第7話

 朝の八時半――煌王祭の会場である、闘技場前に多くの人だかりができていた。


 まだ、煌王祭の開会式が開始されていないにもかかわらず多くの人が集まり、闘技場入口へと続く道は輝士団たちがギャラリーの通行を禁じているためぽっかりと開けていた。


 彼らの目的は闘技場に入る教皇庁の教皇である、エレナ・フォルトゥスの姿を一目見るためだった。煌王祭の開会式には出場する選手しか入れないので、入ってくる教皇の姿を一目見ようと多くの人が闘技場の周囲を取り囲んで、教皇の到着を待っていた。


 普段、教皇は厳重に警護されており、移動の際も多くのボディガードたちに囲まれて、近づくことはもちろん、人目やマスコミを避けて行動するため、まともに姿を見れることはめったにないので、集まった人の大半はそのレアな人物を一目見ようと集まっていた。


 めったに見れない教皇を一目見ようとするギャラリーたち以上に、教皇庁の掲げる理念に同調し、教皇庁の教えを守っている敬虔な信者が多く、そんな彼らは教皇の到着を騒ぐことなく、ただ胸の前で祈るように手を組み合わせて静かに教皇の到着を待っていた。


 そんな中、風紀委員たちも教皇の到着を待っていた。教皇というめったに見れない人物を一目見るためだけの理由で。


 テレビで紹介された写真でしかエレナの姿を見たことがない幸太郎は、生で見れる教皇エレナ・フォルトゥスの姿を一目見ようと好奇心旺盛な様子で目を輝かせていた。


 それだけではなく、携帯で教皇を撮影して、現在ショックガンを外部の企業へ売り出すため出張中の、担任であり友人のヴィクターに送るために教皇の登場を待っていた。


 しばらく待っていると、曇り空に向かって音だけの花火が上がる。


 そして、遠くに車が停車すると、車から二人の人物が降りた。


 その二人は輝士団たちが守っている道の中央を堂々と歩きはじめた。


 二人の姿を確認したギャラリーたちは感嘆の声を上げ、大きな拍手で出迎えた。


 幸太郎は先ほど出店で安売りしていた双眼鏡で二人の姿を確認する。


 一人は純白のローブのような祭服を身に纏い、頭には黄金の冠を被り、首に青白くほのかに発光している輝石のような石がついたペンダント、柔らかそうな栗毛のロングヘアーを三つ編みに束ねた女性――教皇エレナ・フォルトゥスだった。


 周囲が騒がしくなっている中、エレナだけは静かで厳かな雰囲気を醸し出し、彼女の周囲だけ何か空間が異なっているような錯覚さえも覚えた。


 年齢不詳な外見をしており、息子がいるにもかかわらず、老いというものをまったく感じられず、二十代前半でも通じるほどの若々しさを持つと同時に、大人の成熟した美しさもあり、纏っている神秘的な空気がより一層その美しさで際立っていた。


 そんなエレナの傍らには、次期教皇最有力候補であり、エレナの息子の――リクト・フォルトゥスだった。


 裾が燕尾服のように長い軍服のような白を基調とした服を着ており、首には青白くほのかに発光する輝石のような石がついたペンダント、癖があり柔らかそうな髪質の栗毛の髪で、今年十五歳という割には低めの身長で、華奢な体躯な体躯をしていた。


 頼りなさそうな体躯をしているが、何よりも目立っているのは母親譲りの美しさだった。教皇庁の『息子』であることを忘れてしまうほど少女のような外見をしている。


 あいにくの曇り空だが、二人はまるで太陽のような眩い光を放っているような感じがした幸太郎は、神秘的な雰囲気を持つ二人の姿にヴィクターに送るための写真を撮影することを忘れてしまうほど見惚れてしまっていた。


「エレナさん写真で見るよりもずっときれい……僕、リクト君なら新しい世界に入っても構わないかも……」


「罰当たりですわよ! 神聖な存在である二人をそんな目で見るのは。それに鼻の下も無様に伸びて……まったく、みっともないですわ!」


「あ、返してよ、せっかく買ったのに」


「神聖なる存在の二人を卑猥で見る、不届きで罰当たりなあなたなんかには持たせてはおけませんわ! これは私が預かっておきます!」


 双眼鏡でエレナとリクトを邪な気持ち全開で見てニヤニヤ笑っている幸太郎に、見てられなくなった麗華は双眼鏡を取り上げた。


 双眼鏡を麗華に奪われ、幸太郎はセラに助けを求めるような視線で見るが、セラは助け舟を出すこともなく、ただ幸太郎を軽蔑しているようなじっとりとした視線を向けた。


 フォローする気がなさそうなセラを見て、麗華は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「信者たちにとって、教皇という存在は神に等しい存在なのですから、そんな存在を卑猥な目で見るなんて絶対に許されませんわよ」


