第28話


「まだこんなにもいたとは……ええい、邪魔だ! 有象無象どもめ!」


 目の前にいる大勢の賢者の石に操られた輝石使いを見て、挫けそうになる心に喝を入れるように、苛立ちの声を張り上げる貴原。


 一々声を張り上げる貴原とは対照的に、クロノとノエルは目の前にいる大勢の輝石使いたちを前にしても冷静沈着に状況を観察していた。


「こちらの戦力は貴原、ノエル、オレを入れて三――いや、二人か……少し悪いな」


「ええ。ただでさえ足枷がいるのにこの数、少々厳しいでしょう。しかし、アリスさん率いる部隊が援護をしてくれるので、ある程度は凌げます」


「心強いが、アリスの他にもう一人頼れる戦力がいた方が安定して切り抜けられたか……」


「この状況で贅沢を言うのはやめましょう」


「そうだな。その分オレがフォローすればいいだけだ」


 ただいるだけの貴原とは対照的に、遠距離から強力な援護をしてくれるアリスの存在に、心からクロノは心強いと思っていた。


「だが、ここで逃げるわけにはいかないのだ! 貴様らを打ち倒せば、アカデミー上層部の僕の評価が鰻登り、円満出世! そうすれば、セラさんも……! ええい! 行くぞ!」


 最初から戦力と実力差を考えていない憐れな貴原は、野心を滾らせて一人で勝手に盛り上がり、クロノとノエルが制止させる間もなく武輝を振り上げ、勢いのままに道を阻む敵たちに飛びかかった。


 見栄えだけを気にした隙だらけの動きでも、どこからかともなく放たれるアリスが率いている遠距離攻撃主体の武輝を持つ部隊からの援護のおかげで、最初は善戦していた貴原だったが、数の暴力には敵わずに、憐れにボコボコにされて一時撤退を余儀なくされる。


「ノエルさん、クロノさん……気をつけてください、奴ら、かなりの実力を持っているようですね……まさか、この僕を圧倒するとは……」


 満身創痍で全身で息をしながら偉そうに警告する貴原をノエルとクロノは冷めた目で見つめ、イヤホンからアリスの深々とした嘆息が届いた。


『ノエル、クロノ、アホは放っておいて早く先に進もう。私たちが援護するから目的地まで突っ切って』


「待て、アリス。ある程度ここで引き留めなければ、ここにいる大勢の輝石使いたちを目的地へと連れ込んでしまうことになってしまう」


「それに、考えもなく突撃すれば隙を見せることになってしまい、返り討ちにされる可能性も大いにありえます」


『でも、代替案を考える時間も、立ち止まっている時間ない。後々の負担にならないように、できる限り真正面からの敵を撃ち漏らさないように相手にして進もう』


 自身の指示に反論するノエルとクロノの言葉を正しいと思いながらも、アリスは強大な戦力を目的地まで向かわせることを優先させた。


 申し訳なさそうに放たれたアリスの指示に、状況が切羽詰まっていることを痛感したノエルとクロノは、これ以上反論することなく「了解」と彼女の指示に従い、手にした武輝をきつく握り締め、静かに二人は闘志を漲らせて道を阻んでいる敵たちに向けて歩きはじめる。


『全力で援護する。だから、前へ進むことだけを考えて』


「頼りにしてます、アリスさん」


『ドンと任せて』


 自身を心強く頼りに思ってくれているノエルの言葉に、アリスは声を弾ませて喜ぶ。


 ある程度前進したノエルとクロノは二人同時に両足に力を込め、一気に道を阻む敵たちとの間合いを詰めて交戦を開始しようとするが――


『――待って』


 不意に放たれたアリスの声が二人の足を止めた。


『誰か、近づいている――これは――……』


「どうした、アリス。誰が近づいているんだ」


 何者かが近づいているのを発見したアリスの声は驚いている様子だった。


 クロノの質問にアリスが答えようとした瞬間――突然、クロノとノエルの間に赤黒い光を纏った衝撃波が横切り、前方にいる敵が吹き飛んだ。


「七瀬幸太郎周辺の輝石使いたちはほとんど無力化された。ここの敵を引き留める役は我々に任せて、お前たち遠距離攻撃主体の部隊はアカデミー上層部の人間のフォローに回れ」


