第二章 忘れ去られた思い
第11話
「まさか、本当にアルトマンが動き出すとは……」
「しかし、幸いにも怪我人もなく目立った被害がなかったのはよかったと思う」
「煙幕のみで、前回のように大勢の協力者はいなかった――場当たり的な騒動だと感じるな」
「同感だ。もうアルトマンたちには協力者がいないという推理は当たっているのかもしれない」
「しかし、白葉ノエル、白葉クロノを圧倒した少女というのが気になるな」
「ああ。全世界の情報網を使って少女のことを調べたが当てはまる輝石使いはいなかった」
「それに、セラ・ヴァイスハルトが狙われたというのも気になる……」
「結局何もわからずじまい――いや、アルトマンの目的が僅かにハッキリしただけよかったか」
夜――ホテルの大宴会場ではアカデミー上層部たちが集まる中、大和と麗華が今回の件についての報告をした。
風紀委員が目立てばアルトマンは自分たちが目立とうと、必ず行動を起こすだろう――確証がない自分の推理がこれで実証されたことに、大和はニタニタと満足そうな笑みを浮かべて、ざわつく上層部たちの様子を眺めていた。
隣にいる、自身の思い通りになったことを喜んでいる大和の様子を麗華は面白くなさそうに見つめていた。
そんな麗華の視線に気づきながら、大和は正面にいる大悟を真っ直ぐと見つめて話を続ける。
「まあ、今回色々あったみたいだけど、アルトマンが動き出したってことは、僕の推理が間違っていなかったってことだよね、大悟さん、エレナさん」
「……まだ確証はないが、そう言えるだろうな」
「お見事です、伊波さん」
まだハッキリとはしていないが、アカデミートップの二人が自分の考えをある程度認めたことに、大和の笑みは増々嬉々としはじめる。
「それじゃあ、約束通り明日からの風紀委員の活動に、アカデミーの全戦力を使って警備してくれるよね? 風紀委員が目立てば、きっとアルトマンたちは行動を起こすだろうからね」
「しかし、今回の騒動でアルトマンたちはなりふり構っていないということも明らかになった」
更に風紀委員の活動を活発化させ、アルトマンたちを誘き出そうとする大和だが、アルトマンたちの行動が大胆不敵になり過ぎていることを憂慮している大悟は良い顔をしなかった。
張り詰めた緊張感に支配されていた室内が大悟から放たれる空気で一気に張り詰め、冷たくなるが、大和は平然とした様子で大悟の次の言葉を待った。
「今回の騒動で改めて思い知った。アルトマンたちは焦っていると」
「言い換えると、僕たちに追い詰められているってことじゃないかな? 周囲に被害を与えて攪乱するような真似をしなかったし、協力者も女の子以外誰もいなかったみたいだし」
「アルトマン相手に油断は禁物だ。追い詰められた獣は何をするのか見当もつかん。……半年前のアルトマン自爆騒動で思い知ったはずだ。あの時は無事に解決できたが、今度はそうなる保証はない」
「逃げ腰になり過ぎだって。半年前の騒動を経たからこそ、全員アルトマンに対しての警戒心が極限にまで高まってるんだ。相手がどんな行動をしたって、落ち着いて対応できるはずだよ」
「だが、周囲はどうだ? 今回の騒動、下手をしたら大勢の人間が巻き込まれ、傷ついていたかもしれないんだ。お前を信じずに人員を増やさなかった私の落ち度でもあるが、次どうなるのかわからない以上、風紀委員の活動はしばらく抑えるべきだ」
せっかくアルトマンたちが動き出したというのに、一気に守りに入ろうとする大悟に大和は仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らして肩を竦めた。
周囲が間に口を挟む余地すらなくなるほど徐々に白熱する大悟と大和に、麗華は「ちょっと、大和」と大和を制するが、構わずに大和は話を続ける。
「ここに来て一旦退くっての? それこそ信じられないよ」
「アルトマンが動き出すほど風紀委員が目立ったことを考えれば、相手は近い内に風紀委員以上に目立つために騒動を起こすはずだ。わざわざ風紀委員が出張る必要はもうない」
「その騒動で周囲に被害及んだら元も子もないよね? 元々風紀委員は周囲に被害が及ばないようにするための受け皿だったんだよ?」
「風紀委員が動き出す度に大勢の人間が集まるんだ。それを考えれば、風紀委員を動かすべきか否か、どちらが周囲に被害が及ぶリスクが高いのか自ずと理解できるはずだ」
