第3話

 放課後――高等部校舎内にある風紀委員本部に、風紀委員の証である赤と黒の腕章をつけた、風紀委員である幸太郎とセラは、各エリアに巡回に向かう前に集まり、二人は隣同士に本革のソファに座って、対面に座る風紀委員のメンバーと話していた。


 幸太郎の対面に座っているのは、中等部一年である、周囲を威圧するかのような鋭い目つきと顔つきをしている、赤茶色の髪をセミロングヘアーにした褐色肌の少女――サラサ・デュール。サラサは、幸太郎と一緒にミカンを食べていた。


 セラの対面に座っているのは、艶のある長い黒髪を後ろ手に結った、大人の雰囲気を身に纏うスーツを着た女性――御柴巴みしば ともえだった。


 普段は美しい表情をしている巴だが、今の――いや、先月の事件が終わった直後から彼女の表情は憂鬱そうで険しいものであり、日が経つにつれて表情に焦燥感と疲労感が露わになって力がなくなってきて、彼女の身体から刺々しい空気が放たれていた。


 ミカンを食べている幸太郎とサラサは巴から放たれている空気に気づいていなかったが、セラは暗い表情を浮かべる巴を心配そうに眺めていた。


「パーティーは二日後だけど、結局セラさんと御柴さんはどうするの?」


 ミカンを食べながら幸太郎はふいに朝、貴原が鳳グループ主催のパーティーの招待状が来たと自慢していたことを頭に過らせて、何気なく二人に質問をする。


 鳳グループトップの娘であり、風紀委員を設立した張本人である鳳麗華の使用人兼ボディガードを務める父を持つサラサは、警備員としてパーティーに参加する父親の手伝いをするために出席することが決まっていたが、最初から出席に乗り気ではないセラと巴がどうするのかを幸太郎は聞いていなかった。


「……私は、幸太郎君が出席するのでしたら」


 守ると誓っている幸太郎が出席するのならば、不承不承ながらにもセラも出席することに決め――恐る恐る、セラは対面に座る巴の様子を確認した。


 パーティーの話を幸太郎が切り出して、暗かった巴の表情がさらに暗くなり、微かながらも表情に怒りが浮かび上がっている様子だった。


 巴を中心として室内の空気が張り詰める。呑気にミカンを食べていたサラサも気づいて、ミカンを食べる手を止めて、巴を心配そうに見つめていたが――


「御柴さんはどうしますか?」


 空気を読まずに幸太郎は張り詰めた空気を身に纏う巴に声をかける。


「私は立場的に出席しなければならないわ」


「もしかして……セラさんと御柴さん、出席するの嫌?」


 不承不承ながら出席することを決めたセラ、そして、重苦しい口調で出席しなければならないことを説明する巴の様子に、ようやく幸太郎は二人の心情を察した。


 そんなことはないと、幸太郎を気遣って言いかけたセラだったが、下手な嘘は彼には通用しないと理解していたので、正直に言うことにした。


「正直、出席したくはありません。私たちは利用されるために呼ばれただけですから」


 ため息交じりにセラはそう言ったが、彼女の言っている意味を理解していない幸太郎はただ首を傾げるだけだった。


 何も理解していない幸太郎のために、巴は小さく嘆息して説明をはじめる。巴の表情は暗いままだったが、表情に微かに宿っていた怒りが確実に大きくなっていた。


「今回鳳グループ主催で行われるパーティーは、先月の事件で鳳グループ御自慢のセキュリティが破られ、事件を隠蔽していたせいで外部からの信用を失った鳳グループが、自分たちの体面を保つために慌てて開いたパーティーよ」


 急遽開かれることになったパーティーの目的を巴は吐き捨てるように説明した。


「そして、私たちが呼ばれた理由は、事件を解決した功労者だからという理由だけじゃないわ。事件解決の最大の功労者である私たちを呼び出せば、私たちとの親密さを鳳グループは周囲にアピールできると同時に、鳳グループ指揮で事件を解決したと周囲に知らしめることもできる。それに、もしもの場合は私たちにも責任を擦り付けて……――」


