第26話

「こちらが動き出すと同時に、図ったように相手も動き出すとは――忌々しいですわ! というかアルトマンは一体どこにいますの! ええい! 隠れていないで出てきなさい!」


「落ち着いてよ、麗華。今はアカデミー都市内で暴れさせないように、彼らを地下に向かわせないことに集中するんだ」


「そうは言っても、頑丈な輝石使いを大勢相手に――ええい! 鬱陶しいですわ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


「れ、麗華……ちょっと、やりすぎじゃあ……」


「構いませんわ! これもすべて憎きアルトマンのせいですわ!」


 地下にいる大和やリクトたちとは違い、アルトマンを迎え撃つために地上にいるセラたちは、こちらが動く出すと同時にアカデミー都市内で暴れはじめた輝石使いたちの対応に追われていた。


 ぞろぞろと現れる輝石使いたちに苛立つ麗華は、操られている味方に対して、武輝に変化した輝石から絞り出した力を、武輝であるレイピアの刀身に纏わせ、力強い一歩を踏み込むと同時に遠慮なく渾身の必殺の一撃を放つ。


 麗華の必殺の一撃は極太のレーザー状の光となって大勢の輝石使いたちを薙ぎ倒す様子を見て、さすがにやりすぎだと思ったセラは少し引いていた。


「有象無象がぞろぞろと集まって、ウゼェのは同意だな! おいヘルメス! 本当にここにクソオヤジは来るんだろうな!」


 肝心の本命が現れずに雑魚ばかり相手にして麗華以上にウンザリしているファントムはかわいらしくプリプリ怒りながら、たまった苛立ちを発散させるように武輝である大鎌を大きく振るって襲いかかる敵にいっさいの容赦のない攻撃を仕掛けていた。


「狙いは七瀬幸太郎、だから間違いなく彼の前に現れる。間違いなく」


 苛立つファントムを更に煽るように、武輝である禍々しい形状の剣を持ち、襲いかかる敵たちを最小限の動きで回避と攻撃をしながらヘルメスは淡々と答えた。


「まったく、偶然に力を手にしただけの雑魚なのに、そんなにご執心になるほどかね」


「ぐうの音も出ない」


 自身の唯一の武器であるショックガンを手にしながらも、大して役に立つことなくセラたちに甲斐甲斐しく守られている幸太郎の情けない姿を一瞥してそう吐き捨てるファントム。そんな厳しい一言に、幸太郎は何も反論できずに笑うことしかできなかった。


「有象無象の雑魚でも、その辺に落ちている小石も同然の存在であっても、賢者の石の力を宿していることには変わりない。こちらの宣戦布告に応じて相手はこの騒動を引き起こしているんだ。だから奴は間違いなくその有象無象の雑魚の前に現れる」


「じゃあ、さっさと出て来いよ。大勢の雑魚どもを操って回りくどい真似をしやがって!」


「煌石への道には外以上の敵が配置されていると考えると、奴は煌石の力を恐れていることに間違いないだろうが……人海戦術で攻めてくるとは、奴らしくない……どこかで罠を張っているかもしれないと考えられる」


「上等だな、どんな罠を仕掛けようともオレがぶっ潰してやるよ」


「どんな罠を仕掛けているのかわからない以上、油断をするべきではない」


「随分ビビってるみたいだな」


「お互い様だ」


 賢者の石への恐れを素直に認めるヘルメスに、ファントムは面白くなさそうに鼻を鳴らしながらも、心の中ではファントムも恐怖を認めていた。


「それじゃあさっさとこいつらをぶっ潰して、あのクソオヤジを誘き――」


「お、お前たち! 大勢で一人をいたぶるとは卑怯千万! 恥ずかしくないのか!」


「……なんだありゃあ……どうしてアイツ、あそこにいるんだ? 下手をすれば幸太郎以上に使い物にならないんじゃないのか?」


 叫び声を上げながら追ってくる大勢の敵から逃げている貴原を見て、ファントムは心底呆れた様子で眺めていた。


 貴原にとっては憧れのセラに良いところを見せる絶好の機会だった。


 しかし、武輝であるサーベルを華麗に振るって、優雅な動きで戦っていたのだが、賢者の石によって強化された輝石使いたちには敵わずに情けなく逃げ回っていたおけげで、しぶとく元気にカサカサ動き回っていた。。


