第9話

 煌王祭は初等部、中等部、高等部、大学部の部に分かれて行われる。


 広大な面積を誇る試合場の床から出た壁が試合場を四つに分割して、それぞれの部が決勝トーナメントに進むために、予選トーナメントが開始される。


 ルールは単純で、相手の降参、武輝を弾き飛ばす、定められた線を越えて場外になる、そして、重傷を負って試合続行不可能と判断された場合だった。


 煌王祭の予選トーナメントが開始されて二時間――試合場を一望できる特別席にいるリクトは興奮した面持ちで、各部から選びに選ばれた輝石使いたちの試合を観戦していた。


 リクトの傍らに立つ高峰も、感心したように激しく繰り広げられる試合を見て、思わず「おお……」と、感嘆の声を漏らしていた。


「今回の大会、すべての選手たちのレベルが高いですね」


 高峰の言葉にリクトも同意見で、何度も彼は同意を示すように頷いた。


「僕もそう思います。みんな、すごい強さを持っていますね……まあ、ここ三年間はずっと同一人物ばかりが目立っていましたから、視野が広くなったのもあるかもしれませんが」


「言われてみれば確かに……圧倒的でしたから――鳳麗華の実力は。他の出場者たちが哀れになるくらいのレベルでしたからね」


 リクトは三年間行われていた煌王祭を――鳳麗華の活躍を思い出していた。


 あれは……すごかった、本当にすごかった。


 その当時はまだ中等部にいた鳳グループ当主の娘・鳳麗華。


 初出場の中等部一年の頃、親の威光を使って予選トーナメントに出場する選抜メンバーに選ばれたのではないかと陰口を言われていたが、そんなことはなかった。


 圧倒的な実力で相手の攻撃を一度も受けることなく余裕で決勝トーナメントまで進み、決勝トーナメントでも相手の攻撃を受けることなく圧倒的な力で優勝した。


 その次の年も、その次の年も――一度も攻撃を受けることなく彼女は優勝し続けた。


 親の権力を使って八百長したのではないかと幾度となく囁かれていたが、彼女と対戦した輝石使いたちは口を揃えて、格が違うと言って、中等部よりも上の部の出場者たちも彼女には勝てないと言っていた。


 麗華の戦いを三年連続で見ていたリクトも、彼女の力はまがい物ではなく確かなもの思っており、強大な権力を持つ親がいるという、自身と同じ身分である彼女を尊敬し、自分と同じ立場にいながら、自分にないものを持っている彼女に強い憧れも抱いていた。


 自分も、鳳麗華のように強くなりたい――リクトは何度もそう思ったことがある。


 そして、彼女のように自分も煌王祭に出場して、活躍をしたいと考えたこともあった。


 しかし、自分が麗華のように戦える力がないと思っているリクトは無様に負ける姿を想像し、その想像のせいで出場するという決意がいつの日か失われた。


 何だか、いつも僕は中途半端だ……肝心なところでいつも勇気が出ない……


 三年間の麗華の活躍を思い出すと同時に、教皇庁の息子であり、次期教皇最有力候補である無様な醜態を晒してしまう自分を想像して、出場する勇気が出ないまま、出場して活躍するという決意が失われてしまった自分を思い出し、自己嫌悪に陥った。


「リクト様……どうかしましたか?」


「あ……な、何でもないです、心配させてすみません……」


 自己嫌悪に陥り、暗い表情を浮かべるリクトを、心配した高峰は声をかける。


 問題ないと言っておきながら、リクトはしばらく沈黙した後、これ以上無駄に心配させるのも申し訳ないと思い、小さくため息をついて高峰に本心を言うことにした。


 長年自分を警護してくれた高峰だからこそ、リクトは本心を吐露することができた。


「僕は……エレナ様の――いいえ、母さんのような教皇になれるのでしょうか」


 自分が教皇でなれる器であると自覚してからずっと抱いていた疑念、そして不安だった。


 周囲の輝石を反応させる力は自分にも備わってる――でも、母さんのように多くの人の輝石を反応させるほどの力は持っていない。限定的な力だ。

 力だけの問題じゃない――精神的な面でも、自分は母さんのようになれるのだろうか?


