第27話

 認めるのは心底癪だけど――

 相変わらず、本当にすごい人だ……


 ティアストーンへの道中、リクトたちを先に向かわせるために道中に残った優輝と宗仁は絶え間なく迫ってくる、敵であるアルトマンに操られている輝石使いたちの相手をしていた。


 二人以外の仲間は傷つき、倒れて戦闘不能状態になっており、まともに戦っているのは二人しかいなかった。


 それでも二人は決して怯むことも退くこともなく戦い続けていた。


 そんな中、優輝は近くで戦う父の姿を見て、口には出さないが心の底から感心していた。


 もういい歳だというのに休む間もなく動き続け、輝石の力を使い続けて戦い続けているが、宗仁はまったく息を乱すことなく、むしろ、長年の隠居生活で忘れかけていた戦いの勘が大勢との戦いを経て蘇り、徐々に動きが鋭くなっていた。


 息子以上に輝石の力を自在に操る力で、宗仁は輝石の力の形状を自在に変え、武輝ですら形状を変えることが可能であり、加えてそれらをすべて複製させることができた。


 迫る大勢の敵をロープ状に変化させた輝石の力で拘束すると同時に、武輝を大槌に変化させ、大きく薙ぎ払って彼らを壁に叩きつけた。


 強烈な一撃を食らい、賢者の石の力で強化されているとはいえ一撃で昏倒する敵たち。


 続いて襲いかかってくる大勢の敵たちには無数に生み出した槍状に変化させた輝石の力を一斉に発射して一気に倒した。


 撃ち漏らして再び襲いかかってくる敵には、今度は無数に生み出した短剣を発射して、一人残らず倒していた。


 優輝も父と同じ輝石の力を自在に操れる力を持っているが、父ほどではなかった。


 父のように好き勝手に輝石の力の形状を変えられないし、ましてや武輝の形状など変えるなんてできなかったし、大規模な力を使うためには時間が必要だった。


 父であり、師である宗仁の実力を目の当たりにした優輝は、父の元から離れて長年経ち、多くの戦いを経て強くなった気がしていたが、まだまだ修行が足りていないことを痛感していた。


 ――俺だって、負けてられない!


 戦う父の姿を見た優輝は対抗心を燃やし、今いる空間を埋め尽くすほど無数の光の刃を生み出し、一斉に発射した。


 一斉に発射した光の刃は的確に敵だけに向かって直撃しているが――一撃一撃の威力は父が生み出したものと比べると、賢者の石で強化された輝石使いを一撃で倒すには至らず、撃ち漏らした大勢の敵は優輝に向かう。


