第4話

 風紀委員の活動を終えた幸太郎は、セラの部屋で夕食であるシチューと、舌平目のムニエルをセラと、三人の友人と一緒に食べていた。


 友人の一人はセラの幼馴染である、銀髪の長身の女性――ティアリナ・フリューゲル。


 もう一人の友人は、ティアと同じくセラの幼馴染である、車椅子に座っている、凛々しくもありながらも幼い顔立ちをしている青年・久住優輝くすみ ゆうき


 三人目の友人は、幸太郎とセラの一年先輩である三つ編みお下げの眼鏡をかけた地味目な少女・水月沙菜みづき さなだった。


「セラさんの手作りシチュー、普通に美味しい。水月先輩のムニエルも普通に美味しい」


 美味しそうに食べながらも自分たちの料理を普通と強調して褒める幸太郎に、作ったセラと沙菜は複雑な表情を浮かべていた。


 そんな二人とは対照的に、容赦のない幸太郎の感想を聞いて優輝は愉快そうに笑う。


「幸太郎君は相変わらず厳しいね。それにしても、沙菜さんの料理すごく美味しいよ」


「私もそう思います。味も完璧ですが、何だか食べていると胸が温かくなります」


「そ、そんな……あ、ありがとうございます……」


 純粋に自分の料理の腕を褒めてくれる優輝とセラの言葉――主に、優輝に褒められて沙菜は顔を真っ赤にして照れてしまい、俯いてしまった。


「やっぱり、水月先輩の料理には愛がたくさん詰まってるから美味しいんですね」


 何気ない幸太郎の一言に、沙菜は素っ頓狂な声を上げてしまうが――優輝はまったくそれに気づかずに、一人納得したように何度も頷いていた。


「なるほど……だとすると、まだまだセラには愛が足りないということかな?」


「失礼なこと言わないでよ。ちゃんと心は込めて作ってるんだから」


「心だけじゃなくて愛もちゃんと込めなくちゃ」


「い、意味がわからないから! それよりも優輝は沙菜さんの気持ちを考えてあげなよ」


「もちろん、沙菜さんの気持ちは理解しているよ。たくさんの心が込められた美味しい料理を作ってくれているんだから」


「……そういう意味じゃないんだけど」


 何も理解していない様子の優輝と、ストレート過ぎる幸太郎の一言で魂が抜けたような表情で固まっている沙菜を憐れむように見て、セラは深々と嘆息した。


「大丈夫ですよ、水月先輩。相手の胃袋を掴むことが成就への第一歩って、実家にある漫画で登場人物が言っていましたから」


「えぇ? そ、そうなんですか? ……そ、それなら、一歩前進ですね」


「恋愛漫画なら何冊か読んで勉強しましたから、僕に任せてください」


「……はい、先生!」


「胃袋を掴んだ次はナチュラルにボディタッチを少しずつ――あ、三段くらい飛ばしちゃった。あれ? 次は何をするんだっけ」


 漫画の知識だけで現実の恋愛について学んだつもりになっている愚かで憐れな幸太郎を、尊敬の眼差しで沙菜は見つめて『先生』と呼んで頼りにしていた。


 色恋沙汰に疎い幼馴染にセラは呆れ、沙菜と幸太郎の実りがいっさいなさそうな師弟関係が生まれた。その間に、黙々と夕食を食べていたティアはあっという間にシチューとムニエルを完食して、シチューの二杯目を皿に注いだ。