 徐々に熱が入り、激情に支配されそうになってしまったことに気づいた巴は説明を一旦中断して、小さく深呼吸をして気を落ち着かせてから、説明を再開させる。


「……とにかく、出席するか否かは君たちの気持ち次第だけど、鳳グループに利用されるということは頭に入れておいた方がいいわ。個人的感情を抜きにしても、今の鳳グループは誰が見ても信用はできないわ」


 落ち着きを取り戻した巴の言葉に同意を示すようにセラは深々と頷く。


「私も元々鳳グループは信用できないとは思っていましたが、前回の事件で鳳グループは銀行内に隠し持っていた大量のアンプリファイアの件に関して、何も説明がないまま私たちに箝口令を敷いたことで、さらに信用できなくなりました」


 セラが言ったアンプリファイアとは、輝石使いの力を一気に上昇させるが、力を得る代わりに精神と肉体に多大な影響を及ぼす危険性も持っている不思議な石のことだった。


 実力がない輝石使いを排斥する実力主義の思想が高まっている今のアカデミーには、爆発的にアンプリファイアが広がっていた。


 アンプリファイアの正体はまだ漠然とせず、出所も掴めていなかったが――先月の事件で、鳳グループが大量のアンプリファイアを保有していることがわかった。


 しかし、鳳グループトップである鳳大悟は大量のアンプリファイアについて詳しい説明をすることはなく、真相を知る風紀委員たちに箝口令を敷いた。だが、それでも鳳グループが大量のアンプリファイアを隠し持っているという噂はアカデミー都市中に出回った。


 説明を何もしない鳳グループに対して、巴はもちろんセラも強い不信感を抱いていた。


「アンプリファイアのことがあるからこそ、ヴィクター先生や、刈谷さん、そして他の人たちも今回のパーティーに出席する気がないんです……貴原君は別ですが」


「……それでも、七瀬君は鳳グループのパーティーに出席するつもりですか?」


 今回開催されるパーティーの裏側を足りない脳みそで何となく幸太郎は理解したが――それでも、答えは変わらなかった。


「パーティーには美味しいごちそうがあるのが定番ですから出席します」


 巴の質問にいっさいの迷いなく幸太郎は力強く答えた。


 呑気な幸太郎の答えを聞いて、巴とセラは呆れ果てたようにため息を深々と漏らした。


 そして、幸太郎は思い出したように「あ、それと――」と、付け加える。


「鳳さんにも会えると思いますから」


「七瀬君は……どうしてそんなに麗華に会いたいの?」


 何気ない幸太郎の一言に虚を突かれた様子の巴の質問に、幸太郎は力強く頷いた。


「鳳さんとは友達ですし、先月の事件から鳳さんとは顔を合わせてませんし、元気にしてるかなって思いまして」


 友達である麗華のことを思っている幸太郎の答えを聞いて、巴は満足そうに、それでいて、羨ましそうに――そして、後悔しているような力のない憂いに満ちた笑みを浮かべた。


「……うん。きっと麗華も君に会えて喜ぶと思うわ」


「あー……そうは思えないですけど」


 巴の一言に、自分と会って露骨に嫌な顔をする麗華の顔が頭に過って思わず苦笑をする幸太郎。何も言わなかったが、セラも幸太郎と同意したかった。


 だが、幸太郎の一言で、セラは嫌だったパーティーに向かう理由が一つ増えた。


「そういえば、村雨さんは元気ですか?」


 ふいに放った幸太郎の質問に、巴は沈黙してしまう。黙ったまま何も答えない彼女をセラは心配そうに眺めていた。


 村雨宗太――先月発生した事件で風紀委員に協力してくれたが、事件解決後に事件の責任を擦り付けられる形で消滅した学生連合をまとめていた人物であり――巴の友人だった。


 短い付き合いでそんなに話したことはなかったが、それでも幸太郎は熱く、真っ直ぐな性格の村雨のことが気に入っており、友達になりたいと思っていた。


 先月の事件解決後に村雨の周囲がゴタゴタしていたので、ずっと幸太郎は村雨のことが気になっていた。


 数瞬の沈黙の後、巴は幸太郎から目をそらして「……ええ」と頷いた。


「――さあ、暗くなる前に巡回に向かうわよ」


 誰かに追及される前に、足早に巴は風紀委員本部から立ち去った。

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