第二章 波乱の一日のはじまり
第11話
ようやく、煌石の一般公開が決まった――経過は良好。
そして、事前に情報を流したおかげで、彼らの信頼を得た――結果は上々だ。
目の前にいる大勢の人間からひしひしと感じる怨念に、黒いフードで顔を覆い隠した彼は、覆い隠されたフードの合間から見える口元を満足そうに歪ませていた。
後は実行あるのみ……
すべては神のみぞ――いや、賢者の石のみが知る、か。
……忌々しい、実に忌々しい限りだ。
すべての元凶への憎しみを募らせる彼は、それを発散させるように声を張り上げる――
「諸君! よく集まってくれた!」
彼の声にこの場にいる全員が反応し、彼に注目が集まる。
フードで顔が覆われている人物に対して不信感を向けることなく、むしろ、信頼と期待、そして、腹に一物も二物も抱えているようないやらしい視線が集まった。
「我々が言った通りアカデミーは煌石の一般公開に踏み切った――これは絶好の機会! アカデミーに恨みを抱く我々の存在を嫌というほど思い知らせる、絶好の機会だ!」
声高々に彼はそう言い放つと、目の前にいる彼らから今すぐにでも暴れ出しそうなほどの好戦的なオーラが溢れ出す。
「今やアカデミーは強力な組織となった! 鳳グループと教皇庁は確固たる信頼関係を築き、一つにまとまろうとしている! そうなれば彼らに君たちは手も足も出せないと断言しよう! アカデミーが一つにまとまれば、我々を排除することなど容易い! いくら我々が一つにまとまっても、結局は小さき組織だからだ!」
厳しい現実を叩きつけられても彼らは反骨芯で燃え上がるが、それでも不安感は拭えない。
「それに加えて、彼らは我々が煌石の一般公開当日に我々が騒動を起こすことを予見しているだろう! そして、当然我々の存在も既に気づいているだろう! ――それらを理解しながらも彼らが一般公開に踏み切ろうとしているのは明らかに、誰が見ても罠だ! アカデミーは公開当日に騒動を起こした我々を一網打尽にしようと考えているに違いない!」
アカデミーが強大な力を持っていることを改めて認識させる。
更に厳しい現実を叩きつけられ、彼らの不安感は更に強くなる。
しかし、そんな彼らに発破をかけるように、「だが――」と彼は話を続ける。
「世界中に注目される煌石の一般公開で我々が目立てば、アカデミーや世界中の人間に我々をアピールすることができる! そうすれば、世界中にいる我々と同調する眠れる獅子たちを目覚めさせることができるのだ! 確かに鳳グループと教皇庁が確固たる信頼関係を築いている今の状況で我々が暴れるのは得策ではないが、消えぬ、癒えぬ傷跡を相手に残すことができるのだ!」
消えない、癒すことができない傷跡を残すことができる――その言葉を聞いて、不安感で下火になっていた彼らの闘志が燃え上がる。
「彼らは知らない、いや、気にしてもいないだろうし、忘れてすらいるだろう――アカデミーに利用され、裏切られ、捨てられた我々の怒りを、恨みを、すべてを! ――そして、彼らは我々を舐めているのだ……出した誘い水を愚かにも飲み干し、自滅する我々を!」
煽るように放った彼の一言で、彼らが纏っていた憎悪の炎が滾りはじめる。
「彼らに思い知らせてやろう! 我々の怒りを、憎悪を! 彼らに残してやろうではないか! 消えない傷跡を! そして、彼らに、世界に我々という存在を頭の中に叩きこんでやろうではないか! 我々を舐めたらどうなるのかを! 窮鼠猫を噛むとはどんなものなのかを!」
……愚かだ、実に愚かだ……
利用されているとも知らずに……
抱いていた恨みを滾らせる彼の演説を聞いて、彼らは気炎を上げる。
目論見通り、愚かにも闘志を、憎悪を滾らせる彼らを見て、彼は満足そうに口元を歪めた。
「さあ! 彼らに我々の怒りを思い知らせてやろう!」
――さあ、待っていろ、アカデミー
待っていろ――アルトマン・リートレイド!
