第8話
風紀委員たちに煙幕が投げ込まれてすぐ、アリスたちと行動をともにしていたノエルとクロノは、パニックになっている野次馬たちの対応を彼女と制輝軍たちに任せ、アカデミー都市中に設置された監視カメラの映像を確認していた制輝軍の人間から、煙幕が投げ込まれたと思われる場所の情報をもらい、その場所へと向かっていた。
状況は刻一刻と変化しており、今ではセラが何者かに襲われているという情報があった。
「……大胆不敵なこの騒動、アルトマンだと思うか?」
目的地に向かいながらクロノは不意にノエルに質問をする。
「大胆不敵であり、場当たり的ですが――二週間前の騒動から息つく間もなくこの騒動が発生したので、伊波さんの言う通りならばその可能性は高いかと」
「伊波の言う通りあの男は目立とうとしているのか? しかし、なぜセラが狙われるんだ?」
「……今は何とも言えません」
無表情ながらも僅かに表情を俯かせて暗い雰囲気を放っている姉に、クロノは厳しく、それ以上に心配そうに見つめていた。
「……大丈夫か?」
「何も問題ありません」
「まだわからないが、オレたちが向かっている場所にはあの男がいるかもしれない」
「わかっています」
「足手纏いになるなら、美咲に代わってもらうべきだ」
「何も問題はありません」
「無理をするな」
「……ありがとうございます」
「……わかった。先を急ごう」
足手纏いは必要ないと言っているようなクロノの厳しい態度に、ノエルは心の内を悟られないように機械的な返答を繰り返して、何も問題ないと言い聞かしていた。
父であるアルトマンがこの先にいるかもしれないという状況で明らかに動揺しているのにも関わらず、無理をしている姉の姿に呆れながらも、迷いのない力強い光を宿している彼女の目を見て、不安は残るが彼女を信じることにした。
厳しいながらも気遣いを感じさせるそんな弟の態度に、ノエルは無表情をフッと僅かに柔らかくさせて、微笑を浮かべて感謝した。
会話を終えた二人は、目的地へと向かうことを最優先に考える。
迷いのない足取りで最短距離のルートを通って、目的地へと向かう。
この先に父・アルトマンがいて対峙するかもしれない――その不安は今の二人にはもうない。
あるのは風紀委員を、アカデミーを守るため、それだけだった。
感情を抑え込み、冷徹に任務を遂行する機械と化した二人が目的地付近に到着すると――
「ダメですって、危ないですよ」
「ええい、うるさい、うるさい、うるさーい! オレの邪魔をするな」
「勝手な真似をして怒られるのは僕なんですから」
「というか、オレを年下扱いするな! お前は何様のつもりなんだ!」
「……お兄ちゃん?」
「うるさーい! オレも好きでこんな格好をしたわけじゃないんだぞ!」
「でも、かわいいです」
「うぅ……う、うるさーい!」
任務遂行マシーンと化したノエルとクロノを弛緩させる、近くでパニックが起きているにもかかわらず、路地裏から賑やかな声が聞こえてくる。
突然聞こえてきたかわいらしくプリプリ怒る声と、場違いなほど呑気な声に、違和感を感じ取ったノエルとクロノは物陰に隠れながら声の主の正体を探る。
「オレは別になりたくてこんな身体になったわけじゃないんだぞ!」
「でも、本当にかわいいです。美味しそうなラーメンの匂いもしますし」
「ええい、うるさい、うるさい、うるさーい! 人が気にしていることを!」
プリプリと怒るかわいらしい声の主は――だぼだぼのパーカーとプリーツスカートを履き、長い前髪をかわいい髑髏がついた髪紐で結い上げたボサボサの黒髪の、小生意気そうだが、それ以上に可憐な表情の華奢な体躯の幼い少女だった。
そんな少女に詰め寄られている呑気の声の主は――特に特徴のない顔立ちの頼りないくらいに華奢な体躯の少年だった。
少女の正体は不明だが、少年の方には見覚えはあった。
二週間前の騒動でアルトマンと行動をともにしていた少年・七瀬幸太郎だった。
七瀬幸太郎――間違いない。
今回の件にアルトマン・リートレイドは関わっている。
幸太郎の姿を確認したノエルは、今回の件に父も関わっていると判断し、はやる気持ちを抑えてクロノは目配せをし――数瞬後、同時に輝石を武輝に変化させ、同時に二人との距離を詰め。二人に武輝を突きつけた。
