第5話
アミューズメント施設が多く立ち並ぶイーストエリアにある、ケーキの形をしたちょっとおしゃれでかわいらしい外観のスイーツショップ。
そろそろ夜の九時を回ろうとしているが、それでも多くの女性客が最近の流行や他人の恋事情について話し合い、恋を覚えたばかりの恋人同士が胃にもたれるほどの甘ったるいトークをしながら、みんな仲良くケーキを貪っていたが――
ファンシーな雰囲気漂う店内に似つかわしくない、一際目立つ濃い二人組がいた。
「甘いモノじゃなくて塩辛いモノとか――あ、塩辛とかある? あー、ない?」
「ちょっと祥ちゃん。ここはスウィイイツのお店、居酒屋じゃないの。だから、私は恋い焦がれる少女の心のように熱々のホットコーヒーと、付き合いたての恋人たちのように甘い苺パフェをくださーい☆」
「それじゃあ、俺は失恋のような苦さのガトーショコラと、忘れかけていたあの頃の甘酸っぱいファーストキスの味のようなホットなレモンティーで」
怪しすぎる二人組の接客をする羽目になってしまった店員は、オーダーを取ってすぐに二人から逃げるようにして立ち去った。
二人組の一人――クレイジーな雰囲気が漂う、極彩色のシャツの上にテカテカの合成皮革のジャケットを着た、金髪オールバックの青年・
そして、甘ったるい猫撫でボイスのもう一人は、扇情的なタイトなミニスカートを履いて、白衣を着ている身長180以上ある長身痩躯のポニーテールの女性――ではなく、良く見えれば男性の
派手を通り越して趣味が悪い服装の刈谷と、耽美で淫猥な雰囲気を醸し出している萌乃の二人は、明らかにファンシーな雰囲気の店内とは合っていなかった。
「それで、薫ネエさん。いい加減パソコンを弄るのはやめて、ここに呼び出した理由を教えてくださいよ。俺ら、明らかに場違いですよ」
ここに呼び出されて十分以上経つが、忙しない様子で萌乃はノートPCを操作したまま、本題に入らないので、いい加減刈谷は飽き飽きしていた。
呼び出しておきながら待たせてしまっている刈谷に、萌乃はかわいらしくウィンクをして、「ごめんね~」と甘ったるいボイスで謝る。何となく、刈谷はイラッとした。
数分後――刈谷と萌乃がオーダーしたスイーツを店員が持ってくると同時に、萌乃はノートPCのカバーを閉じた。
「随分忙しいみたいですね。やっぱ、二日後のパーティーのせいですか?」
「そーなの。急遽当日の警備担当が私に任命されたせいで忙しくてねぇ。まあ、一応鳳グループの社員だから仕方がないとは思うんだけど、校医の仕事と掛け持ちしてるから、プライベートの時間が少なくてストレスはたまりっぱなしよ、まったく」
プリプリとかわいらしく怒って不満を口にする萌乃の表情は、若干の疲労感があった。
「外部からもボディガードとか警備員が来るから、警備の数もギリギリまで漠然としないし、配置も考えなくちゃいけない――あの人の仕事が全部私に降りかかってくるわ! ――でも、あの人のためなら悪い気はしないわぁ」
「……薫ネエさん、さっさと話しはじめましょうよ」
恋する乙女のようなウットリと蕩けきった表情で頭の中がお花畑になっていた萌乃だったが、呆れ果てている刈谷の一言に、一気に萌乃は現実に引き戻され、いたずらっぽく笑って、「ごめんね☆」とかわいらしく一言謝ってからさっそく本題に入る。
「祥ちゃんはパーティーに参加するのかしら? 新型ガードロボットは、あなたのおかげで完成したんだし、ウチのグループとしては是非来てもらいたいんだけど」
「思い出したくもねぇ地獄の人体実験の日々を思い出させないでくださいよ」
萌乃の言葉に、ヴィクターの実験に付き合わされた地獄のような日々が頭に過る。
新たな武器を開発してもらったヴィクターに借りを返すため、刈谷は新型ガードロボットの戦闘データを得るため、連日連夜ガードロボットと戦い続けるという苦行を行った。
遠慮なく暴れられるので、良いストレスの解消になったが――休憩時間も僅かで、連日徹夜で戦闘を行えばさすがに飽きて、人生の中で一番苦しい戦いを刈谷は味わった。
「というか、俺のおかげじゃなくて、ネエさんもガードロボットの設計に関わってるって聞きましたよ? 新型の開発にかなり深く関わっていたんでしょう?」
「私はただ形や武装の提案をしただけ。ほとんどがヴィクターと、有益な戦闘データを提供したあなたのおかげ――それで、パーティーの方はどうするの?」
「ネエさんには申し訳ないけど、俺はパスで。ただ飯食えるのは嬉しいけど、脂ぎったオッサンばっかりで楽しくなさそうだし――それに、何か利用されてるって気がするんで」
「別に利用するつもりはないんだけどなぁ。ホントに出る気はないの?」