『……了解』


 淡々と幸太郎たちの状況を伝えてアリスに指示を送ってノエルたちの前に現れるのは、武輝である禍々しい形状の剣を手にしたヘルメスだった。


 アルトマンを倒すことを最大の目的として、幸太郎と一緒にいるはずだったヘルメスがなぜ突然この場に現れたのか、アリスは疑問が尽きなかったのだが、その理由を聞くのは野暮だと思い、深いことは何も尋ねずに彼の指示に従うことにした。


「そ、それなら、僕も先に向かいましょう。下手にあなたたちの間に入れば、足手纏いになりますからね……」


『まあ、囮くらいには役に立てるか……貴原、今の攻撃のおかげで前方の道が開けたからすぐに先に進んで。そこを抜けたらできるだけ敵と遭遇しない目的地までのルートの案内をするから指示に従って』


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! この僕にドンと任せてください!」


 自分の評価を少しでも上げるために満身創痍でありながらもまだ先へ進む気満々の貴原に期待はまったくしていないが、彼のしつこさと頑丈さは囮程度には役に立つと思ったアリスは、彼を存分に囮として使うつもりで先へ進むことを許可した。


 さっそく貴原はヘルメスが切り拓いた前方の道へと向かった。


 貴原がいなくなり、静かになるヘルメスとノエルたち――いまだに二人は危機的状況にヘルメスが現れたのが信じられない様子で驚いていた。


「何を呆けている」


 心底不承不承といった様子で放たれたヘルメスの言葉に、ノエルとクロノは我に返る。


 我に返った二人は、貴原の後を追おうとする敵たちに向けて、光を纏った武輝を振るって放った衝撃波を発射する。二人が放った衝撃波は的確に貴原を追おうとする敵たちに直撃し、彼らを吹き飛ばして戦闘不能にさせた。


「どうして、ここに」


 いまだに信じられないと言った様子で、それ以上に僅かに期待が込められた様子でノエルは恐る恐るヘルメスにそう尋ねた。


 勘違いしているノエルに、それ以上にここに来てしまった自分を嘲笑うように、ヘルメスは一度鼻で大きく笑った。


「勘違いするな……ただ、心に従った結果、身体が勝手に動いただけだ」


 一瞬答えを詰まらせて、ヘルメスは素っ気なくそう答えた。


 ヘルメスは別に生み出した二人への父性からここに来たわけではなかった。


 ただ、ノエルとクロノと別れた時、ヘルメスの胸の中にある何かが二人を追えと命じ、それに従っただけであり、二人に対しての思いは何もなく、打算もなかった。


 ただ、二人や幸太郎に言われた通り、アルトマンのイミテーションではなく、一人の人間――ヘルメスとしての思いで動いただけだった。


 ただ、それだけだった。


 ――だが、それだけだとしても、ノエルは構わなかった。追い込まれた状況で打算も何もなく、ただ一人の人間として父と慕う人物が現れてくれたことに。


 だから、ノエルはヘルメスの自分たちを突き放す素っ気ない言葉にも「そうですか」と、無表情ながらも少し嬉しそうに頷いた。


「……さっさと終わらせよう」


「同感だな。私の目的はあくまでアルトマンだ――これが終わったらすぐに目的に戻る」


 クロノもまた素っ気ない態度を取りながらも、少しだけ声を弾ませていつも以上にやる気に満ち溢れていた。


 二人の雰囲気が僅かに変わったことを察したヘルメスは少し居心地が悪そうにしながらも、迫る輝石使いたちに集中する。




―――――――――




「……最近、サラサの様子がおかしいような気がする」


「サラサが? ……何か悩み事でもあるのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだ……ただ、どうにも、なんというか……」


「ハッキリ言えよ。そうじゃないと相談する意味がないだろうが」


「わかっている、わかっているのだが……娘が成長しているような気がする」


「そいつは喜ばしいことじゃねぇか。ウチの巴が成長した時はまあ、嬉しかったよ」


「そういう意味ではない……最近のサラサは妙に女性を意識するようになった気がする」


「ということは男ができたか、恋する乙女になったのか、そのどちらかだな」


 大勢の輝石使いたちが迫り、アカデミー上層部たちがいるホテルを守るため、鳳グループ上層部の輝石使いや、教皇エレナ率いる教皇庁の枢機卿たち、上層部のボディガードたち、アカデミー都市中の大量の戦闘用ガードロボットを率いたヴィクターが集まり、彼らは緊張感に包まれていた。