彼の言葉に同調するように、彼らは雄叫びを上げた。
憎悪の炎を滾らせる彼らとともに、彼もまた仇敵を思い浮かべて密かに燃え上がっていた。
―――――――――――
煌石一般公開日当日の早朝――まだ日が昇りきっていないが、空には雲一つなく、遠くで昇りかけている朝日も眩く煌いており、煌石がはじめて一般公開される日に相応しいほどの気持ちの良い天気になりそうだった。
煌石が公開される会場である、輝石使いたちの訓練施設などが立ち並ぶウェストエリア内でも一際目立つ、
彼らは全員煌石一般公開を無事に成功させるために集まった者たちだった。
鳳グループや教皇庁に所属する世界中から集められた大勢の輝石使い――
アカデミーの治安を守る風紀委員や、制輝軍、大量のガードロボット、そして、ボランティアで参加してくれたアカデミーの生徒たち――
しかし、この場に集まっているのは一部だけであり、警備に参加する人はもっと大勢いた。
……すごい、こんなにたくさんの人が集まってくれるなんて。
それに、これでもまだ一部だけ。
すごく心強いな。
煌石一般公開を成功させたい、アカデミーを守りたい――その一心で集まってくれた大勢の仲間たちを見て、セラは素直に感心して心強いと思っていた。
そして、志を同じにした仲間たちがこれだけ集まってくれるのならば、煌石一般公開を成功させ、アカデミーの未来は明るいだろうと確信していた。
だが、これだけ警備に力を入れているにもかかわらず――セラの隣に立つ麗華の表情は険しく、それ以上に時折眠気によって生まれる欠伸を必死で噛み殺していた。
この場所に集まってからずっとそんな表情を浮かべる麗華をセラは心配そうに見つめ――
「……麗華、もしかして寝不足?」
「も、問題ありませんわ! 昨日は少し眠るのが遅かっただけで、今日も私は快眠快食快便ですわ! セラこそ、寝癖がついていますわよ!」
「え、ほ、ホント? ちゃんとシャワー浴びたんだけど……」
「フフーン♪ 嘘ですわよ」
「もう、こんな時に冗談はやめてよ」
「セラこそこんな簡単な冗談に引っかかるとは、体調は万全ですの?」
むぅ……不覚。でも――……
様子を探るつもりでセラは麗華に声をかけると、麗華はいつも通りの調子で声を張り上げ、セラをからかった。思わぬ反撃を食らったセラは悔しい思いをするが、本人の体調は言葉通り万全のようだが、表情の険しさは抜けていなかった。
「私は別に大丈夫だけど、麗華の方こそ何か心配事でもあるの?」
「これだけの人員が揃っているのですわ。何も心配することはありません――と、言いたいところですが、正直この人員で足りるのかどうか、わからないというのが不安ですわ」
「こんなに大勢の協力者が集まってくれているのに?」
「機密情報だった煌石の一般公開が外部に広まった件に関して、まだ原因がわかっていないのですわ。裏切者がいるかもしれないという可能性を考えると素直には喜べません。それに、今回開催が決定して、アカデミー都市内にある大小hとんどのホテルが宿泊する観光客たちで満員になりましたわ。加えて、当日アカデミー外部から訪れる観光客も大幅に増加するだろうとの見込み――それを考えると、本当に警備の人数が足りるのかどうか怪しいところですわ」
「だからこそのエレナさんや大和君たちが仕掛ける結界があるんだから、それを信じようよ」
「もちろんそうですが――どちらにせよ、私たち風紀委員が今回の騒動を必ず解決させるという目的は何も変わりませんわ! お父様たちも来たみたいですし気合を入れますわよ!」
煌石一般公開を、アカデミーを、そして、人々を守るために集まってくれた大勢の協力者たちの前にマイクを持って秘書である御柴克也とともに現れるのは鳳大悟だった。
