第20話
制輝軍本部を出たセラたちは、今回の件について落ち着いて話すためにアカデミー高等部校舎内にある風紀委員本部へと向かった。
途中、ティアも麗華たちと話しをしたいとセラに連絡してきたので、風紀委員本部で合流することになった。
麗華たちが風紀委員に到着すると同時にティアも合流すると、本革のソファに勢いよく深々と足を組んで腰掛けた麗華は「それにしても――」とさっそく話をはじめた。
話しがはじまると同時に窓際に立って夕日を浴びているティアと、麗華の隣に座っているセラは張り詰めた空気を身に纏った。
「枢機卿が次期教皇最有力候補を誘拐するとは、かなりの大事になってしまいましたわね」
ゆっくり話せる場所に到着してようやく一段落つけた麗華は、改めて今回の事件の大きさを思い知った様子で、深々としたため息交じりにそう嘆いた。
「すみません、麗華さん。サラサさんや幸太郎さんを巻き込んでしまって」
行儀よく背筋を伸ばして麗華の対面に座っているリクトは、麗華と、彼女の隣に座るサラサに申し訳なさそうに頭を下げ、隣に座る幸太郎にも「すみません」と頭を下げた。
強い罪悪感を抱いているリクトに向けて、麗華は百点満点の猫被りスマイルを披露する。それを見た大和と幸太郎は吹き出した。
「気にすることはありませんわ! サラサは突然アカデミーに現れたプリム様に関する情報を与えるために私がリクト様と一緒に行動するように命じたので、サラサが巻き込まれたのは私の責任ですわ――そこにいる役立たずの凡骨が巻き込まれたのは、自己責任ですわ」
「素直じゃないなぁ、麗華は」
「シャラップ!」
ワークチェアに深々と腰掛けて、風紀委員本部内にある最新デスクトップPCを操作しながら、麗華の発言を聞いて大和はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
神経を逆撫でする余計な大和の一言に、麗華は一瞬猫を被るのをやめて大和に噛みついた。
すぐに猫を被り直した麗華は、優雅な所作で腕時計をわざとらしく確認すると、不安そうにリクトを見つめた。
「現在、教皇庁本部では今回の事件にどう対応するのか、会議が開かれていますわ。それなのに、リクト様は会議に出席しないでよろしいのですか?」
「構いません。どうせ、無駄に長引くだけですから」
吐き捨てるようにそう言って、緊急で開かれている会議に出席する意思がまったくないリクトの答えを聞いて、PCを操作するのを中断して大和は楽しそうな笑みを浮かべた。
「それなら、教皇庁の判断を無視してリクト君はこれからどうするのかな?」
「もちろん、プリムさんを助けに行きます」
意地悪な大和の質問に迷うことなく、友人であるプリムを助けるという固い意志が込められた言葉でリクトは宣言するようにそう言った。そんなリクトの決断力を目の当たりにして茶化すように拍手を送る大和は、意地悪で試すような目を彼に向けた。
「でも、枢機卿に手を出すってことが、次期教皇最有力候補である君の立場にどんな影響を及ぼすのか理解してる? いくら次期教皇最有力候補、それに、教皇の息子であっても、教皇庁の利益になる枢機卿に手を出したら大変なことになると思うけどな?」
「ご忠告感謝しますが、それでも僕は助けに行きます。立場に縛られて友達を助けに行けないのなら、そんな立場なんていらない」
「君の行動のせいでお母様の立場を悪くして、失望させることになっても?」
「人を助けたくらいで『教皇』の立場が揺らぐなら、教皇なんて存在する必要はありません」
現実を思い知らせる大和の言葉に、怯まずにリクトはそう言ってのけた。
次期教皇最有力候補である自分の立場を捨ててプリムを助けようとするリクトの気概に、「おー」と感心したように幸太郎は呑気な様子で拍手を送った。
意地悪な質問を繰り返した大和は、リクトの意思が変わらないことに諦めたようにため息を漏らすと、楽しそうな笑みを浮かべた。
「僕もリクト君に協力する」
