第二章 長い一日のはじまり

第8話

 開会式が終わり、風紀委員たち三人は、闘技場内にある煌王祭を警備する風紀委員にあてがわれた控室で、これから行う警備についての話を麗華主導で行っていた。


 特に移動することもなく、ただ入り口付近を警備するだけなので簡単な仕事だったが、麗華は気を抜くことなくしっかりと警備の話をしていた。


 セラも麗華の話に真剣な表情で耳を傾けており、眠そうに大きな欠伸をしながら話を聞いている幸太郎はかなり浮いていた。


「一人ほど不安な方がいますが、基本的には二人一組になって行動しますわ。しかし、開始直後と終了直後は三人で行動することにしましょう」


「今回は安全性を考慮して、不測の事態以外出入り口は一つしか開放されていないようなので、人通りが激しそうですから、しっかり見張った方が良さそうですね」


「そうですが、周囲には輝士団の方々やガードロボットもいますので、そこまで気を張り詰めなくてもよろしいでしょう。今日は初日の予選トーナメントで夜まで警備。そして、最終日である明日の決勝トーナメントの方が観戦者は多いので、余力は残すべきですわ」


「お昼はどうするの? さっき出店でお好み焼きがあったんだけど、それにする?」


 麗華とセラが真剣に話し合っている中、昼食の話題をする幸太郎。


 そんな幸太郎に脱力するセラ、そして、そんな彼の脳天に向けて麗華は拳骨を振り下ろす。セラは麗華を制止させようとしたが、麗華の拳骨はそれよりも早く振り下ろされた。


 脳天にヒットした容赦のない一撃に幸太郎は悶絶している。


 悶絶している彼を麗華は見下すように睨み、当然の報いだというように鼻を鳴らす。


「まったく……相変わらず君は乱暴だねぇ、麗華」


 突然聞こえてくる、麗華を思いきり小馬鹿にしているような声。


 声のする方に三人は視線を向けると、二人の人物が立っていた。


 一人は銀髪の美女、ティアリナ・フリューゲル、そして、もう一人は幸太郎とは初対面の、ティアと同じく輝動隊の証である黒いジャケットを着た中性的な外見の人物だった。


 セラと麗華は話に集中していて彼らが入っていたことに気づいていなかったようだった。幸太郎は眠気と戦っていたので、気づく余裕はなかった。


「ティア、それに大和君も……二人ともおはようございます」


「ああ……」


「おはようセラさん。相変わらず君はきれいだねぇ」


 セラはティア、そして大和と呼んだ人物に挨拶をすると、二人は挨拶を返した。


 セラに大和と呼ばれた麗華を小馬鹿にしているような人物は、高等部男子用制服の上に輝動隊の証である黒いジャケットを着て、艶のある長めの黒髪、声も容姿も中性的で、幸太郎とそんなに変わらない華奢な体躯と身長だった。


 しかし、幸太郎と異なる点は、大和は人目を惹きつけるほどの美少年であり、大和からはどことなく妖しく、耽美的な雰囲気も身に纏っていた。


 大和の顔を見て、麗華はこの世の中でもっとも不快なものを見た時のような、不快感に満ち溢れた表情をして、不快な感情をいっさい隠そうともしなかった。


 そんな麗華を見て、ニンマリと嬉しそうな笑みを浮かべる大和は、麗華から初対面である幸太郎に視線を移し、彼をジロジロと興味深そうに頭の先から爪先まで見つめた後、唐突に手を差し出してきた。


 握手を求められていると気づいた幸太郎は、大和の手を握ると、大和は嬉しそうな表情を浮かべて、握手をした幸太郎の手をギュッと握って、その手をブンブン振った。


「セラさんとは仕事で一度会ったことがあるけど、君と会うのははじめてだね。はじめまして、七瀬幸太郎君。僕は伊波大和いなみ やまと。歳は君たちと同じで同級生、他のクラスだけどね。それと、僕は麗華の幼馴染なんだ。あ、幼馴染といっても、誰もが羨むような朝起こしに来てくれたり、昼食のお弁当を作ってくれたりするような甘い仲じゃないんだ。僕のことは下の名前でフレンドリーに呼んでくれ。人はみんな誰しも握手をしたら友達になれるんだからね」


 伊波大和は自身の自己紹介を終え、麗華の幼馴染であるということを説明し、幸太郎が驚く間も質問する間も与えずに、次々と自分の言いたいことをバシバシ捲し立てる。


 あまりの早い会話のペースに一瞬だけついて来れずに戸惑いを覚えたが、すぐに大和のことをフレンドリーに話しかけてくれる良い人だと幸太郎は判断した。アカデミーに来てはじめて、幸太郎は同性で同級生の人物とまともに話せたことに素直に嬉しく思った。


「麗華から君の話はよく聞いているよ。まあ、基本的には悪口ばかりだけど。でも、君の話は毎日しているから、幸か不幸か、どうやら君は麗華に気に入られているようだね」


「な、何を言っていますの! こんな役立たずなんか気に入っていませんわ!」


「ありがとう、鳳さん。気に入ってもらえて何だか嬉しい」


「だから違うと言っているのですわ!」


 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながらの大和の一言に、麗華は息を乱しながら顔を羞恥に真っ赤に染めて否定した。そんな麗華に向かって――


