようだけど……もしかして眠いのかな?


 二人の様子が少し変だと思った幸太郎は、二人を心配して話しかけようとしたが――

「すみません、少しお話しよろしいでしょうか」


 一人の男が話しかけてきて、幸太郎の行動が中断されてしまった。


 話しかけてきた男は皺一つない黒のスーツを着た、髪型はオールバックで鋭い目つきをした細面の壮年の男だった。


「ええ、よろしいですわ。私は風紀委員に所属している鳳麗華、彼女も同じく風紀委員のセラ・ヴァイスハルト、そして、ギリギリ風紀委員の七瀬幸太郎ですわ」


 麗華は話しかけてきた男に自己紹介をして、ついでにセラと幸太郎の二人を紹介した。


「よく存じております。私の名前は高峰広樹――教皇庁に所属しているボディガードであり、今回あなた方風紀委員を煌王祭の警備をするように、エレナ様に進言しました」


「……あなたが? それで、高峰さん……私たちに何か御用ですか?」


 風紀委員を煌王祭の警備に推薦した人物であるにもかかわらず、麗華とセラは不機嫌そうに彼を睨んでいるのを見て、幸太郎は怪訝に思いながらも、呑気に愛想よく笑みを浮かべて「どうもー」と丁寧に頭を下げた。


「様々な事情が重なって風紀委員――いいえ、鳳麗華様、あなたに迷惑をかけたことについて謝罪に来ました。今回、意図せずあなたを利用してしまい、本当に申し訳ない」


 突然深々と頭を下げて謝ってきた高峰に、思いきり肩透かしを食らう麗華。


「私はリクト・フォルトゥスの専属ボディガードとして、本来はリクト様のために風紀委員に協力を仰いだつもりだったのです」


 自身の身分を言った高峰に、麗華とセラの二人はもちろんのこと、高峰の話を半分聞いていなかった幸太郎でさえ、リクトの名前が出た瞬間驚いていた。


「もしかして、あの次期教皇最有力候補の――」

「あなたは少し黙っていなさい」


 驚いている幸太郎の言葉を遮り、冷静な表情の麗華は高峰に質問する。


「重役の警護を務めている方が、なぜ私たち風紀委員を頼りましたの?」


「先日のリクト様襲撃事件――あれで終わりだとは思えません。煌王祭の開催が近いというのにもかかわらず、襲撃したことに何か意味があると考えています」


「それでは、高峰さんは煌王祭中に何か事件が起きると考えているのですの?」


「杞憂かもしれませんが、私は何か事件が起きると考えております。だからこそ、風紀委員に協力を促すように上に進言したのです! リクト様のために!」


 淡々とした口調の高峰だったが、最後の方は感情を抑えきれずに力強く、リクトのためと吼えた――が、すぐに意気消沈した様子で高峰は肩を落とした。


「あなたがたは背後に大きな組織がない分、自由に行動することが可能で、不測の事態に強い組織でしたが……申し訳ない、今の教皇庁は権力を握ろうと躍起になっているのです」


「そのことはもう結構ですわ。ボディガードであるあなたに文句を言っても仕方がありません……単刀直入に言ってください、一体あなたは私たちに何をさせたいのですの?」


 麗華の問いかけに対し、唐突に高峰は両膝をついて頭を地面につけ、土下座をした。


「ちょ、ちょっと、高峰さん! あなた何をしているのですの? セ、セラさん、彼を起こして差し上げなさい!」


 突然の高峰の行動に驚き、慌てた麗華の指示よりも早く動いたセラは、すぐに土下座をしている高峰に駆け寄って起こそうとするが、彼は身をよじってそれを拒否する。


「今回の一件、私の杞憂に終わることが一番いいことですが、もしも――もしも、リクト様の身に何かあれば、あなた方の力をお借りしたい! どうかお願いします!」


「お、お待ちなさい! 私たちに頼まなくても、あなたたち教皇庁には輝士団が……」


「もちろん、輝士団はリクト様のためならば力を惜しまないでしょう! しかし、上からの指示を待ってしまっては最悪の事態に陥るかもしれない! だからこそ、あなた方にお願いしたいのです! この前の事件のように初動が遅れてしまったら、最悪な事態になるかもしれない……どうか――どうか、協力していただきたい!」


 話の内容のほとんどが理解していない幸太郎でさえも、高峰のリクトに対しての熱意が痛いほどに伝わってくるが、突然の土下座と頼み事に麗華は困惑しっ放しだった。


 ――しばし、麗華は思案する。固唾を呑んで麗華の言葉を高峰は待っていた。


 意見を求めるように麗華はセラに視線を移すと、彼女は真剣な表情で頷いて高峰の頼みに応じる意志を見せた。一応、麗華は幸太郎にも視線を移したが、彼はただ大きくだらしなく口を開けて欠伸をしていたのですぐに視線を外した。


 麗華は大きくため息をついて「わかりましたわ」と言った。


「何か不測の事態があれば協力しましょう。ですから、顔を上げてください。あなたの誠意はしっかり私に伝わりましたわ」


 高峰の頼みに応じることを決めた麗華だが、彼女の言葉を聞いても高峰は土下座をして、頭を地面に擦りながら、ただ「ありがとうございます」と何度もお礼を言っていた。


 土下座をしたまま、何度もお礼を述べる高峰に、麗華は腕を組み、照れたように頬を染め、「フ、フン!」と、わざとらしく鼻を鳴らした。


「ま、まあ、もしものことがあった場合教皇庁側に恩を作れますからね! 教皇庁が私を利用しているのですから、私も利用するだけですわ!」


「ツンデレ?」


「シャラップ! せっかくの良いシーンなのに、横槍を入れないでいただけます?」


「まあまあ、鳳さん、落ち着いてください。七瀬君も余計なことは言わないでください」


 幸太郎の余計な一言に、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら怒声を張り上げる麗華。そんな二人を諌めるセラ。


 ようやく土下座をやめて立ち上がった高峰は三人の様子を見て微笑んでいた。あまり感情を感じさせない高峰の表情にはじめて温かみが表に出た。


「みなさん、本当に……本当にありがとうございます」


 もう一度、高峰は頭を深々と風紀委員たち三人に向かって下げた。


「これから仕事があるので、これで失礼します。二日間の煌王祭――私の杞憂で終わるのが一番ですが、何かあった場合は、何卒、リクト様のことをよろしくお願いします」


 最後にもう一度頭を下げて、仕事があると言った高峰は立ち去った。


 高峰の後姿が完全に見えなくなる頃、麗華は深々とため息を漏らした。


「まったく……厄介なことに巻き込まれましたわね」


「しかし、鳳さん……高峰さんの頼みを聞くということは、輝士団――いいえ、クラウス・ヴァイルゼンの命令も無視しなければならない状況も発生するかもしれませんよ?」


 曇っている表情のセラの言葉を受けて、麗華も一瞬沈みがちな顔になるが、我に返って、いつものように自身に満ち溢れたものへと変化させる。


「先程も言った通り、もしもリクト・フォルトゥスの身に何かが起こり、それを私たち風紀委員が解決すれば、諸々のことが解決しますし、風紀委の評価も鰻登り、そして、教皇庁への恩を作れますわ! オーッホッホッホッホッホッホッ!」


 やる気満々な様子で高笑いをして、邪な考えを抱く麗華を見て、セラは呆れると同時に、どんな状況になっても諦めない様子の麗華に尊敬を抱いた。



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