第7話
「ンフフフーン♪ 良い感じに注目されていますわ。この件が終われば、風紀委員が――いいえ、私という存在が更に目立つこと間違いなしですわ♪」
自分たちの後をついてくる野次馬たちを眺めながら、気分良さそうに鼻歌を囀る麗華。
若干目的を見失っている麗華の様子を、歩く度にずり上がるタイトなスカートの裾を気にしながら、セラはじっとりと見つめていた。
「人のことを言っておきながら、目的を見失わないでよ麗華」
「も、もちろんですわ! 私たちの目的はあくまで打倒アルトマン・リートレイドですわ! オーッホッホッホッホッホッホッ!」
「だといいんだけどね――」
取り繕ったように高笑いを上げる麗華をセラはじっとりと見つめていると――後ろから「ハクチュッ!」と、小さなかわいらしいくしゃみの音が響く。
「大丈夫ですか、サラサちゃん。はい、ティッシュをどうぞ」
「あ、ありがとう、セラお姉ちゃん」
「寒いのなら私にくっついてもいいですからね? お互いに暖を取りましょう」
「張るカイロたっぷり張ってあるから、大丈夫――あ、鼻が垂れてきた……」
「サラサちゃん、最近疲れているみたいですけど、ちゃんと眠っていますか? しっかり眠らないと風邪引きますよ」
セラはくしゃみをしたサラサにティッシュを手渡し、サラサは鼻をかんだ。
「麗華、さすがに二月でこの格好は寒いよ。もっと暖かい衣装はなかったの?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、逆もまた然りですわ! ――と言いたいところですが、体調を崩したら元も子もないですし、ドレイクにも怒られるので検討いたしますわ」
「というか、ホントに麗華そんな恰好で寒くないの? おへそ出てるけどお腹壊さない?」
「常日頃から健康と美容に気を遣っている私に死角はありませんわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
さ、さすがは『超健康優良爆乳美少女麗華ちゃん』……
私はさすがにちょっと寒くなってきたな……
動けば暖かくなるんだけど……この調子じゃあ昨日みたいな事件は起きる気配はないな。
自分たちの後についてくる道を埋め尽くすほどの大勢の野次馬たちを一瞥し、今日は昨日のような軽い騒動は起きず、逆に更に自分たちが目立つことになるだろうとセラは思っていた。
「それにしても、昨日までは集まっても小規模だったのに、今日はかなり人が増えたよね」
「フフン♪ それだけ私たち風紀委員の活動が認められたということですわ!」
「これじゃあ、まともに活動できないんだけどね」
「私たちが目立つという小目標は達成できたのですわ。それに、私たちが活動することによってアカデミー都市内の治安も守られているのですから、平和が一番ですわ」
「でも、今は制輝軍の人たちや、大量のガードロボットたちが頑張ってるけど、このまま野次馬の数が更に増えたら彼らでも限界だよ」
「昨日の段階で、巴お姉様経由でアカデミーに応援を頼みましたわ。確証がない大和の推理を信用していないアカデミーは応援を出すのを渋っているようですが、これだけ大規模になればアカデミーの応援はすぐに駆けつけるでしょう」
「そうだといいんだけど――」
突然だった――
麗華とセラの会話を遮るように、血のように赤い煙が周囲に充満したのは。
煙が充満すると同時に野次馬たちの悲鳴が上がる。
同時にセラたちも反射的に動き出し、各々の輝石を武輝に変化させた。
何だ……一体、何が起きているんだ……
まさか、アルトマン? ダメだ、何も見えない……
赤い煙で視界を遮られて麗華やサラサ、周囲の状況を確認することができなくなってしまうが、野次馬たちがパニックになっている気配と、輝石を武輝に変化させたことで全身に輝石の力を纏った麗華とサラサの気配は肌で感じることができた。
「セラ! この煙の正体を探るのは制輝軍の方々に任せ、私たちはパニックになったら方々を落ち着かせることを優先させますわ!」
「わかった、麗華――」
「――セラお姉ちゃん! 気をつけて!」
パニックになった野次馬たちの悲鳴や怒号が響き渡る中、落ち着き払った鋭い麗華の声がセラに指示を出し、さっそく動き出そうとするセラだが――
麗華以上に鋭いサラサの声と、どこからかともなく放たれた殺気がセラの動きを止めた。
その瞬間、風切り音とともに赤黒い光を纏った斬撃がセラを襲う。
咄嗟にセラは後退して回避すると、斬撃はアスファルトを切り裂いた。
突然の襲撃を回避して安堵する間もなく、連続で斬撃がセラを襲う。
どこだ……一体どこから狙っているんだ?
――ダメだ、周囲に大勢の気配がいてわからない。攻撃を回避するだけで手一杯だ。
視界が悪く、パニックになった大勢の人間が周囲を動き回っている中、セラは自分に向かってくる攻撃の気配だけを的確に読み取り、後方に身を翻しながら紙一重で回避を続けていた。
「セラ! 大丈夫ですの?」
「大丈夫! 麗華は自分の仕事をするんだ!」
「――わかりましたが、すぐに応援に向かいますわ!」
一瞬の逡巡の後、どこからかともなく放たれる攻撃をセラに任せ、麗華とサラサは周囲の状況を確認し、パニックを抑えることに集中する。
麗華とサラサの気配が離れるが、二人に攻撃が向けられることなく、ずっとセラに向けて攻撃が続けられていた。
間違いなく、狙いは私だ……
誰かはわからないけど、しつこい奴だ。
このしつこい攻撃に周りの人たちが巻き込まれる可能性が大いにありえる……
――ここは相手の攻撃を引きつけながら、人気のない場所に向かおう。
自身に向けられる殺気と執拗な攻撃に、明らかに自分が狙われていることを悟るセラ。
大勢がパニックになり、赤い煙が充満して何も見えない状況で気配と、風紀委員として数年間アカデミー都市内を巡回して培った土地勘だけを頼りに、攻撃を回避、武輝である剣で防ぎながら人気のない場所へと向かう。
ある程度人混みから離れると――あれほど執拗だった攻撃がぱたりと止み、自身に向けられていたどす黒い感情を宿した殺気がどこかに消えてしまった。
自分に向けられていた攻撃や殺気も周囲に向けられることはなかった。
攻撃が止んでも油断することなく、赤い煙が充満する中セラは集中して全身から攻撃を仕掛けてきた人物の気配を探って、いつ攻撃が来てもいいように警戒していた。
……明らかに狙いは私だった。
何者だ? ――いや、あの気配、どこかで……
……何か、嫌な予感がする。
自分を狙う何者かの正体は掴めなかったが――それでも、自分に向けられたどす黒い殺気に、執拗な攻撃に、既視感を覚えたセラは背筋に悪寒が走る。
いや、もう奴はいない……奴はいないはずだ……
だが、あの気配……奴にそっくりだ。
でも、どこか違うような……一体どういうことなんだ?
頭の中に嫌な予感が駆け回るとともに、自分を執拗に狙う人物に心当たりが生まれるセラ。
しかし、その人物は消滅したはずだった。
そして、自分が良く知る人物とはどこか気配が違うような気がした。
アカデミーを三度も混乱に陥れた『死神』は――
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