 貴原にとって幸いだったのは、幸太郎に集中しているためにセラの視線が貴原に向けられないということだけだった。


「クソッ! こ、このままではまずい! しかし、セラさんの手を煩わせるわけには……」


「貴原君、逃げてるけど大丈夫?」


「よ、余計なことを言うな! クソ! どうしてこの僕がこんな目に!」


 貴原の様子に気づいた幸太郎が心配の声を上げるが、自分より下に見ている相手に心配されてプライドが刺激されると同時に、下手に彼が声を上げてしまえばセラに気づかれてしまうと思い、怒声を張り上げて彼を黙らした。


 だが、所詮は虚勢であり、いよいよ貴原は追い詰められるが――そんな彼を助けるのは、武輝である鍔のない幅広の剣を持ったクロノと、武輝である双剣を手にしたノエルだった。


 慌てる貴原の前に立った二人は、淡々と流れるような動作で貴原に迫っていた大勢の敵たちを瞬時に倒した。


「素晴らしい! さすがはノエルさんとクロノ君だ! あんなに大勢いた敵を瞬時に一網打尽にするとは! いやぁ、天晴だ! さあさあ、次の場所へと向かいましょう! まだまだ敵の数は大勢いますからね!」


「七瀬さんが心配していたので駆けつけていたのですが……無駄でしたね」


「そのようだ」


 自分の失態を誤魔化すようにノエルとクロノの雄姿を褒め称える貴原を見て、ノエルとクロノは問題ないと判断して、幸太郎を守ることに集中する。


 だいぶ周辺の敵の勢いは衰えて数は減っているが、それでもアカデミー都市内で暴れている輝石使いの数はまだ大勢いた。


 それに加えて戦線を離脱した負傷者も多く、まだまだ油断はできない状況だった。


 一度態勢を整えてから、別の場所へと向かおうとするセラたちだが――


『――緊急事態、聞いて』


 遠距離攻撃ができる輝石使いたちを率いて、高層ビルの上からアカデミー都市内で暴れる輝石使いたちを狙撃しながらアカデミー都市内の様子を見ていたアリスの声が、セラたちの耳につけられていた通信用のイヤホンから届いた。


 アリスの声に耳を傾けながら、セラたちは迫る輝石使いたちを倒し続けていた。


『大勢の輝石使いたちがアカデミー上層部の元へと向かってる。教皇エレナたちが枢機卿たちとガードロボットを率いて何とか持ち堪えているけど、すぐに限界が来る……忙しい時で悪いけど、応援をお願いしたい』


「ぬぁんですってぇ! こんな時に……まさか、これは戦力を分散させる罠? それとも、誘き出すための罠?」


「どうだっていいだろうが。ただでさえ雑魚どもが情けなく戦線離脱しているせいで、そんな余裕はこっちにはねぇんだ。応援に向かっている暇なんてあるわけねぇだろうが。というか、大体避難指示が出てたのに、下手な根性と正義感を見せてこの場に残ったのが悪いんだよ」


 アリスの報告を聞いて驚き、アルトマンが何を考えているのかを予測する麗華を嘲笑うように、襲われているアカデミー上層部たちを見捨てるべきだと進言するファントム。


 冷酷な判断を簡単に下すファントムをセラは睨みつけた、


「ただでさえ大勢の輝石使いたちが操られて混沌としている状況で、更に敵が増えたら、私たちでも対処するのは難しい。それに、あっちにはティアストーンを扱うことができるエレナさんがいるんだ。エレナさんが操られでもしたら、ティアストーンの力が無力化させられる可能性が大いにあるんだ。放ってはおけない」


 ティアストーンを操る強大な力を持っているエレナの力を利用されれば、アルトマンを倒せる可能性が一気に低くなってしまうというセラの指摘に、ファントムは何も反論することができずに忌々しそうに舌打ちをした。