「反省します」


 ……それほど二人は慕われているんだ……でも、そんな二人に邪な気持ちを抱くのも背徳感が――いや、ここは鳳さんの言う通り、自重しよう。


 脅しではない真剣な麗華の忠告に、さすがに鈍感な幸太郎でも何か危険なものを感じ取った素直に反省した。


 幸太郎が厳重注意を受けていると、教皇エレナは闘技場入口の前で立ち止まった。


 立ち止まると同時に、ギャラリーたちが静かになる。


「皆様、今日はあいにくの天気ですが、お集まりいただいきありがとうございます」


 人が多く、マイクを使っていなのにも関わらず、周囲のギャラリーたちの端から端まで聞こえる、エレナの透明感のある澄んだ声。


 エレナはふいに目を閉じ、祈るようにして胸の前で手を組んだ。


「輝石に祝福の光を」


 そう言うと同時に彼女のペンダントについた、青白く発光する石が強く発光しはじめる。


 ギャラリーたちは慌てた様子で自身の輝石を取り出し、天高く掲げた。


 青白く発光する石の光に呼応するかのように、ギャラリーたちの輝石は輝いていた。


 セラと麗華の輝石も輝いているのに幸太郎は気づいた。


「あれが煌石こうせき・ティアストーンを制御できる教皇の持つ力、周囲の輝石使いたちの輝石を反応させる力……はじめて見ました」


 感嘆しているセラの言葉を聞いて、幸太郎は自分の輝石を取り出すと、豆電球程度にしか発光するところを見たことがない自分の輝石が、今までにないほど輝いていた。


「すごい……僕の輝石が輝いている」


「武輝に変化させることができない、宝の持ち腐れのかわいそうな七瀬さんの輝石までもこうまでして輝かせるとは、やはり教皇エレナの力は素晴らしいですわね」


 輝いている幸太郎の輝石を見て、麗華もセラと同様に感心していた。


 幸太郎は教皇の力を目の当たりにして、入学する前に何冊か読んだ輝石に関する本の内容を思い出す――教皇になるためには、輝石を扱う以外にも、『煌石』と呼ばれる特殊な力を持つ石を扱う資質が必要であるということを。


 そして、教皇は教皇庁が持つ煌石『ティアストーン』を制御できる力を持っていると。


 煌石とは輝石以上に謎の多い神秘的な石であり、いまだに輝石を科学的に完全に解明できていないのにもかかわらず、煌石は輝石以上に神秘的な存在だった。


 実際にその通りであり、教皇が制御するティアストーンの力は、輝石を生み出す力を持っており、すべての輝石はティアストーンから生まれたとされている。


『輝石を神秘と呼ぶのなら、煌石は奇跡と呼ぶに相応しい力を持っている』


 幸太郎が読んだ本の著者は煌石に関してそう述べていた。


 エレナの力で掌の中で輝く輝石を見つめて、自分が読んだ本の内容を思い出した幸太郎は、ふいに疑問が浮かんだ。


「今なら僕にも武輝を出せるかな?」


「どうでしょう……教皇の持つ周囲の輝石を反応させる力は、疑似的に輝石を輝かせているだけど聞いたことがあります。それが事実なら、残念ながら出せないかもしれません」


「というか、この場で武輝に変化させたら緊急事態になるので、おやめなさい!」


 セラの説明を聞いて、さっそく試そうとしていた幸太郎を麗華は制止させる。


 その間に、エレナは組んでいた手を離すと戻すと同時に、首に下げているペンダントについた強く発光していた石の光の強さが弱まった。


 すると、ギャラリーたちが掲げていた輝石から光が治まった。


 エレナはギャラリーたちに深々と、そして丁寧に頭を下げ、リクトを引き連れて闘技場内へと入った。


 三十分後、闘技場の前に特設された大型スクリーン、そして、各エリア内に煌王祭の様子を映し出すために設置された街頭テレビに、煌王祭の開会式の様子が映し出される。


 こうして、二日続けて行われる煌王祭が開始された。




―――――――――――




 開会式が終わり、リクトとエレナは高峰に連れられて闘技場内にある特別席に向かった。


 特別席は完全なる個室であり、闘技場内を一望できる場所にある。


 開会式を終え、高峰に案内されて個室に入ると、少し気が抜けたリクトは興奮した面持ちでエレナ――自身の母を見つめた。


「さすがは母さ――エレナ様! あんなにたくさんいる輝石使いの方々の輝石を反応させるなんてすごいです!」


 思わず母親であるエレナのことを二人きりの時にしか言わない「母さん」と言いそうになってしまうほど興奮しているリクトに、一瞬エレナは微笑むが、すぐに元の感情を感じさせない顔に戻った。