「素直じゃないなぁ、麗華は」

「素直じゃないよね、鳳さん」


「最悪ですわ、この二人……会わせるべきではありませんでしたわ……」


 幸太郎と大和は麗華が素直ではないと、異口同音で同時に言い放った。


 妙に息が合う二人を見て、悔しそうに歯噛みしている麗華は忌々しげにそう呟いた。


 そんな彼女を尻目に、お互い息が合うと感じた大和と幸太郎は、お互い多くを語らずもう一度力強く握手をする。


 この二人を長く引き合わせては自分の人生に支障をきたすと判断した麗華は、話を一気に替えることにした。


「と、取り敢えず、どうして大和がここにいますの? 輝動隊は煌王祭警備の任を解かれたハズですわ!」


「そうだけど、煌王祭の出場選手をスカウトするのは禁止されていないからね。ここにきたのは陣中見舞いだよ、贈り物はないけどね。それと、この間会えなかったから幸太郎君にも会いたかったんだ」


「フン! 輝動隊隊長であるあなたが直々にスカウトをするのなら、こんな場所で油売っている暇はないでしょう! 私たちはこれから仕事なので、さっさと出て行っていただけます? あ、ティアさんはゆっくりしていただいても構いませんわ」


「随分と差があるなぁ。エコヒイキは良くないよ」


 麗華が大和に向けて言った、輝動隊隊長という言葉に、驚いた幸太郎は同級生の大和をマジマジと興味深そうに見つめる。


 そうか、だからセラさんは知ってたんだ……半月前の事件の時、セラさんと鳳さんの二人は輝動隊隊長直々に謝罪を受けたって言ってたっけ……僕は入院してたけど。

 それにしても――うーん……


 自身と同じ華奢な体躯で、同年代の男子の平均身長と比べて低い身長。


 強大な治安維持部隊である輝動隊を率いている人物には、失礼ながらまったく見えなかった。幸太郎の想像では、輝動隊隊長は筋肉モリモリで精悍な顔をしていたからだ。


 幸太郎の視線に気づき、彼の考えていることを見透かしたように大和はクスリと笑う。


「そんなに僕が輝動隊の隊長ということが意外なのかな?」


「全然そんな感じに見えないから、すごい意外」


 素直な感想を述べる幸太郎に、大和は薄い笑みを浮かべ、興味深そうに彼を見つめた。


「思ったことを包み隠すことなく、相手の気持ちを考えることなく素直にハッキリと口にする――麗華から聞いた通りだ。中々興味が出てきたよ、君のその図太さと正直さに」


「ありがとう?」


 褒められているのか、貶されているのかわからなかったので、取り敢えずお礼を述べる幸太郎。そんな彼を見て、大和はさらに興味深そうな視線を送る。


「フフフ……幸太郎君、僕は何だか君のことがもっと知りたい――」

「大和、世間話をするよりも、鳳に伝えることがあるだろう」


「ああ、そうだ。忘れていたよ。思い出させてくれてありがとう、ティアさん」


 興味津々といった様子で、妖しい笑みを浮かべて幸太郎を見つめる大和だが、ティアの一言で本来の目的を思い出し、すぐに幸太郎から麗華へと視線を移した。


 そして、大和は意味深で、心底楽しそうな笑みを浮かべた。


「今回は何か波乱が起きそうな気がするから気をつけなよ、麗華」


「それは一体どういう意味ですの?」


「さあ、何が起きるのかはまだ僕にもわからないんだけど……まあ、頑張ってね」


 思わせぶりなことを言って、何も詳しいことを教えない大和を麗華は不愉快そうに睨む。


 二人の間に不穏な空気が流れるが、その空気をぶち壊したのは元凶である大和だった。


 大和は弾けるような笑みを浮かべ、「それじゃあ!」と元気よく言って、帰ろうとする。


 そんな大和に麗華は思わず肩透かしを食らってしまう。


「そ、それだけのために私に会いに来ましたの?」


「まあ、それが主な目的だけど、本来の目的は陣中見舞いと幸太郎君に会うためだよ。さっき言ったばかりじゃないか」


「ば、バカにしないでいただけます? そんなこと知っていますわ! ただ、そのためだけに忙しい身分のあなたがここに来たことに呆れていただけですわ!」


 心底バカにしたような視線を向ける大和に、麗華はムッとして言い返す。


 必死な麗華の様子を見て大和はケラケラと心底愉快そうに笑っていた。


 あの鳳さんが完全に手玉に取られてる……大和君すごいなぁ……


 いつも自分たちを振り回す麗華が、いとも簡単に大和に振り回される様を見て幸太郎は素直に驚くとともに、二人の仲が良さそうだと思った。


「それじゃあみんな頑張ってね。僕は二日間スカウトのためにこの闘技場のどこかにいるから、見かけたら気軽に声をかけてね」


「そんなこと絶対にしませんわ! というか、仕事中二度と顔を見せるな!」


「フフフ……それはどうかな?」


 怪しげな笑みを残して、部屋を出る大和。


「ついさっき、『』と会った。お前を探しているようだった……セラ、気をつけろ」


「ええ……心配してくれてありがとう、ティア」


 ティアはセラと短い会話をして、大和に後に続いて部屋を出た。


 大和が部屋から出て行って、麗華は心から安堵するとともに、不機嫌そうな顔になった。


「まったく! 突然来ていい迷惑ですわ! ティアさんは歓迎ですけど!」


「鳳さんに僕たち以外に友達がいたなんて、意外だった」


「ぬぁんですって! というか、私はあなたを友達にした覚えはありませんわ!」


「もう闘技場が開場するので、喧嘩をしていないで持ち場に向かいましょう」


 幸太郎の余計な一言で麗華の苛立ちが爆発した。セラは相変わらずの二人の調子に、呆れたようにため息を漏らし、いつものように二人を諌めた。




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