二人が輝石を武輝に変化させる寸前に、二人の気配に気づいていた少女だったが、幸太郎と話をしていたため反応が間に合わず、武輝を突きつけられて動けなくなってしまう。
「七瀬幸太郎さんですね」
「ノエルさん、それにクロノ君も」
「……拘束させてもらいます」
「優しくお願いします」
……理解不能。
初対面だというのにフレンドリーに挨拶をして、無邪気な笑みを浮かべる幸太郎にノエルは戸惑うとともに、彼を目の前にして胸の中から理解不能な何かが生まれ、彼を拘束しようとするのを躊躇ってしまう。
それはクロノも同様であり、幸太郎の姿を見て頭が真っ白になって動けなくなってしまった。
しかし、二人はすぐに我に返って幸太郎の腕を後ろ手に、結束バンド状の手錠で拘束した。
幸太郎を拘束した次は、拘束された彼をじっとりとした目で見つめている、ラーメンの匂いを漂わせている少女の番だった。
「……オマエは何者だ」
「お、オレは――いや、私はお兄ちゃんの妹だよ☆ だから、お兄ちゃんに手を出さないで!」
……警告。
この少女は危険。
武輝である鍔のない幅広の剣を向けながらするクロノの質問に、少女は庇護欲を駆られるかわいい笑みを浮かべ、幸太郎を『お兄ちゃん』と猫撫で声で呼んだ。
何の特徴のない平々凡々な兄と比べると、少女の外見は美少女と呼べるほど可憐で、似ていない兄妹だが――誤魔化しているのは明らかであり、もちろんクロノとノエルは信じなかった。
一方の幸太郎は、ノエルに武輝を向けられているというのに嬉々とした表情を浮かべて、「もう一度お兄ちゃんって呼んで」と少女に懇願していた。
気の抜けた雰囲気を放つ二人だが――一見すると敵意を感じさせない可憐な外見の少女だが、彼女から発せられるどこかで感じたことのあるような正体不明な圧力にノエルの警戒心が徐々に上がり、それをクロノにアイコンタクトで伝えた。
クロノもノエルと同じで正体不明の少女から何かを感じ取っており、小さく頷いて彼女に対しての警戒心を上げた。
「七瀬幸太郎の家庭については調べ上げている。オマエのような身内はいない」
「近所の幼馴染って間柄だよ? お兄ちゃんのこと、昔からだーい好きなんだ☆」
「……そんな情報はない」
「それじゃあ、今から証拠を見せるよ? ――ほらよ!」
証拠を出す、そう言って少女はクロノたちが制止する前にパーカーのポケットの中に手を入れ――少女の顔つきが可憐なものからあくどいものへと変化した。
ポケットから取り出した小さなボール状を、武輝を向けられているというのに怯むことなくクロノに投げつけた瞬間、ボールは破裂して周囲が赤い煙に包まれる。
クロノとノエルの視界が煙に覆われて何も見えなくなってしまうが、不測の事態に備えていた二人には何も問題なかった。
煙幕が投げつけられると同時にクロノは少女に飛びかかった――
だが、それよりも早く少女は一歩踏み込んでクロノの顎目掛けて掌底を放った。
細い腕からは想像できないほど強烈な一撃を急所に食らうが、輝石を武輝に変化させて全身に輝石の力を巡らせている今のクロノにとって、ダメージはなく、多少は怯んだだけだった。
だが、その隙に少女は一撃を食らって半歩後退したクロノの足を払う。
尻餅をついたクロノの頭頂部目掛け、踵を振り上げながら軽く跳躍し、一気に踵を振り下ろすが――その行動を背後から襲いかかってきたノエルが止めた。
相手は何も武器を持たない年端のいかない外見の少女だが、的確に相手の急所を突く奇襲をする彼女は戦い慣れており、彼女から感じられる圧力と、武器を持っていないのにクロノを圧倒する体術に、ノエルは躊躇いなく武輝である双剣を振るう。
視界が赤い煙に遮られている状況だが、少女はノエルの不意打ちに即座に反応して空中で身を捻って回避、続けてもう一方の手に持った武輝による攻撃も回避。
回避と同時に身体を大きく捻って足刀蹴りをノエルに放つ。
徐々に赤い煙が晴れてきたが、それでも視界が悪い状況で放たれる鋭い蹴撃に回避できないと判断したノエルは武輝で防御するが、受け止めた勢いで数歩後退してしまう。
「輝石の力を使わないでもこの程度か……ダメだな、ダメだダメだ! ――もっとオレを楽しませろ、白葉ノエル、白葉クロノ!」
この少女――……まさか……
しかし、この雰囲気、外見、以前とはまったく……