 そんなファントムに、麗華は心底不承不承といった様子で、「ですが、ファントムさんの言うことにも一理あります」とフォローした。


「さすがは鳳のお嬢様! 大勢を裏切り、切り捨てたことがある一族のお前ならそう言ってくれると信じてくれたぜ」


「勘違いしないでいただけます? 下衆なあなたを全面的に支持しているわけではありませんわ。ただ、アルトマンを倒すための貴重な人員を割けないだけですわ」


「支持しているようなもんだろ? 貴重な人員を割けないがために、お前の父親を助けに行けないんだから。つまりは、見捨てるってことだろ?」


「誰も助けに行かないと言っていませんわ。貴重な人員を割けないのなら、私一人が行けばいいだけですわ」


「お嬢様一人が向かったところで状況が変わるとは思えないな」


「目の前にいる可憐な少女と比べれば、少しくらいは戦力になるのでは?」


 目的の人物であるアルトマンが現れず、悪化してばかりの状況に苛立つファントムと麗華の間に険悪な空気が流れるが――そんな二人の間に「それなら――」とノエルが割って入った。


「ここで言い争っていても仕方がありません。私が向かいます」


「オレもついて行こう」


「クロノがいてくれるのならば心強い限りです。ありがとうございます」


「ちょ、ちょっとお待ちください! 貴重な戦力を二人も割けませんわ!」


 自分の代わりに上層部たちの元へと向かうつもりのノエルとクロノに待ったをかける麗華。アルトマンとの戦いが近づく中、貴重な戦力を二人も割けなかった。


「一時的に戦力を失うことになりますが、私とクロノが上層部たちの元へ駆けつけ、早急に事態を収めることができればその分アルトマンとの戦いで心強い応援を率いることができるかもしれません。賢者の石の前では多勢に無勢でしょうが、それでも、いないよりかはましです」


『何でもいいけどさっさと決めて。できる限り私も早く解決できるよう援護する』


「……わかりましたわ。ノエルさん、クロノさん、お願いしますわ」


 急かすようなアリスの言葉に、一瞬の逡巡の後麗華はアカデミー上層部の――父のことをノエルとクロノに任せることにした。


「ヘルメスさんは行かないんですか?」


「私の目的はアルトマン。アカデミーの上層部がどうなろうと知ったことではない」


「でも、ノエルさんとクロノ君のこと、心配じゃありませんか?」


「関係ない」


 ノエルとクロノがこの場から離れてアカデミー上層部の元へと向かおうとする中、幸太郎は何気なくヘルメスに話しかけた。ノエルとクロノのことを持ち出されヘルメスはあからさまに不機嫌になり、素っ気なく突っぱねた。


「――セラさん」


 そんな幸太郎とヘルメスのやり取りを眺めていたノエルは、不意にセラに話しかけた。


「七瀬さんをお願いします」


「……わかりました。任せてください」


 滅多にしないノエルの頼みごとに、彼女から何か強い意思を感じ取ったセラはあえて余計なことは言わずに力強く頷いて任された。


「ノエルさん、クロノさん! この僕もご一緒しましょう!」


「別にいてもいなくても構わないのですが、一応は感謝しておきます」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! この僕に任せてください!」


 特に期待はしていないが、戦力は多いに越したことはないので、一応は感謝するノエル。


 勇気を見せる貴原だが、実際はアカデミー上層部の前で良い姿を見せて、自分の地位を向上させようと画策している邪な一面もあった。


「貴原、セラと一緒にいなくてもいいのか?」


 高らかに笑う貴原だったが、クロノの何気ない一言で凍った。


「た、確かに、セラさんも大切だが、アカデミーの、世界の未曽有の危機に今は色恋を気にしている暇はないのだ! 決して、セラさんを諦めたわけではない! 冷却期間が必要だということだ! この冷却期間が僕たちにとって重要なのだ! 一旦距離を置くことによって、お互いの重要性を高めるのだ! つまり、そういうことなんだ!」


 一瞬の沈黙の後、感情的になってクロノの言葉に、そして、自分自身に言い訳をする貴原を、セラは冷めた目で見つめていた。


 一気に捲し立てた後、息を整えた貴原は私怨が入り混じった目を幸太郎に向ける。


「七瀬幸太郎! ……セラさんを頼んだぞ」


「ドンと任せて」


 心底不承不承といった様子で、苦虫を噛み潰した表情浮かべながら貴原は自分より下に見ている幸太郎に憧れのセラのことを任せた。


 頼りないくらいに華奢な胸を張って自分の頼みを聞く幸太郎に不安以上に忌々しさしか抱けない貴原だが――不思議と彼の中にある執着心にも似たセラへの憧れで埋め尽くされた心に隙間が生まれ、余裕が生まれたような気がしていた。


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