第9話
アミューズメント施設などが立ち並ぶイーストエリア内にある、外装も内装も古びていてカウンター席しかない小さな、しかし、知る人ぞ知る名店であるラーメン屋で、鳳グループトップのご令嬢・鳳麗華は大盛りの醤油ラーメンをズルズルと音を立てて豪快に食べていた。
そんな幼馴染の姿を隣で、ラーメンよりも人気がある白髪ネギと自家製メンマとチャーシューがたくさん乗せられた特製チャーシュー丼を大和は食べていた。
そして、麗華の右隣で塩ラーメンと、二人前の茹で餃子、自家製メンマと、二人よりも多めに頼んで優雅に食べているのは、艶のあるロングヘア―を後ろ手に束ねた、古びたラーメン屋には似つかわしくないほどの大和撫子と表現するに相応しい容姿の美女・
風紀委員の活動を終えた大和は、警備についてエレナと話し合いを行う前に、一週間後に開かれる一般公開について軽く話し合うために、麗華と、鳳グループに協力している身であり、煌石の一般公開が決まることになって朝から今まで会議などで奔走していた巴を呼んだ。
本来は寮に戻ってゆっくりと会話をしたかったのだが、晩御飯もついでに食べようと提案した麗華が行きつけのラーメン屋に集まり、店主に無理を言って店を貸し切ったのだが――
幼馴染二人が黙々とラーメンを啜っている姿を大和はじっと見つめていると、「何か文句ありますの?」と、不機嫌そうな声とともにじっとりとした麗華の視線が大和に突き刺さった。
「いやぁ、すっかり庶民の味が大好きになった麗華の姿は見慣れた――というか、胡散臭い雰囲気にピッタリだと思ってるんだけどさ」
「ぬぁんですってぇ!」
「麗華、食事中に、それもお店の中で大声を出すのはやめなさい」
「ですが、お姉様! このアンポンタン大和が失礼なことを!」
「大声を上げるのはやめなさいと言ったはずよ」
「そーだ、そーだ!」
「グヌヌヌ……大和! 後で覚えてらっしゃい!」
「大和も煽らない! ――すみません、ご主人」
薄ら笑いを浮かべながら正直な感想を述べる大和に、狭い店内に迷惑なほど轟く怒りの咆哮を上げる麗華を静かに一喝し、熟年の店主に謝罪を述べる巴。常連客から不愛想で気難いと評判の店主も、彼女に柔らかな笑みを向けられて年甲斐もなく見惚れてしまう。
まだ大和に対して怒りをぶちまけたい麗華だが、幼い頃から姉と慕っている巴の言うことにはすんなりと聞き、怒りを堪えて大和を恨みがましく睨んでいた。
朝に浴室で麗華に揉みくちゃにされた一件の仕返しを終えたところで、大和は本題に入る。
「巴さん、一般公開に関して上層部の反応はどう?」
「エレナさんの説得と警備案のおかげで納得しているけど、不安の方が強いわね。でも、公開が決まったことに関しての文句はないわ」
「巴さんから見て、エレナさんの様子はどうだった?」
「私だけじゃなくて周りも思っていることだけど、今回の件に関してかなり性急ね」
「ふーん……まあ、想像通りって感じかな? 危険はあるけど少しでもメリットがあるなら公開した方がいいからね。だから大悟さんもエレナさんを支持したんじゃないかな」
「小父様やエレナ様も仰っていたけど、大勢の組織から狙われている今、一般公開に踏み切れば彼らが当日に何か騒動を起こすのは確実だから、彼らを一網打尽にできる絶好の機会――でも、都合が良過ぎると思われないかしら。タイミング良く自分たちの存在をアピールできる場が用意されるなんて」
「これから先、ますます鳳グループと教皇庁の協力関係が強固になって、最終的には二つの組織が一つになるんだよ? そうなったら手はつけられないほど巨大な組織になる。だから、その前に大きな騒動を起こしたいんじゃないかなって大悟さんとエレナさんも思ってるんじゃないかな? ――まあ、多分、それは表向きの理由だと思うけどね」
「どういうことかしら?」
「だからまだ何とも言えないって。まあ、多分、そんなに心配しなくてもいいと思うけどね。取り敢えず、すべてはこれからエレナさんと話してみてからさ」
いたずらっぽく笑いながら放った意味深な大和の一言の真意を尋ねる巴だが、軽く流された。
鳳グループを狙う天宮家の関係者、教皇庁過激派、外部テロ組織――複数の組織がアカデミーを狙うために集結し、協力関係を築こうとしている中、外部から大勢の人間が集まるであろう煌石の一般公開に踏み切るのは、当日騒動を起こすであろうアカデミーに反する組織を一網打尽にする、というのがエレナの考えであり、上層部の面々は不安感が拭えない中、今後のために一般公開に踏み切った。
――が、それらは煌石を一般公開させようとするエレナの建前であると大和は思っていた。
息子のリクトや周囲が感じている通り、煌石一般公開に踏み切ろうとするエレナの積極的な姿勢は誰が見ても明らかに妙であり、何かを隠している、もしくは、何か目的があるのは明らかだった。
そして、それらを覆い隠すために、もっともな建前を言って、警備案も出していると大和は思っているのだが、まだエレナと会って話していないために何とも言えなかった。
しかし、どんな理由があるにせよ、ファントムに精神を乗っ取られた時のようなことは起こらないだろう――漠然としないながらもその確信だけはあった。
「さあ、これからどうなるのかな……僕は楽しみだよ」
「エレナさん曰くあなたは警備の要らしいのだから、少しは緊張感を持ちなさい」
さて――上手く大悟さんを抱き込んだみたいだけど……どんなことになるのかな?