奇跡の力を使わず、体術だけでノエルとクロノを圧倒できたことに、失望したように深々とため息を漏らした少女から執念と殺気が溢れ出す。
少女から放たれる感じたことのある気配、それ以上に、自分たちと同じような力を感じ取り、少女の正体を何となく悟ってしまったノエルとクロノは警戒心を一気に高めるが――
「だからダメですって。これ以上勝手な真似をしたら怒られます」
場違いなほど呑気な幸太郎の声が少女を制止させる。
気が抜けるような幸太郎の声が、溢れ出していた少女のどす黒い感情を抑えた。
「わわっ! と、突然抱え上げるな!」
「足バタバタさせると真っ白パンツが見えちゃいますよ」
「どうして知ってるんだこのヘンタイ!」
「さっき見えちゃいました……実は、ノエルさんのもちょっと」
「ええい、このヘンタイめ! 邪魔をするな! フクシューを遂げるいい機会なんだぞ!」
「そういうのは後にしましょうよ。まだやることがあるんですから」
「ぐぬぬっ……――クソッ!」
悔しそうに少女が悪態をつくと、幸太郎と少女の気配が徐々に遠のく。
すぐに二人の後を追おうとするノエルとクロノだったが――ここで、足が動かなくなる。
少女から放たれたどす黒い感情に気圧されたわけじゃない。
アカデミー上層部が集めたデータでしか知らない、初対面の幸太郎の姿が、言動が、二人の胸の奥深くに焼き付いて離れるないことに、ただただ困惑していたからだ。
「ノエル、オマエも同じことを思っているのか?」
「……ええ。七瀬幸太郎さんのことなら、私も同じことを思っています」
「何なんだ、あの男は」
「わかりません……わかりませんが……不思議な人です」
クロノも私と同じことを……
……この感覚は一体……
胸が変だ……悲しいような、嬉しいような、何だ、これは……
彼は一体何者だ?
感情というものを何となく理解してからしばらく経過したが、今まで感じたことのない複雑怪奇な感情を幸太郎と出会ってから芽生えてしまい、ノエルは困惑していた。
「あらら、逃げられちゃったみたいだね。二人から逃げきれるなんてすごいね――で、やっぱり、相手はアルトマンの協力者だったのかな?」
「詳しい話を聞くのは後にしなさい。今はそれよりも――二人とも、大丈夫?」
幸太郎たちに逃げられ、自分たちの理解できない感情にただただ立ち尽くしているノエルたちの前に現れるのは、風紀委員周辺の警備を行っているはずの軽薄な笑みを浮かべている大和と、武輝である十文字槍を持ち、立ち尽くす二人を心配している御柴巴だった。
二人の登場に、幸太郎のことを考えていたせいで数瞬遅れてノエルたちは反応する。
「すみません、逃げられてしまいました……私の責任です」
「いや、相手が武輝を持っていない少女だからといって、油断していたオレの責任だ」
「少女? まあ、何にせよ、油断していても二人を圧倒したんだったら相当な実力者だし、二人以外がここに来ても同じ結末になっていただろうから気にしないでよ」
姉弟が庇い合っているのを微笑ましく眺めながら、クロノの口から出た、二人を圧倒して上手く逃げ切ったと思われる『少女』に興味を抱いていた。
「風紀委員周辺はどうなっていますか?」
「セラさんが攻撃を受けていたみたいだけど、取り敢えずは無事。風紀委員周辺以外に騒動は起きていないみたいだから、風紀委員の周囲にいたパニックになった野次馬たちをアリスちゃんたち主導で落ち着かせてるんだ。アリスちゃんの他にも刈谷さんや美咲さんや大道さんがいて、人数が足りているから、ノエルさんの応援に向かったってわけさ」
ノエルに状況報告を求められ、大和はニヤニヤとした笑みを浮かべながら答えた。
腹に一物も二物も抱えた大和の様子に、ノエルとクロノは不信感を抱く。
「……一応、応援には感謝しておこう」
「どういたしまして。まあ、今回の件を立案したプロデューサーとしては当然だよ」
――警告。
伊波大和――何かを企んでいる。
不信感を抱きつつも一応は感謝するクロノに、大和は思わせぶりな笑みを浮かべた。
そんな大和の様子を見て、ノエルはもちろん、クロノも彼女が何かを企んでいると確信した。
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