「それを防ぐためにアカデミーの全戦力をかき集めるんだよね」
「かき集めた戦力も、貴重な人員であることを忘れるな」
「それを言ったら何もできなくなるんじゃないの? ――エレナさんはどう思う? リクト君のかわいい姿を見れなくなってもいいの?」
話は平行線となり、埒が明かなくなった大和は縋るような目を大悟の隣に座るエレナに向けると、エレナは小さく残念そうにため息を漏らした。
「……残念ですし、あなたとの約束を無下にするのも申し訳ありませんが、大悟と同意見です。しかし、アルトマンが動き出したのも事実。周囲への警備を盤石なものにするため、風紀委員の活動は少し時間を置いてから再開させた方が良いでしょう」
風紀委員の活動を抑えるべきだという大悟の考えに同意しつつも、時間を置いて風紀委員の活動を再開すべきだと譲歩するエレナに、大和はこれが最大の妥協点であることを察して諦めたようにため息を漏らし、「わかったよ」とこれ以上粘ることをやめるが――
「私は大和の意見に賛成ですわ」
ここで状況を更に混乱させるように、今までずっと黙っていた麗華の勝気な声が響き、全員の視線が彼女に集まった。
幼馴染が珍しく自分の意見を全面的に支持してくれるのを、彼女の隣にいる大和は意外そうに見つめていた。
「皆さんが思っている通り、アルトマンは今までにないほど積極的で大胆不敵になり、危険ですわ。しかし、ここまで躍起になっているということはつけ入る隙が十分にあるということ! 確かに何が目的かわからない得体の知れない相手をするのは恐ろしいことですが、相手はそれ以上に強大な私たちに恐れをなしているはず! 攻撃は最大の防御、今が攻め時ですわ!」
闘志を漲らせて麗華はそう宣言する。
熱意がある麗華の言葉だが、それだけでは上層部たちは首を横に振らなかった。
「まだ相手の目的が漠然としていませんが、周囲に被害を及ぼすことなくただ私たち風紀委員、そして、セラが狙われたということは、彼らの目的が取り敢えずは風紀委員やセラたちであるということ。重点的に私たち周辺の警備をすれば、被害を最小限に抑えられるはずですわ」
「今日は周囲に被害を与えなかったが、次はそうなる保証はない」
「もちろん、お父様が懸念される最悪な事態も想定はしていますわ!」
勢いのままに突っ切ろうとする麗華に釘を刺す父だが、「しかし――」麗華は止まらない。
「ここまでアルトマンが小細工を使わずに真正面から騒動を起こすということは、彼らも私たちと同様に決着をつけたがっているように感じますわ……ならば、彼らの意に沿って決着をつけて差し上げましょう」
アルトマンとの因縁をここで断ち切ろうとする麗華の考えに、上層部たちの表情に僅かながらにも闘志の炎が宿りはじめる。
「だから、お父様、エレナ様、この場にいる方々にお願いいたしますわ――どうか、アルトマンを倒すために、私たち風紀委員を存分に使ってくださいませ」
覚悟を決め、強い意思の光を宿した麗華の目がこの場にいる全員を射貫く。
得体の知れない相手に及び腰だった場の雰囲気が、麗華の一言によって熱くなっていた。
生まれた熱は徐々に肥大化し、アルトマンたちに対して積極的な姿勢になった上層部たちは今までの話し合いを一度白紙にして、もう一度検討することになった。
―――――――――
風紀委員が明日から今まで以上に更に大々的に活動することが決まると同時に、アカデミーから大勢の応援が来ることに決まったので、今までの警備を見直すために制輝軍はセントラルエリアにある本部で、集まって会議を行っていた。
今は制輝軍とは関係ないが、以前まで制輝軍を束ねていたノエルと、制輝軍内でもトップクラスの実力を持っていたクロノにも意見を求められたので会議に参加していた。
会議を終えたノエルとクロノは、長時間の会議を終えて若干疲れた身体を夜風に浴びてリラックスするために外に出ていた。
会議を終えてからずっと二人は黙ったままだったが、二人は同じことを考えていた。
父であるアルトマン、自分たちを圧倒した圧倒的な力と狂気を孕んだ少女――それ以上にそんな彼女を制した七瀬幸太郎について考えていた。
無表情のまま押し黙って考えている二人に、ちょうど二人と同じく夜風に当たってリラックスしたいがために、制輝軍を束ねている身で忙しいアリスを強引に連れ出して、外に出てきた美咲が「ハーイ♪」とご機嫌な様子で声をかけてきた。
美咲の声に、ワンテンポ遅れてノエルとクロノは反応した、
