第9話

「いやぁ、タコ坊主だからこそイメージチェンジは大胆にするべきなんじゃねぇの?」


「わかってないなぁ刈谷かりやちゃんは。清純派の共慈きょうじちゃんだからこそ普通が良いんだよん」


「いや、それはあまりにも普通過ぎるだろ……なら、これはどうだ?」


「モヒカンって、それはちょっと違うでしょう――これはどうかな?」


「ぶふっ、ちょ、丁髷! に、似合ってるけど、ありえねぇー!」


 赤い煙幕が投げられたばかりでまだパニックが収まっていない現場だというのに、三人の人物を中心として大いに盛り上がっていた。


 三人の中で一番ゲラゲラと笑っているのは、ド派手なほど金に染め上げた髪をオールバックにした、合成皮革のテカテカしたパンツと、数ヵ所に鋲が打たれた赤いテカテカした合成皮革のジャケットを着た、趣味が悪いを通り越して奇抜なファッションの男・刈谷祥かりや しょう


 そんな彼の横で一番ふざけているのは、所々穴が開いたボロボロのロングコートを着た、まだ二月の寒い時期だというのに艶めかしい脚をもろ出ししたホットパンツ姿の、無駄にスタイルの良い、ボサボサだが艶のあるロングヘア―の美女・銀城美咲ぎんじょう みさき


 そんな二人に弄ばれているのは、坊主頭で精悍な顔つきと身体つきの男・大道共慈だいどう きょうじだった。


 美咲と刈谷は風紀委員が用意した衣装が入っている、大型の衣装ケースの中からカツラを取り出し、坊主頭の大道に被せていた。


 イケメン金髪カット、短髪爽やかカット、モヒカン、丁髷――様々なカツラを被せられ、ゲラゲラ笑われても、大道は額に青筋を立てて引きつかせるだけで、腕を組んで仁王立ちをして我慢していた。


 刈谷と美咲が好き勝手に自分を弄んでいるのを、パニックになっている野次馬たちが目撃して、笑顔になって、少しだけ落ち着きを取り戻したからだ。


 今は我慢、後で容赦はしない――大道は周囲のために爆発しそうになる気持ちを抑えた。


「こういうのはどうだろう――あ、共慈ちゃんかわいい❤」


「ガタイの良い金髪ロングヘア―ってマジかよ! それなら、こいつはどうだ!」


「坊主頭に坊主頭のカツラって! 刈谷ちゃん悪ノリし過ぎだよ~♪」


「遊ぶのはいい加減にして」


 仕事を放棄してゲラゲラと笑う美咲と刈谷、それ以上に黙って耐えている大道を見かねて、一通り現場を落ち着かせたアリスが美咲と刈谷とじっとりと見つめて注意するが――


 おもむろに美咲が大道の頭に金髪ロングヘア―のカツラを被せたのを見て、「プフッ」と吹き出してしまう。


 すぐに落ち着きを取り戻し、美咲をキッと睨みつけた後、「ごめんなさい」と大道に謝った。


「別に気にしなくてもいいんだ、アリスさん。この二人がバカをやったおかげで、周囲が幾分落ち着きを取り戻したみたいだからね」


「そーそー、さすが、みんなの兄貴分・大道サンだ。それに、騒動はこの場所以外に起きてなかったんだろ? 犯人の奴はノエルやクロノ、大和や巴のお嬢さんが追ってるんだ。あの四人に任せておけば大丈夫だって」


「共慈ちゃん、優しいなぁ♥ アタシ、キュンキュンしてきちゃった♪」


「……この借りは必ず返すから大いに安心してくれ」


 徳の高い僧侶――いや、菩薩のような慈愛に満ちた笑顔を浮かべる大道だが、そんな彼の笑みから発せられる悪鬼羅刹のような威圧感に調子に乗っていた刈谷と美咲は気圧されて固まる。


