第29話

「ところで――」


 無窮の勾玉がある深部に繋がる道で、絶え間なく襲ってくる大勢の輝石使いとの戦いで、全身で息をしながら満身創痍でありながらも戦い続けている刈谷は、消耗しきっているというのに変わらず力強い笑みを浮かべており、背中合わせに立っている大道に話しかけた。


 大道もまた刈谷と同じくボロボロの状態になっているが、それでも力強い表情を浮かべて「どうした」と刈谷の声に反応した。


 二人以外の味方は戦闘不能で立っておらず、残っているのは二人だけだった。


 味方もいなければ、身体もボロボロで追い詰められている状況だが、それでも二人は諦めることなく、余裕な表情さえも浮かべていた。


「昨日、俺がフラれたの周りにバラしたの、誰だ」


「美咲だ。たまたま通りかかって見ていたらしい。写真も撮ったようだ」


「あのバーサーカーバインボイン……終わったらとっちめてやる!」


 美咲への怒りをぶちまけるように、襲いかかってくる輝石使いを迎え撃つ刈谷。


 手にしていた特殊警棒を口に咥え、代わりに持ったショックガンの引き金を引いて吹き飛ばすが、それだけでは強化された輝石使いは怯んだだけで倒れない。


 だが、トドメに大道が数発放った火の玉のように揺らめく光弾が直撃して、ようやく気絶する。


 攻撃を終えた瞬間、連戦に次ぐ連戦でたまっていた疲労と怪我の痛みで一瞬顔をしかめる大道。そんな彼に向かって、間髪入れずに襲いかかる輝石使いたち。


 即座に刈谷は逆手に持った刀身に光を纏わせたナイフを振るって三日月形の斬撃を纏わせた衝撃波を放って、大道のフォローをする。


 刈谷が放った衝撃波は強化された輝石使いたちにとって牽制程度にしか役に立たなかったが、それでも隙を生み出したので大道は即座に彼らに飛びかかり、武輝である錫杖を勢いよく薙ぎ払う。


 大道の渾身の一撃を食らった輝石使いたちは、吹き飛び、壁に激突して気絶した。


 脅威はひとまず過ぎ去ったが、それでもまだまだ大勢の輝石使いたちが迫ってきていた。


 しかし、それでも刈谷は余裕で力強い笑みを浮かべており、大道も諦めている様子はなかった。


「絶体絶命の危機ってやつだけど、こういう時に恋人がいたら、愛の原動力でどうにかなるんだろうなぁ……きっと」


「純情な奴だ……だが、原動力になるのは間違いないだろう。事実、来月開かれる祝言のことを思えば、私は何度でも立ち上がることができるからな」


「そういえば、お前来月結婚するんだったけか……いいよな、幼馴染の許嫁って」


「ああ、いいものだ」


「すげぇムカつくんですけど!」


 幼馴染との結婚を控えて惚気る大道を見て、モテない刈谷は苛立ちを発散させるように手にしたショックガンを連射させ、自分たちを囲んでいた輝石使いたちを不用意に飛びかませないようにする。


「結婚式には是非とも呼んでくれよな! ぶっ潰してやるから!」


「招待はしたいが……お前と美咲は誘ってはダメな気がする……」


「大丈夫大丈夫! あ、ステーキ屋のマスターも呼んで、式場で肉を焼いてもらおうぜ」


「マスターを呼ぶのは賛成だが、肉のにおいが充満する式場――それは嫌だぞ。夫婦生活に支障をきたしそうだ」


「遺恨でも何でも、思い出に残ればいいんだよ。ということで、当日の式次第は俺に任せとけ。盛大に祝ってやるからよ、盛大に」


「お前にだけは任せてはならないという確信がある」


 邪悪な笑みを浮かべながら自身の結婚式をまとめようとする刈谷だが、彼が指揮をぶち壊すイメージしか沸かない大道は不安しか感じなかった。


 呑気に大道の結婚式の話をしている間も、二人は襲ってくる輝石使いたちを倒し続けた。


 お互い満身創痍の身だが、お互いをフォローしながら戦い続けていた。


「――まあ、ともかく結婚式はこれを終わらせてからだな」


「そうだな」


 そう言って刈谷はウンザリした様子でまだ大勢いる敵たちに視線を向けた。


 危機的な状況でもいつものように世間話をすることによって気を紛らわせ続けてきたのだが、それもそろそろ限界だった。


 何度も攻撃を食らいながらも、二人ともいっさい衰えさせることなく輝石の力を限界上に引き出した身体は消耗しきって、今にも倒れそうになっており、刈谷は切り札である目潰し爆弾や、トリモチ爆弾などの卑怯なアイテムも使い果たしてしまっていた。


 しかし、それでも二人は最後の最後まで抵抗を続けた。


 仲間たちのため、アルトマンを倒すために。


「この騒動、無事に終わったらまずはステーキを食いに行こう」


「同感だな」


「鳳の旦那か、エレナの女将さんに、奢ってもらえねぇかな。そんでもって、モテモテにならないかな。ラブレターを大量にもらえるかな」


「今時恋文とは古風な……しかし、風情はあるな」


「お前はどうすんだよ。これが終わったら」


「ふむ……あまり考えたことはなかったが……そうだな……お前がステーキ屋に行くのなら付き合おう。あ、その前に彼女に電話しなくてはならないな。今回の騒動に関わると聞いて心配していたからな」