ああ、早くエレナさんに会いたいな……
一週間後に煌石が一般公開されるという切羽詰まった状況で、楽しそうにする大和を巴は注意するが、エレナの真意について考えるにつれて、早く彼女に会いたいという気持ちが胸を支配して笑みを消すことができなかった。
すぐにでも店を出て、エレナの元へと向かいたい衝動に駆られる大和だが――
高揚した大和の気持ちを制するように、「関係ありませんわ」とピシャリと麗華は言い放った。
「誰が何を考えようと、どんな理由があっても私たちには関係ありませんわ。今は当日のことを考え、邪魔者は全員排除するのみですわ――もちろん、誰であろうとも」
「……まあ、今のところ麗華の言葉は正しいね」
まったく……麗華らしいなぁ。鬱陶しいけど羨ましいよ……
さすがは大悟さんの娘かな? 変なところが似てるなぁ。
周りがどんなことを考えていようが、浅慮で愚直でも目の前の問題に集中して果敢に挑む麗華の言葉を認め、ひねくれた考えの自分ではできない考えに、羨むとともに、今の彼女から父のように周囲を牽引する力を感じ取る大和。
「当然ですわ! 小賢しい羽虫のように目障りな組織を一網打尽にすることは、第二のアカデミー設立を目指す今後のアカデミーにとって必要不可欠! そして、私たち風紀委員にも今回の騒動は願ってもない絶好の機会! 今回の騒動で私たち風紀委員が目立てば私たちの評価にも繋がりますわ! そして私の夢であるアカデミーの支配者へと一歩近づき、アカデミーに平穏が戻ったのならば風紀委員人員補給のための時間もたっぷりと生まれますわ! この好機、絶対に逃がしませんわ! オーッホッホッホッホッホッホッ!」
狭い店内で迷惑にも鼓膜を揺るがす大音量で笑う麗華に、巴は店主に平謝りをした。
ひとしきり笑い終えて満足し終えた麗華は、残っていたスープを一気飲みして丼を空にする。
「ご主人。茹で餃子もう一人前、お願いします」
一人で勝手に盛り上がった麗華にやれやれと言わんばかりにため息を漏らしながら、不愉快なほどの大音量の高笑いを聞かせてしまった店主への償いとして餃子の追加注文をする巴。
ラーメンを食べて、一人で二人前の餃子も食べて更に追加注文する巴に驚く大和。
「巴さん、今日はよく食べるね……太らないの?」
「こ、これは……きょ、今日は会議続きで、忙しくてご飯食べる暇がなかったから」
「いや、巴さんが大食いなのは知ってるけど――やっぱり、上品な雰囲気の巴さんに、庶民的なラーメン屋には合わないよ――麗華と違って」
「ぬぁんですってぇ!」
「……麗華、いい加減にしなさい」
懲りもしないで大音量の怒声を上げた麗華に、数瞬後――巴の怒りが炸裂した。
――――――――――
「ジェリコには劣るけどコーヒーの味はまあまあね――アンタの割には趣味の良い店じゃない」
イーストエリアの裏通り付近にある、強面で無愛想な店主が経営するステーキハウス。
知る人ぞ知る名店であるが、愛想のないマスターのせいで客入りは悪く、今日もまた店内は閑散としており、店内にいる客も血アカデミー都市内でも治安の悪いイーストエリアの裏通り付近にあるせいで人相の悪い人間しかいなかった。
開拓時代の荒くれ者が集う酒場のような外装の店内だが、そんな店内にも一輪の花がいた――安易に触れたら火傷ではすまない毒花、アリシア・ルーベリアが。
アリシアは護衛である、重厚なジェラルミンケースを持った、長い前髪の合間に見える鋭い目が印象的な、爬虫類を思わせる細面の長身の男、ジェリコ・サーペンスを引き連れており、そんな二人を対面で座る派手な服装の青年は面白くなさそうに眺めており、彼の隣には座る坊主頭の青年は不審そうに見つめていた。
「悪かったな。アンタと違って行儀が良くねぇから、気の利いた店は知らねぇんだ」