 特に、上層部としてずっとアカデミーを動かしてきた輝石使いたちは久しぶりに輝石使いとしての戦いに、不安を抱いている様子だった。


 そんな中、呑気にドレイクは最近の娘の様子を克也に話し、克也から認めたくない非常な現実を思い知らされ、ドレイクは静かにショックを受けて項垂れていた。


「あら、それなら巴ちゃんだって最近きれいになったと思うわよ」


「一応、母親似だからな。当然だ」


 萌乃の言葉に、愛する妻を思い浮かべながら当然だと言わんばかりに克也は頷く。


「でも、最近よりいっそうきれいになったわよ。あれは、サラサちゃんと同じで、恋する乙女になったのかしら」


「そ、そいつはめでたいな。いつまでも初心なままで、変な小説を読んで妄想を繰り広げているままじゃ将来が不安だからな。それで、相手は誰なんだ? 何か巴から聞いてないか? そいつの性格は? あ? まさか、娘を誑かしておいて、親の俺に挨拶もする気もないってか? 上等じゃねぇか」


「ちょ、ちょっと、克也さん落ち着いて、ね? 近寄ってくれるのはありがたいけど」


 娘が恋をしていると言ってしまった萌乃に、冷静に詰めながらも動揺を隠し切れない様子の克也が萌乃に詰め寄って根掘り葉掘り聞こうとしていた。


 克也とドレイク、娘に春が訪れる予感がしながらも素直に喜べない二人の父親の気持ちなど露も知らない様子で、「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」と二人を祝福するようにヴィクターは高笑いを上げる。


「実は私のラブリースィート・アリスも最近恋をしているような気がするのだよ! いやぁ、娘たちが恋する年頃になるとは、我々も随分と歳を食ったものだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! それにしても、同じ男を好きになるとは思いもしなかったよ!」


 最後に何気なく放たれたヴィクターの言葉に、ドレイクと克也の瞳がギラリと鋭く光る。


「同じ男ってどういうことだ? 何? うちの娘はリザーブ? 保険? 何?」


「ジゴロ……実にけしからん」


「ドレイク、これが終わったら早急に調べてくれ。他の仕事はしなくていい」


「了解した……多少手荒くなるが、構わないだろうか」


「気にしなくてもいいが、俺もちゃんと話をしたいから命まで取るな。相手がどこのクソヤローかわかったらすぐに報告してくれ。人一人くらい消えても、簡単に揉み消せるから安心しろ」


 周囲にいる味方をも圧倒させるほどの殺気を放ちながら物騒な話をしている克也とドレイクを見て、ヴィクターは仰々しくため息を漏らして肩を竦める。


「調べなくてもわかるだろう。おそらく、というか、確実に娘たちが好意を向けているのはモルモット君だろうな」


 モルモット君――七瀬幸太郎に娘たちが行為を向けているということを聞いて、一瞬の克也とドレイクはフリーズするが、すぐに安堵したように大きく息を漏らした。


「あの七瀬が? ありえないだろ、さすがに。異性の付き合い方を知らない初心な巴でも七瀬は選ばないだろう。だって、あの七瀬だろ?」


「サラサもそうだろう。幸太郎を甲斐甲斐しく世話をしているようだが、サラサは優しいんだ。頼りない幸太郎を見て、放っておけないんだろう」


「まあ、確かに七瀬の根性は認めるよ。賢者の石のおかげとはいえ、その力で引き寄せた事件にしっかり立ち向かったんだからな。でも、さすがに幸太郎はなぁ。年下として面倒見ているだけだろうな。きっと。そうに違いないな。巴はバカみたいにお人好しで、頼みごとを断れないからな」


「能天気で空気を読まない性格だが、幸太郎は良い奴だ。きっと、サラサもその性格が気に入って、幸太郎に懐いているのだろう。その関係は決して愛情から生まれるものではなく、友情に近いものだ。きっと、そうなんだろう」