「ありがとうございます、幸太郎さん」
プリムを助けようとするリクトに、一人気合を入れている幸太郎も同調するが――「待て」と勢いのままに動こうとするリクトと幸太郎を制する冷たい声が響いた。
声の主は、窓際に立って合流してから今までずっと黙っていたティアだった。
ティアは脅すような冷え切った目をリクトと幸太郎に向ける。彼女から発せられる溢れんばかりの威圧感に室内の空気が一気に張り詰め、リクトは気圧されてしまった。
「リクト、お前の気持ちは十分に理解できるが、今は教皇庁に判断を任せるべきだ」
プリムを助けたいと思うリクトの強い意志を真っ向からティアは否定する。
「腐ってもセイウスは枢機卿だ。多くの大企業や、権力者とのつながりがあり、教皇庁にとって利益になる存在だ。考えもなく勢いのままに手を出したら力のある大勢の人間を敵に回すことになる。それを理解した上で、お前は枢機卿に立ち向かうというのか」
「もちろん、僕はその覚悟をしています」
「その気概は立派だが、幸太郎はどうだ?」
「そ、それは……」
ティアの威圧感に怖気づくことなく、枢機卿と立ち向かう覚悟はできていると言い放つリクトだが、幸太郎のことを持ち出されてリクトは複雑な表情を浮かべて押し黙ってしまう。
「僕は別に――」
「私もティアと同じ意見です」
呑気な様子で自分は別に構わないと発言しようとした幸太郎を、ティアに同意を示すセラの厳しい言葉が遮った。
「今までは勢いで何とかできたのかもしれませんが、今回は違います。相手は力ではなく『権力』を持つ枢機卿。勢いのまま手を出すのは危険です。教皇庁の判断を待つべきです」
感情を押し殺した淡々とした口調で自分の意思を説明すると、セラは対面に座っている幸太郎に鋭い視線を向けた。
「リクト君は『力』を持っている。だけど、幸太郎君は『力』を持っていない。ロクに輝石の力を扱えないのに、今回の事件に首を突っ込むのは危険です」
「でも、僕はプリムちゃんを助けたい」
「いい加減自分の身の程を弁えてください」
脅すような鋭い目を向けて、溢れ出すような感情を堪えて幸太郎に忠告するようにセラは厳しい言葉を放つが、彼の意思は微動だにしない。
リクトと幸太郎、セラとティアの意見の対立に室内の緊張感が限界まで高まった。
麗華とサラサは二組の様子を困惑しきった様子で眺め、大和は楽しそうに観戦していた。
「セラさんとティアさんの気持ちは理解できました。僕も、幸太郎さんを危険なことに巻き込みたくはありません――でも、それ以上に教皇庁の判断を待つことはできません」
セラとティアの意見にある程度の理解をしながらも、二人の意見にリクトは従うつもりはなかった。「別にいいのに」と幸太郎は言っているが、誰も聞いていなかった。
「今回の騒動は枢機卿が犯した前代未聞の大事件。今まで教皇庁は枢機卿の不祥事を隠して来ましたが、今回は大勢の目撃者もいて、次期教皇最有力候補のプリムさんが誘拐されたということで事件を隠すことは不可能でしょう。枢機卿という教皇庁にとって利益になる存在が犯した事件の対応を、長い時間をかけて教皇庁は決めるに違いありません……でも、そんな長い時間は待っていられません」
緊急会議を開いて、利益を気にして対策を練るのに熟考する教皇庁上層部の様子が目に見えて容易に想像できたからこそ、リクトは教皇庁の判断を待てなかった。
それに加えて、先程セイウスと対峙した時のことを思い出し、リクトは自分の意見を曲げられなかった。
「セイウスさんと対峙してわかりましたが、前回の事件で周囲の信用を失った彼は、僕やクロノ君、それ以上にプリムさんに逆恨みをして、強い憎悪を抱いていました。そんな人間と長時間一緒にいれば、プリムさんが危険です。だから、教皇庁の判断なんて待っていられません」
「その結果、幸太郎やお前の周りにいる人間を巻き込んでも同じことが言えるのか」
「それなら、ティアさんたちはプリムさんがどうなってもいいんですか?」