「だからモテないのね」
「うっせぇんだよ! 関係ねぇだろうが! ……関係ねぇよな?」
「バーカ。関係あるに決まってんでしょ? 話をしたいって言ったのは私だけど、この場所を指定して呼んだのはアンタ。こういうのはデートと同じで呼び出した人間のセンスが問われるのよ――私からしてみれば、デートとしての集合場所じゃセンス最悪ね。まあ、話をするだけだったら、別にいいけど。もう少し相手のことを考えて場所を選びなさい」
「よっしゃっ!」
「……褒めてないわよ、バカ」
面白くなさそうにアリシアたちを眺めていた派手な服装の青年――真っ赤なシャツを着て、恥ずかしいほどテカテカ輝く合成皮革のパンツを履いた、キラキラ煌くド派手な金に染めた髪をオールバックにした
そんな二人の間に「オホン!」と、わざとらしく咳払いをして間に入るのは、荒くれ者が集うこの場所の雰囲気に似つかわしくないほど全身から品行方正で公明正大な雰囲気を身に纏う坊主頭の青年・
「我々に何の話がある」
警戒心を隠さずに、探るような瞳を向けながら優雅にコーヒーを啜っているアリシアに、自分たちに話をしたいと言ってここに来た理由を尋ねた。
「単刀直入に頼むわ。アンタたちにはしばらく――煌石一般公開が終わるまでの間、エレナのことを監視してもらいたいの」
「あなたの密偵になれと?」
「刈谷は不安だけど、アンタなら簡単でしょ? 鳳大悟に頼まれて長い間『御使い』として
「……目的は?」
友――刈谷と大喧嘩する理由になった過去の話をニヤニヤとした笑みを浮かべながら持ち出されて大道は不快感を抱きながらも、それを表に出すことを必死に抑えて目的を尋ねた。
「周りの反対を押し切って、煌石の一般公開を推し進めたのはエレナよ」
「ええ、リクトから聞いています。母の様子がおかしいと相談されましたが――そのことで?」
「察しが良くて助かるわ。エレナの真意を探るためにもアンタたちに協力してもらいたいの」
「……アカデミーのために?」
「私のために」
妖艶で小悪魔のように微笑み、隠すことなく本音を口にするアリシアに抱いていた警戒心が高まると同時に、あっさり本音を告げた彼女の態度に清々しささえも感じてしまう大道。
「今回の件でエレナがヘマをすれば、一気にアイツの支持力は下がるわ。その前にしっかり不手際の証拠を掴んで、言い逃れされないために引導を渡してやらないとね」
「隙がないというか、たくましいというか……あなたらしい」
邪悪な笑みを浮かべるアリシアに大道は呆れつつも、一度地に落ちても這い上がろうとする彼女の逞しさに感心していた。
「アンタも懲りないな。娘を利用して教皇と同等の権力を手にしようとして失敗したってのに」
「うるっさいわね。女の過去を気にするなんて野暮よ」
「そんな面倒なことしないで直接エレナの女将さんに聞いたらどうだ?」
「あの秘密主義者が簡単にゲロると思う? 適当言って流されるだけよ」
「それはそうだけどよ。いいのか? アンタ自爆しようとしてるかもしれねぇんだぞ?」
「その時はその時よ。それに、隙を見せれば寝首を掻くと事前にエレナや鳳大悟に忠告していたのに、今回の件――まあ、メリットはあるけど、失敗すればリスクが大きい分の悪い賭け。このチャンスは見逃せないわ」
「心配――の間違いじゃねぇの?」
「……喧嘩売ってんの?」
軽薄な笑みを浮かべて知ったような口を利く刈谷に、一気に不機嫌になるアリシア。
これ以上雰囲気が悪化する前に、「それで――」大道が慌てて二人の間に入った。
「我々を選んだ理由は?」
「、アンタたちはある程度自由に動ける立場。大道、アンタは
大道の質問に、煽るような笑みを浮かべて応えるアリシア。少し気になる言い方だが、変に気遣わない本心からの言葉なので大道は特に気にしなかった。