「あんなこと、僕にはできませんよ」


 何気ないリクトの一言に反応したエレナは、戒めるような厳しい目で息子を睨みつける。


 厳しい目でエレナに睨まれ、自分が失言してしまったことに気づいたリクトは、「す、すみません」と、頭を深々と下げてすぐに謝罪した。


 謝罪の後、落ち込んでいるリクトに、エレナは小さく嘆息し、一瞬だけ慈愛に満ち溢れた聖母のような優しい視線を息子に向けるが、すぐに感情を感じさせないものへと戻す。


「あなたはすぐに自分にはできないと決めつける――悪い癖です」


「す、すみません……」


「何かにつけてすぐに謝る――それもあなたの悪い癖です」


「すみま――あ、い、いえ、反省します、エレナ様……」


 感情を感じさせない淡々とした口調だが、リクトには叱られていると理解しており、この場には自分たち親子の他に、長い付き合いの高峰もいるので気恥ずかしかった。


「あなたは次期教皇最有力候補であると評価されていることを忘れないように」


 次期教皇最有力候補――エレナの言葉がリクトの背中に重くのしかかる。


 先ほど大衆の前で披露した自身の母親の力を思い浮かべると、次期教皇最有力候補という自分の肩書きが、リクトは甚だおかしく感じられ、陰鬱とした気分になってくる。


「リクト――リクト? もしかしてどこか体調が優れないのですか?」


 憂鬱とした表情を浮かべて反応しないリクトに、教皇であることを忘れた表情を浮かべたエレナは声をかけると、母の言葉に一拍子遅れてリクトは反応した。


「――え? あ、だ、大丈夫です、心配ありません」


「問題ないであれば、人の言葉にはすぐに反応するように」


 リクトが自身の言葉に反応すると、すぐにエレナは教皇の顔へと戻る。


「リクト、私はこれから外部の企業と煌王祭を観戦しながら会議をするため、本部へ戻ります。……あなたも一緒に来ますか?」


 教皇の顔をしているエレナだが、リクトは母の言いたいことがわかっていた。


 先日襲撃事件が起きたばかりで煌王祭中何か事件が起きるかもしれない、だから、闘技場内から離れ、警備が万全なセントラルエリアにある教皇庁本部に戻らないかと。


 前回の襲撃事件もあり、今回煌王祭を開催すること自体あまり乗り気ではなかったリクトは、すぐにでもエレナの言う通り、セントラルエリアに戻りたい気分だったが――

「私もエレナ様とともにリクト様は教皇庁本部に戻るべきだと考えております」


 ボディガードとして、沈黙を保っていた高峰がエレナの後に続いて進言する。


 進言した後、思わぬことをしてしまった自分を恥じ、エレナに深々と頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 一介のボディガード風情が出過ぎた発言をしてしまい」


「いいのです高峰……リクトを心配しての言葉、教皇としてではなく、私個人として感謝をします――ありがとうございます」


「もったいなきお言葉!」


 心からの感謝の言葉とともにエレナに優しい笑みを向けられ、紅潮した顔を隠すように平伏する高峰。


 高峰さんも、母さんも、僕を心配してくれているのは十分に伝わった。


 でも――……


 僕は次期教皇最有力候補という肩書きがあるとともに、教皇の息子。

 煌王祭は教皇庁が主導して行われる大きな祭事。

 だからこそ、自分の保身を考えて闘技場から去ることは、教皇庁の体面から考えればできない。


 勇気を振り絞ろう……高峰さんだっているんだ、大丈夫、大丈夫だから……


 自分に言い聞かすように、リクトは『大丈夫』と心の中で連呼して、覚悟を決める。


「大丈夫です、高峰さんも、それに、輝士団の方々も僕のために全力で警護をしているので、僕はここに残って教皇の息子として煌王祭を観戦しています」


 勇気を振り絞ったリクトの答えを聞いて、心配そうな顔をしながらも、誇らしげで嬉しそうな顔になるエレナだったが、すぐに教皇の顔に戻った。


「リクト、この場はあなたに任せます――高峰、リクトをよろしくお願いします」


「御意――リクト様は私の命に替えてもお守りします!」


 この場をリクトに任せることにしたエレナ。


 そして、エレナは縋るような目を一瞬だけして高峰にリクトのことを頼んだ。


 しばらくすると、数人のボディガードと輝士団が現れ、エレナを外に連れ出した。


 残ったリクトはこれから開始される煌王祭を観戦することに集中し、高峰はリクトを護衛することに全神経を集中させた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る