第10話
あの攻撃から感じた殺気と感情――あれは間違いなく奴だ。
だけど、奴はもう消滅したはずだ。
リクト君、アリシアさん、プリムちゃん、大和君、そして、エレナさんの力で……
私は確認していないが、奴の消滅を大勢の人が見ていたんだ。
もう、いない……そのはずなのに……
騒動が収束し、アリスたちに自分が無事であるという連絡をし終えたセラは、騒動の際に分かれた麗華とサラサの元へ向かいながら、先程自分に仕掛けられた怒り、恨み、殺意、すべてのどす黒い感情が込められた攻撃を思い返し、険しい表情を浮かべていた。
アリスからの連絡が先程の騒動もアルトマンたちが関わっていることがわかったのだが――それよりも、セラの頭の中を支配しているのは、過去の亡霊だった。
何度も否定しても、頭に浮かぶのは自分や、自分の幼馴染、そして、大勢の人間を苦しめた憎き仇敵の姿だった。
……本当に蘇ったのか? しかし、どうやって……
――いや、理由なんて関係ない。
また私の前に現れて大勢の人を、友達を傷つけるなら何度でも相手にするだけだ。
仇敵が蘇ったかもしれない事態に動揺しつつも、セラは静かに闘志を漲らせた。
「ああ、セラ。無事でしたのね。まあ、あなたならば当然ですわね」
「麗華こそ、無事だったみたいだね。サラサちゃんも、怪我はない?」
一人決意を漲らせるセラの前に現れるのは、セラが探していた麗華とサラサだった。
無傷のセラを見て当然だと言わんばかりに、それでいてちょっと安堵したように微笑む麗華と、申し訳なさそうにセラを見つめるサラサ。
無事な二人の姿を見てセラは安堵の息を漏らして、彼女たちに駆け寄った。
「アリスちゃんから聞いたけど、この騒動にやっぱりアルトマンたちが関わっているみたいだ」
「ええ、私も聞きましたわ。こんな大胆な真似をして私たちを狙うとは、大和の推理は正しかったのかもしれませんわね。忌々しいことに――それよりも、随分執拗に狙われていたようでしたが、狙った人物に何か心当たりはありますの?」
「わからない――けど、目星はついているかな」
「……何者ですの?」
「まだ、何とも言えないよ。下手なことを言って混乱させたくないからね……過去の亡霊が蘇ったかもしれないなんて、滅多なことは言えないよ」
「ま、まさか……それは本当ですの?」
「だからまだ何とも言えないよ……姿を確認したわけじゃないし、それに、どこか気配も以前とは違うような気がしたし」
過去の亡霊――その言葉を聞いただけで、セラを狙った人物の正体が大体理解できた麗華は、驚愕に目を見開いたが、まだ確証はないというセラの言葉を聞いて、驚きの声は上げなかった。
その代わり、隣にいるサラサを厳しい目で睨むように見つめた。
「サラサ、私に避難経路を教えてくれたのは感謝しますが、セラが狙われているとわかったのなら、私よりもセラと一緒にいるべきでしたわ」
「ご、ごめんなさい……セラお姉ちゃん」
狙われているセラよりも自分の身を守ってくれたサラサに感謝しつつも、自分よりも危険な目にあっていたセラと一緒にいなかったことを咎める麗華。
麗華の言葉に何も反論できないサラサはただただ深々と頭を下げてセラに謝っていた。
「気にしないで、サラサちゃん。突然の事態だったんですし。それに、私と一緒にいたらサラサちゃんが傷つく可能性もあったんですし、パニックになった周囲の人たちを麗華と一緒に落ち着かせてくれたから、被害が広がらずに済んだんですから」
「……本当に、ごめんなさいセラお姉ちゃん、お嬢様」
本心からのセラの言葉に、一瞬サラサは何かを口に出そうとして言葉を詰まらせるが、口に出そうとするのを堪え、ただただ謝った。
謝り続けるサラサに毒気を削がれた麗華は「もういいですわ、サラサ」と、これ以上今回の件について話せばサラサの罪悪感を募らせる一方だと思って話を替えた。
「取り敢えず、これから私たちは今回の騒動の情報をまとめるためにアリスさんたち制輝軍と話し合いを行い、その後にお父様たちと話し合いますわ。セラ、あなたは狙われていると判明した以上、一人にはさせられませんわ。安全な場所に避難してもらいますわ」
「私の方は気にしないで……狙われているんだとしたら、誰にも迷惑をかけずに私一人になって誘き出したい。さっきティアと優輝に連絡して、情報収集にアカデミー外部に行っていた二人が戻ってきてくれるみたいだから、今回の件について話し合うよ」
「ティアお姉様と優輝さんならば、頼れる警備ですわね……ですが、相手があなたの思っている人物ならば、お二人も標的ですわ」
「奴が本当に蘇っているのなら分かれるよりも一か所で固まっていた方が、奴も狙いやすいから」
来るなら来い――そう言っているような好戦的な凄みのある笑みを浮かべているセラに、若干の不安感を残しつつも、アカデミーでも、世界でもトップクラスの三人ならば下手に手出しはできないだろうと思い、麗華は彼女の判断に任せることにした。
「ご武運を祈りますが、何かあればすぐに連絡をお願いしますわ」
「心配してくれてありがとう、麗華」
「フン! いよいよアルトマンと決戦という時に、貴重な戦力を大事にしたいだけですわ!」
素直ではない態度に麗華は「はいはい」と流しつつも、彼女の気遣いに感謝していた。
―――――――――
まさか、大和君の読み通り、アルトマンたちが動き出すとは……
いや、それよりも、セラが言っていたが――本当に奴が蘇ったのか?