「それで? 協力するの、しないの? してくれたら礼は弾むわ――ジェリコ」
協力するか否か、刈谷と大道に答えを求めるアリシアは、傍らに立つジェリコに声をかけると、ジェリコは持っていたジェラルミンケースをテーブルの上に置き、ケースを開いた。
ケースの中にはびっしりと万札が並べられており、見たことのない大量の金を見て思わず「オホォ!」と変な声を上げてしまう刈谷――だが、刈谷も大道も金には興味なかった。
「あなたの魂胆に乗ってしまうのは些か不安が残るが、あなたの言う通り今回のエレナ様の行動は明らかにおかしい。それを探るのはアカデミーのためになるかもしれない――いいでしょう、計画には乗ります。しかし、用意していただいた金は不要だ」
「私からすれば、無駄な出費を避けられるから嬉しい限りだけど――タダより怖いものはないわ。本心を聞かせて頂戴」
「邪推しないでいただきたい。純粋にアカデミーのため――あなたと同じだ」
用意した報酬を不要と言い放つ大道が被った偽善の仮面を引きはがそうと画策するが、彼の言葉は本心であると悟ると同時に、カウンターを食らって忌々しく舌打ちをするアリシア。
「俺もアンタに使われてやるよ。そんで、俺はたっぷりと報酬は貰うぜ」
「待て、刈谷。相手が相手だ。不用意に報酬を貰えば一生いいように使われるぞ」
「俺はお前みたいに良い子ちゃんじぇねぇし、バカだし、ティアの姐さんたちみたいに人外染みた力も持ってねぇからアカデミーのことなんて考えても何もできやしねぇし、するつもりはねぇからな。アカデミーのことは他人に任せて、俺は俺のやり方で動くだけだ」
「アンタの方がわかりやすくて使いやすそうね」
大道の制止を振り切り、自分の欲望を最優先させる刈谷に、アリシアは新しい玩具を見つけた子供のように嬉しそうに、満足そうに、それ以上に邪悪に微笑んだ。
「そいつはどうも――ただ、俺も金はいらねぇ」
ニッと歯をむき出しにして不敵に笑う刈谷の一言で、一気に彼の魂胆が読めなくなるアリシア。
「報酬は俺の頼みを一つだけ何でも聞く――それでどうだ?」
「……何が望みなの?」
「そいつはお楽しみだ」
「まさか、刈谷、お前……好みに合う女性を?」
「違うっての!」
「まさか、アンタ――私の身体が目当て?」
「刈谷……まさか、そこまで落ちぶれたとは……最低だぞ」
取引をするためにカッコよく表情を決めていた刈谷だが、大道とアリシアの余計な一言でその顔が脆くも崩れ去った。
「そんなわけねぇだろうが! 誰がオメェみたいないい歳してツンデレな陰険若作りババアなんかのだらしない身体を欲しがるか! 俺はもっとピチピチした清純少女が好みなんだよ!」
「ぶっ飛ばされたいの、アンタ! 私はまだまだ現役バリバリのナウなヤングよ!」
「歳関係なくアンタみたいな年中生足出してツンツン自己中なメンドクセェ痴女に興味ねぇ!」
「私だってアンタみたいなイカレナルシーファッションバカ男になんて興味ないわよ!」
そしてはじまる刈谷とアリシアの子供同士のような口論――大道とジェリコはそれを見て深々と嘆息した。
「ジェリコさん、何だかその……すみません」
「……気にしないでくれ。お互い様だ」
せっかくのシリアスな雰囲気での話し合いが無駄になってしまったことに、アリシアの護衛として付き添っているジェリコに謝る大道。
しかし、こうなったのは短気な主人が原因の一つなので、ジェリコは気にしていなかった。
店内に響き渡る口論は、数分後、営業妨害になると判断した大道とジェリコ、そして、無口なマスターに追いつまみ出されてようやく収まった。
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