第10話

 アカデミー都市セントラルエリア、教皇庁本部と鳳グループ本社跡地の地下にある、グレイブヤードと呼ばれる、教皇庁や世界中にいる輝石使いたちの情報や、機密情報が眠っているエリアよりも更に地下――


 アカデミー都市内で徘徊する半円形の頭部と寸胴ボディの清掃兼警備用ガードロボットとは比較にならない戦闘力を持つ、大小様々な戦闘用ガードロボットが配置され、強力なセキュリティによって守られて輝石使いでも容易に突破することができない通路の先には、強化ガラスで覆われた巨大な筒の中に厳重に保管されている緑白色の光を放つ勾玉の形をした物体があった。


 無窮の勾玉――輝石の力を増減させる力を持つ煌石であり、先代鳳グループトップが保有していた天宮家から奪い取り、鳳グループが保管している煌石だった。


 そんな煌石の前に、エレナに呼び出されたリクト、アリシア、大和――そして、煌びやかな装飾がされた髪飾りで長い髪をツインテールにした勝気な雰囲気を身に纏わせている少女、アリシアの娘であるプリメイラ・ルーベリアが集まっていた。


「集まっていただいてありがとうございます」


「挨拶はいいからさっさと話を進めなさいよ」


 あ、アリシアさん……

 開幕から一気に雰囲気が悪くなった……


 集まったリクトたちに向けて丁寧に頭を下げるエレナだが、あからさまな機嫌取りにしか見えなかったアリシアはさっさと話を進めるように促し、「わかりました」とエレナは話を進める。


 さっそく空気が張り詰めて、リクトは小さくため息を漏らした。


「集まってもらったのは、あなたたちには煌石一般公開で警備の要になってもらうためです」


「……そのために警備のために無窮の勾玉の力を使うってことかな?」


「ええ。無窮の勾玉の力で会場一帯に結界を張ります」


 想像通りの答えを聞いて大和は面倒そうにため息を漏らし、忌々し気に厳重に保管されている無窮の勾玉――自分の人生を無茶苦茶にしたものを一瞥した。


「あなたが天宮加耶として起こした騒動時、あなたは無窮の勾玉の力を使い、アカデミー全域の輝石を使用不能にした――一部の人間以外」


「会場周辺に無窮の勾玉の力で結界を張って、会場の警備を担当する輝石使い以外の輝石を使用不能にするってことだよね?」


「御子であるあなたならば可能だと思いますが?」


 エレナは無窮の勾玉の力を自在に操れる『御子』と呼ばれる存在である大和――天宮家当主の一人娘・天宮加耶の力を大いに当てにしていたが、本人は「できることはできるけど――」と難色を示した。


「確かに無窮の勾玉の力を使えばほとんどの輝石の力を使用不能にできるけど、細かくコントロールできるってわけじゃない。あの時は遠慮する必要がなかったから派手に扱えただけだし、輝石を扱える人を指定できたのも、あの時協力してくれた御使いの三人――天宮に長年仕えて、幼い頃から無窮の勾玉の力に抵抗できる訓練を受けていた御三家である『大道』、『水月』、『銀城』の三人は、ある程度力に抵抗できていたから、細かく無窮の勾玉の力を操作しなくてもよかっただけだし、あの時唯一まともに力を扱えていた巴さんも、巴さん一人だけに絞ってたから上手く力をコントロールできただからなぁ……さすがに影響を受ける場所を限定して、尚且つ大勢の人間を無窮の勾玉の影響を受けさせないように除外するのはちょっと厳しいかも。それも、長時間っていうのもね」


「もちろんフォローはします。私たち、そして、ティアストーンが。それに、個々の負担を減らすため、当日は私たち以外にも煌石を扱える人間を集め、交代しながら二つの煌石の力をコントロールします。そして、警戒レベルを設け、高くなるにつれて二つの煌石の力を高め、無窮の勾玉の影響を強くします」