……クソっ! 一体何が起きているんだ……
父さん、あなたは一体何をしようとしているんだ……
セラとティアの幼馴染である、白髪交じりの頭、少し幼さが残る整った顔立ちの青年・久住優輝は、風紀委員がアルトマンたちに襲われたという情報を聞いて、アカデミー外部で行っていた情報収集を切り上げて、セラが暮らすセントラルエリアの高層マンションへと急いでいた。
妹分であるセラの元へ急ぎながら、考えるのはアルトマン、セラを狙う敵、そして――アルトマンに協力している、自分の師であり父でもある父・久住宗仁のことだった。
世間はアルトマン・リートレイドが復活したということだけは知らされているが、父・宗仁が彼に協力しているというまだ世間には知られていなかった。
父・宗仁は数多くの事件を解決してきた、大勢の輝石使いから尊敬を集める伝説の聖輝士と呼ばれている人物であり、彼が関わっていると知られれば大きな混乱が生まれると容易に想像できたからだ。
幸い二週間前の騒動で父はアルトマンと違って素顔を露にしておらず、隠し通すことができたのだが――それが余計に息子である優輝に焦燥感を生み出した。
周りに迷惑を、これから大きな被害を与えるかもしれない父を早く捕えなければならない――その焦燥感と、息子としての使命感のままにこの二週間血眼になって父の後を追うとともに、アカデミーで暴れるまでの経緯を、同時に父の過去について調べて回っていた。
父の過去を調べれば、どうしてアルトマンとともにアカデミーを混乱に陥れるのか、理解できるような気がしたからだ。
過去のことを調べるにあたって、伝説の聖輝士としての輝かしい活躍を嫌になるほど聞かされたが、同時に『伝説の聖輝士』というネームバリューを大いに利用され、本人も知らず知らずのうちに汚いことに手を出してしまったことを知った。
そのことに関しては同情に値するが、今まで隠居していてアカデミーや世界に何があっても静観を決め込んで動こうとしなかったのにもかかわらず、今更になって行動する父に説得力も何もなかったし、愛弟子のセラとティアが尊敬する師が関わったことを知って傷ついたし、今回のようにセラが狙われたことになった件について優輝は絶対に許すわけにはいかなかった。
――何があろう、誰が来ようと関係ない。
目の前に現れるのなら、倒すだけだ……
アルトマン、蘇った仇敵、父――それらすべてを頭の中に浮かべながら、今改めて彼らを倒して止め、すべてに決着をつけるという覚悟を決めると――
「覚悟は決まっているようだな」
そんな優輝を嘲笑うように、背後から聞き慣れた声が響いた。
咄嗟にその声から距離を取りながら振り返り、チェーンに繋がれた自身の輝石を武輝である刀へと変化させた。
「良い度胸してますね、今の状況で俺の前に現れるとは」
「こちらも覚悟の上だ」
「それは結構――それで、どうしますか……父さん」
自身の前にいる、白髪交じりの長髪を結った、鋭利な刃物のように鋭く、力強い光を宿した双眸を持つ壮年の、しかし、実年齢よりも若干若く見える男――自身の父である久住宗仁に、優輝は明確な敵意と警戒心ともに激しい怒りをぶつけた。
それらを全身に受けながらも、「落ち着け」と宗仁は軽く受け流した。
「話がしたい」
「こっちが話をしたいと言っても無視を決め込んだのに?」
「……重要なことだ」
二週間前の騒動で何度も話をしたいと自分も、そして、弟子のセラやティアも頼んだというのに、肝心なことを何も言わずに立ち去ったことへの嫌味をぶつける息子に、宗仁は一瞬言葉を詰まらせてしまった。
重要なことを話したいという父に、悔しいが興味をそそられてしまう優輝。
「何を話すつもりですか? まさか、今更懺悔でも?」
「申し訳ないとは思っているが、懺悔するつもりは毛頭ない」
「随分面の皮が厚いことだ」
「迷いがないと言ってもらおう」
覚悟を決めている――なるほど、確かにその通りだ。
……ムカつくな。
言葉通り、覚悟を決めて迷いのない父の真摯な想いが伝わり、少しくらいならば話を聞いてもいいだろうと思ってしまう甘い自分を優輝は腹立たしく思ってしまった。
「……それで、話というの一体なんでしょう?」
「その前にセラとティアを集めてくれ。話はそれからだ」
「前回の騒動であなたが関わっていると知ったセラとティアは大きく傷ついたんだ。また、余計なことを話してあの二人を傷つけるつもりですか?」
「そんなつもりはない。だが、あの二人がいなければ私は何も話すつもりはない」
梃子でも動かない宗仁の頑なな意思を感じ取り、優輝は忌々し気に舌打ちをする。
「今この場であなたを拘束して、じっくりと話を聞いてもいいんだぞ」
「そうなった場合、私は激しく抵抗するだろうし、お前たちは二度と『真実』に近づけなくなるかもしれないぞ」
「わざわざ俺の前に出てきて脅しとは、本当にいい度胸をしていますね」
「こちらも覚悟の上だ――お前もわかっているだろう?」
本当に厄介だな……
……どうする? 相手の目的がわからない以上、従うのは危険だ。
だが、『真実』というのが気になる。
それに、こちらはアルトマン側の情報が乏しい。
少しでもアルトマンたちが次の一手に出る前に、先手が打てるようにしたいが――
罠の可能性も大いにありえる――……どうする?
父の覚悟を改めて思い知ると同時に、何か罠であるかもしれないという可能性がある以上父の提案に乗るべきか断るべきか迷ってしまうのだが――
「……頼む、優輝」
……卑怯だ。
深々と頭を下げて自分に頼み込む父の姿を見て、優輝は忌々し気に舌打ちをする。
父を、そして、自分自身に対しての苛立ちと怒りを募らせ、優輝は私情に走ってしまった。
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