第30話

「リクト君が作ってくれたオニギリ、すごく美味しい」


「ちょっと! それはあなたの分だけではないはずですわ! 私にも残しなさい!」


「じゃあ、はい、あーん」


「ひ、一人で食べられますわ! ……で、ですが、今は手が汚れているので、お言葉に甘えますわ……あぁ、さすがはリクト様、おかかのオニギリは最高ですわ!」


「食べかけだけど、こっちの唐揚げマヨも美味しいよ。交換しようよ」


「こ、交換とは……な、何と不埒な!」


 ……むぅ……

 随分、二人仲が良いな……


 切羽詰まっている状況だというのに、呑気にもリクトが作ってくれたオニギリを食べている幸太郎に呆れるとともに、適当な理由をつけてオニギリを食べさせてもらっている麗華をじっとりと見つめながら、セラはムッとしていた。


「食事をするのはいいですけど、もう少し状況を考えてください。幸太郎君だけじゃなくて、麗華も」


「セラさんも食べる? 梅干し残ってるけど……はい、あーん」


「うぅ……い、今は結構です」


 周囲にいる輝石使いを倒し終え、息を整えるためにゆっくりしているが、それでもまだアカデミー都市内には大勢の操られた輝石使いたちが暴れていた。


 まだ油断はできないというセラの指摘に、幸太郎にオニギリを食べさせてもらって熱に浮かされた表情を浮かべていた麗華は「わ、わかっていますわ!」と慌てて我に返る。


「ですが、アカデミー都市内で暴れる輝石使いたちはほぼ鎮圧したとの情報が入ってきましたわ。無事にアリスさんたちもアカデミー上層部の方々と合流して、応援を引き連れてここに来るとのことですし。何と言っても、ファントムの活躍ですわ。敵にすれば厄介だというのに、味方になった途端にあの活躍……忌々しい限りですわ」


「ファントムさん、カッコよかったしかわいかった」


 確かに、ファントムは強い……昨日の訓練を経て、更に強くなってるみたいだ。

 少女の体格に慣れてないみたいだけど、今日の戦いでだいぶ慣れた感じがする。

 ……それでも、多分アルトマンには……


 途中ヘルメスが何も言わずにどこかに向かった穴を十分に埋めるほどの活躍をした、大勢の敵を次々と薙ぎ倒すファントムを思い返しながら、心底癪でありながらもファントムの実力を麗華は認め、幸太郎は素直に感心していた。


 セラもまたファントムの実力を認めていたが、それでも賢者の石を持つアルトマンには敵わないと思っていた。


「というか、途中からいなくなったヘルメスと、戦い終えると同時にどこかに向かったファントムは一体どこにいますの? まったく! 一時的に協力関係を築いているとはいえ、勝手な真似をされたらいつ寝首を襲われるのかわかったものじゃありませんわ!」


「ヘルメスさんなら多分ノエルさんとクロノ君と一緒にいると思うよ。ファントムさんはまだ戦い足りないって言って、アルトマンさんと輝石使いの人を探しに行ったよ」


「これから本番だというのに勝手な真似をするとは許しませんわ!」


 麗華の気持ちはわかるけど……

 能天気な考えかもしれないけど、今のヘルメスとファントムは今までとは違う気がする。

 もちろん、相変わらず性根は曲がってるけど……

 でも、今までとは何か、根本的に違う気がする。


 勝手な真似をするヘルメスとファントムに怒り心頭の麗華。


 一方のセラは、この数日間かつては敵同士だったファントムとヘルメスと接して、彼らが大きく変わったことを漠然としないが感じていた。


「何だか天気悪くなってきたけど……雨降る前に終わるかな」


「そうですね……洗濯物干してきたので、ちょっと不安です」


「じゃあ、雨が降らない内に早く解決しないとね」


「まったく! 幸太郎は相変わらずですが、他人のことを注意しておいてあなたもだいぶ呑気ですわよ! セラ!」


 幸太郎と呑気な会話を繰り広げるセラと幸太郎に呆れる麗華だが、幸太郎は構わずに「そういえば――」と話を続けた。


「この事件が終わったら、セラさんたちはどうするの?」


「私は前にどこかで言ったと思いますが、長い間アカデミーに深く関わってきたので、このまま麗華の傍でアカデミーの未来を見続けたいと思います。それで私にできることがあるのなら、協力するつもりでいます」