「すべての輝石の母であるティアストーンの力なら、触れずとも輝石を反応させることができるから、無窮の勾玉の効果を特定の人物だけ除外するためのフォローもできるだろうし、ここには次期教皇最有力候補の二人と、元教皇候補、そして、教皇がいるから安心できるけど……無窮の勾玉はティアストーンとは勝手が違うよ?」


「そのためにここに集まってもらいました――無窮の勾玉の操作方法をあなたに聞くために。そして、あなたにもティアストーンの操作を教えるために」


「それってもしかして、修行? うわー、僕そういう暑苦しいの嫌いなんだよねぇ」


 修行というこの世で最も嫌なイベントに巻き込まれて、深々と嘆息してこの場から離れたい気持ちがドッと押し寄せる大和だが、彼女よりも修行が嫌いな人間がもう一人いた。


「どうして私がそんなに面倒なことに巻き込まれないといけないのよ!」


「私がファントムに意識を乗っ取られた時にあなたはティアストーンの力を十分に扱えていました。全盛期と比べれば劣ったとはいえ、それでも錆ついていないようで何よりです。頼りにしていますよ、アリシア」


 煌石を扱う資格は自然消滅するのだが、いまだに消滅せず、全盛期に比べれば落ちたとはいえいまだに煌石を操る高い資質を持っているアリシアに期待をしているエレナだが――アリシアにとって、問題はそこではなかった。


「そういうことじゃないわよ! どうして私が巻き込まれないといけないのよ!」


「そんなに騒いでどうしたというのです、母様。もしかして自信がないのですか? ――大丈夫、この私にドンと頼ってください!」


「アンタは黙ってなさい!」


 横から割って入って薄い胸を偉そうに張る娘を無視して、エレナを睨むアリシア。


「何もかもが急場凌ぎの中、今度は無窮の勾玉を扱うようにしろって? 確かにアンタが考える結界は強力だけど、二つの煌石が近くにあって力を放っているのなら、下手なことをすれば祝福の日のような暴走が起きる危険性が大いにあるわ――それをわかって言っているの?」


「そうならないために、我々がメインとなって上手くコントロールします」


 祝福の日――先代の教皇、先代鳳グループトップが、賢者の石の生成を求めたアルトマンに利用されていたとはいえ、私欲のためにティアストーンと無窮の勾玉の力を暴走させた結果、世界中に二つの煌石の力が拡散され、その力によって大勢の輝石使いを生み出した事件だった。その件について触れたアリシアに、エレナは一瞬答えに窮してしまう。


 上手く誤魔化したが、二つの煌石が傍にあり、力を使う以上、上手くコントロールするとは言っても暴走する危険が0というわけではないからだ。


 エレナの説明を聞いても納得できないアリシアだが、それは娘のプリムも同様だった。


「それよりも、我々はティアストーンを主に扱えるだけで、無窮の勾玉は扱ったことがありませんぞ。本当に短い間でコントロールできるようになれるのか? どうなのだ、ヤマトよ」


「まあ、同じ煌石だし、力のクセに慣れればある程度はコントロールできるはずだよ。プリムちゃん含めて、この場にいる人は全員煌石を扱える高い資質を持っているんだからね」


「当然だな!」


 自分なら簡単に無窮の勾玉を扱えるだろうと大和に太鼓判を押され、気をよくするプリムだが――「ただ――」と不安気の表情を浮かべている大和は話を続ける。


「僕もアリシアさんと同じ意見だね。祝福の日っていう前例がある以上、あんまり力を使わない方がいいとは思うんだけど――でも、危険を避けるために二つの煌石をそれぞれ別の場所に配置したら必要な人員が倍になるし、結界も上手く張れないからね。だからこそ、エレナさんの警備案が採用されたと思うんだけど……ちょっと不安が残るね」


「まあ私としては別にいいけどね? 何かあったらアンタに責任押しつけられるし」


 不安そうだがそれ以上に愉快そうな笑みを浮かべる大和と、エレナの失態を見たくてうずうずしている性格がひん曲がって、性根も腐りかけているアリシア。


「エレナ様、私は協力しますぞ! 多少の危険は伴いますが、一般公開に踏み切れば、輝石や功績がどんなものなのかアピールすることができます。今後もの増え続ける輝石使いのためになり、第二のアカデミー建設の際に何か役に立つことができると思います」