 自分自身に言い訳をするように、娘たちが幸太郎を好きなわけがないと思っている父親たちを、艶やかな笑みを浮かべた萌乃が「そうかしら?」と呟いた。


「私は、幸太郎ちゃんは良い男の子だと思ってるわよ」


「私もモルモット君が娘婿になるのならば大歓迎だ! 研究が捗るからな!」


 幸太郎を良い男だという萌乃に、ヴィクターは同意を示した。


「平々凡々と呼ぶに相応しい外見だし、掴めない性格をしてるけど、そこが幸太郎ちゃんの良い所。それに、幸太郎ちゃん、好きな女の子ができたら一直線になるタイプで、好きになった女の子に尽くすわ――エレナちゃんは異性として幸太郎ちゃんをどう見ているのかしら?」


 何気なく萌乃は、近づく輝石使いたちをジッと見据えて普段以上に硬い表情を浮かべているエレナに、女性としての意見を求めた。


 ふいの萌乃の質問に、エレナは表情を迫る輝石使いたちを見据えたまま表情を変えることなく、「そうですね……」と反応する。


「七瀬さんなら……私が彼と同い年になっていたとしたら、惹かれる思います」


「あら、エレナちゃんったら大胆ね。でも、愛に年齢も性別も関係ないわよ?」


「そう言われると、何だか燃えてきます」


「巴ちゃんたちに新たなライバル出現かしら? 幸太郎ちゃんったら、本当にモテモテねぇ♪ それじゃあ、私も参加しちゃおうかな?」


 エレナと萌乃の会話を、浜に打ち上げられた魚のような生気のない目でドレイクと克也は眺めていた。


 信じたくない現実を否定し続けて呆然とする克也とドレイクだが、娘が大人に一歩近づいてしまったショックよりも、娘に、それも大勢の女性に手を出そうとする幸太郎への沸々怒りが二人を現実に引き戻した。


「そんなことよりも、萌乃。煌石の元に向かって刈谷たち、大丈夫なんだろうな」


「一応、特別な応援を向かわせたから大丈夫よん♪ 私たちは目の前に集中するだけ❤」


「それじゃあ、さっさと終わらせようぜ! それから、七瀬とじっくり話す! じっくりな! 行くぞ、ドレイク!」


「了解した」


 輝石を武輝である銃に変化させた克也と、武輝である手甲を両腕に装着したドレイクは意気揚々と迫る大勢の輝石使いたちへと向かった。


 湧き上がる怒りのままに二人が突き進むと同時に、エレナは輝石を武輝である身の丈を超える杖へと変化させる。


「――続きましょう」


 ドレイクと克也に続こうとするエレナに、周囲の輝石使いたちは戦意を漲らせる。


 さっきまで大勢の輝石使いたちを前にして不安を抱いていた彼らだったが、克也たちの気の抜けたやり取りを眺めてだいぶリラックスすることができて、不安をある程度は取り除くことができた。


「それじゃあ、私も久しぶりにお仕事しないと――でも、この数、大丈夫かしら」


「安心したまえ! そろそろ心強い援軍が来る頃だろう! ――ほら、もう来たようだ」


 輝石を武輝である両足を包む足甲に変化させた萌乃の不安げな一言に、ヴィクターは力強い笑みを浮かべると――ヴィクターたちの前に、上空から一人の少女が舞い降りてくる。


 アカデミー都市内で暴れる輝石使いたちを高所から狙撃しながら、建物と建物を飛び越えながら現れた、武輝である銃剣のついた身の丈をゆうに超える大型の銃を手にした少女・アリスは、銃口から極太のレーザーを発射して迫る大勢の輝石使いたちを薙ぎ払った。


「よく来てくれた! 我がラブリースィートペロペロドーターアリスよ!」


「ウザい」


 娘への愛を口にしながら擦り寄ってくる父に冷たい目を向けて離れながらも、無事な様子の父を見て若干アリスは安堵していた。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 相変わらずかわいい娘だ! それで、援軍はどうなっているのだ!」


「戦力にならないのが一人いるけど、それでも上には大勢の狙撃班を待機させている。それに、私たちだけじゃなくてノエルとクロノ、ヘルメスもそろそろ来る」


「心強い援軍だ! さあ、早く片付けようではないか!」


 アリスだけではなく、大勢の心強い味方が現れて満足気に頷くヴィクター。


 いよいよ戦いがはじまると――


「ハーッハッハッハッハッハッ! お待たせしました! この僕、貴原康にこの場は任せてください!」


 高らかな笑い声とともに、無駄に華麗で隙の多い動きで現れる貴原。


 しかし――目の前にいる大勢の敵に集中している味方たちは、貴原の登場など目に入ってなどいなかった。

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