 何気ない幸太郎の質問に、セラは淀みのない口調で自身の明確な未来を口にした。


 セラの将来を聞いて幸太郎は「なるほどなー」と納得して、麗華に視線を向ける。


「麗華さんはどうするの?」


「決まっていますわ! 現在建設途中の第二のアカデミーで実権を握ることですわ! この騒動が解決すれば、この私の実力が間違いなく認められてそうなることになるでしょう! アルトマンは忌々しいと思いますが、その点については感謝しますわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 自身の野望を口にして、高らかにうるさいくらいの笑い声を上げる麗華。耳障りなほどの高笑いにウンザリしながらも、麗華の野望を聞いた幸太郎は満足そうに頷いていた。


「そういう幸太郎君はどうするんですか? アルトマンとの決着を終えたら」


「今までみたいにこれからも僕はセラさんや麗華さん、みんなと一緒にいればそれだけでいいよ。それだけで」


「……フン! 一つの行動で迷惑ばかりをかけるあなたと一緒にいるのはもうウンザリしていますわ!」


「ぐうの音も出ない」


 ……幸太郎君。

 何だろう……胸がざわざわする……


 幸太郎の一言に麗華は照れを隠すように素直ではない態度を取るが、一方のセラは浮かない表情を浮かべていた。


 自分たちと一緒にいるだけでいい――それを強調した幸太郎に嬉しく思いつつも、セラには彼が何かアルトマンを倒すという覚悟以上の、何か別の覚悟を決めていることを感じたからだ。


「……無茶だけはやめてくださいね」


「もちろん。セラさんたちを信じてるから大丈夫」


 その覚悟が何かわからない以上、無茶をするなとしか言えないセラ。


 憂鬱そうな表情を浮かべるセラに、幸太郎は当然とばかりに力強く微笑んだ。


 そんな幸太郎の態度に、自重する気がないことに気づきながらも、セラにはいまだに拭えない不安が存在していた。


 しかし、そんな不安を払拭させるような幸太郎の力強く、そして、縋るような瞳が向けられると、「セラさん、麗華さん」と改まった様子で幸太郎は二人に話しかけた。


「アルトマンさんを倒すって約束するから、これが終わったら、また一緒に風紀委員の活動をしようね――約束だよ」


「もちろんです。ずっと一緒ですよ、幸太郎君」


「フン! まあ、あなたではなく、賢者の石の力はそれなりに使えそうですからね! まあ、風紀委員でいることを許可しましょう! その代わり、少しでも迷惑を掛けたらすぐにでも離れていもらいますわよ!」


 力強い笑みを浮かべての幸太郎の約束。


 簡単な約束だった――だからこそ、セラは当然だと言わんばかりに頷き、麗華は心底仕方がないと言った素直ではない様子で頷く。


 二人が自分の約束を受け止めたことに幸太郎は安堵した様子で微笑むとともに、改めて覚悟を決めた様子で視線を誰もいない前に向けた。


「準備万端です」


 ――この気配!

 まさか……


 何気なく放たれた幸太郎の言葉とともに、セラは周囲の空気が変わったことに、そして、彼の視線の先に悠然とした足取りで一人の人物が近づいてきていることに気づいた。


 その人物――アルトマン・リートレイドは、幸太郎を守るセラや麗華など眼中にない様子で、自分の気配に誰よりも気づいた幸太郎を興味深そうに見つめていた。


「なるほど、賢者の石の力を感じ取って、私の気配に気づいたということか」


「何だかさっきから胸がドキドキしてたので、もしかしたらって思って」


「胸がドキドキか――感覚的だが、それでも、それが賢者の石の気配だと気づいたということは、君の力は数日前に会った時よりも格段に向上しているというわけか。賢者の石同士がぶつかり合い、お互いに高め合っているということ……実に興味深い!」


 自身と同じ力を持つ幸太郎の力が、先日久しぶりに再会した時と比べて向上していることを感じ取り、アルトマンは嬉々とした笑みを浮かべた。


「呼ばれたから出てきたのだが、最後の語らいはもう終わったかな?」


「準備万端です」


「そうか――それなら、はじめようか。どちらの賢者の石が生き残るのか、賢者の石はどちらを選ぶのか! 運命の戦いを!」


 ――決着をつけてやる!


 高らかに最後の戦いのはじまりをアルトマンが宣言すると同時に、セラと麗華は最後の決着をつけるため、一目散に彼に飛びかかった。


 そして、幸太郎はヴィクターから渡された強化されたショックガンを手にして、カッコつけた構えをして、二人のフォローをしようとするが、目にも映らぬ二人の動きについてこれていなかった。


 迫る二人をアルトマンは何もせず、ただただ絶対的な自信に満ちた笑みを浮かべたまま佇んでいるだけだった。


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