 溢れそうになる感情を抑え、縋るような目で信頼を寄せる高峰を見つめるリクト。


 不安を口にしたリクトに、高峰は切なそうな表情を浮かべて、静かに口を開く。


「リクト様、あなたはもう少しご自分に自信を持つべきです。自分に自信がなければ、肝心なところで力を発揮することができません」


 深い思案の後に放つ高峰の一言一言が、リクトは自身が抱く不安を優しく包み込んでくれるような気がした。


「リクト様はご自分が思っているよりも、大きな力持っていらっしゃる――だからこそ、リクト様は必ずエレナ様のようになれます、絶対に――」

 リクトを勇気づける高峰の言葉を遮るように、扉がノックされた。


 高峰は扉を開けようとすると、その前にぞろぞろと輝士団の証である赤いマントを羽織った、五人の男たちが現れた。


 了承もなく突然入ってきて、沈黙したままの輝士団を高峰は不審そうに睨み、彼らの様子に何か嫌なものを感じたリクトの心拍数が徐々に上がってきた。


「突然入ってきて何の用だ……いや、その前に、この部屋に入るための鍵はこの部屋を警備している限られた人間しか持っていないというのに、お前たちはどうやって――」

 高峰の言葉が途中で突然途絶えた――固いもの同士がぶつかる鈍い音ともに。


 輝士団の一人が持っていた警棒が高峰の脳天に振り下ろされていた。


 突然の一撃に反応できず、まともに食らった高峰は膝をつくが、寸でのところで輝石の力を解放してバリアを貼ったために、大事には至らなかった。


 突然の事態に全身を震わせているリクトを、脳天を殴られたせいで頭から一筋の血を流している高峰は守るようにして立ち、自身の輝石を武輝であるトンファーに変えた。


 心配して声をかけようとしたリクトだが、高峰の頭から血が流れているのに気づいて一気に恐慌状態に陥り、小さく悲鳴を上げた。


「貴様ら輝士団だろう、なぜ――……まさか、輝士団内に裏切者が?」


 高峰の言葉に輝士団たちはいっさい何も反応せず、輝石を武輝に変化させた高峰を見て、一斉に懐から輝石を取り出して、武輝へと変化させる。


 剣、ヌンチャク、手甲、ハンマー、斧――五人はそれぞれの武輝を構える。


 五人はリクトに向かって明らかな殺気を向けると、リクトは背筋に冷たいものが走り、歯をガタガタと鳴らし、喉の奥から小さな悲鳴を絞り出して腰を抜かして尻餅をつく。


「リクト様……気をしっかり――立ち上がってください」


 武輝を構えた五人に殺気を向けられ、恐怖で腰を抜かしたリクトを安心させるような声音で話しかける高峰。しかし、その声音には隠し切れない緊張感が含まれていた。


「観客席からこの席は遠くて見え辛く、観客は試合に集中してこちらに気づかないでしょう……ここは私が注意を引きつけます。リクト様はその隙に逃げてください」


「た、高峰さんはどうするんですか?」


「助けが呼べず、観客が気づかないであろうこの状況――そして、この人数相手に、この狭い部屋の中ではリクト様を確実に守れません……ここは私が敵を引きつけます」


 高峰に逃げるように促されても、腰を抜かしているリクトは尻餅をついたまま動けない。


 そんな情けない様子のリクトを見て、輝士団たちは嘲笑を浮かべる。


 そして、五人が一斉に高峰に襲いかかってきた。


 五人の一斉攻撃の初撃を何とか高峰は防いだが、その次の攻撃には対応できなかった。


 攻撃を受けながらも、何とかリクトを守るために高峰は応戦する。


「リクト様、早くお逃げください! できるだけ、闘技場から――離れてください!」


 応戦しながら、尻餅をついたまま恐怖で動けないリクトに声をかける。


 ……ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだダメだ――僕一人で逃げ出せるわけがない!

 まただ! ……ついさっき高峰さんに言われたばかりだというのに、勇気が出せない――自分には無理だって思ってる!


 動けないリクトにさらに怯えさせるように、輝士団たちはリクトに見せびらかすようにして高峰に容赦のない攻撃を仕掛ける。攻撃を凌ぎながらも、確実に弱っている高峰に、リクトは更なる恐怖に陥るとともに、何もできない自分に自己嫌悪に陥った。


「自分を信じなさい! ――さあ、早く逃げなさい……リクト様!」


 怒声を張り上げると同時に、斧を持った輝士団の一人を高峰は倒した。


 ――逃げなくちゃ……そうだ、逃げなくちゃ! 逃げるくらいなら、僕だって!


 その怒声を聞いて、我に返ったリクトは怯えている自分に喝を入れて立ち上がった。


 そして、自分を鼓舞するような叫び声を上げながら出口向かって走る。


 さっきまで腰を抜かしていたリクトの突然の行動に、輝士団たちは油断していたために反応が遅れてしまったが、それでもリクトの行動を阻止しようとする。


 そんな輝士団の前に立ちはだかる、不敵な笑みを浮かべた高峰。


 高峰が引きつけている隙にリクトは部屋の外に出た。


 外に出た瞬間リクトの目に入ってきたのは、自分がいた特別席の部屋の前を警備していたボディガードたちが倒れている様子だった。


 見知った顔が傷つき、倒れているのを見て、心配して駆けつけたくなる気持ちよりも、恐怖心が勝り、再び腰を抜かしそうになるがそれをリクトは堪える。


 ――ごめんなさい、ごめんなさい!


 心の中で倒れているボディガードたち、そして、置いてきた高峰に謝罪を述べて、今は逃げることに集中した。


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