「正直な話――前の事件から『鳳』は信用できないんですよ」
「あらあら、やっぱり出席する気はないのねぇ……残念だわぁ」
残念だと言っている割には、萌乃は堪えている様子がまったくなかった。
そんな萌乃の様子に、刈谷は深々とため息を漏らすと同時に、気を引き締める。
萌乃薫――無駄に美しい外見とおどけた言動をして、周囲を困惑させることがあるが、彼は鳳グループの社員であり、鳳グループの幹部の人間だった。
そして、かつて萌乃はアカデミーの治安を守っていた
自身に強い警戒心を向ける刈谷に、萌乃は微かに口角を吊り上げ、妖艶だが薄気味悪い笑みを浮かべる。
「でも――ついこの間会って話したんだけど……
薄ら笑いを浮かべながら萌乃が出した名前を聞いて、刈谷は反応する。
萌乃が出した名前の人物――
そして、大道は事件の裏で暗躍をしている正体不明の人物――御使いに関わりがあるかもしれなかった。
詳しい話を聞くために、一月前から大道と話そうと思っている刈谷だったが、連絡をしても電話に出ず、探しても行方がわからなかった。
だが、萌乃がついこの間大道と会ったという話を聞いて、刈谷は萌乃の話に食いついた。
そんな刈谷の反応に、思った通りだと言わんばかりの笑みを浮かべる萌乃。
「ついこの間共慈ちゃんに呼ばれて話したんだけど……あの子随分とパーティーのことを聞いてきたわよ。出席したいのかって聞いたんだけど、何も言わなかったわ。出席するかどうかわからないけど、私の権限を使って一応出席できるようにはしたわ」
「……ネエさん、それって本当ですか?」
「信じるかどうかは祥ちゃん次第……噂に聞いたんだけど、あなたは随分共慈ちゃんに会いたがってるみたいじゃない。出席したら会えるかもしれないわよ?」
意地悪な笑みを浮かべる萌乃に、刈谷は降参だと言わんばかりに深々とため息を漏らして「ずるいなぁ、ネエさんは……」と呟く。その呟きを聞いて、萌乃はかわいらしく小さく舌を出して小悪魔のような笑みを浮かべる。
「わかりました、わかりましたよ……出席しますよ」
「いやーん。ありがと、祥ちゃん❤」
良いように萌乃に踊らされて釈然としないが、大道に話を聞くために刈谷は不承不承ながらも鳳グループ主催のパーティーに出席することに決める。
そんな刈谷に向けて、萌乃はチャーミングにウィンクをする。刈谷は再びイラッとした。
「それにしても、どうして突然共慈ちゃんに会いたいの? あれだけの大喧嘩をしたのに――あ、もしかして仲直りしたいの? 意外にかわいいところがあるなぁ、祥ちゃんは」
痛いところを突かれるが、一人で盛り上がっている萌乃が勘違いしているので、「ええ、まあ」と、曖昧な返事をして誤魔化した。
「そういえば……祥ちゃんと共慈ちゃんって、どうして喧嘩をしたの?」
「……ノーコメントでお願いします」
萌乃のふいの疑問に、思い出したくもない友人との喧嘩を思い出して、不機嫌な表情になる刈谷だが――思い返してみれば、その時から大道は何か変だったことに気づいた。
あの時――幸太郎が戻ってくるという話をファミレスでした時、大道は喜んでいたが複雑な表情を浮かべていた。
友人が戻ってくるのに、複雑な表情を浮かべる大道にイラッとする刈谷。
軽く口論をしてしまい、すぐに治まると刈谷は思っていたが――
最近調べ物をしている大道が何を調べているのかという話題を刈谷が切り出した時、頑なに大道は口を閉ざし、彼にしては珍しく感情的になって話を無理矢理中断させた。
それにカッとした刈谷は、軽い口論から激しい口論へ――そして、周囲に迷惑がかかるほどの大喧嘩をしてしまう。
くだらない喧嘩の理由だが――今思い返してみれば、あの時もっと落ち着いて話していればと、今更刈谷は後悔をしていた。
「それじゃあ、ネエさん。俺はこれで失礼します。ごちそうさまでした」
一刻も早く大道に会って話を聞きたいという衝動に駆られ、椅子に座っていた刈谷は立ち上がり、萌乃に別れを告げて店から出ようとする。
「あら、もういいの? 今夜は私の奢りだし、夜はまだまだこれからなのに」
「甘いモノはもう十分ですよ」
「それじゃあ、二日後のパーティーで会いましょう。――あ、ちゃんと正装しなくちゃダメよ? フォーマルに決めなさい、フォーマルに。ドレスコードわかってるわね?」
「わかってますって。ちゃんとビシッと勝負服で決めますから」
「……不安しかないわ」
刈谷のセンスを知っている萌乃の忠告を軽く受け流して、刈谷は店を出た。
そして、大道を探すために夜通しアカデミー都市中を歩き回る。
――しかし、大道を見つけることはできなかった。
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