「ラブラブ幼馴染にか? お熱い限りだねぇ。それでその後イチャイチャラブラブチュッチュ、昨夜はお楽しみでしたねパターンか? こりゃあベイビー授かり婚だな」


「い、今はまだ清い付き合いをする時だ! そ、そういうことは祝言を挙げた後だ」


「ラブラブ幼馴染はそれで満足してんのか? 欲求不満なんじゃないのか? 結婚前に欲求がたまってると、心が離れていくんだぞ」


「……それは一体どこ情報だ」


「俺がやってるゲームだ。大人のな」


「……悲しくなってくるな」


 現実でモテない悲しい現実が続き、二次元の世界に片足を突っ込んでしまっている刈谷に大道は悲しくなってきていた。


 そんな悲しみを紛らわせるために大道は戦い続けるが――ここで、体力の限界からか、死角から襲いかかってきた敵に気づかずに、大道は一撃を食らってしまう。


 満身創痍の身で食らった一撃に意識が飛びかかるが、大道は怯みながらも堪える。


 怯んだ大道のフォローに回ろうとする刈谷だが、間髪入れずに飛びかかってきた輝石使いに頭を掴まれ、そのまま床に叩きつけられて組み伏せられた。


 刈谷の拘束を解こうとする大道だが、複数人に羽交い絞めにされてしまった。


 満身創痍であるのに加え、強化された輝石使いの腕力は凄まじく、もがいても拘束を解くことができなった。


「できれば、女の子に組み伏せられたかったんだけどな」


「悠長なことを言っている場合か」


「俺は動けねぇけど、お前は」


「無理だ。輝石の力を使えるか?」


「力はカラッから。念仏でも唱えるか?」


「冗談を言え」


「ああ、冗談だ」


 絶体絶命の状況になっても、決して諦めない二人。


 何とかもがいて拘束を解こうとするが、もがく二人に向けて容赦なく武輝が振り下ろされる――が、その武輝は振り下ろされることはなかった。


 もがく二人に攻撃を仕掛けようとした輝石使いたちは倒れ、二人を拘束していた輝石使いたちも後ろのめりに倒れて気絶してしまっていた。


 突然助けられて安堵する二人だが、それがすぐに驚愕へと変化した。


 二人を助けたのは、先へ向かったティアたちでも、応援に駆けつけてきた麗華たちでもなかった――この場にいないはずに人間だからだ。


「――やあ、お待たせ♪」


 幸太郎を彷彿とさせるような場違いなほど呑気な声、手には死神が持つような大鎌――ではなく、穂先に鎌のように刃が伸びた槍を手にした、ボーっとした顔の青年・嵯峨隼士さが しゅんじは、倒れている刈谷と大道に能天気なほど明るい笑みを向けた。


 かつてアカデミー都市内で事件を起こして特区に収容されていた人物であり、自分たちの友人がどうして目の前に現れているのかという疑問が当然刈谷たちには浮かんだが、変わらぬ友人の様子を見て、その疑問が吹き飛ぶとともに力が湧いてくるような気がした。


「よお、嵯峨」


 久しぶりに外で会う友人に、刈谷は立ち上がりながら相変わらずの力強い笑みを浮かべて驚きもせず、普段通りの挨拶をする。


「やあ、ショウ。だいぶ追い詰められていたみたいだけど、大丈夫?」


「バカ言えよ。まだまだ余裕だっての」


「そう言っているみたいだけど、キョウさん、どうなの? キョウさんもボロボロだけど」


「刈谷の言う通り、まだまだ余裕だ」


 心配そうに見つめてくる嵯峨に、刈谷と大道は力強い笑みを浮かべた。


 久しく見る友の元気そうな姿に、さっきまで追い込まれるほど二人は満身創痍であったというのに、すっかり元気になっていた。。


 久しぶりに会ったというのに驚きも感動もしない、まるで想定通りだと言わんばかりの態度を取る二人を見て、嵯峨は不満げな表情を浮かべていた。


「二人ともどうして僕がここにいるのか聞きたくないの? 感動的な再会になると思って、特にショウは涙を流すと思ったから苦労してここに来たのに――と言っても、だいぶ片付いてたから、簡単にこれたんだけどさ」


「誰が泣くかっての!」


「そう言いつつ、少し涙目になっていたのは事実だ」


「余計なこと言ってんじゃねぇよクソ坊主! ――それよりもさっさと片付けてステーキ食いに行こうぜ」


「もちろん、ショウの奢りで?」


「ふざけんな! 俺らに迷惑かけたんだからお前の奢りだろうが!」


 久しぶりに集まる三人の友人は大勢の輝石使いに囲まれているというのに、能天気にも明るく会話していた。


 まだ大勢の輝石使いが残っているが――力が戻ってきた刈谷と大道、そして、嵯峨が揃った時点で、三人はもう敵はなかった。

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