「自分の才能を過信するなと言ったはずだ」


 苛立ち以上に耳が痛くなる父の言葉とともに、優輝に襲いかかっていた大勢の輝石使いたちは宗仁が生み出した光の大槌によって吹き飛ばされた。


「大丈夫か?」


「ええ、おかげさまで」


「忠告したばかりだというのにこの体たらく……情けない」


「……そうでしょうね」


 まったく、本当に情けない……


 深々と嘆息する父に、優輝は少し不機嫌になるが――不機嫌になっているのは父の態度ではなく、父の忠告を聞かずに油断した自分自身だった。


 父が間に入らなければ、相手につけ入る隙を与えたと容易に想像できたからこそ、優輝はいつものように何も反論できず、父の厳しい言葉を受け入れていた。


 それを感じ取った宗仁は、素直な息子を意外そうに見つめながらもすぐに戦いに集中する。


「……珍しく、少しは反省しているようだな」


「自分でも痛感していますからね、情けなさを」


「その素直さをもう少し修行の時に見せてもらいたいものだな」


「それはお互い様でしょう」


 せせら笑うように放たれた息子の言葉に痛いところを突かれる宗仁。そんな宗仁の一瞬の隙を狙って敵は襲いかかってくるが、優輝の発射した光の刃がそれを止めた。


「借りは返しましたから」


「……礼を言う」


「……珍しいですね、素直に感謝するなんて」


「素直になれないのはお互い様――なのだろう?」


 息子のことを注意しておきながら油断をした宗仁は気まずそうに、しかし、素直に感謝の言葉を述べた。


 感謝する父に少しだけいい気味だと思いながらも、素直な父の言葉に少しだけ優輝は胸が弾んで嬉しくなってしまっていた。


 呑気に会話している内に絶え間なく現れ続ける大勢の敵に囲まれる優輝たち。


 宗仁は瞬時に輝石の力を操って、彼らを倒そうとするが――そんな父を優輝は手で制す。


「――時間稼ぎは終了です」


 その言葉を合図に、優輝たちを囲む輝石使いたちは床から何かが這い出るような気配を察知して動きを止めた瞬間――


 硬い床を突き破って現れた光の十字架は大勢の敵たちを磔にして拘束する。


 大勢の敵が一斉に拘束されたのを、宗仁はただただ呆然と見上げていた。


「これは……」


「沙菜さんのトラップを参考にしました。さすがにこの数を相手にしてそろそろ疲れてきましたからね……小休止するつもりで彼らを拘束させてもらいました。入口からここまで根のように力を伝わせていたので、まともな増援はしばらくは来ないでしょう」


「入口まで根を張った……ということは、今まで戦いながら罠を張り続けていたのか?」


「ええ。少し時間がかかりましたがね……できれば、ティアストーンの元まで根を張りたかったので、足止めを食らってしまってそれができなかったのが、まだまだ修行が足りないって感じかもしれませんね」


 父さんならおそらく、動かなくても床下に力の根を広げることは可能だろう……

 だけど、これが今自分にできる最大限の力、まだまだ修行が足りないな。


 自分の真似など父なら余裕だろうと思ったからこそ、まだまだ修行が足りないと思って自虐気味な笑みを浮かべている優輝だが、そんな息子を宗仁は素直に感心したように、希望の光を宿した目で真っ直ぐと見つめ――


「素晴らしい」


 素直に勝算の言葉を漏らし、父に褒められたことなど滅多にない優輝は思わず「……え?」と聞き返してしまった。


「自分の才能に奢ることなく、他人の技術を参考にする。それに、これだけの力を流し込み続けながらも、万全の状態で今まで戦い続けるとは――どうやら、私はお前を過小評価していたようだ。この技は私でも真似できないだろう」


 ……本当にあなたは卑怯だ。

 今までずっと厳しいことを言い続けていたのに、こんな時に……

 認めたくはないのに……どうして、どうしてこんなにも……


 尊敬する師の称賛に、優輝は嬉しいとと思いつつも、卑怯だとも思っていた――尊敬する師ではなく、自分が嫌っている身勝手な父の表情で自分を褒めてくる宗仁に。


 認めたくはないと思いながらも、優輝は嫌っている父の言葉に心から喜んでいた。


「優輝、強くなったな」


「……当たり前でしょう。ずっと修行を続けていたんですから」


 心からの父の言葉に、優輝は喜びを隠すように素直ではない態度を取った。


 父に素直ではないと言っておきながらも、素直ではない態度を取る息子に、父は何も言わずに受け入れた。


「修行をするのは結構だ――だが、沙菜さんとの付き合いも重要だぞ」


「い、いきなり何を言い出すんですか! 関係ないでしょう!」


「関係はある。孫の姿を拝めるのかもしれないんだからな」


「気が早すぎです! まだ、沙菜さんとはその……清いお付き合いをしているんですから」


 珍しく褒めたと思ったら、続けて突拍子のないことを言い放つ父に思いきり不意を突かれる優輝。


「アイツも期待しているそうだ。もう、祝言の準備をはじめているぞ」


「アイツって母さんのことですか? まったく、俺がいない時に何を話しているんだか……というか、そっちこそ、いい加減に母さんと仲直りして一緒に暮らしたらどうですか?」


「むっ……一応は努力している……」


「それなら、その努力をいい加減実らせてくださいよ。こっちだってウンザリしているんですからね。事あるごとに、顔を合わせられないからって言って二人とも息子の俺を頼って、あなたたち二人に伝言をするのは」


「……猛省する」


「そうしてもらいたいですね、是非」


 長年別居中でありながらもまだ離婚には至らず、お互い素直に感情を表に出さない父と母の板挟みになってウンザリしている息子に、父は何も反論できない。


 沙菜の話題を出されて動揺していた優輝だが、母の話題を持ち出して一気に攻勢に回り、父は追い込まれてしまっていた。追い込まれて小さくなっている父を見て、優輝は呆れたようにため息を漏らし、これ以上は何も言わなかった。


「入口からここまでの敵は拘束しましたが、まだ撃ち漏らした敵がリクト君たちの元へ向かっています。変なことを聞いていないでさっさと行きましょう」


「そうしよう」


 気を取り直して、リクトたちの元へ向かった輝石使いたちを追う優輝と宗仁。


 二人の間にはまだ素直ではない空気が流れていたのだが――


 確実に、二人の間の空気が柔らかくなっていた。

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