「そういえば、優輝さんたちは二日後のパーティーに出席しないんですか?」


 ふいの幸太郎の質問に優輝は苦笑を浮かべ、ティアは忌々しそうに小さく舌打ちをした。


「俺やティア、それに沙菜さんにも一応招待状は来ているんだけど――まあ、出席したとしても、俺とティアはあまり良い顔はされないだろうね」


 自虐気味な笑みを浮かべた優輝の言葉に、幸太郎は首を傾げた。


 招待状が来たということは、前回の事件での功績が認められているはずなのに、ティアと優輝が歓迎されないのが幸太郎には理解できなかった。


「本来、お前が犠牲にならなければ私と優輝は一年前にアカデミーを去るはずだった。鳳グループを含め、アカデミー上層部の連中から良い顔はされないのは当然だ」


 凍りつくような冷たい声で淡々と説明するティアに、幸太郎は「なるほどなー」と、一人で納得していた。


「それに、私は前回の事件では無様な醜態を晒しただけで何も役に立っていない。何よりも……利用されるつもりは毛頭ない」


「俺もティアと同じ意見だね。――というわけで、俺とティアは出席するつもりはないんだけど、沙菜さんはどうするんだい?」


 優輝の質問に、申し訳なさそうに沙菜は「すみません」と頭を下げた。


「パーティーが開かれる週末に、一度実家に戻る予定なので、欠席します」


「沙菜さんの実家って確か――調べ物をするなら俺も一緒に行こうか?」


「い、いえ、そんな……だ、大丈夫です。一人で何とかなりますから。優輝さんの手を煩わせることはできません」


「遠慮しないで。沙菜さんにはリハビリでとてもお世話になってるんだから」


 突然の優輝の提案にどうするべきか迷っている沙菜だが――漫画で恋愛を学んだ幸太郎が、サムズアップをしてGOサインを出したので、「お、お願いします」と沙菜は決心する。


 これでようやく、本当に沙菜は優輝との関係が一歩進展する、はずだったが――


「いつも優輝が世話になっているんだ。私も水月の手伝いをしよう」


「……ティア、そこは空気を読んでよ」


 もう一人、優輝と同等レベルの朴念仁の幼馴染がいたことを思い出し、セラは心底呆れて深々とため息を漏らす。


 ――優輝と沙菜との関係が進展するのは険しすぎる道程であり、まだまだ先だった。




―――――――――――




 研究施設が立ち並ぶサウスエリア内にある、人気がなく、監視カメラの数が少ない夜の公園のベンチに厳しい表情の村雨、そして戌井が座っていた。


「……奴は本当に信用できるのだろうか」


 不安そうな面持ちの戌井は、公園内にある時計を眺めてそう呟いた。


 時計の針は八時を過ぎたところだった――そろそろ、約束の時間だった。


「信用はしていない。だが、俺たちのやろうとしていることに彼らは必要だ」


 不安な自分とは対照的に堂々としている村雨の言葉に「しかし――」と、戌井は反論しようとするが、音もなく現れた一人の人物の登場に、警戒と緊張を極限まで高まらせた表情で戌井は現れた人物を睨んでいた。


 戌井の視線の先にいるのは――白い服を着てフードを目深に被った、最近アカデミー内で発生して大きな事件の裏で手を引いて、性別年齢何もかもすべてが謎の『御使い』と呼ばれている人物であり、村雨の協力者だった。


「……計画について話すのはお前だけという約束のはずだ」


 機械で加工されているせいで感情を読み取ることが不可能な声だが、御使いは村雨と一緒にいる戌井勇吾に気づいて不愉快そうだった。


 御使いの言う通り、本来ならば村雨だけがここにいるはずだった。


 村雨は先月の事件解決後に何度か御使いと一人で接触しているが、御使いに対して信用していない戌井は、計画を実行する前にどうしても御使いと対面したかったので、村雨に無理を言って今回はついてきた。


「彼は戌井勇吾――計画のためには必要不可欠の存在だ。彼と一緒に計画について話し合えばお互いに必ずプラスになる。どうしてもと言うのならば、彼を退席させるが?」


「人数が増えることには慣れている……いいだろう。話をはじめるぞ」


 戌井のことなど眼中にない様子の御使いは、計画についての話をはじめる。


 戌井は村雨と御使いの話を注意深く聞きながら、御使いに対して警戒心をぶつけていた。


「計画は変わらず二日後――鳳グループ本社で開かれる新型ガードロボット完成披露パーティーで行う。お前の要望通り、できるだけ荒事は避けるつもりだ」


「できるだけではない……こちらは怪我人を出すつもりはいっさいない」


「こちらは考え得る限り、被害を最小限に抑えた計画を考えたつもりだ。パーティー当日の本社ビルにいるのは、パーティー出席者のみ、社員は別の施設で仕事をしている。巻き添えの心配はできるだけ避けた――それとも、今更きれいごとを吐くつもりか?」


 自分の覚悟を試すかのような御使いの言葉に、村雨は何も言えなくなってしまう。


 今更きれいごとを言うつもりはない……

 俺のやろうとしていることは間違っている――それは明らかだ。

 だが――それでも俺は成し遂げなければならないんだ。

 そうしなければ、俺のためについてくれる仲間たちの想いを無駄にしてしまうし――

 何も変えることができない。


 村雨が何も反論しないことを確認した御使いは、「続けるぞ」と、話を再開させる。


「鳳グループ本社は要職の人間がいる上層階と、一般社員がいる下層階とでは施されているセキュリティの強度や安全性等が異なっている。計画で重要なのは、上層階のセキュリティのみを掌握することだ」