「バカ。その前に祝福の日のような事件が起きたら意味がないのよ」


「だからこそ、エレナ様は母様や我々を選んだというわけです」


「それに大勢から狙われているのよ? なのにアンタよりももっとバカのエレナは何か起きるのを承知で一般公開に踏み切ったの。そんな状況で大きな失敗を犯せば、いくら鳳グループと教皇庁が確固たる協力関係を築いても、一瞬でそれが無に帰すわ」


「エレナ様が無茶をするのは前からですし、母様だって後先考えずにエレナ様を誘拐した事件を起こしたのですから、人のことは言えませんよ?」


「う、うるさいわね! 今は昔のことを言っている場合じゃないのよ!」


 枢機卿を追いやられる原因となった事件を思い出させた娘に痛いところを突かれ、怒声を張り上げるアリシアだが、プリムは気にせずに「しかし――」と真っ直ぐな光を宿した目をエレナに向けた。


「母様の言うことも一理あります――エレナ様、あなたの真意を聞きたい。危険を承知で一般公開に踏み切ろうとした、あなたの真意を」


「すべてはアカデミーのためです」


「無駄よ、無駄。正面から何を聞いても無駄。上っ面な言葉だけで返されるだけよ」


 真意を尋ねてくるプリムに、定型文のような言葉で返すエレナ。全員が煌石一般公開の件に関して不安感を抱いているのに真意を見せないエレナに、アリシアは仰々しくため息を漏らす。


「しかし、事実です」


「うむっ! 私もアカデミーのためというのは嘘ではないと思います」


「理解していただいてありがとうございます、プリム」


「しかし、母様も正しい――今のエレナ様の言葉は本心を覆い隠した建前に聞こえます」


 プリムさんの言う通り――いや、誰もが思っていることだ。

 危険を承知で煌石の一般公開に踏み切ったのはアカデミーのためだ。

 それは、間違いない――でも――


 プリムの追及に口を閉ざすエレナ。肝心な場面で何も言ってくれない母に今まで黙っていたリクトは苛立ちを含んだ目で睨むように、それ以上に縋るように母を見つめた。


「エレナ様――いえ、母さん……あなたは一体何を考えているんですか?」


「すべては、アカデミーのためです」


「その気持ちは理解できます――本当に母さんがそう思っていることも。でも、大勢の人にアカデミーが狙われている状況で全員が煌石一般公開に不安を抱いて否定的な中、母さんだけは公開に踏み切ろうと積極的になって周囲を納得させた――どうしてそこまで一般公開に踏み切ろうとするのか、その真意を聞かせてください……何か理由があるのなら、全力で母さんの味方になります。だから、教えてください……母さんが何を思い、どうするつもりなのかを」


 自分の真意を問う息子に、エレナは私情に走ることなく無表情のままだが――


「……わかりません」


 小さく、呟くように、それ以上に申し訳なさそうにエレナはリクトの問いにそう答えた。


 表面上の言葉で誤魔化したわけでもでもなく、今の一言が母の本心であるということが理解できたリクトは「え?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。