お互いの言葉が胸に深々と突き刺さり、ティアとリクトは沈黙してしまう。
室内に気まずい沈黙が流れている中、空気を読まずに幸太郎が口を開いた。
「僕も見て見ぬ振りはできないし、するつもりはないよ」
「見て見ぬ振りをしているわけではありません。教皇庁の判断に従って、プリムちゃんを助けるだけです。……お願いです、幸太郎君。力のないあなたがこれ以上この事件に深く関わって、無茶をしないでください。今回は今までの事件とは違うんです」
必死なセラの懇願だが、幸太郎はいっさい退こうとしない。
「力がないって理由だけで、何もしない言い訳にはならないよ」
「私とティアは幸太郎君を守ると誓いました。それなのに、守るべき対象の幸太郎君が無茶ばかりしていれば、守ることができなくなってしまいます」
「ごめんね、セラさん。それでも、僕はプリムちゃんを助けたい」
「いい加減にしてください! どうしてわかってくれないんだ!」
幸太郎の身を案じているのに、理解してくれないことに苛立ちの声を上げるセラ。感情的になっているセラを、普段は呑気な幸太郎も驚いたように見つめていた。
セラの怒声が室内に響き渡ると、室内の空気が静まり返った。
感情を抑えきれずに声を荒げてしまったセラは、気まずそうな表情を浮かべて黙った。
話が続くにつれて、リクトと幸太郎、セラとティアの間の溝は広くなってしまっていた。
議論が途切れてしまい、しばらく室内に気まずい沈黙が流れるが――「ウォッホン」とわざとらしく、気まずそうに咳払いをした麗華が沈黙を打ち破った。
「みなさんの話を聞いていましたが、どちらも正しいとは思いますわ」
雰囲気が悪い室内で、若干緊張した面持ちの麗華は声高々にそう言って、「しかし――」と断固たる声で話を続けた。
「私はプリム様を助けることに賛成ですわ」
「本気で言っているの? 長年教皇庁と反目している鳳グループトップの娘である麗華なら、枢機卿に手を出すことがどれだけ危険なことなのかわかっているはずだ」
幸太郎とリクトを支持する麗華に、セラは驚くと同時に苛立ちを覚えた。
隣に座る麗華をセラは怒りと苛立ち、それ以上に不安を宿した目で睨んだ。
「十分に理解していますわ。セイウスさんが危険なことも、教皇庁の判断が遅いことも」
「でも、今回の事件に下手に手を出してしまえば、幸太郎君が危険に巻き込まれるかもしれない。もちろん、大悟さんにも迷惑がかかるし、下手をすれば信用を失っている今の鳳グループにとって致命的なダメージになるかもしれないんだ」
現実を突きつけるセラの言葉で、鳳グループトップである自分の立場を思い知らされて一瞬言葉が出なくなってしまう麗華だが、すぐに曲げない意思を宿した顔をセラに向けて言い返す。
「鳳グループトップの娘という立場である前に、私は鳳麗華という一人の人間として、プリムさんを助けるべきだと言っているのですわ」
「それなら、麗華は無謀な行動で周りの人が巻き込まれても別に構わないというの?」
「それを言うならセラだって、激しい憎悪を宿した枢機卿に攫われたプリム様を――一人の少女を見捨てようとしているのではありませんか? 随分薄情ですわね」
「そんなつもりはない。私はただ、もう少し落ち着くべきだと言っているんだ!」
「結局同じことですわ! 判断が遅れればその分、プリム様に危険が及ぶのですわ!」
「麗華の覚悟関係なく、勢いで行動すれば周りに人間に迷惑がかかると言っているんだ!」
お互い熱が入るセラと麗華の議論に、「はい、ストップ、ストップ」とヒートアップしている二人の間に大和は割って入った。
「熱くなるのは結構だけど、差し迫った状況で建設的な議論をしたいならもっとクールダウンした方がいいんじゃないの?」
珍しくもっともな発言をする大和を意外に思いつつも、彼女の言う通りにセラと麗華は昂っていた気分を落ち着かせた。