大悟は大勢の協力者たちに一言感謝の言葉を述べると同時に、改めて当日の警備の確認をするためにこの場に大勢の人間を集めさせ、大悟の登場に、セラたち含めて会場前に集まって談笑していた人たちの会話が途切れ、全員きれいに整列し、緊張感で空気が張り詰め、一瞬にして大悟は大勢の人間が集まるこの空間をまとめあげた。
「集まってもらって感謝する――さっそく、警備についての話をする」
……本当に一言だ。
大悟さんらしいというか……まあ、伝わっているみたいだからいいか……
短い言葉で淡々と感謝を述べて頭を下げる大悟に思わずセラは脱力するが、無感情な声の中にも、協力してくれた全員への感謝の気持ちは確かに存在していたので、一応その気持ちは全員には伝わっていた。
「事前に聞かされていた通り、大まかに三組に――会場内、会場周辺、アカデミー全域に分かれて警備に当たってもらう。三組とは別に編成した遠距離主体の武輝を持つ狙撃班は、会場周辺とアカデミー全域の警備を行うグループの支援を行ってもらう」
麗華は会場内で、私はアカデミー全域の警備、か……
ノエルさんと同じ……大丈夫かな……
大悟の説明を聞いて、セラはちらりと横目で数人隣にいるノエルの姿を確認すると――偶然にもノエルと視線が合ってしまって気まずい思いをするセラだが、無表情ながらも露骨に嫌そうに自分を見つめるノエルに、ムッとして抱いていた気まずさもすぐに消えてしまった。
「会場内と会場周辺の警備責任者は御柴克也が務め、アカデミー全域の警備責任者は萌乃薫が務めている。何かあれば二人にすぐに連絡してもらいたいが、連絡する暇がない場合は現場の判断で、臨機応変に動いてもらっても構わない」
ありがたいな――そうしてもらった方が楽に動けそうだ。
切羽詰まった状況なら報告は後回しにしていいと言い放つトップに、セラを含めたこの場にいる全員気が楽になるが、大悟の傍にいる克也はギロリと目で睨む。
そんな克也の視線に気にすることなく大悟は話を続ける。
「輝石を扱う力は持っていない私が協力しても足手纏いになるだろうが、できる限りの力で全力でサポートをする。上層部は一般人が大勢押し寄せることで、騒動解決に目立ち、派手な真似を嫌うだろうが気にしなくてもいい。責任はすべて私が取る――以上だ。後は頼んだ」
頼もしいけど、だ、大丈夫なのかな……
何があってもすべての責任を取る――そう言い放ち、頭を下げて協力者たちに警備を任せた大悟に全員の尊敬の眼差しが集まるが、頼もしいと思いつつもセラは別の人物に視線を向けた。
伝えたいことを伝え終えた大悟は、セラの視線の先にいる人物である克也にマイクを渡して後ろに下がると――「一つ訂正がある!」と克也は苛立ちに満ちた怒声を上げた。
「好きにしろとは言われたが限度はあるからな! そこのところ絶対に忘れるんじゃねぇぞ! 一般人に巻き添えを食らったら承知しないからな! 特定の人物の名前は出さんが、風紀委員! 特にお前らは出しゃばるんじゃないぞ! ――以上、全員持ち場についてくれ!」
数多くの事件に首を突っ込んで役に立ったこともあれば、状況を複雑にした原因を作った風紀委員に克也は一言釘を刺し、話を終えた。
「――って、言っていますが、どうしよう麗華」
「関係ありませんわ! いつものように私たちは好きにやらせてもらうだけですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
何事もなければいいんだけど、無理だろうな……
克也の警告など意に介さない朝の眠気が吹き飛ぶような、それ以上にうるさい麗華の高笑いが響き、この場にいる全員の注目が集まる。
気分良さそうに笑う麗華を、セラを含めて全員不安そうに見つめていた。
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