 戸惑っているのはリクトだけではなく、アリシアたちも同様だった。


「戸惑うのも無理はありません――私自身、何も理解していませんから。今回、煌石一般公開に踏み切ろうとしたのは私の直感です」


「ちょ、ちょっと待ちなさい……まさか、本当にそれだけなの?」


「ええ。そうです」


 ただのフィーリングで煌石一般公開という今後のアカデミーを左右するかもしれない、催しを決めたことに、アリシアは驚きと呆れで言葉が何も出なくなる。


 大和は他人事のようにケラケラと楽しそうに笑い、リクトとプリムはフリーズしていた。


「しかし、アカデミーのためという気持ちは本物です」


「そういう問題じゃないのよ! アンタバカじゃないの! 天然もここまで来たら重傷よ!」


「ですが、一般公開を上手く片付けたら、アカデミーはより良い方向へ向かうと思いませんか?」


「だ、だから、そういう問題じゃないのよ!」


「私はそう思うのです……、明瞭に――そう思いませんか?」


「そんなの当然に決まってるでしょうが! でも、明らかにハイリスクなのよ!」


「今回の件、損得――なのでしょうか?」


「アンタ何言ってんの? ……はぁ、今のアンタの相手にするのは疲れるわ。悪いけど私はここまでね。アンタの意味不明な直観に従ってたらこっちの身が危ないわ。行くわよ、プリム」


 今のエレナが何を言っているのか、何を考えているのかわからないアリシアは、プリムを引き連れてこの場から早々に立ち去ろうとするが、自分に背を向けるアリシアの手を掴んで、彼女を引き留めた。


「本心を言えば、誰もが驚き、呆れ、そしてあなたと同じような反応をするのは明らかでした。だから誰にも言いたくなかったのです。もちろん、大悟にも。だから、上辺だけの言葉で周囲を納得させたのですが、あなたも――いいえ、この場にいる全員、私と同じ気持ちを抱いているんじゃありませんか? 煌石一般公開の件が片付ければ、万事解決すると」


「それは当然でしょ! 公開中に騒動が起きれば敵対組織を一網打尽にできるんだし、外部からの圧力で開いた公開を成功させれば大勢に大きな借りも作れるし、煌石や輝石に関して一般人に理解を深めるいい機会になる――でも、明らかにハイリスクなのよ!」


「損得ではありません。私はただ、あなたたちの中にある漠然としないものに訴えているのです。あなたたちの中にもありませんか? 漠然としていないのに、根拠も何もないのに、一般公開が成功し、それによってアカデミーがより良い方向へ向かうという――いいえ、不自然なほどの確信が」


 淡々と捲し立てるエレナの言葉に、アリシア、そして、リクトたちも押し黙る。


 全員エレナの理解不能な言葉と根拠に呆れているわけではなかった。


 エレナの言葉に、全員胸の奥に存在していたのに忘れ去っていた違和感が刺激されたからだ。


 いつの間にか――いや、すっかり抱えていた違和感を忘れてしまっていたアリシアは、エレナと同じ違和感に抱いていることに気づいて忌々し気に舌打ちをする。


「……相変わらず、何を言っているのかわからないわよ」


「すみません、アリシア――そして、お願いします……協力してください」


「別にアンタに協力するつもりはないけど――決まったものは仕方がないから」


「君のお母さん、ホントに素直じゃないよね。ウチの麗華以上に素直じゃないよ」


「フム……そこが母様の短所なのだ。しかし、かわいいところもあるぞ!」


「アンタたち! 聞こえてんのよ!」


 ……取り敢えずは、アリシアさんも協力してくれるみたいだけど……

 よかったけど……何だろう、この違和感。

 何か、重要なことを忘れているような……

 わからない……一体、何なんだろう?


 エレナと話している時に聞こえてくるプリムと大和の余計な一言に怒るアリシア――何だかんだ言いながらも、取り敢えずはアリシアが協力してくれることにリクトは安堵していた。


 だが、それよりも気になっていたのは、生まれた違和感のことだった。


 母に対する疑念から生まれる違和感でも、煌石一般公開がきっと無事に成功するという不自然なほどの確信抱いている違和感でもなく、抱えていた違和感を今まで忘れていたことに対する違和感だった。


「どうかしたのか、リクトよ。相談ならば、この私が乗ってやろう!」


「……大丈夫です。ありがとうございます、プリムさん」


 とにかく、今は一週間後のことに集中しよう。

 考えるのはそれからだ――


 リクトに感謝されて一人頬を染めて盛り上がっているプリムを気にすることなく、リクトは一週間後に控えた煌石一般公開のため、無窮の勾玉のコントロール法を学ぶことに集中する。

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