「どうしたの、二人とも難しい顔しちゃって」
「七瀬幸太郎さんのことを考えていました」
「オレもだ」
「あらあら♪ ウサギちゃんたちったら揃って春が来たって感じ? いやぁ、おねーさん興味津々だなぁ❤ 相談事ならおねーさんが何だって聞いてあげるからね☆」
「七瀬幸太郎――どんな人だったの?」
今日はじめて出会った七瀬幸太郎について考えているノエルとクロノに、思いきり勘違いしている美咲。そんなアホな美咲を放っておいて、アリスは淡々と話を進める。
アリスも七瀬幸太郎には興味を抱いていた。
二週間前の騒動で彼から没収したとされている、電流を纏った衝撃波を発射する銃・ショックガン――父が作ったはずなのに、肝心の父が作った記憶がないという不思議なショックガンを持っていた幸太郎を。
「一言で表すならば、能天気ですね」
「いや、ただのバカにしか見えなかった」
「何だかちょっとえっちな感じもしました」
「美咲とはまた別種なヘンタイだったな」
「……七瀬幸太郎について、よくわかった」
少女とノエルのスカートの中身を覗き見ていた幸太郎を思い出しながら、散々な感想を述べるノエルとクロノに、どんな幸太郎がどんな人物であるのか期待していたアリスは少しガッカリするが――「だが――」とクロノは話を続ける。
「不思議なヤツだった」
「ええ。七瀬さんと相対した時、正体不明の不思議な感覚に襲われてしまいました」
「その感覚のせいでオレとノエルは何もできなくなってしまったんだ」
「そういえば、鳳麗華も七瀬幸太郎と対峙して動けなくなったって言ってた……」
二週間前の騒動で幸太郎を目の前にしながらも、何もできずに見逃した麗華のことが頭に浮かんだアリスは、麗華と同様の感覚に二人が襲われたのではないかと推測するが――その不思議な感覚の正体がわからない以上、答えは何も出なかった。
そして――自分も七瀬幸太郎の名前を聞く度に、ノエルたちと同じかどうかはわからないが、説明できない不思議な感覚に襲われてしまっており、自分のことなのにわからない感覚に戸惑いを覚えてしまった。
「エレナ様と同じかそれ以上に煌石を操れる力を持っている七瀬幸太郎ちゃんに、おねーさんも興味は尽きないけど、今の興味はウサギちゃんたちが会ったっていう女の子のことかな?」
「同感。さっきの会議で二人は少女にかなりの警戒心を抱いていたけど……何かあったの?」
武輝を持ったノエルとクロノを体術だけで圧倒した少女に熱っぽい、好戦的な笑みを浮かべて興味を抱いている美咲に、彼女のように戦闘狂ではないアリスも興味を抱いていた。
ついさっきまで行われた会議で、少女と出会ったノエルとクロノはかなりの警戒心を抱いており、まだ確証はないにもかかわらず彼女がセラを狙った張本人であると断定していたからだ。
それ以上少女については語らなかったが、アリスは少女と出会った二人が、何か少女について知っているのではないかと感じていた。
「下手なことを言って混乱させたくないので、何とも言えません」
「……その少女の正体がそれほどまでに危険人物ってこと?」
「すみません、まだ何とも言えません」
「ただ――オレたちと同じ気配をした。それだけは言っておく」
「……なるほど。確かに下手なことは言えない」
何とも言えない状況だがクロノの言った一言でアリスと美咲は得心するとともに驚き、美咲に至っては至福の表情で絶頂していた。
クロノたちと同じ気配ということは、少女の正体は二人と同じくイミテーションである可能性が高く、下手のことを言ってしまえば周りが混乱してしまうほどの危険人物――
アリスと美咲の脳裏には一人の人物――過去の亡霊が頭に過っていた。
どうやって蘇ったのか、本当に本人なのか、どうして少女の姿をしているのか――様々な疑問があったが、それ以上にアリスは蘇ったかもしれない過去の亡霊が、アルトマンたちと手を組んでアカデミー都市内で何をするのか、不安の方が大きかった。
「うーん❤ 何が何だかよくわからないけど、一度ちゃーんとお相手してもらいたかったんだよね☆ 楽しみだなぁ、おねーさん高まっちゃうなぁ!」
不安を抱えているアリスとは対照的に、美咲は一人盛り上がっていた。
発情しきっている様子の美咲を見て、アリスは呆れるとともに、普段通りの彼女の姿に僅かにだが心に余裕が生まれた。
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