「きっと、今回の前代未聞の騒動で、教皇庁はセイウスさんを不承不承切り捨てることになると思うよ。まさに盛者必衰、自業自得だね。だから、セラさんやティアさんみたいに、そんなに慎重にならなくてもいいんじゃないかな?」
「それなら、お前はプリムを助けに向かうことに賛成するということか?」
絶対零度の鋭いティアの視線を向けられても物怖じすることなく、おどけたような笑みを浮かべて大和は「まあ、そうなるよね」と、麗華と同様にリクトと幸太郎を支持した。
「当てにならないお前の予想を信じられると思うのか?」
「そう言われると反論できないけど、慎重になり過ぎて臆病になって何もしないよりかはマシだと思うけど?」
煽るような大和の一言に、無表情ながらもティアの全身から静かな怒気が溢れ出す。
呑気で鈍感な幸太郎でさえも息を呑むほどの静かなティアの怒気に、へらへらした笑みを浮かべながらも、目だけは真面目な大和はジッとティアを見つめていた。
「幸太郎君を心配しているのはわかるけど、輝動隊№2だったティアさんが何をそんなに怖がってるの? ティアさんってそんなに臆病者だったっけ?」
「臆病になったつもりはない。私は現実的に考えているだけだ」
煽るような大和の言葉に過剰に反応することなく、ティアは淡々と答えた。
「素直じゃないなぁ、ティアさんは。自分の本心を偽っちゃダメだよ」
「長年自分自身を偽り続けてきたお前に言われたくはない」
「……それを言われると、結構傷つくなぁ」
つい最近まで性別を偽るとともに、自分の本心を隠して偽ってきた大和に容赦なく痛いところをついてくるティアに、参ったと言わんばかりに苦笑を浮かべる大和。
「話は平行線のまま動かないか……それじゃあ、ティアさんとセラさんはどうするの? 僕たちは自分の意思を曲げるつもりはないんだけど」
煽るような軽薄な笑みを浮かべ、挑発的に大和はティアとセラを見つめた。大和の言葉に同意をするように、麗華とリクトも二人を睨むように見つめた。
「お二人には申し訳ありませんが、私も退くつもりはありませんわ」
「僕だって退く気はありません。二人は正しいかもしれませんが、僕からしてみれば間違っていると思います」
自分の意思をいっさい曲げるつもりのないリクトと麗華。二人に遅れて、「あ、僕も」と幸太郎は能天気な様子で挙手して、二人に同意を示した。
「……それなら、お前たちを止めるだけだ」
ティアの言葉と同時に、周囲を圧倒するほどの威圧感をセラは放った。
お互い一歩も退かない状況に室内の空気は限界まで張り詰めてしまった。
何かきっかけさえあれば、お互いにぶつかり合う寸前の一触即発の空気だったが――
「やめて!」
今まで黙っていたサラサが悲鳴にも似た声を上げると、ヒートアップしていたセラたちは一気にクールダウンした。
「勝手にしろ。だが、お前たちが自分の意思を貫くというのなら、覚悟はしておけ」
最後の忠告をしたティアは部屋から出ようとする。そんな彼女に続くように、セラもソファから立ち上がった。
「容赦はしないということだけは覚えておいてください」
麗華たちに釘を刺すように、それ以上に、自分に言い聞かせるようにセラはそう言って、ティアとともに部屋から出る。
振り返ることなく立ち去るセラたちを、麗華たちは呼び止めることはしなかったが――「セラさん、ティアさん」と空気も読まずに幸太郎は二人に声をかけた。
「心配してくれてありがとう」
お互いの考え方がぶつかり合っても、それでも自分を心配してくれているセラとティアに、幸太郎は呑気にも感謝の言葉を述べた。
幸太郎の感謝の言葉に、部屋から出ようとした二人は一瞬だけ歩みを止めて立ち止まったが、すぐに歩きはじめて振り返ることなく部屋から出た。
セラとティアが部屋から出て、ようやく張り詰めていた室内の空気がだいぶ和らいだが――考え方の違いで二人と対立してしまったことで、室内の空気は重苦しくなってしまっていた。
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