 御使いの説明に、当然だと言うように村雨は力強く頷いた。


「外には大勢のマスコミと警備員が集まっていると思われる。だから、下層階のセキュリティを掌握すれば不審がられる。――よって、今回は上層階にのみ人が集まっているため、上層階だけのセキュリティを掌握する」


 簡単にそう言ってのける御使いを、村雨と戌井は不審そうに睨む。


「パーティー当日は、会場に配置される警備員やボディガードの往来が激しい。それを逆手にとって、お前たちには警備員に紛れて本社に侵入してもらう」


「――待ってくれ。当日の警備が激しいなら、警備の人数や個人情報も鳳グループ側は把握しているはずだろう。簡単に潜り込むことはできないぞ」


「その点については問題ない。当日に警備員の数が増えることになっている」


 自分の質問に問題ないと断言する御使いが信用できない戌井は、村雨に視線を移すが、彼は特に疑問を抱いている様子はなかった――戌井の中にある不安感が僅かに肥大したような気がした。


「上手く本社に潜り込んだら、上層階にあるセキュリティルームに向かい、これを使え」


 御使いは来ている白い服のポケットから、立方体の黒い塊と、大きなボタンがついたスイッチ取り出し、村雨に手渡した。


 手渡された立方体の塊を不審そうに村雨は眺めていた。


「黒い塊は上層階のセキュリティを掌握し、の起動も阻み、本社内の警備用ガードロボットを操れるハッキング装置だ。もう一つのスイッチは、スイッチを押すことで特殊電波を発生させて、広範囲にわたって携帯の電波を遮断すると同時に、当日展示される新型ガードロボットをコントロールできる装置だ」


「鳳グループ本社のセキュリティは、あのヴィクター・オズワルドが直々に施した強固なセキュリティだ……当てになるのか?」


「実証済みだ。問題ない」


 不安げな戌井の質問に問題ないと答える御使い。


 簡単に問題ないと言い放ち、御使いが放った「実証済み」という言葉に、村雨は反応して、怒気を含んだ目で御使いを睨んだ。


「……特区での脱獄騒動に使ったのか」


 村雨の言葉に御使いは何も答えなかったが、村雨と戌井は自分たちがいた学生連合に責任を擦り付けられた事件である、特区での脱獄騒動の際に使用されたものだと確信した。


「強固なセキュリティを掌握し、新型ガードロボットを操れる装置をどうやって――」


「余計な詮索はやめろ」


 純粋な疑問を口にする戌井を御使いは冷たく突き放した。


「……最後にこれを渡しておこう」


 そう言って、御使いは緑白色に光る拳大の塊――アンプリファイアを村雨に手渡す。


「こ、これは……アンプリファイアなのか?」


 今まで見てきたアンプリファイアは小石くらいの大きさだったが、それとは比べ物にならないほどの大きさと重量感に、驚きで思わず村雨は声を上げてしまった。


 小石の大きさでも強大な力をアンプリファイアが持っていることを知っている戌井も、村雨と同様に驚き、同時に胸に抱いていた不安がさらに大きくなったような気がした。


「アンプリファイアの持つ力はもう知っているだろう。この力を使えば、会場内にいる全員の輝石使いを無力化できる。だが、それはお前たちも同様であることを忘れるな。支配下に置いたガードロボットを上手く利用しろ」


「ああ、十分に理解している」


「後はお前たちが考えて、望むままの計画を考えろ。こちらができるのはここまでた」


 平静を取り戻した村雨は御使いの言葉に力強く頷くと、御使いは満足そうに頷き返す。


 その御使いの反応、言葉、雰囲気に、村雨は計画について話し合った時から感じていた漠然としていなかった違和感がハッキリとしたものになったような気がした。


「要望通り、こちらは被害を最小限に抑えたつもりだが――どんなにお前が周囲に気を配ったとしても、不測の事態は必ず存在する……覚悟はできているのか?」


「覚悟の上だ」


 挑発的であり、試すような御使いの言葉に惑わされることなく村雨は即答する。


 決して揺るがぬ覚悟を見せつける村雨に、「……そうか」と御使いは呟いて、消えるように立ち去る。


 おそらく、あの御使いは……

 ――いや、あの御使いも結局は俺たちと同じだろう。

 間違っていると思っていても、覚悟はしている。


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