 二人が黙ったところで大道とアリスは本題に入る。


「今、風紀委員たちはどこに? 無事なのかな」


「ええ。さっきセラたちから連絡があって、無事だって」


 狙われた風紀委員たちが無事であることを知り、大道は安堵の息を漏らす。


「やはり、この騒動はアルトマンが関わっているのだろうか」


「ええ。間違いない。ノエルとクロノが七瀬幸太郎と会ったって言っているから」


「なるほど……確かに、アルトマンが関わっている可能性は高いな。しかし、刈谷の言った通り、風紀委員がいた周辺以外に目立った騒動は起きていないようだ」


「前の騒動のように目立った行動ができるほどの大勢の協力者がいないのよ」


「以前の騒動でアカデミーに恨みを持つほとんどの者が捕まったのに加え、理由はわからんが、以前の騒動でアルトマンは自分の協力者たちを襲ったから、それが原因で奴に協力者が集まらないのだろうか?」


「私たちにとってはありがたいことだけど……アルトマンたちはかなり大胆な真似をしてくるようになってきているのが不安。それに、正体不明の少女が素手で、それも、武輝を持っているノエルやクロノを圧倒して、逃げられたって二人から聞いた」


 大勢の協力者はいないが、アルトマンたちが新たに用意したと思われる、武輝を持ったノエルとクロノを圧倒し、彼らの前から逃げたという謎の少女の話に、「へぇー、おねーさん気になるなぁ」と美咲は興味津々といった様子で乗っかってくる。


「ねぇ、アリスちゃん。ウサギちゃんたちから逃げたって女の子、どんな子なのかな☆」


「まだ詳しいことは聞いてないけど、二人はその少女がかなり危険人物で、実力の高い輝石使いだって言っていた」


「あの二人がそんなことを言うなんて、すごいね♪ おねーさん、ジュンジュンしてきたよ❤」


 強敵登場に発情しきったように頬を染めて腰をくねらせる美咲を、じっとりとした目で引き気味に見つめ、小さく呆れたようにため息を漏らす。


「盛るのは結構だけど、強敵だっていうことを忘れないで」


「あれれ? アリスちゃんたら、心配してくれるのかな? おねーさん、嬉しいなぁ」


「……ウザい」


 素直じゃない態度を取りながらも自分のことを心配してくれるアリスを後ろから抱きしめる美咲に、アリスは恥ずかしそうに、それ以上に背中に伝わる自分にはない美咲の豊満な感触に心底忌々しそうにしていた。


「正体不明って言っても、ガキでかなりの実力の輝石使いなら、アカデミーでも何かその輝石使いについて情報を持ってんじゃねぇのか?」


「その点については、もうノエルがアカデミー上層部に少女の情報を伝えたから、返答待ち……何かわかってくれればいいんだけど――ぶふっ!」


「あ? 何だ、屁でも漏らしたのか?」


「デリカシーがない……だからモテない」


「う、うるせぇ! デリカシーがなくとも、愛があればいいんだよ!」


「見苦しい。もっと現実を見て」


 もっともな刈谷の意見に、今は情報を待ち、事態を収拾することを優先させようとするアリスだが――不意に、吹き出してしまう。


 その理由は、先程の復讐と言わんばかりに刈谷に気づかれないように彼の後ろから大道が、爽やかイケメンカットのカツラをそっと被せたからだ。


 ド派手に金に染めた髪をオールバックにした、職務質問待ったなしの不審者のような外見な刈谷が爽やかイケメンカットのカツラを被ることによって、奇抜なセンス以外、目鼻立ちは整っていて高身長の刈谷はモデルのようなイケメンに生まれ変わる。


 あまりの刈谷の変化に耐え切れずにアリスはもちろん、大道と美咲は吹き出した。


 そして、自分の変化に気づくことなく、刈谷はアリスの吐いた毒にショックを受けて苦し紛れの反論をしていた。


 イケメン爽やかカットの刈谷を見た女性たちは一瞬彼に見惚れてしまい、モテない彼にも春が訪れるが――自身の異変に気づき、脱いだカツラを地面に叩きつけて、元の姿に戻った彼を見てすぐに春は過ぎ去った。

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